小さな巨人   作:オフサイドマン

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第3話です。




第2節 まだこれからも

 あの日の試合の後だった。龍ちゃんはやっぱり日本に残りたいとおばさんに伝え、すでにインドネシアにいるおじさんにテレビ電話で自分の思いを伝え日本に残ることをお願いした。それにおじさんは応えてくれたみたいで、日本に残ることが決まった。

 決まったらすぐに私たちの家に報告に来てくれた龍ちゃんは、すごく嬉しそうにこれからも一緒にいれると伝えてくれた。

 

「蹴ちゃんにも伝えに行こう!」

 

 すごく悔しそうだったのと、後悔した表情を見せてたのも龍ちゃんも分かっていたから私たち3人は蹴ちゃんの家、青龍寺へとすぐに向かった。

 

「良かったね、龍ちゃん」

「ありがとう、夏さん」

 

 出迎えてくれた夏さんだったけど、蹴ちゃんの姿がなかった。どこにいるか聞くと、あの裏の方にある蹴ちゃんの隠れ家だった。

 

「おーい。蹴――」

 

 蹴ちゃんを呼んだ龍ちゃんだったけど、少し呼ぶのをやめた。

 

「こんな事……、ずっと一人でやってたのかよ」

 

 今も1人ボールを高く蹴りあげてる蹴ちゃん。そしてすぐにトラップして階段に身体を向けてシュートを放つ練習を繰り返していた。

 

「今日ね、あの後一応病院に行ったのよ」

「だ、大丈夫でしたよね?」

「大丈夫よ、優希ちゃん。発作でも何でもなかったから。それで病院の後帰ってきたら私の作るカレーそっちのけで、ずっとあぁやって蹴っているの」

「ご飯も食べずに?」

「うん。よっぽど悔しかったみたい。もし負けることになっても最後までピッチに立っていたかったのよ」

 

 それを聞いた私たちは、これまで小学校の時から今日の試合に出るまでの日々をスタンドで小学校のころまでだったら私たち3人を、中学の頃は龍ちゃんと優人をどれだけうらやましく悔しい気持ちで眺めていたのかが計り知れなかった。

 

「今日はありがとう。蹴司を……、あのピッチに立たせてくれて」

 

 夏さんは涙をぬぐっていた。きっと姉として弟のことを思っての涙だった。

 龍ちゃんも、蹴ちゃんが今日の試合に出てくれたから自分は日本に残りたい1つになったしこれまでのことも感謝していた。

 

「蹴司! 龍ちゃんたちが来ているよ!」

「!!」

 

 夏さんがそう言うと、すぐに反応して蹴ちゃんは重い足取りでやって来た。けど、龍ちゃんの口から高校からも日本に残ることを聞いた時は、表情一転して本当に嬉しそうだった。

 

「これからも一緒にサッカー出来る……」

「おう」

 

 龍ちゃんが1人日本に残ることを聞いたあとからだった。蹴ちゃんの喘息も少しずつだけど、ちょっとずつ良くなっていたらしい。それもあって私たちと蹴ちゃんを含め、引退して受験勉強の合間を縫って高校でもすぐにサッカー部の練習について行けるように宮崎の誘いで宮崎兄のフットサルサークルへお世話になることになった。

 

 

 

 龍くんが日本に残ることが決まってからだった。いいこと続きに僕の喘息も少し良くなってきたと先生の診断を受けて――

 

――すこしずつ運動してもいいよ。

 

 それを聞いた時はやっと後ろめたい気持ちなしにサッカーが出来るんだと思い、その場で大きく喜んだ。

 

「ぷ――――」

 

 それから数日が経った頃、僕はすごく不機嫌だ。そうアピールしている。

 

「ダメだよ、さっき思いっきりぶつかったでしょ」

 

 隣にいた僕の監視役であるピッチから戻って来た優希ちゃんに止められるも、僕は諦めないよ。

 

「だって、大丈夫だもん!」

「それでもダメ、夏さんから渡されたマニュアル表に書いてある通りにしないといけないから」

 

 そう言って表紙には“蹴司の扱い方”とお姉ちゃんの字で書かれてあった。何。それ? 僕の取説みたいじゃないか!

 

「僕は機械じゃないんだよ」

「そうは言ってもダメだよ。私、夏さんに頼まれているから」

 

 僕の監視役はものすごくお堅かった。

 今はフットサルコートでフットサルの試合をしていた。相手の大学生と僕たち宮崎くんのお兄さんのサークルグループで試合をしていたけど、僕は最初に1点を取った。だけどそれが向こうにしたら気に食わなかったみたいで無理やりタックルを、ボールを持ってないところで受けて交代を余儀なくされた。

 

「優希、試合なの」

 

 僕たちがベンチで試合を見守っている時だった。いつもよく龍くんたちの試合に観戦に来て応援してくれるアンナちゃんとアンナちゃんのおじいさんがやって来た。

 この試合、相手の大学生が僕たちのグループとダブルブッキングしたことで係りの人を引くほど責め立てたところをみんなが引き下がろうとしたけど、龍くんが試合をすればいいんじゃんっと言ったことから始まった試合だった。

 

「勝った方が残り時間コートをしよう。負けた方がコート使用料を持つって条件で戦ってるわけ」

「いいね! 燃えるじゃない!」

 

 その説明を受けたアンナとおじいさん。おじいさんは何かをアンナちゃんに話していたけど……

 

「え?」

 

