小さな巨人 作:オフサイドマン
県大会初戦を迎える前日のことだった。
蹴司の家の寺院の1室、机を介して蹴司と優希と優人、サッカー部のキャプテンの宮崎が向かいに座る蹴司の姉・夏と祖父・哲司にあるお願いをしていた。
「ダメ、絶対ダメ」
「そこを何とかお願い、夏さん」
お願いとは蹴司をサッカー部の県大会の試合から出させてほしいとのことだった。それを聞いた夏は頑なにダメと言い、また蹴司に怒った。
「蹴司、あんたなんで黙って隠れてやってたの」
「い、いや。僕は……」
「自分が喘息だってこと分かっているよね」
それは蹴司だけでなくその場にいた優希たち3人にも言っていた。
「で、でも! このままだと一条がインドネシアに!」
「宮崎くんだっけ? 周りに頼る前に自分たちでどうにかしたらどう?」
そう厳しく問い詰める夏に蹴司は、そこまできつく言わないでよ。と言うが、本当のことだからとそっぽを向く。
「夏さん、本当に蹴ちゃんすごいです! 5日前から練習に――」
そう優人が、内緒でさきに練習に加わってい居たことを話そうとしたので両隣にいた優希と宮崎が口元を抑える。
「あんた、練習に加わったの?」
「うっ、うん……」
正直に答えた蹴司に夏はとんだ困ったものだと頭を抱える。
「で、でも! 姉ちゃん! 僕が出場する時間は多くて10分ちょっと。それぐらいなら大丈夫だって練習でやったんだよ」
それを聞いてさらに表情が怖くなる蹴司の姉・夏に、優希たち3人は怒られるのかと思ったが、ため息がこぼれた。
「……。戦力として数えられているの? 蹴司は?」
そう宮崎に聞く夏に宮崎は入っていることを伝え、一度座っていた場所から下がって畳に頭を下げてお願いした。
「お願いします! 俺たちも必死に頑張っています! でも、このまま可能性が低い厳しい状況を少しでも打開できるのに蹴司くんが必要なのです」
そう言った宮崎に続いて優希と優人も頭を下げてお願いした。それを見た夏は少しの沈黙の後、隣でお茶をすする祖父・哲也に声を掛けた。
「爺ちゃん、ちょっとだけならいい。私も明日部活休ませてもらっていくからさ」
『!!』
認めてくれたことを喜ぶ3人だったが、夏の咳払いで身が縮まる。
「で、どうなの、爺ちゃん?」
「やらせたらいいじゃないのか。別に」
「そういうことみたいだから、いいわよ」
それを聞いてよしっと喜びを示す4人だったが、夏に条件を出される。
「まず1つ。出場は10分以内! それ以上はダメ!」
「はい! そこは先制とも打ち合わせ済みです!」
宮崎はすでに顧問の先生にも承知済みだと伝える。
「はい! それと絶対交代枠は1枚以上を残してもらう状況で出ること。交代枠がラスト1枚で出すのは絶対ダメ。もし10人でも戦う覚悟があるなら別に構わないけどね」
「気合見せるよ! 夏さん!」
「その条件なら呑んであげるわよ」
「! ありがとう夏さん!」
優希はありがとうと幼馴染の姉貴分に頭を下げた。
「それと――――」
――――龍ちゃんを引き留めてみせなよ!
△▼△▼
県大会1回戦。相手はクラブチームの麻倉キッカーズには絶対的守護神の渡辺健太がいた。その渡辺を中心とした堅守のチームに大浦東は後半23分が過ぎようとした時だった――――
「止めて!!」
攻撃に転じていた大浦東だったが、カウンター攻撃から一気にピンチを迎える。全員が1点を追いつくために必死に攻めていたところを突かれた――
――――決まった――!!
――――大きな追加点が決まった!!
