ヴィヴィオはそれでもお兄さんが好き   作:ペンキ屋

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ども〜


すいません遅くなりまして。


ではよろしくお願いします!


第7話【絶対領域】

暗闇……意識を失いかけている青年はいつの間にか夢を見ていた。何もなく、ただただ暗闇の空間に、青年は無重力の如く浮遊する。どっちが上で下か。それは青年にもわからなかった。

 

「ぁ……俺は……死」

【生きたい】

 

「え…………」

 

【私は生きたい】

 

 

「お前は……誰だ…………」

 

自分の状態がわからず、再び死を連想する青年は、不意に聞こえた声で前を見る。するとさっきまでいなかった筈だが、目の前に緑色の髪をした、背丈を優に超える長髪の少女がいた。少し動かせば顔がぶつかるだろう距離で、青年は驚く。

 

【誰? うふふ。どうしてわからないの? あなたと私の仲じゃぁ〜ない? 】

 

「俺はお前のこと見たことない」

 

【ああ〜? ふふ、そうだね。見たことはないかもね。はぁ……にしても、いつまで死ぬなんて愚かなことを考えてるの? 私は生きたい。言ったはず。死は全ての終わり。何も無く。何もできない】

 

少女は笑いながら、決して笑っていない目で青年に問いかけ続ける。まるで今までそうだったかのように。少女は青年の目から視線を外さず、青年もまた、その視線に吸い込まれそうな感覚に襲われ、そこから視線をそらせなかった。

少女の綺麗な髪が漂う青年を自然に包むようになびく。

 

「クソ因子であるお前が生きたいだと? 生物のつもりか? 」

 

【あっははは! ぷっふふ……クソ因子? それは……『イービルβ』の事を言っているの? あんな模造品と一緒にしないでよ】

 

「模造品……だと? 」

 

【彼らはただただ兵器として生まれた私の模造品。細菌という生物でありながら死を恐れずに消えていく失敗作。その宿主もね。生きようとしない生物なんて愚の骨頂。でも……あなたは違う。あなたは私の願いを叶えてくれる。今までの宿主とは違って、どう転んでも……私に生をくれる】

 

その裏に化け物がいるとは思えない少女の無垢な笑顔。青年にすがり、青年を誘うように青年の手を握る。暖かく包み、その温もりが青年を癒していた。驚くほど落ち着き、心が満たされる。

 

青年は自分の中で葛藤していた。何を選択したら正しいのか。自分が生きていくに本当に値するのかどうか。しかしその答えは出なかった。拭えない。自分という危険な存在をどうしても青年は拭えなかった。

 

「お前がどんな存在なのかは……俺はわからない。でも俺は……お前を宿している危険な存在としか自分を」

【言った筈だよ? あなたは今までの宿主と違うと。今まではどいつもこいつも欲が生を超越しない。お金、地位、破壊と混沌。どれもくだらない。けどあなたは……私が生きたいと願った見返りに『生きたい』と願った。私は感動したんだよ? 何より、どんな汚い欲望より純粋で綺麗な願いだって! それに……力は使い方。それはあなたもわかってる筈だよ。後ね? 私にもプライドがあるから言っておくけど……あんな模造品に好き勝手やらせて気分悪い。例え手と足が一本ずつ無かろうがあんな雑魚に負ける要素なんてない。あなたはもう少し自分という存在を理解したほうがいい。この世に……私を超える力なんて存在しないって事を】

 

「勝手に取り憑いて……勝手な事言いやがって」

 

【そう、私は勝手なの。私はわがままだから。どう? 可愛いでしょ? お兄ちゃんって呼んであげよっか? 】

 

「アホぬかせ。俺を兄と呼んでいいのは……俺が殺した妹と……あの子だけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年のその言葉はまるでトリガーであったかのように、突然青年は現実に引き戻された。そしてそこではいまだに時間は1秒と経過してない。敵に持ち上げられ、だらしなく宙を浮いている青年と地面に這い蹲り、必死に動こうとしているギンガだ。

 

「もう本当に殺すわ。女性を殺す趣味はなかったのだけど……うるさ過ぎよ、あなたは……っ!? え…………」

 

敵はギンガの方を見ながら余裕でいた。故に青年の変化に僅かばかり気づくのが遅れる。唯一ある青年の左手で自分の手を掴まれ、青年の方を向き直った瞬間、敵は驚き、動揺し、本能のレベルで青年を殺すべく鎌を振り下ろした。

普通であれば、さっきまでの青年であったならこれで肉を断ち、殺す事は容易だっただろう。だが敵は殺すタイミングを完全に見誤った。

何故なら今目の前にいるのは目を敵と同じ金色に輝かせ、昔の力を僅かばかり取り戻した怪物に他ならない。

 

