『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」   作:城元太

3 / 14
第参拾六話

 刈り入れを終えた水田の畝と土手一面に、曼珠沙華が夜風に揺れていた。

 (かがり)()に照らされた()の輪の向こう側、例年にない豊作に人々は歓喜に酔い痴れる。

 その夜は収穫の祭りである。館主として出向かねばならぬ小次郎は、妻と幼い娘、そして営所警護の伊和員経を残し、村社の境内に三郎将頼と桔梗を伴って参内していた。

 境内に近づくにつれ、碧い獅子も炎に染め上げられていく。続く剣狼と王狼も同じ色に染まっていた。接近する村雨ライガーの姿を見つけた人々は、小次郎達が降り立つ前に幾重にも人垣をつくり、口々に小次郎を讃する言葉を唱えて出迎えた。

「小次郎様、ありがとうございます。お蔭様で大豊作でございます」

「小次郎様がお戻りになられたお蔭で、土地も奪われず、余計な出挙(すいこ)(※稲の強制貸し出し。膨大な利子を取られる)も課せられず、まっことありがたいことで」

「あたりまえだ。我らの小次郎将門様は天下無双、下総に手出しをする受領(ずりょう)はおらんよ」

 小次郎は含羞(はにか)みつつ応じる。

「お前達、ちと飲み過ぎておるぞ。もう出来上がっているではないか」

 前に(ひざまず)く数人の百姓衆(=農業従事者、及び林業、鳥羽の淡海での漁場従事者を含む)は、赤ら顔に笑顔を湛えて(かしこ)まる。

「御無礼があれば(ひら)に御容赦を。ただ、今年の出来は誰のお蔭でもなく、他ならぬ小次郎様のお蔭です。のう、皆の衆」

 オウ! という小次郎を讃える歓声が一斉に上がった。気恥ずかしくもあり、小次郎は奥の社に向かって早足に進んで行った。

「兄者、皆喜んでおりますな。村雨ライガーやディバイソン、そして孝子殿のソードウルフも田興(たおこ)しや導水に駆け回りましたからな。ジェネレーターの生長も順調。漁撈民も満足であろうて」

「いや、俺がどうこうしたわけではない。全ては百姓衆自らの努力の賜物だ」

 傍らで桜色の袖で口許を押さえ、桔梗が笑う。身に纏う真新しい壺装束は、またも員経が与えたものであった。

「御謙遜をされずとも宜しいのではありませんか。殿が命を懸けて戦ったことで、この下総が守られたのですから」

 本堂の縁側に腰を降すと、酒と盃を持った百姓衆が続々とやって来る。

「小次郎様、どうか御一献」

「三郎様も是非」

「孝子様も如何でしょうか」

 茅の輪の向こうの村雨ライガーにも、何人かの百姓衆が集まり感謝の踊りを捧げているのだが、鋼鉄の獅子は迷惑そうに頻りに首を振っていた。

 ふと見ると、(やしろ)の角の影で若い娘たちが三人を覗き込んでいる。三郎が横目で小次郎を見ながら呟いた。

「兄者、そろそろ私を慕う娘達が集まって来たようですな」

「さあて、どうかな」

 盃を次々と干しながらも、小次郎は淡々と答えた。

「お出ましのようだぞ」

 3人の年頃の娘が駆け寄って来た。一頻り館主小次郎への挨拶を済ませた後、顔を見合わせ何かを言おうとしている。三郎が声をかけた。

「娘御達よ、言いたいことがあれば何なりと申せ。今宵は祭りだ」

 その言葉に意を決し、娘の一人が声を上げた。

「孝子様、御無礼とは存じますが、その凛々しき御姿、是非とも近くで拝顔させてください」

「え?」

 怪訝な顔をする桔梗と、期待が転じて肩透かしを食らった三郎が対照的な表情を成した。

「三郎さまのお許しが下りている故申し上げます。私達若き女子(おなご)の間では、孝子様に皆憧れております。普段は射干玉(ぬばたま)の黒髪を(なび)かせ、お館様に健気に御助力なさる姿は何より美しうございます。その上ゾイドに乗ってはお館様にも負けない程の御活躍。なぜそのように美しく、且つそれ程凛々しく戦うことができるのでしょうか。本当に羨ましい限りでございます」

