『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」 作:城元太
刈り入れを終えた水田の畝と土手一面に、曼珠沙華が夜風に揺れていた。
その夜は収穫の祭りである。館主として出向かねばならぬ小次郎は、妻と幼い娘、そして営所警護の伊和員経を残し、村社の境内に三郎将頼と桔梗を伴って参内していた。
境内に近づくにつれ、碧い獅子も炎に染め上げられていく。続く剣狼と王狼も同じ色に染まっていた。接近する村雨ライガーの姿を見つけた人々は、小次郎達が降り立つ前に幾重にも人垣をつくり、口々に小次郎を讃する言葉を唱えて出迎えた。
「小次郎様、ありがとうございます。お蔭様で大豊作でございます」
「小次郎様がお戻りになられたお蔭で、土地も奪われず、余計な
「あたりまえだ。我らの小次郎将門様は天下無双、下総に手出しをする
小次郎は
「お前達、ちと飲み過ぎておるぞ。もう出来上がっているではないか」
前に
「御無礼があれば
オウ! という小次郎を讃える歓声が一斉に上がった。気恥ずかしくもあり、小次郎は奥の社に向かって早足に進んで行った。
「兄者、皆喜んでおりますな。村雨ライガーやディバイソン、そして孝子殿のソードウルフも
「いや、俺がどうこうしたわけではない。全ては百姓衆自らの努力の賜物だ」
傍らで桜色の袖で口許を押さえ、桔梗が笑う。身に纏う真新しい壺装束は、またも員経が与えたものであった。
「御謙遜をされずとも宜しいのではありませんか。殿が命を懸けて戦ったことで、この下総が守られたのですから」
本堂の縁側に腰を降すと、酒と盃を持った百姓衆が続々とやって来る。
「小次郎様、どうか御一献」
「三郎様も是非」
「孝子様も如何でしょうか」
茅の輪の向こうの村雨ライガーにも、何人かの百姓衆が集まり感謝の踊りを捧げているのだが、鋼鉄の獅子は迷惑そうに頻りに首を振っていた。
ふと見ると、
「兄者、そろそろ私を慕う娘達が集まって来たようですな」
「さあて、どうかな」
盃を次々と干しながらも、小次郎は淡々と答えた。
「お出ましのようだぞ」
3人の年頃の娘が駆け寄って来た。一頻り館主小次郎への挨拶を済ませた後、顔を見合わせ何かを言おうとしている。三郎が声をかけた。
「娘御達よ、言いたいことがあれば何なりと申せ。今宵は祭りだ」
その言葉に意を決し、娘の一人が声を上げた。
「孝子様、御無礼とは存じますが、その凛々しき御姿、是非とも近くで拝顔させてください」
「え?」
怪訝な顔をする桔梗と、期待が転じて肩透かしを食らった三郎が対照的な表情を成した。
「三郎さまのお許しが下りている故申し上げます。私達若き
「三郎、残念だったな」
呆然と娘を見つめる三郎の背中を思いきり叩くと、失意の弟は前のめりに倒れ込んだ。
「兄者、酷いではありませんか」
掌の土埃を払って立ち上がる三郎に、小次郎は豪快に笑った。
「孝子、お主を慕っている娘達だ。共に語ってやれば良い」
桔梗の背中も小次郎が押した。三郎同様に押し出された桔梗は、娘達の前に立ち上がる。娘達の潤んだ瞳に見つめられ、どんな対応をしてよいか当惑していた。桔梗は少し振り向き、それに応えて小次郎が頷く。
「何をお話すれば良いのでしょうか」
「こちらにお越しください。みんな、孝子様よ!」
娘の一人が大きく手招きをすると、社の影から大勢の娘達が一斉に飛び出し桔梗を取り囲んだ。
「ゾイドを操るのは難しくありませんか」
「ソードウルフの剣はどれほど鋭いのですか」
「その美しい髪はどの様にお手入れをされておられるのですか……」
不貞腐れて座り込む三郎を励ましつつ、小次郎はまた高らかに笑った。
「あの年頃の娘は、孝子の様な勇ましい女に憧れるものなのかな」
「知りません。どうせ私など……」
嬌声を上げて桔梗の周りに集う娘を尻目に三郎が洩らした。
「そういえば、四郎から話は聞きましたか」
「何をだ。一昨日から景行公の元へ行ってしまって会ってはおらぬが」
頬杖をつき、茅の輪の奥のケーニッヒウルフを見ながら三郎がぼそぼそと語り出す。
「その景行公からの伝言だそうで。
盃を運ぶ手が止まる。
「追捕状、我らへのか」
「何分源家は朝廷との繋がりもあり、仮にも常陸の元国司です。そのうえ下向してきた貞盛が加わっているとすれば、武力に訴えられない分自分達に都合の良い事実ばかりを並べ立て、公儀によって我らを裁く心算なのでしょう。
まだ請願を提出したかどうかはわかりませんが、我らも早めに対策を講じた方が良いやも知れません」
百姓衆の上げる雑踏の中でも、三郎の語る声は小次郎の心中を
追捕官符が認められれば、小次郎達は朝廷に仇為す反逆者(≠叛逆)と見做されてしまう。事態は一刻を争う。明日の早々にも、弁明の書状を携えて出立する必要もあるだろう。
「三郎、野本での戦の記録は纏めてあるな。それと、レインボージャークは飛べるか」
頬杖を解き、小次郎に向き直る。
「ケーニッヒウルフの記録より移してあります。準備は何時でも。レインボージャークも今のところ健常ではありますが、あれを動かせるのはまだ義姉上と兄者のみですぞ」
「俺はレインボージャークで一足先に都に向かう。後からお前が村雨ライガーと、員経と共に入京してはくれぬか」
「滅相もない。都など苦手です」
間髪を入れず三郎は首を横に振った。確かに三郎には荷が重すぎる気もした。雑踏の中、あの
「孝子と員経を伴いたいのだが。お前だけで万一を乗り越えられるか」
暫しの思案の後、三郎が顔を上げる。
「文屋好立殿と、
苦肉の策とも言えたが、手堅くもある。ランスタッグの一群が館の周囲を遊弋していれば、充分示威にもなるだろう。小次郎は力強く頷くと、酒の注がれた盃を高らかに上げて叫んだ。
「今宵は宴だ。思う存分楽しむがいい!」
再び歓声が上がった。その声の背景に、平将門自身の決意が込められていることを知る者は少ない。
この第参拾六話は、思い起こせば本作で最も穏やかな回となりました。
以降、平将門とムラサメライガーの激戦が続いていきます。
この機会に記しておくと、将門と親密なキャラには「小次郎(+敬称)」と呼ばせ、あまり交流が深くないキャラは「将門(+敬称)」と呼ばせています。例外的に伊和員経は「殿」、良子は「あなた様」で、もう一人の主人公である藤原純友は、やはり「将門」で呼ばせています。心の底で惹き合うものがあっても、西と東で反乱を起こして距離的にも遠いので。
坂東での騒乱は続きますが、第四部後半より上洛します。
戦闘シーンの描写には非常に力を入れたので、キャラの名前は飛び越して、ゾイドバトルに注目していただければとも思っています。