「え!? ……刃が……通ってない!? 馬鹿な!? お前が私と同類ならこの攻撃が通らない筈……」

 

「俺も……さっきまでは同類だと思ってたが……どうやら違うみたいだぜ? 悪いが、終わりだ」

 

鎌は青年の首を捉えた。右側から刃が皮膚に触れ、間違いなく両断できる状況にある。しかし刃は、青年の皮膚に傷1つ付けることはできていない。青年と敵……つまりはイービル因子覚醒者と呼ばれる人間とでは決定的に違う物がある。それはイービル因子覚醒者が魔力を爆発的に得るのに対し、青年はその保有魔力全てを初めて覚醒した瞬間にリンカーコアごと失っており、魔力を行使するどころか、魔力を保有していない。だがその代わり青年の筋力、その物理力ともいうべき力は魔法のそれを圧倒的に凌駕しているという事だ。

 

どんな物でも傷1つ付けられない硬度の肉体と全てを破壊できる物理法則を無視した拳。

 

それがかつて青年を支えていた力。

 

 

魔法が戦う術である今の世の中で、魔法は物理より優れているという概念を自らの身で証明して見せ、その常識を破壊した唯一の存在だ。

 

 

そして……今青年の拳は敵のお腹に向かい、下から突き上げるように放たれた。

 

「アハハ!! 何その遅い拳! そんなもん簡単にかわせるわ……よ? ……あ、あれ? なんで……(なんで私……今こんなに遅いの? こんな拳かわせないわけ…………)」

 

青年と戦い、敗れたものは皆口々に口を揃える。

 

青年の拳を見た瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の世界が凍りつく

 

 

 

っと…………

 

 

 

敵が今青年の拳を遅いと感じるのはただの錯覚だ。青年の拳は出だしの初速があまりに速い。故にそれを受ける瞬間、相手は自分の感覚を狂わされる。自分の時間が遅く感じ、避けようとしているのに拳だけがゆっくり近づき自分はほとんど動けていない。

 

それはまるで自分の時間が凍りつくかの如く。

 

 

相手の脳が拳の速度を完全に認識できない為に起こるこの現象は……

 

 

こう呼ばれる。

 

 

 

『絶対領域』

 

 

「オッらぁっ!!! 」

「あぶっ!? はっが……」

 

避けることはできず、敵のお腹には青年の左拳がめり込んだ。その中にある物は破裂し、対象が衝撃で拳から離れる時には敵の意識を完全に刈り取っている。

 

「はっ!? ごほっ!? ごほっ!? 」

 

「あ、先輩!? ぐっ……」

 

ギンガは敵がぶっ飛ばされ、青年がその手から解放されると動かない自分の体を無理矢理立たせ青年へと駆け寄る。だがいきなり戦った反動が大きかった為なのか、青年は弱り始めていた。金色に輝く瞳は黒く戻り、青年は再びその力を失う。

 

 

「はぁ……はぁ……ギ、ギンガ……まだ……だ」

「え? 」

 

 

「かはっ!? ゴホっ!? あぐっ……ひ、酷いこと……するじゃない……? 私じゃなかったら……うっ!? お゛え゛っ!? ……ぐっ……」

 

敵は血を吐き、それでも瓦礫の中から立ち上がると一歩一歩ギンガ達の方へゆっくり歩き始めた。決して満足でない足取りで。ギンガ達の前へと立つ。

 

「このっ! これ以上先輩に」

「よせっ……下がってろバカ!? 」

 

「バカは先輩です!? 何ですかさっきの目と力! あれじゃ……昔と同じ……後でちゃんと説明してもらいますからね! 」

 

 

フラフラと敵と青年の間に立ち、痛むお腹を押さえながら構えるギンガ。今の自分では勝てないことは重々承知していたが、ギンガにとってこの場は命を賭してでも引けない。背中に背負う人間が、自分の一番尊敬できる大切な先輩であるが為に。

 

 

「あ゛〜痛いなぁ〜? うふふ、そんなに構えなくてもいいよ。私もう戦えないし。ゴホっ!? でもまさか……お前がDr.の言ってたオリジナルか。たった1発でこの力って……うっ!? かはっ、かはっ!? ……へへ、どんなバケモンよ。ま、探す手間が省けたからいいけど。だから……次は逃さないわよ? ふふ。うふふ……」

 

 

「え……消え……た…………」

 

「はぁはぁ……ギン……ガぁ…………」

「っ!? 先輩? ……先輩!? しっかり、しっかりして!? 先輩!! 」

 

 

 

 

 

敵は姿を眩まし、青年は力尽きて意識を失った。ギンガは青年を急いで病院に運んだが、青年は意識を失ったまま戻らない。

 

