『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第四部「坂東燃ゆ」 作:城元太
検非違使別当を始め、佐、大尉、少尉、大志、少志、府生全員が左検非違使庁の庁内に揃うのは異例中の異例であった。高圧的な態度を取ろうとしても、何処か小次郎に対する畏れがあるのか視線が泳いでいる。
検非違使庁長官にとって幸いであったのは、小次郎が持参したケーニッヒウルフが撮影した映像であった。天蓋が下ろされ、薄暗い庁舎の白壁に、良兼や良正の搭乗するダークホーンやアイスブレーザーが下野国府西門より逃げ去る姿が映写されている。音声を記録しなかったので、水守・上総勢の敗走の姿が無音のまま淡々と映され殊更に惨めであった。映像には国府玄武門より手勢を抑え、一切の破壊を諌める小次郎の凜々しい姿も残っており、臨席した者に概ね好感を抱かせた。
映写が終わり、視線を合わせず向き直った別当が小次郎に問いかける。
「平将門、是より略門に入る。弁明したき義があれば述べよ」
平伏を解き正面を見据える。別当が小さく身震いした。
(情けない。これが都の役人、そして俺が望もうとしていた役職なのか)
心底の幻滅のため、小次郎は暫し言葉を失っていた。
刹那の沈黙の後、野太い坂東武者の声が庁内に低く響く。
「畏れながらこの平小次郎将門、田舎者故に訥弁の為、先程の映像が全てです。詳細は提出した問注記に記載しました。不義は源護、及び平良正らにあること、訴えるばかりです」
小次郎は成長していた。嘗て滝口の武士として無為に役職に就いた頃とは異なり、都の穢れと己の立場も理解していた。
「相分かった。
気忙しく書類に目を落とすと、別当は立ち上がり去って行く。あまりに僅かな時間であった。
自ら寄宿先を申し出た興世王の屋敷に戻ると、俟ちかねていた家主が駆け寄る。
「如何でしたかな、将門殿」
随伴していた桔梗が遮った。
「興世王様には大変お世話になっております。ですが殿はお疲れ故に、詳細は私が」
言葉通り、小次郎は疲れ切っていた。声を発するのも億劫で、このまま直ぐにでも横になりたいと思い、その旨を桔梗に伝えていた。検非違使庁の門外で待っていたツインホーンに乗った途端、躰全体の力が抜けるように頽れていた。
小次郎の姿を察し、それ以上は興世王も問い掛けなかった。
「孝子殿の様なお美しい方であればお話を伺うのはありがたい。将門殿、どうかゆっくりなさってくだされ」
馬場に去って行く小型の象型ゾイドを目で追い、小次郎はそのまま控えの間に倒れ込むと、寸刻を待たずに眠りに落ちて行った。
夢を見ていた。
村雨ライガーに乗って、坂東を駆け巡る夢だ。
そして村雨ライガーが疾風ライガーにエヴォルトし、更に炎の矢となって疾駆する。
ただ何気ない、坂東の日常だった。遠くに鎌輪の館が見える。
ふと振り向くと、館が燃えていた。
「良子!」
半身を起して跳び上がると、既に辺りは夜半を迎えていた。
「漸くお目覚めですか」
皐月、坂東では厳冬を迎えているというのに、都のある東方大陸北島では既に汗ばむような夜である。薄壁を挟んだ隣の間から、桔梗が御簾越しに問いかけていた。
故郷の香りが懐かしく、小次郎は迷わず桔梗を部屋へと招いた。
「村雨ライガーに乗っている夢を見た」
「よっぽどゾイドが気になるのですね」
桔梗が静かに笑う。宵の風が庭の木々を靡かせている。
「先ほど伊和員経様より便りがありました。数日の後、ディバイソンと共に上洛できると。献上品も一緒だそうで」
「そうか」
