『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」 作:城元太
読経の如きデッドリーコングのコアの脈動は続く。未だにそのゾイドの正体を見極められない小次郎を前に、乞食僧は茶を啜りつつ三本の指を立てた右掌を示した。
「都は今三つの厄介事を抱えている」
「三つ、ですか」
「まず一つ目は他ならぬ貴殿のこと、坂東での平将門の騒擾」
と言って、指を一つ曲げた。
「だがどうやら一つ目は杞憂に過ぎぬようだ。将門殿に叛意は見て取れぬ」
互いに顔を見合わせ苦笑した。「今はまだ」と空也が囁くのを知らず。
「二つ目は瀬戸の内海の海賊衆、藤原純友の騒擾」
最初に上洛した際の紀貫之との会話や、アースポートでの戦闘を思い起そうとする。しかし空也は、小次郎が記憶の糸を辿る間を与えなかった。
「三つ目は龍宮の事、
桔梗が突然手にした椀を落とした。傾いた廃墟の寺院の床を転がり、デッドリーコングの装甲に当たって甲高い音を廃屋に響かせる。見れば、桔梗は身を屈ませ胸を押さえている。荒い息をして、小刻みに震えていた。
空也の声色が変わり、幾分問い詰める口調となる。
「桔梗の前、そろそろ主君に詳しく語っても宜しいのではありませぬか。俵藤太がディガルドの鎧、
「それは……」
桔梗はそれ以上言葉を発することができなかった。
小次郎にとっても懸念していたことである。あの日都を去る直前、群盗である桔梗が巨大な竜を3機も引き連れて襲撃してきた理由を、未だに問い質してはいなかったからだ。
更にもう一つ。
「上人殿、俵藤太とは、下野
空也が桔梗を一瞥した。
「遊行者の情報網は侮れぬものだぞ。将門殿も師氏殿から聞いた覚えは御座らぬか」
『桔梗と俵藤太は繋がりがあるとの噂もある』。滝口に仕官し、吟唱を聞いたあの日、秀郷の追捕と桔梗の前との関連を、確かに藤原師氏は口にしていた。小次郎も思わず桔梗を見つめた。
「語りたくなければ拙僧が申し上げよう」
硬直する桔梗を前に、空也はゆっくりと立ち上がり、伽藍から僅かに望む窓の外の山々を仰いだ。
「俵藤太、つまり藤原秀郷が瀬田の唐橋に於いて龍宮の姫に請われ、巨大百足を退治したという説話を御存知か」
小次郎は無言で頷く。
聞いたことがある。だがそれは都鄙伝説に過ぎず、俵藤太の武勇伝の一つとして真偽を糾すこともなかった。
「巨大百足は〝アースロプラウネ〟という、ドラグーンネスト、ホバーカーゴ、そしてホエールキングに準じる移動要塞型の巨大ゾイドであった。神々の怒りを生き延びたものの野良ゾイドと化し、
捕獲は成功し、龍宮はアースロプラウネの再機獣化に着手する。これこそが、瀬田の唐橋と俵藤太の真実であったのだ」
「移動要塞型ゾイド?」
余りの荒唐無稽さに、小次郎も二の句を告げることができなかった。その様なゾイドが存在しているものなのかと。
小次郎の疑念を置き去りにして、空也は語り続けた。
「これを察知した検非違使庁は、直ちに藤太追捕を命じた。ところが情けないことに、肝心の征東大将軍の任に付く者がおらぬのだ。以前捕縛された経験を持つ秀郷は、下野の地で公の追捕を悉く撥ね退け、エナジーライガーで駆け巡っている。偏に、龍宮ディガルドとの連携があってこそとも言える」
小次郎は完全に混乱した。四郎将平か、せめて興世王がいてくれればと心底願った。それでも漸く、いま一つ生じた疑問を、絞り出すような声で呟いた。
「上人殿、龍宮とは如何なるものでしょうか」
「それは、それに居られる“孝子”殿に御聞きなされるのが良かろう」
桔梗は依然震えながら俯いていた。空也がゆっくりと振り向く。
「都は、俵藤太、藤原純友、そして平将門によって圧迫されている。だからこそソラは軌道エレベーターを一刻も早く完成させ、アースポートから切り離したスカイフック、通称“ソラシティ”の建設を急いでいるのだ。バックミンスターフラーレンと、メタルZiを地方から掻き集めてまでも」
頭上の鋼鉄の壁に、朱の隻眼が見開かれる。瞳をグリグリと巡らせると、読経の響きが一層甲高く吟じられた。遠雷のように警報が木魂する。
「噂をすれば、海賊衆の襲撃のようだ。鴨川を遡上して来たな」
アースポート、清涼殿の方角に噴煙が上がる。
話しの途中ではあったが、小次郎は言い知れぬ焦燥を晴らす為、今は何かに思い切りぶつかりたかった。
「乗ってみられるか、デッドリーコングに」
小次郎の心を敷衍し、空也が問う。
「願ってもない。孝子、ついてこい」
小次郎は桔梗の腕をぐいと掴み引き寄せた。それは過去に追われる戦友を救うために差し伸べた腕である。
俺はお前の過去など気にしない。
小次郎の掌の温かみが語っていた。
空也が錫杖を振るうのを合図にして、伽藍に一斉に灯が点った。所々を金細工に縁取られた、黒き猩々が背を向けている。眼前に聳えていたのは、ゾイドが背負った巨大な棺桶であり、その中央瞳を巡らす隻眼があったのだった。
「裏側より操縦席は登れる。平将門殿、くれぐれも藤原純友とは関わるのではないぞ」
顕現したデッドリーコングは、村雨ライガーやディバイソンを遥かに凌ぐ巨体であり、左腕に禍々しい梵字が書かれた布が巻かれていた。空也の指差す先に搭乗用の階段が続き、顔面を鉄甲が覆う。
操縦席に滑り込んだ小次郎は、並列複座に桔梗を伴い、高らかに叫んだ。
「デッドリーコング、貴様の力を我に示して見よ」
読経の音色が途絶え、野獣の唸りへと変わった。双眸に紫光が灯り、伽藍から黒い塊が疾駆していく。
「坂東武者は、慌ただしいのう」
デッドリーコングの巻き起こした風に襤褸切れを靡かせ、空也は都に噴き上がる炎を遠望していた。