『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」   作:城元太

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第四拾五話

 都の衆生にとって、海賊衆の襲撃はもはや見慣れたものになっていた。数機の集団で押し寄せるシンカーは富裕な貴族の屋敷を襲うだけで、貧民層にとっては無関係である。それ故に海賊衆の襲撃への喝采も囁かれ、略奪行為を咎める気運もなくなっていたのだ。

 増長する海賊衆に対し、天上人=ソラは検非違使を初め、警護使、滝口、押領使などに全兵力を灌いだ筈だった。特に嘗て小次郎が属した滝口の衛士には、セイバータイガー、ガルタイガーなどの精鋭ゾイドを投入し鎮撫に努めたのだが、藤原純友率いる日振島の海賊衆は、ソラの小手先の警護強化を上回る策を打ち出してきたのだった。

 飛行せず、鴨川の水面を遡行するシンカーの後方に、都では見慣れないゾイドが加わっていた。

 白波を蹴立てて歩行する巨人に探照灯が一斉に照射され、小山のような三つの影が浮かび上がった。迎撃に向かったガルタイガーの操縦席で、滝口の武士が驚嘆していた。

「あれは、禦賊兵士に恩賜された、アクアコングではないか」

 ハイドロジェットとヘリウムボンベを背負った黒と緑の猩々が、水滴を纏って都に現れたのである。

 

 飛び交う緊急伝がデッドリーコングの受信装置にも齎され、襲撃してきたゾイドが大型の水陸両用ゾイドであることが判明した。先行したシンカーが、朱雀大路七条・鴻臚館駐屯の播磨国司の兵と戦端を開く。後衛のアクアコング3機が鴨川より上陸し、警護使の小型ゾイドを蹴散らしながら朱雀門に到達、大路を蹂躙して鴻臚館に向かっていた。

〝こちら播磨介島田惟幹の警護である。ハンマーヘッド部隊は四条通付近に展開、敵と先頭に突入。至急の応援を請う。繰り返す、このままでは鴻臚館は持ち堪えられない。至急応援を請う……〟

 無線を傍受した小次郎が呟く。

「なぜ海賊は鴻臚館を狙う」

 慣れないナックルウォークに僅かに酔いを覚えていた。

「島田惟幹は、備前藤原子高(さねたか)と共に、以前大宰府鴻臚館でのデルポイ貿易で、当時伊予掾の藤原純友と対立した経緯があったはず。瀬戸の内海で、備前の命を受けた安芸の新興海賊衆藤原倫実(のりざね)との小規模な海戦があったとも訊き及んでいます。それを根に持った純友が、一気に島田を潰しにかかったのではないかと」

 背負った棺桶―ヘルズボックス―の操作系を確認していた桔梗は、慌ただしく操作盤を叩きながら応えた。

「して、アクアコングとは」

「嘗て禦賊兵士に配備された水陸両用ゾイド、奇しくもこのデッドリーコングと同じく猩々型です」

「面白い」

 桔梗は、小次郎が乾いた唇を軽く舐める仕草を見た。ゾイドに飢えていたことは判っていたが、いざ操縦席に座ると朴訥とした性格は消え、抜き身の刃のような鋭い野生が剥き出しになる。

(あなたは御自分の危うさにお気付きなのでしょうか)

 心底嬉しそうな様態で戦場に赴く小次郎を、桔梗は畏れを以て見守っていた。

 

 バイキングランスユニットを機首双方に装備したハンマーヘッドが、ヒートランスを振り翳してアクアコングに突撃する。鈍重なアクアユニットを装備したコングは、しかし信じられない速さでヒートランスを一蹴し、ハンマーヘッドを鴻臚館の門前に叩き落とした。AZマニューバーミサイルの誘爆の噴煙に紛れ、滝口のガルタイガーがアクアコングに襲いかかる。だが襲撃を見切っていたコングは、左腕に装備されたロケット水中銃を構えていた。水中抵抗にも充分な加速で発射できる大仰な武器は、有り余る貫通力でガルタイガーのジャイロリフターを貫き、突き刺さった銛ごとゴロゴロと機体を横転させた。体勢を戻せないガルタイガーの頭部を、操縦席ごとアクアコングが踏み潰す。劫火の中、ヘリウムタンクを背負った巨神が浮かび上がっていた。

