土下座少年リリカル☆土下座   作:泣き虫くん

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一話、始まりの土下座

 今年で小学三年生になる、高町なのは。

 彼女はとんでもないことに巻き込まれていた。

 放課後の帰り道、頭に響く助けを求める声。

 謎の声に応えて友達二人と周囲を探せば、フェレットがそこにいた。

 動物病院にフェレットを届けて、その夜、また頭に響く謎の声。

 導かれるように外へと出れば、動物病院にいるはずのフェレットが怪物に襲われていた。

 その人語を操るフェレットは自らをユーノと名乗る。

 助けて欲しい。

 この怪物を退治して欲しい。

 ユーノはそう言った。

 めまぐるしく展開される状況でもなのはの心は強かった。

 なのはが決意し、魔法の世界へと一歩を踏み出した。

 その筈だった。

 そんな物語の始まりは僅かに形を変える。

 魔法ではない。

 もっと凡庸で、見る者によっては醜悪で、しかし、時には人が命をかけて行う行為と少女は出会った。

 

「大変なことが起こっているな」

 

 少年がそこにいた。

 

 

 

 それは奇妙な少年だった。

 一見すればどこにでもいるような外見をしている。

 際立ってでかい身体をしているわけではない。

 際立って可笑しなところは顔にない。

 しかし、である。

 一つ一つ注意深く見ればしっかりと特徴があった。

 身体はでかくはない。

 しかし、代わりにしっかりと引き絞られている。

 細身に見える首も、肩も、腕も、腹も、腰も、脚も、その全てが細いが、筋肉で満ちていることが分かる。

 ダンサー。

 職業で表現するならこの言葉が一番似合っている。

 細いがひ弱さは微塵もない、均整の取れた肉体であった。

 そして、顔。

 眼も、鼻も、口にも特徴はない。

 しかし、それらが並んで一つとなると印象が大分違ってくる。

 パーツの並び方か、あるいは角度か、それらの要因によって魅力的な顔になっていた。

 中性的な、それでいてハンサムな顔つきであった。

 

「ふぅん」

 

 少年は呟いた。

 今、ここには化け物がいる。普通ならば目を背けたくなるような光景だった。

 少年はそれでも目を逸らさない。

 それをごく当たり前のように見つめていた。

 もっと言えば少年は観察していた。

 目の前の光景を見て、それにどう相対するのが良いのか思案しているようだった。

 少年の眼が、なのは、ユーノの順に向けられた。

 そして、少年は改めて怪物を見つめた。

 どういうわけか、その眼には深い憐みの色が浮かんでいる。

 

「こいつは酷いな」

 

 少年は怪物に声を掛けた。

 憐みの匂いを敏感にかぎ取ったのだろうか。

 怪物は動きを止めた。

 何を考えているのか分からない目で、少年を見つめている。

 

「あんた、望んでそんな姿になったのかい?」

 

 少年は問うた。

 知能も、理性も感じさせない怪物に質問を投げかける無意味。

 そんな無意味さを感じていないように少年は言う。

 少年の声が何かに響いたのか、怪物の両目に光が宿った。

 

「違うはずだ。あんたは多分誰かの願いを叶えてやりたかったんだと思う。

 長い眠りを超えてこの世に目覚めたあんたは誰かを助けてやりたかったんだと思う。

 そうだろう?」

「まさか、君は知っているのか……、ジュエルシードを!?」

 

 少年の紡いだ声に一匹が反応した。

 ジュエルシードが何らかの生き物を怪物に変えていることを、ユーノは知っていた。

 怪物から魔力が放射されているからだ。

 魔力にはパターンがある。

 その魔力とは基本、生み出すものによってパターンが異なる。

 ジュエルシードを事前に把握していたユーノは魔力波動からがジュエルシードにいち早く気づけたのだ。

 仮に魔力を感じていないのだとしても、ジュエルシードの特徴を知っていれば、気づきのキッカケにはなるだろう。

 だから、少年がジュエルシードに気づけたのだとするのなら、事前にジュエルシードのことを知っているはずだ。

 そうユーノは推測したのだ。

 少年はユーノの質問に答えた。

 

「ジュエルシード? 俺はそんなものは知らないね」

「でも、それじゃあ、なんで――」

「俺はこいつから嗅ぎ取っただけさ、後悔の念を」

 

 ジュエルシードを知らない。

 少年は簡潔に言うと、再び怪物に目を向けた。

 先の話を続ける。

 

