LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕 作:ゆっくん
私は、暖かく守られていた。
二つの大きな手が、決して私を一人にはしなかった。
もし、その両手で頬をぶたれたら。
私の心は、雨雲に覆われてしまうだろう。
───────十年前
「ひぐっ…ひぐっ…」
アドルフに手を引かれたクーガが、泣きべそをかきつつU-NASAの玄関をくぐってきた。殴打されたのか、顔には酷い青たんが出来ていた。
「ど…どうしたんだよクーガ!!何事だ!!」
二人を出迎えた小町小吉が、慌ててクーガに駆け寄る。
何があったんだろうか。
少なくとも、アドルフがやってないことだけはわかる。
彼はそんな性格ではないし、何よりもクーガがその手をギュッと握って離さない。
「それが………」
アドルフの話を要約すると、こういうことらしい。
二人がショッピングモールをU-NASAの監視付きで歩いていると、美味そうなアイスクリーム屋があった。
クーガがせがむので、二人で買ってベンチで食べていた。
すると、頭の悪そうなカップル二人が、アドルフの口元を見て指差しながら中傷を浴びせたらしい。
アドルフの口元は、相次ぐ実験のせいで火傷を負っていた。
歯茎が露出しているし、初めて見る者にとっては不気味かもしれない。
それ故に、アドルフはあまり人前で物を食べなかったのだが、今はクーガとお出掛け中である。
雰囲気を味わう為に頑張ったのだが、ついてないことに心無い人間が居合わせてしまった。
アドルフは溜め息をつきながらも聞き流そうとしていたのだが。
「アドルフお兄ちゃんに謝ってよ!!」
とクーガは相手の男に抗議した。
後はお決まりのパターンだ。
「なんだとクソガキ!!」と男は逆上し、クーガの顔にパンチをかましたらしい。
ヤンキーパンチがジャストミートし、泣き出すクーガ。
見ていた見物人は、非難ごうごう。
言葉のマシンガンで蜂の巣にされたカップルはそそくさと逃げていこうとしたものの、U-NASAのこわーいおじさんたちにどこかに連れていかれましたとさ。
という話らしい。
そして、今に至る。
「そいつらの居場所を教えろ。女の脊髄引っこ抜いて男の下の口に捩じ込んでやる」
「うん、ミッシェルさ。14歳の少女とは思えない発言は控えような」
怒りで爆発仕掛けているミッシェルを、小吉が宥める。
腹が立つ気持ちもわかるが、ミッシェルなら本当に可能だから冗談に聞こえない。
それよりも、今は目の前にいる少年の頭を撫でてやることを優先すべきだ。
「…よく立ち向かったなクーガ。偉いぞ」
「わああああん!!」
小吉の胸の中に飛び込んで、少年は大いに泣いた。
泣いて泣いて、泣き続けた。
暫くして嗚咽は残っているものの、泣き止んだ頃。
小吉はそっと尋ねる。
「…恐かっただろ?どうして相手に言えたんだ?」
クーガは嗚咽で直ぐには話せなかったが、アドルフが背中を撫でてやると、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
「…僕、アドルフお兄ちゃんと小吉さん大好きだもん。二人が傷つけられたら嫌だもん」
アドルフと小吉の顔が、わかりやすく赤く染まる。
照れ臭い。
「大の男二人が同時に赤くなるな。クリスマスのイルミネーションじゃねぇんだぞ」
ミッシェルはワシャワシャとクーガの頭を撫でながら、毒を浴びせた。
指摘されて、慌てて咳払いする小吉。そのまま火照った顔で俯くアドルフ。
俯いていると、アドルフはあることに気付く。
「クーガ。庇ってくれた身で言うのもなんだが…何で反撃しなかったんだ?いや。嫌味じゃなくて単純に気になったんだが」
クーガは、10歳の身でありながらイスラエルの地獄で戦い続けた。
それ故に、あんな大振りなパンチ避けて、下手をすれば反撃まで出来ていただろう。
それを何故しなかったのだろうか。