0-2。残り10分を切りそうなところで痛恨の失点。相手の渡辺の調子を考えれば絶望にも見える失点だった。
「顔上げろ! 行くぞ!!」
龍はすぐにボールを貰ってリスタートとするように指示を出す。残り10分で2点差。交代カードは1年生の諸星が奮闘した分に足が攣ったこともあって残り1枚の状況だった。選手交代がされた。
「ん? 小さい26番……足の止まって来たうちを守備ライン狙いか」
相手の渡辺もすぐに大浦東の選手交代に気付いた。ピッチの前に立つのは蹴司だった。少し履きならした程度の真新しいスパイクのひもを締め直して、交代選手とハイタッチを交わして前線へ入った。
「26番! スピードあるタイプだぞ! 気を付けろよ!」
DF陣に指示を出す渡辺、それに頷く麻倉キッカーズのDF陣たち。
「龍くん、僕頑張るから!」
「あぁ、頼むぜ」
さっそく龍からのリターンを受けてセンターサークルからリスタート。蹴司はすぐに宮崎に預けて前線へ走った。
「ここで2点差……厳しいな」
「諸星が抜けてパスの出し手が減った。前線に張る蹴ちゃんに渡れば――」
そう話す優希たち。それに、応援に来たアンナはいつも一緒に見ていた蹴司で大丈夫なのかと困惑した様子だった。それは近くにいた応援に来た小学校の頃のチームメイトで今はレッズのJrユースの立彦も。
「大丈夫。まだ蹴ちゃんが入ったことで可能性がある!」
ボールをしっかりと短くつないだ大浦東は左に開いて足元に要求した蹴司へパスを送った。この時、蹴司の対面のDFについたのは守備面だけでなく攻撃でも1点を奪ったボランチの永野だった。
この時、麻倉は慌てずにこの2点を守るべくしっかりと守備の陣形を整えた。
(非力なタイプ……やっぱり前線のCBとはやり合いたくないから避けたか……)
ボランチの永野はいつパス・ドリブルが来てもいいように待ち構えた。
「蹴司!!」
この時、龍がフォローに入ろうとした時だった。永野はパスを選択すると思った。しかし――――
「なっ!?」
ドリブルで一気に蹴司は抜き去ったのだ。それを見て龍もポジションをエリアの方へ近づける。
「一条に入れさせるなよ!」
そう指示が飛んだ時、蹴司は2枚にSBとCBの選手の二人から見たらここでパスだと思った。
「さらにドリブルで抜いた――!!」
「強引に突破した――!!」
蹴司は一気に2枚も抜き去り、ペナルティーエリア内へ侵入。最後の砦、GK・渡辺もすぐにコースを限定するように距離を近づけた。
(よし! 止められる!!)
渡辺はそう思った。
「蹴ちゃんが
スタンドで見ていた優希が自信をもってそう言えるのも1週間前に見たトラップもそうだったが、やっていた環境からだった。ずっとやっていた場所がエリア内の大きさが境内の広さと同じ、ゴールの大きさが階段の段差と手すりの幅で調整されていたことを龍が気づいたのを聞いたからだった。
「止めてやる!」
渡辺はドリブルで突っかけてきた蹴司へ止めに身体を投げ出して入れようとした。この時、誰もが止められると思った。が、以外にも結果は大方の予想を反した。
「なっ!? 飛ん――!」
渡辺は蹴字が前に取れない位置へ出したことで一気にボールへ足を出した。でも、それは誘いだった。ギリギリのところにボールをさらして蹴司は一気にボールを足元に乗せて飛んだのだ。
――き、決まった~~!!
最後は無人のゴールに転がすだけだった。
「う……、うぉぉおお――――! 1人で決めやがった!」
「3人抜き……、いや! GKの渡辺も抜いて4人抜きだ!」
試合は残り6分で1点差。同点を射程圏内に戻した。
得点を決めた僕はすぐさまリスタートするためにゴールの中に入ったボールをもってセンターサークルへ運んだ。
「よくやった! 神崎!」
「蹴ちゃん! すごいよ!!」
宮崎くんと優人くんがそう言ってくれて良かった。
「ナイス蹴司! よくナベケンにも立ち向かえたな!」
そういってハイタッチを交わした龍くんと僕。
「ご、ごめん。シュ、シュート忘れてた」
僕はあの場面、とにかくゴール近くまで行って決めることだけしか考えてなかった。でも決まったし良かった。
「もう1点だ! もう1点行くぞ!!」
そこから僕たちはまず同点を目指して必死にボールを追った。宮崎くんと優人くんは試合前に得点だけを考えてくれって言ってくれた。僕はとにかく前線で待つだけだ。お願い、みんな。
そう思い自陣でボールをキープされたけど、体を張ったDFでボールを奪った。
「あと2分!!」
あと2分を切った時だった。相手のボールを敵陣で触れたが、転々とサイドラインに行った。
「大田!」
そこを途中で入った太田君がギリギリで残した。
「いけ! 神崎!」
一本のパスが僕に入った。相手はボールが出るものだと思って足が止まっていた。
「前向けるぞ!」
「仕掛ける前に止めろ!」
相手のGKの指示通り、前にドリブルで抜かれたことを警戒したのと、あの場面。パスも出せたことから潰せるときに潰すべきと判断したのか僕の持つだろうボールへスライディングを掛けてきた。
「くっ!?」
だけど、僕は反転をしながらボールを横にそらして前を向いた。
(やばいっ!)