 アンナちゃんは困った顔だった。後からアンナちゃんから聞いたらおじいさんが試合に出ると言ったらしい。今も固い体を柔軟で伸ばしているけど大丈夫なのかな……。

 そんなことを思ってみている間に、相手の南芳大の人が得点を決められて4-1にリードを広げられた。

 そしてそのすぐ後におじいさんはゲームに入ったけど……

 

『違う!!』

 

 龍くんのパスに不満なのか怒鳴った。みんなびっくりしたけどアンナちゃん曰く、サッカーの本質を教えよう! と言ったらしい。

 一体本質とは何だろうと思い、おじいさんの動きを見た。

 

「! とっ……」

 

 とても強いパスを出したおじいさんはすぐにボールを受ける動きをしていた。龍くんはスペースに出したけど通じなかった。やっぱりダメかと思った僕たちだったが、その後だった。インプレー中にもかかわらずおじいさんは龍くんの腕を取って何かを説明しようとした。

 

「た、タイムアウト要求! タイム!」

 

 なんとか宮崎のお兄さんがプレーを切ってくれたこともあって一度タイムアウトが取られた。

 

「わざわざプレーを難しくする必要はないってさ」

「え?」

 

 あのあと、アンナちゃんの通訳でおじいさんの真意が聞けた。サッカーの本質は、止める・蹴る・動くの3つで至ってシンプルだということを。そして、最後にパスは速くて強くだと伝えて1分間のタイムアウトは終わって再開された。

 

 龍くんは言われた通りにおじいさんへ速くて強いパスを出した。それをおじいさんはいとも簡単に止めると、最後も龍くんと同じように優人くんへ速いパスでラストパスを送った。

 

「ど、どんだけ高いレベルのパス回しだよ!?」

 

 おじいさんと代わった宮崎くんが言うように、速いパス回しで一気にゴール前にいた優人くんの許に行ったけど、優人くんはトラップミスで最後は何とかシュートに運ぶのがやっとでゴールとはならなかった。でも、あの場面しっかりと優人くんがトラップ出来たら完全な決定機だ。

 

「そうか! 僕おじいさんと代わる!」

「え? だ、ダメ! まだ――」

「呼吸が落ち着いたら大丈夫ってノートに書いてあったよ」

「い、いつの間に……」

 

 僕はすぐに交代できるように準備して交代した。

 

 

 

 

 あの後、ミルコは代わってベンチに戻ってきたがやはり激しい運動はきつかったのか額に汗が落ち、息が荒かった。

 

「ふぅ――さすがに堪える……」

「おじいちゃんうまーい! 凄かったんだね!」

「少年は気付いてくれただろうか……いかに自分が独りよがりなプレーを続けてきたかを……」

 

 それを聞いた孫のアンナは龍のどこかが独りよがりなのかを聞く。思い当たる節がなかったから。

 

「チームのすべてを背負い込もうとすることが……だ」

 

 そして、ミルコは鎖の強さの話をした。鎖とはチーム、輪は選手にたとえて強靭な輪が頑張ろうと、鎖は弱いところで切れる。その認識が甘いとミルコは考える。

 

「何よ! 龍の頑張りが無駄だったってこと!?」

 

 アンナにそう言われ、ミルコはそんなことはない。が、龍が自身と同等以上のチームメイトを持った経験がないのだがそのためで肌感じることもままならなかったのだろうと。サッカーの本質を。

 現代サッカーは時間とスペースを削り取る方向に向かっている。その中でもフットサルのスペースで養うのはいいとミルコは思い、ダイレクトパスやスペースのチャレンジするパス、失敗はつきものだが、足元へのパスは成功率100%決めないといけなかった。基礎なだけに。

 ミルコは常々。日本人の技術の捉え方がヨーロッパの経験のある自分から見て間違っていると思っていた。華麗なフェイントやスルーパス以前にショートパスの能力が低ければ、ゲームをコントロールすることは困難であることを。

 

「だが、龍は幸運にもあの少年がいた」

 

 あの少年とは、蹴司のことだった。

 

「あの少年が、喘息でありながらもボールを使った練習を1人でやってきたこと。まったくもって無駄じゃなかったよ」

 

 そう話した時だった。蹴司は龍から早いパスをゴール近くで受ける。

 

(このパスだったら、相手の寄せも遅い!)

 

 この速いパスで自由になれる。でも、1人じゃできない。みんなが必要なんだ。

 

「よぉし!」

 

 その後、蹴司たちのチームが1-4から怒涛のゴールラッシュで6-4の勝利をものにした。

 

「じいさん……」

 

 龍はベンチに座っていたミルコに親指を立ててグッドサインをした。しっかりと伝わっていた。

 ミルコもこれで気兼ねなくヨーロッパに発つことが出来るとつぶやくのだった。

 それからも受験勉強をしつつ合間を縫ってフットサルで足元を磨き迎えた4月――――蹴司たちは高校生になった。

 

「お姉ちゃん! 僕は龍くんたちと一緒に行くから」

 

 真新しい私立・武蒼高校の制服を身にまとって。

 

「こらぁ、蹴司! お父さんに挨拶していきなさい!」

 

 姉・夏にそう言われて、急いで蹴司は父のお仏壇の前に正座で座り拝んだ。

 

――――お父さん、僕は今日からお父さんがいたサッカー部へ入ります。

 

 神崎蹴司、新たなスタート地点に立つことが出来るのであった。




またよろしくお願いしますね。

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