反撃はせずとも、避けるぐらいしてもよかっただろうに。
「………恐かったんだ」
「…恐かった?」
「あのまま動いてたら、殺しちゃってたかもしれないんだ。自分のことだもん。僕にはなんとなくわかる」
クーガは、恐れていた。
また、無益な争いで人の命を奪ってしまわないか。
命を奪うことを正統化する訳ではないが、少なくとも意味もなく散らしていい命なんて一つもない筈である。
それを、決してしたくなかった。
「…………そうか。クーガ、よくこらえたな」
小吉がクーガの体をもう一度強く抱擁し、離した後で肩をバンバンと強く叩く。
「よし!俺からクーガに奥義を教えてやろう!!」
「おーぎ?」
「おう!!それなら遠慮なく戦えると思うぜ!!」
「やったぁ!!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳びはねるクーガ。
かわいい。
ミッシェルも眼鏡の奥に感情をしまいきれず、頬を緩めてしまう。
「あ!僕ね、アドルフお兄ちゃんの〝あれ〟も教えて欲しいな!!」
「あれは危ないから駄」
「おめめが痛い…」
クーガはわざとらしく、掌で青たんの出来た左目を隠して痛いフリをする。
しかし、チラチラと指の間からアドルフの方を伺ってくる。
既に痛みが引いたことは明白だ。
「…わかった。教えてやるよ」
再び嬉しさのあまりうさぎさんジャンプを始めるクーガ。
不覚にも、アドルフも表情を緩めてしまう。
「………小吉さん。アドルフお兄ちゃん」
クーガは、ジャンプを止めてピタリと止まる。
クルリと向けたその顔の表情は、少年ながらに真剣さが伝わってきた。
「僕ね、いつか二人みたいになってみせる。そうしたら今度は、二人の大切なものを守ってみせるよ」
先程泣いていたのが嘘だったかのように、クーガの瞳には強い感情がこもっていた。
「でも…それまで二人に手、握っててもらっていい?」
恥ずかしそうに、頬を僅かに赤らめてクーガは両手を差し出す。
それを見た二人は微笑んで、そっとクーガの手を包んだ。
「…私は守ってくれないのか?」
ミッシェルは、眉を硬く結んでクーガを見る。
クーガにとって二人が特別な存在であると知ってはいるが、この場で自分だけ仲間外れというのも癪だ。少しだけ、クーガを困らせてやろうと思った。
「ミッシェルお姉ちゃんは大丈夫だよ!」
しかし、困るどころか屈託のない笑顔が返ってきた。
「………ミッシェルだったら近寄ってくるやつ叩きのめしちまいそうだも…はっ!!」
小吉はつい漏らしてしまった本音に、ナイアガラの滝のように汗を流す。
耳のいいミッシェルのことだ。
完全に今のツイートを聞かれていたはすだ。
そうっとミッシェルの方に顔を向ける。
「 ほ う ? 」
案の定、ミッシェルはビキビキと青筋を立てるだけでなく、『変異』まで始めていた。
小吉が心の中で念仏を唱えて天に召される準備をし始めた時。
「だってミッシェルお姉ちゃんキレーだもん!きっとかっこよくて強い人と結婚できるよ!!」
こども特有の天使のような綺麗な本音が、
わかりやすく、ミッシェルの怒りは表情から消え失せていた。
「じゃあ万が一…私が嫁に行き遅れたらどうする?」
ミッシェルはニヤニヤとした表情で尋ねる。
ここは『僕がお嫁さんにする!!』というのが王道パターンだ。
勿論、ミッシェルがクーガに恋心など抱いたことはない。
ただ、純粋に頬を染めて照れながらその台詞を言う『
しかし。
「その時は僕がオムツ代えてあげる!!」
「…老後まで放っておくのか」
アドルフの反射的なツッコミに、小吉が噴き出す。
この時点でのミッシェルの怒り度、『おこ』。
更に小吉の唾が顔面にかかり、『まじおこ』。
ビキビキと、青筋が立つ。
小吉とアドルフは、目を見開き汗を流す。
今のミッシェルは、銃を持った犯罪者と同じだ。
興奮状態にある。下手に刺激するといけない。
最早、クーガという名の刑事に現場を委ねるしかない。
頼むぞクーガ刑事!!