 

「ギンガ何があったの? 急に連絡くれたと思ったら」

 

「すいませんフェイトさん。でも……これは私だけの手には負えません。さっき起きた事を報告します。ブリッツキャリバー、映像をお願い」

 

《イエス》

 

青年が寝ている病室の外で、ギンガと彼女に呼ばれたフェイトはさっき起きた事について話していた。正体不明な敵とイービル因子覚醒者の存在。

 

そして……その中でも青年の力の復活。

 

 

それがフェイト達にとって一番関係する事だ。

 

「これ……本当の事……なんだよね」

 

「はい。間違いありません。私もこの目で見ましたから。先輩の中にいるイービル因子はまだ……死んでません」

 

 

嘘だと思いたかった信じられない現実はフェイトにのしかかる。でも彼女は諦めたかのように、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

「もう……ワンはこの件に関わらせられない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日はすでに落ち。明るかった病院も今は真っ暗。ギンガもフェイトも青年が目を覚まさない為に帰宅した。ただ、途中でフェイトに連絡を受けたヴィヴィオが青年の病室を訪れた為、ヴィヴィオだけは残った。なのはにはキチンと連絡し、自分は病室にいつまでも残る。

青年の眠る横で椅子に座りながら頭だけはベットに預け、青年が目を覚ますのを待っていた。

しかし子供のヴィヴィオ長い時間起きている事などできず、ヴィヴィオは知らぬ間に夢の中へと沈んだ。

 

 

「うっ……ん? ここ……はぁ……病院か。困ったもんだ。どうしても俺はこのクソ因子と縁を切れないらしい。……もう逃げられない。やっぱり俺の勘違いじゃなかった。俺の中のクソ因子は……まだ……」

「ゃ……だ……ぃっちゃ……ゃぁ…………」

 

青年は聞き慣れた声を聞き、飛び起きるように上半身だけ起き上がるとその横で眠るヴィヴィオをみた。そこで……やっとヴィヴィオがそこにいる事に気がつく。眠り、閉じている目から僅かばかり涙を流す天使は今の青年の心を少しだけ突き動かした。

 

指で流れたヴィヴィオの涙をぬぐい。彼女を起こさぬよう優しく頭を撫でながら、青年は窓の外を見た。それは今まで止まっていた筈の時間が動き出したかのように、青年の目に力が戻り始める。青年はわかっていた。自分がどんな行動に出て、誰に嫌われ、蔑まれ、理不尽な暴力を受けていても……決して1人じゃなかった事に。仲間が離れ、それでもヴィヴィオだけは絶対に青年の側を離れなかった。自分への好意にまっすぐで、そんな姿勢はかつて惚れた自分の憧れとエースの面影を彼女から見てとれる。血は繋がってなくても間違いなく親子だと。

 

「お前は……やっぱり可愛いよヴィヴィオ。将来いい女になるな。でも何もこんな男にそこまでしなくてもいいだろうに。ガキのくせに……どうしてこう……あいつにそっくりなんだよ…………」

 

青年はヴィヴィオが眠り、見ていない事で、おさえていた色んなものが溢れた。強がり、周りを拒絶し続けてでも守りたかった物は……確実に守れている。

なのは達が平和であるならまた、ヴィヴィオも幸せであり、その仲間達もまた平和な日々を送れる。ヴィヴィオは青年にとってそれを確かなものとして見れる体現だった。

しかしそれは今日で終わりをむかえる。結果的に青年はどうにもならない間違いをここで犯す。大切なものを守る為に、守らなければならないものを見失ったのだ。昔した間違いと同じ間違いを繰り返す。知らぬが故に同じ間違いを犯す。

 

自分という存在が周りにとってどんな存在かを理解できてないからだ。

 

 

4年前のなのはがそうだったように、ヴィヴィオもまた同じ運命を辿る事になるのは間違いだろう。普段超がつくほど諦めの悪い、不屈とすら呼ばれたなのはが青年を諦めるに至った理由をヴィヴィオは知らない。何故ならそれは、なのはが心の内に秘め、自分の後悔としていつもまでも背負おうと誓った為だ。

誰に話すわけでもなく、生涯語る気もない。なのはと青年だけの過去……

 

 

 

そして…………

 

 

 

「こうなっちまったら……知らんぷりなんかできねぇよな。クソ因子がらみの事は多分全部俺の責任だと思うから。だから……守るよ。ヴィヴィオ……お前も、その周りも……俺が守る。絶対に壊させない。もしお前の世界を壊そうとするなら……あのメイドも裏で糸を引いてる奴も……まとめて殴り壊してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィヴィオがこの先それを知る事になるのはそう遠くない未来。

 

 

 




次回もよろしくお願いします。

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