『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」 作:城元太
「これは……」
伊和員経は言葉を失った。
海賊衆との戦闘の翌日。小次郎と桔梗、そして興世王の前には、隻眼の棺桶を背負った黒い猩々型ゾイドが佇んでいた。相も変わらず、読経を思わすコアの鳴動が低く響いている。上洛したディバイソンと比べても、デッドリーコングの体躯は遥かに巨大であった。
「よくぞこの様なゾイドが、検非違使等の舎人に
首を真上に向け、頻りに黒いゾイドの周りを巡る。
「詳しい事は後で話す。まずは献上品を頼む」
「心得ております。奉納の段取りはお任せ下され」
「それにしても、此度は将門殿にとってはまさに
桔梗の傍らに興世王は敢えて身を摺り寄せ顔を緩めた。露骨な仕草に、桔梗は若干身を引いた。
「隕石の飛来が朝廷を揺るがし、大赦の詔勅が発せられた。将門殿への問注も、これで不問とされるだろう」
興世王の手には、内裏より一斉送信された通達文が表示されたタブレットがあった。
『帝の元服を受け、
つまり、打ち続くゾイドウィルスの罹患被害や隕石落下、そして駿河の不死山の鳴動などの凶兆を一掃するため、朝廷は恩赦を行ったのである。
あれ以来、あの乞食僧は小次郎達の前に現れることはなかった。そして検非違使庁の査問は数日たっても音沙汰は無く、伊和員経が遅れて到着した頃に、やっとこの曖昧な裁断がなされたのである。自らの罪が不問に付され、晴れて故郷に戻れる喜びを噛み締めながらも、小次郎はやはり煮え切れない事実も感じていた。
(これが公の、馴れ合いなのか)
確かに自分は力をつけたが、都の裁きには従うつもりであった。ところが小次郎の脅威を恐れ、此度の裁可が下されたに違いない。蔵人頭藤原師氏の配慮によるものかも、或いはその父小一条大臣忠平によるものかもしれないが、小次郎の望んでいた叔父良兼や良正、源護の責任追及も全て有耶無耶のままに打ち捨てられる理不尽さが胸に痞えていた。
一方興世王は、小次郎の心情など気にかけることなく、相変わらず笑っている。
「レインボージャークにデッドリーコング、その上ディバイソンときては、我が屋敷が如何に広かろうと到底収まるものではないわ。将門殿、まさに〝終に
そう言って桔梗の肩を柔らかく――馴れ馴れしく――二三度叩き、忍び笑いをしながら、興世王は屋敷奥に去って行った。
小次郎は二つの意味でこの故事が気に掛かっていた。
〝嶋子の墟〟とは、龍宮より浦の島子、つまり浦島太郎の帰郷の例えであったからだ。
一つは俵藤太と龍宮ディガルドとの関係、そして桔梗との関わりである。ただし、小事に拘ることのない小次郎の性格は、自ら語ろうとしない桔梗を信じ、その時まで待つことと決めていた。
それよりも二つ目の事の方が遥かに気懸りであった。あの日見た、鎌輪の館が燃える悪夢である。
(良子や多岐の身に、何もなければ良いが)
その時小次郎はふと眩暈を覚えた。
脚に力が入らず倒れ込む。
咄嗟に桔梗が支えた。
「如何なされました」
桔梗の肩に掴まり、小次郎は目を擦った。
「やはり都の飯は、腹持ちが悪いな」
姿勢を戻し笑う。
「此度の大赦で御安心され、心の荷も降りて力が抜けたのでしょう。食事を御用意します」
「構わずとも良い。鎌輪に帰ってから良子の飯を鱈腹食べるのを楽しみにする」
「そう……ですか」
一瞬、桔梗の表情に陰りが見えたが、やはり小次郎は気付かない。
そして小次郎自身、自分の身体の変調にも気付いていなかった。
盛大な鳴き声を上げる筈の坂東武者の腹の虫は、一切空腹など訴えていなかったのである。
員経の奉納品の献上の翌日、正式に平小次郎将門の大赦は決定した。帰郷に際し、あの乞食僧の予告通り、デッドリーコング及びディバイソンをも運ぶ巨大な船便の手配は既に終了していた。制御装置を取り付けられたレインボージャークを背に、小次郎は伊和員経との暫しの別れを告げた。
「興世王殿。本当に世話になりました」
「美しい孝子殿とお別れとは名残惜しい。将門殿、息災でな」
「殿、御無事で。孝子よ、殿を頼んだぞ」
「はい、御父様」
まるで本当の親娘であった。
興世王の屋敷を眼下に、菫色の孔雀が飛び立った。
坂東まで二日の行程である。想い焦がれた故郷への帰路に、鉛色の暗雲が立ち込めていることを知らず。
坂東は今まさに、燃え上がろうとしていた。
第四部「坂東燃ゆ」了