「…そ…そこは普通『僕のお嫁さんにしてあげる』とかだな………」
「僕もっと優しい人がいい!!」
クーガは、笑顔でミッシェルの要求をピシャリと断る。
ミッシェル、『変異』を再び始める。
この時点でのミッシェルの怒りボルテージ、『激おこぷんぷん丸』に突入。
「 全 員 殺 す 」
「クーガ、今こそヒーローになる時だ。
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「………夢か」
どうやら、バスの揺れが心地よくて眠ってしまっていたらしい。
かなり昔、十年以上も前の夢だ。
「………後で七星さんから拳骨食らうんだろうな」
外の綺麗な景色を見て、クーガは溜め息をつく。
クーガは唯香の監視も無しに、一人である場所に向かっていた。
いつもの『地球組』の制服ではなく、黒スーツに黒ネクタイ。
手には、ポリバケツ。中には雑巾や色々。
片手には、紙袋。中身は、食べ物だったり写真だったり。
「あんれまお兄ちゃん。このへんじゃ見かけない顔だな」
バスに乗ってきた老人が、珍しそうにこちらを眺める。
見知らぬ相手に躊躇なく話し掛けてくるあたり、流石は田舎だ。悪い意味ではなく、いい意味で。
「このへんなんもねぇから若い人には退屈だろうさ。何さしにきた?」
老人の問い掛けに、クーガは笑顔で答える。
「………大切な人の、大切な人に会いに行くんです」
「こっだらとこに住んでんのか?」
老人はきょとんとした表情で、クーガを見つめる。
「………都心からも遠いし、駅からも遠いし、トドメにバス停からも遠いけど、もう少ししたら桜が咲くんです」
とっても、綺麗なんですよ
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「ヒアアアア!!どうしよう!!どうしよう!!」
唯香は、パニックになっていた。
「クーガ君!!」
トイレの中。
「クーガ君!?」
シャワールーム。
「クーガ君!!」
ベッドの下。
どこを探しても見つからない。
「くーがならこの〝て〟にひっかかる」
レナは唯香のブラジャーを設置し、ザルに紐を巻いた棒を立てかける。
ブラジャーでなく、『ひえ』や『あわ』なら小鳥が捕まるかもしれないが、今はそんなことをしてる暇はない。
「…全く。私にチームプレーを呼び掛けた男が一人で単独行動か」
ユーリは呆れたように呟く。
ここは、『
アメリカにある研究所と異なり、規模も小さく、生体テラフォーマーも扱ってない。
とある事情の為に、急遽ここまで一行はやってきた。
「……………非常にまずいんではなくて?」
アズサは呟く。
いつもならばレナと共に悪ノリするところだが、今回ばかりは事態が深刻すぎる。
「全く持ってその通りだ。『現在の状況』を考えたらな」
七星の表情は崩れていない。
動揺を見せないあたり、流石は臨時司令官だけある。
「私のせいです…」
ガクリと肩を落とす唯香。
本来であれば唯香に責任があるところだが、本当に一瞬目を離した隙にいなくなったのである。
これで彼女責めるのはあまりに酷だ。
「…ねぇ、クーガ君の行きそうな場所に心当たりは?」
花琳は足を組み直しながら唯香に尋ねる。
「………一つだけ」
一つだけ、ある。
心当たりが。
そこなら一人で行きたいという気持ちも理解できる。
むしろ、日本での心当たりはそこしかない。
「…どこなんですか、それは」
七星が気迫迫った表情で尋ねる。
唯香は、少しだけ口をつぐんだ後に、そっと口を開く。
クーガの気持ちを汲んでやりたいところだが、クーガの身の安全が第一だ。
「──────────だと、思います」
それを聞いた瞬間、七星は溜め息をつく。
気持ちはわからなくもないが、許されることではない。
