『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」 作:城元太
下野国府の戦いより一箇月経過した頃の下総。
丹色の狼がやや速足で駆けていた。
狼の足取りが止まり、空を見上げる。
玻璃の翼を持つゾイドが飛んでいた。
「天空レドラー……ソラの連中が来たんだ」
桔梗は、ソードウルフでの領内巡察からの帰路、鎌輪の館に向かう螺鈿色の飛行ゾイドを目にした。
薄らと航跡を曳いて旋回し、高度を下げ、次第に翼を忙しく羽ばたかせつつ着地点を探っている。
希少種の飛行ゾイド来訪に、鎌輪の館の住人を含め、周囲の百姓衆も一斉に空を見上げた。
その来訪が何を意味するか、桔梗には察しがついていた。
「平小次郎将門を、師走廿九日付にて検非違使庁に召喚する」
小次郎を先頭に桔梗を含めた家人が平伏する館の間に、左近衛府
筆頭の英保純行と、随行の英保
告訴状が出された場合、被告の小次郎も原告の源護も検非違使庁に出廷しなければならない。桔梗は小次郎が館を離れることに一抹の不安を感じたが、目に見えて頼もしく成長している五郎将武ら弟達を思い浮かべ、延々と読み続ける官符文面を詠唱の如く聞き流していた。
一通り召喚状を読み上げた英保純行が、畏まる小次郎に声をかける。
「滝口の小次郎将門、これとは別に蔵人頭よりの御伝言がある」
これまでの厳かな口調と異なり私信であることを匂わせる。思わず顔を上げた小次郎が、螺鈿レドラーに反射した光に眩惑され、一瞬目を細める。
「藤原
蔵人頭として仕える、摂政忠平の息子の名だ。
「我らが坂東に下向するとの報せを聞き付け、御伝言を頼まれた。『都に上ったら旧交を温めようぞ』と。しかと伝え申したぞ」
「勿体無い御言葉に御座います」
返答する声が僅かに震えている。嘗ての上司が、未だ自分を忘れていなかった事に感動を覚える、朴訥とした坂東武者の姿がそこにあった。
通達を終えると、3機の螺鈿色のレドラーは長居することなく飛び立っていった。
次に向かうのは源護の館に相違ない。玻璃の翼を見上げつつ、小次郎は鬱々とした感情を逆巻かせていた。
「出立は何時に」
「明日には出る。三郎、下野の戦の記録を準備しろ。村雨ライガーとディバイソン、そしてソードウルフにレッゲル補充だ。レインボージャークを引き出せ、俺がもう一度やってみる」
小次郎は再び挑む覚悟だ。何度試みても意の如く操れないゾイドを手懐ける為に。これまでもの打撲や擦り傷の類は何度も負っている。それでも小次郎は繰り返そうとしている。
桔梗は最早居た堪れなくなった。
「小次郎様」
馬場に引き出された菫色の孔雀に向い歩み出した小次郎に、桔梗が駆け寄った。
「何故にレインボージャークに拘るのですか。海路を使って上洛しても宜しいでしょうに」
小次郎は未だに駄々をこねる幼子のようなゾイドを見つめ、一言ずつ言葉を区切り応える。
「一刻も早く上洛し、身の潔白を示したい。坂東武者には坂東武者の誇りがある。源家三兄弟のこれまでの所業や、叔父上達の不当な領地の略奪行為を露わにし、理は我にあることを正々堂々主張したい。そして申し開きの後すぐに戻る為、レインボージャークが必要なのだ」
桔梗は、歩みを止めない小次郎の横顔を見据えた。意を決して声を上げる。
「操る事はできます、レインボージャークを」
小次郎の歩みが止まる。勢いよく振り返り、桔梗の両肩を強く掴んだ。
「まことか」
桔梗が頷く。
「略奪したゾイドを従わせるため、その活動を制御できる特殊な装置を所持しています」
「なぜすぐに伝えてくれなかった。さすれば俺もこんなに苦労をせずともよかったものを」
増々両手に力が入り、思わず桔梗は顔を顰める。対照的に、小次郎の眼には喜びの感情が満ちていく。
「ゾイド本来の野生的な能力は低下する故、軽々しく供する事を躊躇っておりましたが、これ以上小次郎様が傷つくのは耐えられません。ゾイドに苦痛を与えるものの、是さえ装着すれば、人の操縦を嫌でも受け入れさせることができます」
掴まれた両腕の痛みの為、桔梗は思わず本音を漏らした。
「それに、私が良子様のゾイドを扱うのが心苦しく……」
「何を言うのだ、桔梗らしくもない」
小次郎は桔梗を激しく揺さぶった。まるで豪胆な戦友に接するように。
桔梗は心の中で、深い深い溜息をつくのであった。
「孝子殿、お館様をお願いします」
乳飲み子多岐を抱いた良子が、頭部を思いきり下げたレインボージャークの下で見上げている。母として穏やかな微笑みを手向ける裏で、妻として最愛の夫を別の女性に預ける口惜しさが滲み出ていることに、桔梗は気が付いていた。
「良子、案ずるな。孝子のゾイドの腕は秀逸だ。必ずすぐに戻ってくる。
員経、主がディバイソンにて到着するのを一足先に都で待っている。取り敢えず興世王殿の館に伝言を頼むつもりだ」
「須賀家の
厩の中で、村雨ライガーが寂しげな顔をしてレインボージャークを見つめる。
「村雨ライガーよ、暫しの別れだ。俺の留守を頼む」
小次郎の声が聞こえたのだろう。碧き獅子は甘えと悲しみとが絡み合った唸り声を上げる。
「桔梗、頼むぞ」
「はい」
理不尽な想いが駆け巡る。
(なぜ〝孝子〟の名で呼んでくれぬのだろう。その名は群盗時代の名前に過ぎないのに)
複雑な感情を抱きながら、菫色の孔雀は坂東の地を飛び立った。
都まで二日の旅路である。長く伸びるレインボービームテイルが日差しを透かし、地に菫色の影を落としていた。