ヴィヴィオはそれでもお兄さんが好き 作:ペンキ屋
ではよろしくお願いします。
「かはっ!? 」
少女はいまだ青年の首を絞め続けていた。一切の手加減をせず、折れてもおかしくないほど力を強くする。幸い青年が普通より頑丈なのが救いだろう。もしこれが普通の人間ならばその首はとっくに折れているに違いない。
「ねぇお兄ちゃん? 私さぁ〜こんな身体になっちゃったけど今は感謝してるんだぁ〜? だって今ならお兄ちゃん私に構ってくれるでしょ? 4年前私はお兄ちゃんを満足させてあげられなかった。お兄ちゃん強すぎなんだもん。だからね、私頑張ったんだよ? お兄ちゃんより強くなる為に。努力して努力して努力して。私は私の中のイービル君を喰い殺した。この子はもう私の物。だから私はこの力を完全に制御できる。この腕力だって膨大な魔力を使ってる結果! 凄いでしょ? ね? 凄いでしょお兄ちゃん? 今なら私はお兄ちゃんを満足させられるかな? ……うふふ、だからね。お願いお兄ちゃん? 今度は私を満足させて? 4年前の遊び私はすっごく楽しかったぁんだぁ〜」
青年は朦朧としながらも妹の話をしっかりと聞いていた。自らがまねいたこの状況は当然の罰だと感じながらも、妹をこのままにしておけないと青年は感じていた。しかし今の青年には自分の妹を止める術がない。今青年の妹と青年の力はあまりにも差がつき過ぎてしまっていた。
「ああ〜いいなぁ〜この感覚。お兄ちゃんとジャレるこの感じ! 久しぶり〜。私楽しいなぁ〜。ねぇ〜もっと本気になってよお兄ちゃん? 私に遠慮する必要なんかないんだよ? その大きな拳で私に殴りかかってきて? お兄ちゃんの愛を私に感じさせて? ……ん? お兄ちゃん? あれ? 」
「ぁっ……かっ……」
「お兄ちゃんどうしたの? なんか弱くない? ……ちぇ〜。えいっ! 」
「あ゛、ぐあっ!? 」
青年の首をしめていた少女は青年が弱すぎることに気づくと、首をしめるのをやめ、そのまま真後ろへと投げ飛ばした。当たり前だが意識を持っていかれる寸前だった青年は受け身など取れない。無様に地面で転がる。
普通よりも頑丈な青年でも少女の力が強すぎる所為か投げ飛ばされただけで身体はボロボロになり、所々擦り剥き血が出ていた。
「どうして遊んでくれないの? フー何か悪い事したかな? 昔は本気で殺そうとしてくれたのに」
「……がっ……はぁはぁ……やめ、やめろ……フー……俺はもうお前を殺したく……ない…………」
「なにそれ……つまんない」
「フ、フーっぐあっ!? ……あぐっ、うっ……い゛っあがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!? 」
「あはは! すご〜い。お兄ちゃんが痛そうに叫ぶところ初めて見たぁ〜」
少女はまるで目の前の青年を物に当たるかのように踏みつけ青年の心臓あるであろう場所をグリグリと足で圧を強くしていく。メキメキと骨が軋み青年は次第にその目から光を失っていった。
「フ……」
「……本当につまらない。もういいや」
最初あんなにもキラキラしていた少女の目は深く沈みなにも映さなくなった。そしてゆっくりと青年から足を退け、そのまま勢いをつけて回転するように青年をベンチの方へ蹴り飛ばす。
「あかっ!? 」
「お兄ちゃん……私と遊ぶか。死ぬか。選ばせてあげるよ。別に私はお兄ちゃんが嫌いなわけじゃないから。いたぶる趣味なんてない。私はただ遊びたいだけだから。それを叶えてくれないお兄ちゃんなんて興味ない」
青年は蹴り飛ばされベンチヘと直撃。その所為でベンチは粉々に壊れ、青年は血まみれで横たわった。少女はそんな青年を上から見下ろすように眺めている。彼女の興味の矛先はかつて自分を殺した青年の強さ。もう一度戦いたい。彼女はその一心で今日までで我慢した。傷を癒し、実の兄を殺す為だけに青年の前に戻ってきた。
だがそれは彼女にとっては他のなにものにも変えがたい。生きる目的に他ならない。
「フー……」
「なに? どうするの? 言ってよお兄ちゃん? 」
「少し……だけ……待って……くれないか? うぐっ……必ず、お前と遊んでやるから。だから少しだけで……いい。待って……くれないか」
「…………」
ただでさえ不機嫌な少女の顔はこれでさらに険しくなった。座り込み、寝ている青年の顔を両手で無理矢理持ち上げると、自分の顔ヘと近づけた。
「そう来なくちゃ! 約束だよ? お兄ちゃん? なら1ヶ月だけ待ってあげる。けどそれ以上はダメ。今だって我慢してるの大変なんだから。だから1ヶ月だけね。それまで『暇つぶし』でもして待ってるから。絶対遊んでね。じゃないと……お兄ちゃんの大事な物全部壊しちゃうから……えへへ。ちゅっ! 」