「…………行くぞ。クーガ・リーがいるであろう場所に」
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────────────二日前
クーガは、U-NASA本部の実験室に唯香、アズサ、レナ、花琳、七星、そして『
「悪いなみんな。任務終わったばっかだってのによ」
クーガは、U-NASAの実験グローブを何重にもはめこむ。
唯香の助手を時折やっていただけあって、手際がいい。
「それじゃ…ユーリが『
クーガが厳重にロックされたスーツケースの中から、ある物を取り出す。
「それは…」
「そうだユーリ。お前の『毒銛』だ」
『アンボイナガイ』の武器、『毒銛』。
毒の詰まった強固な銛。
これが、ユーリが疑われていた元凶。
「これが…どうかしたか?」
七星は顔をしかめて尋ねる。
「………貫通、しないんです。『これ』」
唯香が、パンを挟むトングのような機材で毒銛の先端を掴み、持ち上げる。
すると、先端に『返し』がついていることに気付く。
「アンボイナガイは、基本的に海底に潜んでじっとしています」
唯香は、端末にインストールしたアンボイナガイの生態映像を見せる。
「そして『毒銛』を撃ち込み、手繰り寄せる」
『毒銛』を打ち込まれた魚は、見るも無惨に呑みこまれていった。
「銛の先端っていうのは、『捕まえて離さない』為にある」
クーガはガラス棒で『毒銛』の先端をコツコツと叩く。
その後、消毒液の中にそっと差し込んだ。
「風穴なんか開けちまったら折角仕留めた魚が海流に流されてどっか行っちまう訳だろ?ユーリが仕留めた敵の死体思い出してみろよ。『全部脳天に突き刺さってた』」
思い返してみると、その通りであった。
ユーリの『毒銛』は、貫通しない。
深くまで突き刺さるが、形状的に貫通は厳しい。
『貫通しない』ことを活かして、移動術も披露していたが。
「『人間大にしたら』なんて言うけど、根っこは変わらないんだよ。オレのオオエンマハンミョウも、アズサの─────も。レナの────も。ユーリのアンボイナガイだってな」
「だから、ユーリさんには不可能なんです。『風穴』を空けて殺すなんて」
「すごい。わたしみたいな、さるでもわかる」
クーガと唯香の説明に、レナはパチパチと手を叩く。
大したことは言ってないが、灯台もと暗しとでも言うべきか。
シンプルなことこそ、見落としやすいのである。
だがしかし、蛭間七星は頭を抱える。
振り出しに戻った。
このままいたちごっこで、永遠に『
「そんで第六位のトミーや…他の仲間を殺した奴の『特性』だけど、こっちはおおよそ見当がついてる」
「…………なんですの?その『特性』とやらは」
顎に手を当て、アズサは尋ねる。
「『雀蜂』だ」
スズメバチ。
『アネックス一号』艦長で、『バグズ二号』の搭乗員でもあった歴戦の英雄、小町小吉の『特性』。
無限の体力・多彩な能力・強烈な毒の三拍子を武器として備える恐ろしい昆虫。
「こいつの能力の一つは『毒針』を発射すること。その針の形が被害者達の腹に風穴開けた形と一致してるんだ」
一度使ってるところを見たことがあるからな、と付け足す。
「…………クーガ・リー。つまり、『大雀蜂』の『バグズ手術』を受けた敵の仕業だと言いたいのか?」
しかし七星は納得が出来ない。
今のところ、『大雀蜂』の特性を持った襲撃者の目撃情報や、死体すらも一切出てきてないのだ。
仮にあの『集会』の日に紛れ込んでいたとしても、何の痕跡もないのはおかしい。
「いいや違う。敵は『バグズ手術』を受けた『死刑囚』なんかじゃない」
クーガは、あっさりと七星の見解を否定する。
「……どういうことだ?」
「「 使えないから 」」
