ヴィヴィオはそれでもお兄さんが好き 作:ペンキ屋
ではよろしくお願いします。
世の中とは恵まれた者とそうでない者がいる。それは等しく平等で。いい時もあれば悪いときもあるだろう。ただし、それを引っくるめても明らかに恵まれてない人間は確かに存在する。
この古く今にも崩れ落ちそうな二階建てのアパートに住む青年もその1人だ。彼を青年と言ったところで差し支えない。ただ、20歳は超えていると言っていいだろう。
しかしそんな年齢でも彼は数多くの物を失っている。いや、あまりにも失い過ぎている。幼い時に彼の両親は他界。さらには4年前に起こったある事件を機に、彼は自らの右腕。肘から下を失っている。
また、彼の不遇はこれだけに収まらない。それは左足。彼の左足は膝から下が存在しない。これも4年前のある事件が要因だ。
恵まれていない。明らかな人生の差。生きて行く上で、取り返しのつかないハンデ。それを彼はよく思っていない。何故自分が、それもあるだろう。だが、1番彼を苦しめているのは人が人に向ける明らかな視線。劣っていると見られる視線だった。普通の人間が簡単に出来ることを彼は時間をかけなければできない。言い訳以前に不自由であるが故の仕方のない必然だ。でも世の中というのは残酷にして差別が絶えない。誰もが優しい訳ではないのだ。
4年前まで管理局と呼ばれる組織で働いていた青年は嫌と言わんばかりにそれを味わった。出来る事を否定され、視線は殆どが上から。見下し、他人の足元を見させられる。
勿論そんな人間ばかりではない。しかし今の彼はそうでなくても全てがそう見えてしまうのだ。
穏やかでない不安定な精神状態。今の自分が何より嫌いだから起こる一種のトラウマ。世の中を嫌い、人を嫌い、己自身をも嫌う。だから彼はいつも独りだった。自らが望み、望まない事。
どうしようもなく、変えようもない。それが彼の生きる現在の人生。
誰とも関わらない。友人なんかいらない。この部屋からでる事すら、彼にとっては苦痛。
そのため彼はニートである。当然、社会に身を置きながらそこから逃げ出した者として世間からは後ろ指を刺されていた。ここで1番問題なのは自分が人を嫌う為、人からも好かれない。つまり誰も彼を慕う者がいない。同僚も皆、彼を心配しながら彼を見捨てたという事だ。
ただ1人……まだ初等科の女の子をのぞいては…………
「お兄〜さ〜ん! お兄〜さ〜ん! ヴィヴィオが来ましたよ。開けてくださいよ〜。いるのは分かってるんですよ〜」
青年の玄関を叩くこの女の子は4年前の事件の関係者。被害者と言ってもいい。が、同時に彼からすれば加害者と呼べる。何を隠そう彼の左足を奪ったのは彼女だからだ。ただ、間違えないで欲しいのは彼女の意思で彼の足を奪った訳ではないという事だ。当然の事ながら彼もそれは理解しているし、それに関しては何の後悔もしていない。むしろ、今自分などに関わろうとしてくれる彼女の為に失った物ならば安いものとして受け入れている。
「何だ……また来たのか」
「はい! 入ってもいいですか? 」
「いや、帰れよ」
「え……せっかく来たのに帰れなんて言うんですか? うっ、うっ……私泣いちゃいますよぉ? 」
青年はせっかく来た彼女を追い返そうとするが、彼女はすぐさま目に涙を溜めながらあざとく青年に上目遣いを始める。普通なら押し負けるところだ。ただ、彼はそんなに常識的に優しい男ではない。基本的に人や、馴れ合うのを嫌うのだから。
「いいよ。好きなだけ泣けばいい。だから帰れ」
「……スゥゥ、誰かぁぁぁああああ、私襲われるぅぅぅううううう!! 」
「ちょっ、馬鹿何して!? 」
「へへ、入ってもいいですか? 」
「本当……いい性格してるよなお前」
騒がれる事を恐れて青年は彼女を自分の家へと入れる。これはもう日常茶飯事のことと言ってもいい。実際近所の人はみんな分かっていて知らぬふりをしてくれる優しい人ばかりな為問題はない。ただこれを全く事情を知らない人間が見ればそれこそ管理局を呼ばれるに違いない。
そして彼女は部屋に入るなりキョロキョロと家の中を確認。状況を把握していく。彼が何をしていたか、何をする途中だったのか。キチンと生活をしているか。それを事細かに把握しているのだ。一見、これだけ見ると完全に保護者か押しかけ幼妻であるのだが、青年はキッパリとこれを否定する。彼にその気はないのだ。
「ご飯食べてたの? 」
「ああ、そうだよ。……やらないからな」
「わ、私そんなに意地汚くないもん。それよりも、はい! あ〜ん? 」
「いや、いや。自分で食える」