「んっ!? 」
青年次の瞬間硬直した。何をトチ狂ったのか少女は青年に口づけをし始めた。もはやまともではない事は昔から知ってはいたがここにきてますます青年は理解できない。理由は言わなくても分かる通り、2人は血の繋がった兄妹。挨拶にしてもありえないと感じる青年だった。
「大好きだよぉお兄ちゃん? だからぁ〜期待して待ってるからね。フーの事満足させて」
「フ……フー……ま、待って……くれ……ま、ま…………」
少女は青年の頭から手を離しスキップしながらどこかへと消えた。青年は完膚なきまでにボコボコにされ、もはや立つ事はかなわない。左拳を握りしめ。誰もいなくなった公園で無様に涙を流す。
悔しさ。惨めさ。情けなさ。そして何より妹1人救えない自分自身の弱さ。青年に突きつけられた物は絶望とひとまとめにしても差し支えない。しかしこれは青年にとってはチャンスに他ならなかった。本人にその自覚はない。だが青年はそういうタイプの人間だ。挫折し、状況が理不尽に不利なものである程、青年は強くなる。
立ち上がり、泥水をすすってでもそれを壊そうとする。
「クソぉぉ……なんでぇ……俺はこんなに……ょ……わぃんだ…………」
【んふふ。結果的にはよかったみたい。もう時間の問題ね。さぁ〜。今度はどんな生を貴方は私に見せてくれるの? もっと足掻いて、足掻いて、足掻いて……私に生を感じさせて? 私の愛しの宿主様】
翌日ヴィヴィオ達はルーテシアのいる無人世界へと合宿の為にやってきた。先にやってきていたエリオとキャロという仲間と合流し、全員が顔合わせを果たしたが、そこに青年の姿はない。実は一緒に行くのが気まずい為別でくる事になっていたがそこにはまだ青年は到着してはいなかった。
「お兄さんどうしたのかな? 」
「なによ、頼まれたからせっかく気合い入れて義足作ったって言うのに……ワン兄は来ないの? ヴィヴィオ? 」
「そ、そんな筈はないんだけど……ルールーごめんもしかしたらお兄さん来ないかも…………」
ヴィヴィオは遅れていても連絡一本よこさない青年に半ば来ないと思い始めていた。やはりなのは達と会うのが気まずいのだろうかとヴィヴィオは勝手に想像し始めるが、実際は違った。
「ワン……何かあったんじゃ」
「どうせ私達に会いたくないから来るのやめたんだよ彼は。気にする必要なんかないよフェイトちゃん。あんな人どうせ約束なんか守らないんだから」
「ちょっとなのは、それはいくらなんでも言い過ぎ……」
「ううん、絶対そう! だって彼は……っ!? ……え…………」
「なのは? 一体どうし……っ!? ワ、ワ……ン? 」
滅多にそんな事はないが、なのはがあからさまに不機嫌になり始めその場は少し雰囲気が悪くなり始めた。そしてなのはが我慢できずに言いたい放題な事を言い始め、フェイトはそれをなだめにかかる。するとその時、なのはが何かを見て固まった。それにつられてフェイトや他のみんながその方向に視線を向ける。
「お兄……さん? お兄さん!? 」
ヴィヴィオはその瞬間走り出した。なのはが見つけた物。それは青年だ。フラフラとボロボロの松葉杖をつき、よく次元船に乗せてくれたと言わんばかりに青年は血まみれだった。そう青年はあのまま気絶し、間に合うか間に合わないか微妙な時間に目を覚ました。よってそのままの状態でここまできたのだが、妹から受けたダメージが思いのほか深く、ヴィヴィオが青年の目の前に到着するや青年は倒れた。
「ちょっ!? お兄さん大丈夫!? 一体なんで!? どうしてこんなに怪我して」
青年が好き嫌いに関わらずこんな状態の人間を見れば誰でも心配して駆け寄る。それはなのはも例外ではない。むしろ彼女がヴィヴィオの次に動き出したと言ってもいい。
みんなが青年を心配してその周りに駆け寄ったが、青年はなのはやフェイト達がいる事を確認すると無理矢理身体を動かし、全員が言葉を失うような行動をし始める。
その誰もが信じられない。何故彼がここまでするのか。何があったのか聞かずにはいられないと思うような。行動。昔の青年なら死んでもやらなかった行動を彼女達は目の当たりにした。
「お兄さん何してるの!? やめて!? どうしてそんな事」
「うるせぇ!!! これは俺のケジメだ!! 少し黙ってろヴィヴィオ! 」
「っ!? 」
ヴィヴィオは初めて青年に怒鳴られ、押し黙る。また青年はこの時正座をし、真っ直ぐになのはを見ていた。
「ワン何を……」
「なんでこんな……事情があるなら私は別に君が遅れた事にそこまで」