唯香と花琳の声が同時に飛び出る。
花琳は唯香にどうぞ、と発言権を譲った。
「使えないんです。手術してから日が浅いと」
「あいつらは全く戦い慣れしてない。結成したのも多分割と最近だし、ましてやその理屈でいくと手術も最近だろ?」
確かに、物量で押されることはあっても単体での戦闘力はかなり低かった。
それ故に、あまり苦戦を強いられたこともなかった。
そう思うと、手術したのは案外最近かもしれないというのは納得出来る。
「『バグズ手術』や『MO手術』は…トレーニングを繰り返したり、手術してからの時間が経過すればするほど、体にその生物の遺伝子が馴染んでいきます」
例えば、ミッシェルの怪力。
例えば、アドルフのレーダー。
クーガはゴミムシ系の特徴として、空腹に強かった。
彼らの能力は『変異』せずとも、常時その恩恵を受けている。
そして、類は違えど『小町小吉』も同じ。
『大雀蜂』自体に、最初から多彩な技が備えられてる訳ではなかった。
絶え間無い訓練の日々が、旧式の『バグズ手術』であるはずの彼の『大雀蜂』を、凶悪なものへと変えていった。
『毒針』の射出もそんな訓練で得たものの一つ。
一朝一夕で身につけられるはずもないのである。
「なるほど。つまり…『雀蜂』の『特性』を持った『
「そういうことだユーリ」
「しかし…『雀蜂』の『特性』を持ったメンバーなんておりませんでしたわよ?」
アズサは最大の疑問のその一を提示する。
『地球組』のデータバンクに、そんな『特性』を持った人間はいなかった。
「あらアズサ。そんなの簡単よ。『改竄』すればいいだけじゃない」
花琳の言う通りだ。データの改竄。
それさえすれば、ベース生物など簡単に誤魔化すことができる。
「実際に見てみないとわからないわ。少なくとも『雀蜂』じゃないのは貴方達と…死んだトミー・マコーミックだけね」
そうすると、一人の人物が浮き彫りになる。
第五位『帝恐哉』。
あの日、クーガと揉めかけたドレッドヘアの男。
「一応能力は『クロオオアリ』ってことにはなってるけど、真相はどうかしらね?」
帝恐哉のサポーターも、あの日死んでいる。
監視の目をくぐり、フリーで動けてもおかしくはない。
「帝恐哉に直接コンタクトを取って確かめる。それだけだ」
七星が指示すると、帝恐哉が所属している研究所に連絡を取る。
しかし、昨日から行方を眩ませているそうだ。
もしかするとだ。
こちらが感付くのを見越して、逃げたのかもしれない。
七星は陸・海・空の交通手段に素早く包囲網を張る指示を出す。
「日本に飛ぶぞ。帝恐哉の行方を探る」
こうして一行は日本へと足を運ぶことになる。
そして日本に訪れてから数時間後、忽然とクーガ・リーは姿を消した。
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「…………唯香様。あたくし、最後の疑問がありますの」
クーガがいるであろう場所に向かう車内で、アズサが尋ねる。
あの時聞けなかった、二つ目の疑問。
「スズメバチに、麻痺させる毒なんてありますの?」
最大の疑問。
どの死体にも、死後硬直以前に、麻痺にも似た硬直があったことが確認された。
スズメバチには、そのような麻痺を起こす毒はなかった。
ただ、死へと誘う為の毒。
麻痺効力を持っている毒を持つ種もいるが、そこまでの効果は発揮されないだろう。
「…………一つだけ、心当たりがあるの」
唯香が呟く。
「あまり生態も知られていないんだけど…体内に『あるもの』を発生させることが出来るの。でも微量だし、あまり役には立たないと思う」
でも、と付け加え、唯香は空を見上げる。
晴れていた。雲一つない、快晴。
「こんなに晴れた日だと、凄いかも」