「え〜でも片手じゃ食べにくいじゃないですか。大丈夫です。誰も見てませんし、私お兄さんのお世話したいなぁ〜」
彼女は度々部屋に来てはこういったことを行う。彼の嫌がる顔を物ともせず、彼の為にそれを行う。それは彼女なりの恩返しのつもりで、青年もそれをよくわかっている為に嫌がる顔はできても突き放せないでいた。
どこまでも曇りのない純粋な笑顔。本気で自分の事を慕っているとわかる彼女の態度全て。かつて青年が守りたかったものが確実に守れた証。それだけに彼は満足している。
彼女が幸せならそれでいい。自分の行いは間違ってなどいない。それを感じさせるヴィヴィオの姿は彼の誇りだった。
「お兄さん義手は作らないの? 片手だと不自由じゃない? 」
「……ま、戒めかな。自分に対しての。義足はないと困るけど、手は苦労すればなくてもいられる。だからこれは……俺に対する罰だ」
「お兄さん……む! またそんな顔して!? その顔嫌いだって言ってるでしょ! 何度も言ってるよ! お兄さん何も悪くないって! 全部、全部……私が。あ…………」
「そうだな……何度も言われてるな。けど俺も何度も言ってる筈だぞ? お前こそ……何も悪くないって」
彼女から、ふいに流れ出た一雫の涙。青年はそれを確認するなり彼女の頭を撫で始める。互いが互いを悪くないといいながら、自分が悪いのだと言い合う。彼らはお互いに認識しているのだ。誰1人として悪い人間などいない。だが自分が行った行動による後悔が、彼らを傷つけ苦しめていた。
とくに青年は彼女よりも傷が深く、誰に対しても同じ事を言う。自分の自業自得が生んだ罪。そうだと確信して疑わない。例え、真実が全く違うものだとしても、青年は自分を貶め続ける。そうする事で精神的に安定を保っているのだ。
「お兄さ〜ん。私この時間幸せ。これからデート行こう? 何だかお兄さんと散歩したい気分」
撫でられ続けながら幸せを感じ、すっかりトロけている彼女はいつの間にやら青年の膝に頭を乗せて甘え始めていた。精一杯甘い声で彼女は愛しの彼をデートへと誘う。
しかし間違えないでほしい。単純な男がこれに乗らない筈はない。お世辞にも彼女は小学生とはいえかなり可愛い部類に入る。つまり、彼女の誘いを断る事は本来ならない。が、この男に限っては違う。
「そっかぁ〜行ってらっしゃい」
「うん……って違うよ!? そこは乗っかってくる所! 私寂しい子になっちゃうから!? 」
「……だって外でたくない」
「出たくないって……お兄さん少しは外出るでしょ? 一体どれくらい外でてないの? 」
「半年? 」
「半年!? 半年もこっから出てないの!? え……いやいや、それじゃご飯とか一体どうやって」
「さぁ〜? 」
現時点、この状況において会話が成立していない。彼女は必死に状況を理解しようとするが頭が追いつかないでいた。外へ買い出しに行かない。だとすればどうやって彼は食料を確保しているのか。今の食事も自炊による物。つまりは食材を買わなければ成り立たない。だが青年はどこから調達しているのかわからないと口にし、それ以上の説明が続かない。これには彼女も目を丸くする他なかった。
「ち、ちなみに……このご飯の材料はどこで? 」
「えっと……なんか壁から生えてた奴」
「……んな馬鹿な!? お兄さん私の事馬鹿にしてるでしょ!? 例え生えてたとしてそんな物食べるなんてどうかしてるよ!? 」
「それは言い過ぎだろ? ちゃんと食えるし、俺は生きてる」
「じゃこの米は! 」
「ベランダに置いてある茶碗にいつの間にかたまる米」
「ホラーだよ!? どうしてそんな物が毎日たまるの!? いったいだれが!? 何の為に!? ならこの味噌汁の味噌とかその他もろもろの香辛料は! 」
「それはたまに外からガラスを突き破って飛んでくる」
「もうツッコミきれないよ!? お兄さんの家どうなってるの!? 前々から気にはなっていたけど住んでる本人どうしてそんなに平然としてるの!? 」
彼女は狂ったように頭を抱えながら嘆き始めた。非常識に非常識を上塗りしたかのようなありえない生活。家の中にいながら何とファンタジークレイジーな生活。彼女は改めてこの部屋に狂気を感じる。また青年が本気で言っているとわかるや、彼女は立ち上がり、家中を散策し始めた。本当にそんな馬鹿げたことがあるのだろうかと。
しかし彼女の常識と呼ばれる幻想は簡単に砕け散った。まずお風呂のある一部の壁にキノコが生えている。それも立派な物が数本。まるで高級なキノコであるかのような色と艶。彼女は野生のキノコに慄いた。さらに場所を変えてベランダ。そこには室外機の上に一杯の茶碗が置いてあり、そこには綺麗な米粒が山盛りで入っていた。これも綺麗に積まれているのだ。故に彼女はこれに恐怖した。