視線を向けられ、明らかな自分に向けられた誠意。なのはは青年から目をそらせなかった。彼のやっている、彼の伝えたいことが本気であるとその行動から伝わるからだ。
「遅れた事じゃない……頼む! 俺の顔なんか見たくないのかもしれない。今更許してくれなんて都合のいい事を言うつもりもない。でも! 今回だけ……今回だけでいい……何も言わずにこの合宿に参加する事を許してくれ! 一緒に訓練してくれなんて言わない。敷地を使わせてくれるだけでいい。だから…………」
「ちょっ!? 」
なのはは青年を止めようとしたが間に合わず、青年はみんなが見ている前でその頭を地面にこすりつけた。
「頼む!!! 」
青年のこれ以上ないほどの土下座。一体誰が今の彼の頼みを聞き入れないと言うのか。もう動くだけでも辛いはずの身体で、青年は自分にできる精一杯の誠意をなのは達に示した。
ケジメはつける。どんな形でも青年は道理を通す。相手が誰であれ。
そして………真っ直ぐな目をした今の青年はまさに、なのはやフェイト。ティアナやスバル達が知る。誰よりも強い頃の青年の目であった。
その頃青年の妹……フーはミッドチルダの高いビルの屋上で1人膝を抱え、そこから見える街並みを見ていた。寂しそうに物欲しそうに、まるで何か自分に足りない物を求めるかのように、フーはそこで何かを探す。
「ああ〜はやく1ヶ月たたないかなぁ〜。ん? ……っ!? んっ、いやんっ!? ……も、もう〜。ねぇ〜イービル君? 私が好きなのはわかるけど、そんなに内側で発情しないでくれないかなぁ? 私火照ってきてるんだけど? 」
【フー……トテモイイコ。ボク、フーノコト、ダイスキ】
「うん、私も好きだよイービル君。私が1人の時はいつもイービル君がいたもんね。だから私とっても感謝してるよ? ありがとうイービル君」
【フーハ、イイコ。デモドウシテ、フーノアニキハ、アソンデクレナイ? 】
「う〜ん……わかんない。でも大丈夫だよ。お兄ちゃん優しいから、絶対私と遊んでくれるもん。約束もしたし。お兄ちゃんは守ってくれる。私との約束は……絶対に……ふふ、うふふ」
フーは自分の中のイービル因子と会話をしていた。フーの中にいるのはイービルβであってイービルβではない。失敗作である彼女が今の状態になっているのは彼女を創り出したDr.ベルンも想定外の事で、その興味が彼女に向かないわけはなかった。
「フーちゃ〜ん? どうも〜初めましてになるかな? 」
「誰? 何の用? 」
「あら? ご挨拶じゃない? 人と話す時は目を見て話さないとって習わなかったのかしら? 」
フーの前に現れたのは青年達を襲ったメイドだ。Dr.ベルンはフーの存在を認知している。彼女を捕らえ研究しようと考えていた。しかしフーはイービル因子覚醒者の中でも特殊な存在で、メイドはこの時、間違いを犯していた。
彼女の力が昔と同じだとDr.ベルンと共に勘違いをしていたのだ。
彼女は1度死に、そして自らの内にあるイービル因子の力によって再びこの世に蘇った。ただ蘇った際、彼女の中のイービルβは完全に別のものに変異していたのだ。イービル因子でありながら本物のΩでもコピーのβでもない。全く新しいイービル因子の変異種。
故に…………
「可愛くないわね! はぁ〜まぁーいいわ。いいから一緒に来なさい? 解剖して隅々まで調べてあげるから。ふふ、大丈夫よ〜? ちゃんと痛みは消さないであげるわ? ひひひひ! ……っ!? な……な…………」
「んふふ。お姉さん? やめときなよ。お姉さんじゃ……私には勝てないよ? ね、イービル君? 」
【フーダイスキ。ダカラ……ボクハ、フーヲマモル! 】
黒く、ドス黒い魔力がフーの体から溢れ出し、その瞳は真っ赤に染まった。
「あ、あなた……い、一体…………」
「さぁ〜? 何だろうね。自分でもわかんないや。けどぉ〜……」
「ば、馬鹿な……なんて……魔力量……こんなの……イービルβ覚醒者のそれじゃない……くっ! 逃げっ!? ……え……い゛っぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!? 」
メイドは勝てない相手だとわかるやその場から逃げ出そうとするが彼女がフーに背を向けた瞬間、彼女の左腕は肩から綺麗に切断された。
「人間じゃない事は〜わかるかなぁ? ふふ、アハハ! アッハハハハハハハハハ!!! 」
メイドは喧嘩を売る相手を間違えた。当然Dr.ベルンも。何故なら彼女はもはや、失敗作でもそのオリジナルでもない。
全く新しい『イービルα』として生まれ変わった正真正銘の怪物なのだから。
次回もよろしくお願いします。