特に、人間サイズとなれば。
「………それに、クーガ君にとっては最悪の相性になると思う」
小町小吉と、アドルフ・ラインハルトを慕っているクーガでは。
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クーガ・リーはバス停を降りて、暫く歩き続けた。
桜が咲ききってないものの、アーチ状に並ぶ木が遠方に見えてくる。
小吉が火星に行ってる間、暇だったら一度は掃除でもしてやってくれと頼まれた、とある場所。
『バグズ二号』搭乗員の、お墓。
自分の父や、ミッシェルの父。
小吉の仲間や『親友』であるティン。
そして何より。
小吉の一番大切な人が眠っている場所。
『ゴリラ』と呼んでいた、愛しい人が眠る場所。
一度写真を見せて貰ったが、とても美しかった。
小吉が稀に酔い潰れた時、必ずこの人の名前を呼んでいた。
夢の中で再会していたのか、本当に嬉しそうだった。
自分と遊んでる時よりも嬉しそうだったから嫉妬して、思わず頬をつねってしまった記憶がある。
その人の為に、小吉は一度過ちを犯してしまったらしい。
あの優しい小吉からは想像出来なかった。
小吉は、自分を捨ててでも彼女を守ったのだ。
そんな小吉の大切な人の墓だ。
ピカピカに磨かない訳にはいかないだろう。
本当は唯香たちの許可を取り、一緒に訪れるべきだったのだろう。
しかし、ここには一人で訪れたかった。
何故かは知らないけど、なんとなくとしか言い様がない。
そのなんとなくでみんなを振り回してしまった自分には心底呆れるが。
アーチ状の木々をくぐり抜けていくと、何故か人の声が聞こえた。
何人かいる。
賑やかなようだ。
そして、異常な臭いも感じる。
臭い。
嫌な予感がして、クーガは走り出す。
そして、アーチ状の木々を抜けていった半ばで。
「…………………何やってんだ」
「…第一位様かよ。元気か?あの乳のデケー『サポーター』さんは?」
「何やってんだ」
「チッ。連れてきてねーのかよ。〝まわそう〟と思って人数集めてきたってのによ…」
「何やってんだって聞いてんだ」
「何やってんだって便所に糞してるだけだけどな」
帝恐哉は惚けた顔でわざとらしく首を傾げる。
その周りにいる三十人程の集団も、わざとらしく首を傾げる。
「ぶっ殺すぞこの下衆野郎がアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
戦闘中でも、冷静さを失うことのないクーガは柄にもなく激昂する。
何故なら。
墓が、恐らく連中がしたであろう糞や尿でまみれていたからである。
出発前に小吉が供えたであろう花や、供え物。
墓石。周囲の草木。全てが台無しにされていた。
怒る。煮えたぎる。体温が。
「おいおいおい…怒るなよ。火星に行ったアドルフお兄ちゃんみたいにぃ………やぁさぁしぃくなりたいんだろ?クーガちゃあん?」
「ッ………!!」
アドルフの名前が出てきた瞬間に、更に体内の血管が膨張するのがわかる。
「アドルフお兄ちゃんはぁ~奥さんが他の男とチョメチョメしても怒らない、とってもやぁさしい男なんだぜ?スゲェだろお前ら?」
「アドルフお兄ちゃんサイコー!!」
「オレも一発頼みてぇなぁ………」
帝恐哉の下世話な話に、周囲の取り巻きも便乗する。
いずれも、クーガを挑発するように。
「それによぉクーガ・リー。オレ達は供え物してやってんだぜ?ウンコのパテに小便のカクテルだ。有り難く思えよ。ゴキブリに彼女の首へし折られて夜な夜な泣きながらシコシコやってるキャプテン・オスゴリラも喜」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