小次郎は軌道エレベーターに懸る三日月を見上げた。
献上品、所謂賄賂である。止むを得なかった。坂東で鍛えたメタルZiの銑鉄(銑リーオ)などを官人に贈答しなければ、いつまで審議が長引くかわからない。百姓衆が心血を注いで集めたものを、無為に渡さねばならない悔しさを思いつつ、片や棟梁である自分が長く下総を離れていれば再び戦の惨禍を繰り返すかもしれない。ケーブルの先に月光を受けて輝くジオステーションを睨み、小次郎は唇を噛み締めていた。
盛大に腹が鳴る。帰宅してから何も口にしていないことに気付いた。
「お食事に行かれますか」
桔梗は口元を必死に抑えている。小次郎は大きく伸びをして立ち上がる。
「飯を食いに行く。主ならば何処か美味い飯を食わしてくれる場所も知っているだろう」
笑いをかみ殺しながら頷く桔梗を前に、小次郎の腹の虫はもう一度鳴いた。
堪らず噴き出す桔梗。温かい月の光が、二人を包んでいた。
跳び込んだ飯屋で、周囲の客が驚くほどの量を平らげた小次郎が、まだ不服そうにして店を後にした。
「都の飯は薄味でいかん。喰った気にならん」
「いい加減にしてください。良子様に叱られますよ」
呆れ気味に諌める桔梗の声も聞かず、小次郎は飯屋を探し、夜の都を睥睨する。
大路を含め、小路の彼方此方にも浮浪の民が横たわっていた。ゾイドウィルスに冒され放置され、石化したブロックスも散見される。爛熟を越え、頽廃に向かう栄華の跡がそこにあった。
ふと、暗闇から甲高い鐘の音色が聞こえてきた。浄土を唱える念仏が響く。
(鉢叩きか)
遊行をしつつ、放置された死者を弔う宗教者が、当時数多く都に流れ込んでいた。中には破戒僧としか思えない無法の輩も多く、嘗ては権威を持って扱われた聖者達も、今はただ似非の托鉢で身を賄う者も多いと聞く。
厄介事は御免だ。今は神も仏も信じる気分ではない。
小次郎は闇に背を向け、別の飯屋を捜しに桔梗を急き立てようとした時だった。
「平将門殿とお見受けする」
闇より、ぼろぼろの衣を纏った小柄な乞食僧が小次郎の眼前に忽然と現れていた。
桔梗さえその気配を読めないほどの間合いである。
思わず小次郎は応えていた。
「如何にも。私を御存知か」
灯りの下に現れた僧は、片手に持った鉢を納め、もう片方の手にもった錫杖を地面に突くと、小次郎をゆっくりと見上げつつ呟く。
「拙僧の名は光勝。だが皆には空也と呼ばれておりまする」
曳きこまれるような眼力に、小次郎は身じろぐこともできなかった。恐れなどではなく、温和な瞳であったが、それが空也と名乗った僧の徳の為すものなのかと、虚ろに思っていた。
「空也上人殿、して私に何用でしょうか」
戸惑いつつも、小次郎は視線を逸らすこともせず問いかける。空也は笑った。目尻の皺が目一杯刻まれた。
「平将門殿、拙僧の申し出を受けて頂ければ、一匹のゾイドを進呈しましょう」
「ゾイドですか」
「小次郎様、いけません」
ゾイドと聞いて身を乗り出す小次郎を、桔梗が押し留めようとする。
当然無駄であった。
「左様、猩々を模した黒きゾイド。その名をデッドリーコングと申す」
小次郎は既に、この怪しい乞食僧の誘いから逃れられなくなっていた。
将門と桔梗の最も穏やかなひと時が表現できたの満足しています。
今後の激動の展開を前に、しばしの安らぎを与えられたことと一緒に。
桔梗の前、とても気に入ってました。
本作の執筆の動機の一つが、この桔梗の前を描き切ることでもあったので。
で、「桔梗の人」って、誰のことを示しているか、判ってくれる人、何人いるんだろう……。