 鴻臚館の屋敷から播磨国司の銘の入ったハンマーヘッドが浮上を試み、アクアコングの足元を擦り抜けようとする。

 ハンマーナックルの剛腕が、宙に舞う撞木鮫を捉えた。胴体中央から圧し折られ、地上に叩き付けられる。操縦席には、播磨介島田惟幹らしき人物が愕然とした表情を浮かべている。

 止めを刺さんと、アクアコングが再び左の剛腕を振り上げた。

 ガン、という不快な金属の軋みが鴻臚館に轟く。伸びあがったアクアコングの左腕を、別のコングが引き絞って抑えつけていた。

 軋みが臨界を越え、そのまま後方向に左腕が捻じ切られる。悲鳴を上げるアクアコングの背後に、妖しい赤紫の眼光を放つデッドリーコングが仁王立ちしていた。

 

文元(ふみもと)のアクアコングがやられました〟

 純友は、上陸させた精強なアクアコングが、いとも容易く撃破されるのを目の当たりにし、舌打ちした。

「機体識別……アイアンコング系……山窩(サンカ)による改造……俗称デッドリーコング、なんだこれは」

 圧し折った藤原文元のアクアコングの左腕を振り払い、デッドリーコングが狂気の眼光を輝かせる。妖しい読経の声を響かせる、巨大な棺桶を担いだ同系の機体が睨み付けていた。

 藤原純友にしてみれば、平将門と接触し、大陸の南島北島同時騒擾を起こす事を画策していた。そしてそれ以上に、荒々しくも純朴な坂東武者と胸襟を開いての話がしたかった。

 ところが透破(すっぱ)によれば、平将門は夕刻に逗留先から出門したとの報せ以降足取りが途絶えている。ならば無理にでもレインボージャークを誘き出し接触を図るため、シンカーによる空襲と、温存してきたアクアコングをも投入したのだ。

 純友の思惑は成功していた。だが出現したデッドリーコングに、再会を願う者が搭乗しているとは知らない。

「何処の機体だ、なぜ山窩(サンカ)のゾイドがここにいる。漂泊民しか操らぬ機体だろう」

 純友の言葉はそこで途切れた。デッドリーコングが突進してきたのだ。

 横合いからアクアコングがもう1機飛び出し、力任せにデッドリーコングを突き飛ばす。

(かしら)、挟み撃ちだ〟

文公(ふみきみ)だな、シンカーも一斉攻撃に移れ。手強いぞ」

 倒れることなく踏み止まったデッドリーコングは、2機のアクアコングを前に再び突進する。

 純友は、以前この様な動きをするゾイドを見た記憶があった。アースポート襲撃の際、次々とブラキオスの首を切断していった碧い獅子である。

「だが奴は村雨ライガーを操る。此度の上洛も、孔雀型ゾイドで飛来した。平将門であるはずがない……」

 刹那、僅かに先行し背後から襲った三善文公(みよしふみきみ)のアクアコングがたちどころに両手両足を切り刻まれた。背負った棺桶から千手観音を思わせる無数の腕が突き出され、斧、大釜、鉄球、リーオの爪を構えるデッドリーコングの狂気の姿があった。

 破壊されたアクアコングのタンクから一斉に液体ヘリウムが漏れ出し、気化熱を奪って周囲を凍結させる。立ち昇る冷気を纏い、振り返ったデッドリーコングは、身構える藤原純友のアクアコングに対し冷徹に面頰(ヘルズマスク)を被った。

「面白い」

 藤原純友が乾いた唇を舐める。互いに知らぬことだが、そこに座る海賊衆の頭領も、小次郎と同じ仕草を行っていた。

 平将門の操るデッドリーコングと、藤原純友の操るアクアコング。鴻臚館の前で、2機の猩々が対決の刻を待っていた。

 

 

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