「お、お兄さん……ここおかしいよ!? 引っ越そう? 私怖い!? 怖いから!? 」
「なら来なきゃいいだろ。俺は生活できるし一向に構わん。それに」
「嫌だよ! お兄さんのいる所が私の居場所なの! だから引っ越して! 」
「断る! 」
「うっ……ひぐっ……お兄ざんのばがぁぁぁぁぁぁああああ!? 」
こうして彼女は泣きながら部屋を出て行った。でも青年は動かない。追いかけもしない。それが彼の生き方。
そして数日…………
ヴィヴィオは未だにヘソを曲げて来なかったが、代わりに別の客人が訪れていた。それは茶髪にポニーテールをした綺麗な女性。彼女は玄関で鋭い目付きで青年を睨みつけながら不機嫌な声色で青年に喋り始める。
「最近ヴィヴィオが元気ないんだけど? 君の所為だよね? 相変わらず働きもしないで……一体何したの? 」
「それは言いがかりだ。あいつが勝手に来て勝手に」
「またそれ? 君はいつもそう。そうやってすぐ勝手に勝手にって言うのはどうなのかな? 今はヴィヴィオが望んで君に関わってるから私は何も言わない。でもあの子が悲しむなら話は別だよ? これでもあの子の母親のつもりだから」
そうこの女性は高町なのは。ヴィヴィオの母親で、血が繋がっていないが娘思いのいい母親だ。だがそれを抜きにしても彼女が青年に突っかかるのはある理由がある。彼女が青年を嫌っているからだ。勿論彼女にしても下手に人をなんの理由もなしに嫌ったりはしない。しかし彼女の場合、青年との間に消えない誤解があるためにその中は最悪のものとなっていた。
「ならもう来させなきゃいい。と言うか俺が嫌いなら俺との関わり全て」
「できないからこうして来てるんでしょ!? 私は君が嫌い。大っ嫌いなの! 顔だって見たくない。当然でしょ? 4年前みんなを裏切って……ヴィヴィオにだって消えない傷をつけた。心の傷は消えないんだよ? でもね、ヴィヴィオが君を慕ってる以上君と会うことを止めるわけにはいかないの! だってこれ以上…………」
「じゃなんだよ……俺が死ねばよかったってか? 」
「っ!? 本気で言ってるの? 」
「そんな事……当たりまぶっ!? …………」
「最低! ……みんなが君の事嫌いになったのは……君のそう言うところだって……どうしてわからないの…………」
彼女に頬を叩かれても青年は悔しさも驚きも後悔も何にも感じていなかった。自分に対してこれ以上嫌うことはできない。青年にとって自分の存在は何よりも嫌悪すべきものに違いないからだ。
彼女は泣く。自分には変えられなかった青年の事を考え、自分に対しての怒りと青年に対する嫌悪感とのギャップに苦しみながら。
「もういい!? とにかく、ヴィヴィオを悲しませるのだけはやめて! 」
彼女はそれだけ言い残しその場を去った。青年がどんな顔をしているかも知らずに。
「たくっ、ふざけんなよ。……俺は存在するだけであいつを苦しめるんだ……いまさら無茶言うなよ……なのは」
そしてその夜…………
気分が晴れない青年はコンビニに出かけた。
何をしても。何が起こっても悔しいとさえ思わなかった青年は……今日無様にも……地を舐める。
「申し訳ありません。まさか義足だったとは……それに右腕も。こんな事なら勝負を挑みませんでした。貴方はもう……戦う力を持っていなかったのですね」
「あがっ……な……に? 今……なんつった……」
巷では通り魔が噂になっている。青年はたまには外へ出なければと言うヴィヴィオの言葉が刺さりコンビニへ出かけた。その時運悪くもそれに襲われてしまったのだ。でも青年は決して弱くはない。しかし青年もまさか通り魔が女性だったとは思わず完全に油断していた。
さらには当たりどころが悪く、義足は壊れて転がり、青年は立つ事ができずにその場に這いつくばる。右腕もない青年は何かを支えにして立ち上がる事は出来ない。
「気に障ったのなら謝ります。今医者を」
「ふざけん……な」
「え? 」
「てめぇ……勝手に襲って、俺を行動不能に出来たからって見下してんじゃねぇよ!? 俺は……その目が何よりも嫌いなんだ!!! 用が済んだならさっさと消えろ、医者なんか呼ぶんじゃねぇ!! 自分の事ぐらい……自分で面倒見るんだよ!! ぐっ、うっ!? 」
這い蹲り、体を擦りながら青年が動き出した。無様に、芋虫のように体を起こせない。
「あ、あの……その…………」
彼女はそんな青年を見て……自分がしでかしたことの重さに気づいた。
これが……青年の……アインハルト・ストラトスとの最悪の出会い。
次回もよろしくお願いします。