「三郎、残念だったな」

 呆然と娘を見つめる三郎の背中を思いきり叩くと、失意の弟は前のめりに倒れ込んだ。

「兄者、酷いではありませんか」

 掌の土埃を払って立ち上がる三郎に、小次郎は豪快に笑った。

「孝子、お主を慕っている娘達だ。共に語ってやれば良い」

 桔梗の背中も小次郎が押した。三郎同様に押し出された桔梗は、娘達の前に立ち上がる。娘達の潤んだ瞳に見つめられ、どんな対応をしてよいか当惑していた。桔梗は少し振り向き、それに応えて小次郎が頷く。

「何をお話すれば良いのでしょうか」

「こちらにお越しください。みんな、孝子様よ!」

 娘の一人が大きく手招きをすると、社の影から大勢の娘達が一斉に飛び出し桔梗を取り囲んだ。

「ゾイドを操るのは難しくありませんか」

「ソードウルフの剣はどれほど鋭いのですか」

「その美しい髪はどの様にお手入れをされておられるのですか……」

 不貞腐れて座り込む三郎を励ましつつ、小次郎はまた高らかに笑った。

「あの年頃の娘は、孝子の様な勇ましい女に憧れるものなのかな」

「知りません。どうせ私など……」

 嬌声を上げて桔梗の周りに集う娘を尻目に三郎が洩らした。

「そういえば、四郎から話は聞きましたか」

「何をだ。一昨日から景行公の元へ行ってしまって会ってはおらぬが」

 頬杖をつき、茅の輪の奥のケーニッヒウルフを見ながら三郎がぼそぼそと語り出す。

「その景行公からの伝言だそうで。源護(みなもとのまもる)と良兼叔父とが、都に追捕状(ついぶじょう)を請願したとの話です」

 盃を運ぶ手が止まる。

「追捕状、我らへのか」

「何分源家は朝廷との繋がりもあり、仮にも常陸の元国司です。そのうえ下向してきた貞盛が加わっているとすれば、武力に訴えられない分自分達に都合の良い事実ばかりを並べ立て、公儀によって我らを裁く心算なのでしょう。

 まだ請願を提出したかどうかはわかりませんが、我らも早めに対策を講じた方が良いやも知れません」

 百姓衆の上げる雑踏の中でも、三郎の語る声は小次郎の心中を(えぐ)って行った。

 追捕官符が認められれば、小次郎達は朝廷に仇為す反逆者(≠叛逆)と見做されてしまう。事態は一刻を争う。明日の早々にも、弁明の書状を携えて出立する必要もあるだろう。

「三郎、野本での戦の記録は纏めてあるな。それと、レインボージャークは飛べるか」

 頬杖を解き、小次郎に向き直る。

「ケーニッヒウルフの記録より移してあります。準備は何時でも。レインボージャークも今のところ健常ではありますが、あれを動かせるのはまだ義姉上と兄者のみですぞ」

「俺はレインボージャークで一足先に都に向かう。後からお前が村雨ライガーと、員経と共に入京してはくれぬか」

「滅相もない。都など苦手です」

 間髪を入れず三郎は首を横に振った。確かに三郎には荷が重すぎる気もした。雑踏の中、あの人気(ひとけ)()せ返る光景を思い出す。

「孝子と員経を伴いたいのだが。お前だけで万一を乗り越えられるか」

 暫しの思案の後、三郎が顔を上げる。

「文屋好立殿と、多治経明(たぢのつねあきら)殿に協力を願いましょう。更には藤原玄明殿にも声を掛けておいてくだされば、容易に鎌輪には手出しも出来ぬと思います。如何でしょうか兄者」

 苦肉の策とも言えたが、手堅くもある。ランスタッグの一群が館の周囲を遊弋していれば、充分示威にもなるだろう。小次郎は力強く頷くと、酒の注がれた盃を高らかに上げて叫んだ。

「今宵は宴だ。思う存分楽しむがいい!」

 再び歓声が上がった。その声の背景に、平将門自身の決意が込められていることを知る者は少ない。

 

 




 この第参拾六話は、思い起こせば本作で最も穏やかな回となりました。
 以降、平将門とムラサメライガーの激戦が続いていきます。

 この機会に記しておくと、将門と親密なキャラには「小次郎(+敬称)」と呼ばせ、あまり交流が深くないキャラは「将門(+敬称)」と呼ばせています。例外的に伊和員経は「殿」、良子は「あなた様」で、もう一人の主人公である藤原純友は、やはり「将門」で呼ばせています。心の底で惹き合うものがあっても、西と東で反乱を起こして距離的にも遠いので。
 坂東での騒乱は続きますが、第四部後半より上洛します。
 戦闘シーンの描写には非常に力を入れたので、キャラの名前は飛び越して、ゾイドバトルに注目していただければとも思っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。