立て続けに、恩人を馬鹿にされた。
侮辱された。
許せない。
クーガは首へと『薬』を打ち込み、オオエンマハンミョウの力を纏う。
それを見た帝恐哉は、
「…マジかよ。ここまでわかりやすい奴だとは思ってなかったわ」
先程のクーガを煽っていた表情が嘘だったかのように、げんなりとした表情を見せる。
あんなあからさまな演技に引っ掛かってしまうレベルで、小町小吉とアドルフ・ラインハルトを慕っている。
そのせいで、クーガ・リーは本来の戦闘スタイルである『冷静に弱点を見据えてそこを突く』という持ち味を恐らく全く発揮しないままに倒れるだろう。
「第一位。いいことを教えてやるよ。オレはな。最初からバレること前提だったんだぜ?」
両手を広げ、おどけた表情で少しずつ歩み寄る。
「お前はあんまり自覚ねぇみてぇだが…生まれつき『MO』を持った人間は珍しい。たとえ『ファースト』や『セカンド』に続く三番煎じだったとしてもな」
クーガは希少価値の塊だ。
ミッシェルや燈が研究され尽くしたとはいえ、『生きたサンプル』はまた格別だ。
自分の『依頼主』は、クーガ・リーを捕獲して引き渡せば相当な金額を払うと言っていた。
その為に、ここまでお膳立てした。
自分が『
恐らく、日本に訪れる。
そして、ここに訪れる。
そこまで、この男は計算していた。
クーガを調べ尽くした為に、行動パターンは把握出来ていた。
そして、唯香にちょっかいを出したりとどの程度がクーガの怒りのボーダーラインなのか、あの日の『集会』の時から実験していた。
唯香も充分な燃料になるが、有効なのは『小町小吉』と『アドルフ・ラインハルト』を侮辱することらしい。
あの二人の為に感情を揺さぶるほど、冷静さが売りのクーガの武器は減っていく。
混乱し、単純になってゆく。
だからこそ、この任務を『依頼主』は自分に任せたのかもしれない。
確かに、適任だろう。
『ベース生物』的な意味で。帝恐哉は、首筋に昆虫型特有の『薬』を注射する。瞬間、〝電流〟が空を切り裂いた。
─────────────────────
────────────
あれだけ怒りで狂っていたクーガの表情が、固まる。変異している最中の帝恐哉の背後に、とある二匹の動物の幻影が見えるのだ。見覚えがある、というよりも、あの二つの力に自分は救われたのだ。
その二つが何故、今自分と対峙しているのか。訳がわからなかった。頭の中がグルグルと回り出し、危険信号が身体中を駆け巡る。ああ。この感情は懐かしい。イスラエルで銃を突き付けられた時と同じだ。恐いのだ、自分は。逃げ出してしまいたいのだ、ここから。
「クーガ・リー。お前があんまり可愛そうだからよ、お兄ちゃん達が迎えに来てくれたみたいだぜ?」
2匹の動物、勿論その幻覚が帝恐哉の背後でこちらを見つめる。足が震える。理解出来ないから。
「『
2匹の片割れ、スズメバチがこちらを見て威嚇する。
「『
もう1匹の片割れ、デンキウナギも同じくクーガ睨みつけた。
「何で……2人の力が?」
クーガ・リーは呟いた。その瞳は、あまりにも理不尽な出来事を受け止めきれないこどものように、清らかで絶望で染まっていた。
帝 恐哉
国籍 日本
24歳 ♂
186cm 89kg
MO手術〝昆虫型〟
─────────クロオオアリ──────────
↑Miss Information
↓True
─────────オリエントスズメバチ──────
『アース・ランキング』五位×→???位
────────────────
オリエントスズメバチ。
次回、その生態に迫ろうと思います。
こいつに、専用装備を使わせてかなり凶悪な仕様にしたいと思います。
ちなみに今回は予約投稿なので既に作者は寝ているのであしからず。