僕はこのまま――――
「あっ」
後ろから足、じゃなくて手を掛けられて倒れそうになった。ファウルになる、と思ったけど僕の視界にパスを要求する仲間が見えた。
「宮崎くん!」
僕は倒れながらも右足を延ばして宮崎くんにパスをつないだ。アドバンテージが取られてプレーはそのまま続く。
僕は倒れながら宮崎くんのプレーを見届けた。選んだ選択肢は思い切ってシュート。その思いっきりが相手の手に当たったのが見えた。
――――ピィ!!
主審の笛が鳴って場所を指さした。いい位置でのFKだった。
「宮崎!」
「よくシュートに行った!!」
思い切って宮崎がシュートに行ったことで相手のハンドを誘った。それも絶好の位置。
「宮崎!」
「大田! 良く残してくれた!」
スタンドで見ていたアンナの祖父。ミルコ・コヴァッチはただの不運でなく、諦めずにボールを残した11番の太田の動き、そして倒れながらもパスを送った蹴司の粘りから生まれたものだと思った。
「早く! 壁作れ!!」
指示を出すGKの渡辺は、反省は後だとチームを支える。
「死守するぞ!」
FKの位置には宮崎と龍がいた。
「一条……決めてくれ」
そう宮崎はFKを託して壁に入った。
そしい、ボールをセットする前に龍が誰かを呼んだ。蹴司だった。
「(どうしたの龍くん?)」
「(蹴司、大丈夫か?)」
「(う、うん。大丈夫だよ。龍くん、お願いがあるんだけど……)」
「(何?)」
「(僕、左利きだしダミーになるから横に立っていてもいい?)」
本当はそういう意味でなくただあの日、スタンドで観た龍のFKをまじかで見たかっただけだった。蹴司は小さな声で聞くと、龍は親指を立てた。
それを見て前半FKの位置にいた優人が離れた。
FKの位置に右利きの龍と左利きの蹴司が立つことでどちらが蹴ることはGKの渡辺は分かった。
(でも、蹴るのは龍だ!)
――――ピィっ!
審判の笛が鳴った。龍はワンテンポ入れてから助走位置からボールへ向かい蹴った。
『あっ!?』
この時、壁はしっかりと飛んでコースを防ぐつもりで高く飛んだ。しかし、龍は読んでいたかのよう、その高く飛んだ壁の下を張りの糸を通すように流し込んだ!
「大浦東! 土壇場で!! 追いついた――!!」
龍の狙いをすましたFKは、相手の好GKの渡辺を動かせないほどの精度だった。
0-2から残り10分で何とか追いついた大浦東。これならいけると思った時だった。
「お、おい。大丈夫か!? 蹴司?」
龍が駆け寄って喜んでいた蹴司の息遣いがおかしいことにすぐさま気付いた。蹴司は発作じゃないから大丈夫だというが、優人と宮崎はちょっとでも異変が出たらピッチから出ることを約束していた。
「蹴ちゃん、よくやったよ。後は僕たちに任せて!」
「任せろ、神崎! 俺たちが勝つからゆっくりしておいてくれ!」
チームも10人になる可能性があることは頭の中に交代枠1枚で入った時には入っていたので覚悟は決まった。
「あっ! 蹴ちゃんが!?」
スタンドにいた優希たちメンバーもピッチから戻らない蹴司に気付いた。それにいち早く気づいたのは蹴司の姉・夏はすでにスタンドから出ていた。
そこから大浦東は10人で何とかしのぎ、ラストプレーでロングボールを前線に入れたが通らず、ここでホイッスルが鳴った。
「70分で決着つかず、PK戦!!」
試合は決着つかず、PK戦にもつれこんだ。
PK戦は残酷だ。誰かが外すまで続ける決着方法だと気づいたのは龍くんの人生が掛かった試合で気付かされた。
『うぉぉおお!!』
「どるあ――!!」
「いやったぁ!!」
自分たちが敗れたことによって――。
僕はこの時ほど、自分の病気を恨んだことはなかった。ピッチに居れば、最後の攻撃も得点機にできる自信があった。でも結局何もできず、ただスタンドからベンチで見守ることしか変わらなかった自分が――――、何より悔しかった……。
ここで、本大会への道は閉ざされ……。龍くんを連れて行くという目標は潰えた。
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