「でも、もうやめようぜ。

 『それ』の望みを形にしたところで何にもならないし、今のあんたにそんな力はない」

「GRUUU……」

 

 怪物は唸る。

 意志の無い唸りとは違う。

 痛い所を突かれたことを紛らわすような――。

 狼狽えている。

 話術か、それとも魔法か、いかなる手段を用いてかは分からないが、少年はこの怪物と意識を通わせているようであった。

 

「NIIIッ……」

 

 その怪物が自嘲気味に笑う。

 怪物は知っているようであった。

 己の形が正しい流れから遠い地点にあることに。

 己が間違っていることに。

 それでも笑わずにいられない。

 もはや、何も変えることが出来ないから。

 正しく願いを叶えられない己の無念さ。

 しかし、それを変えることの出来ない己の無力さも。

 全てを承知し、しかし、己は何も変わらない。

 人を幸せへと導くことこそが『正しい』有りようのはずの己、が醜く変じ、人を怯えさせる存在へと成ってしまった。

 今、怪物に出来ることはそんな自分自身を嘲笑うことだけであった。

 

「GYAAAッ!」

 

 だから、問答はここで終わり。

 悲鳴と笑い声をミックスした絶叫でもって目の前の少年を終わらせる。

 その怪物の決意になのはとユーノは顔を青ざめた。

 早く助けなければ。

 その想いが二人の身体を動かしかけたとき――、

 

「安心しな」

 

 少年が言っていた。

 二人の不安を消し去る声色で。

 少年は堂々と怪物と向かい合う。

 怪物が右腕を振り上げて振り下ろす刹那、少年の身体が駆動していた。

 身体が素早く沈んでいた。

 棒が垂直に落ちていくように、少年の上半身が高度を下げていく。

 ストン。

 そんな擬音が似合うほどに、少年はすんなりと腰を下ろしていた。

 腰を下ろしている少年の姿勢。

 それは日本人なら誰でも知っている、伝統的な姿かたちであった。

 

「あれは正座ッ!?」

 

 日本で生まれ育ったなのはは当然知っている。

 父と姉と兄が武道の修練をしているので、ごく身近にある姿勢と言っても良い。

 そのなのはの言葉にユーノは目配せをする。

 あの姿勢に意味があることを期待して。

 だが、あの姿勢そのものに『敵』をどうにかする力などない。

 確かに少年の見せた正座。

 それはそれは見事なものであった。

 腰を下ろす最中であってもピンと伸ばした背筋。

 淀みのない動き。

 それだけ見れば武道家のそれであった。

 しかし、正座とはあくまでも『礼』に過ぎない。

 あの座った姿勢から放てる技などない。

 武術に関しては素人のなのはでもその程度のことは分かっていた。

 緊急事態により一瞬の情景にすら目をやれるほど圧縮された時の中。

 二人の心の中には、少年の奇怪への不安が出現し始めて――。

 

「KIYAAAAAAッ!?」

 

 怪物の悲鳴が響いていた。

 空気を引き裂いたような甲高い音が、怪物の口から鳴っている。

 あの怪物が怯えていた。

 何が起こっているのか!?

 理解できないなのはとフェレットを置き去りにして状況は進んでいく。

 少年の上半身が地面に向かって傾き始めていた。

 手を地に合わせてそこへと上半身を寝かしていく。

 それを見て怪物の表情が変わった。

 もうやめてくれ。

 なのはとユーノにはそう言っているように見えて――。

 それでも少年はやめることはない。

 少年が己の身体を折りたたむ。

 そして、ここに『礼』における一つの形が出来上がった。

 弱きものが最後に縋りつく、ある種の究極を体現した形。

 

 ――土下座がそこに現れていた。

 

「嘘……」

「なんだ!? この輝きは!?」

 

 二人が目にしたのは光であった。

 まばゆい光が少年から放たれている。

 きっと、それは実体をともなった光ではない筈であった。

 人が土下座で輝くことなどあり得ない。

 そんなことは当然だった。

 しかし、それならばこのまばゆい光がなんであるのか。

 そもそも、何故少年が光っているように見えるのか。

 何故怪物が土下座などに驚いているのか。

 現実ではあり得ないことばかりが起きているこの状況でそれをどう問えば良いのか。

 ただ、それでも二人には分かった。

 土下座が現実に干渉していることを。

 その姿勢こそが少年の切り札であり、少年にとっての『魔法』がこの土下座であることを。

 

「GYAAA――」

 

 今ならば分かる。

 この光だ。

 少年から放たれている光が怪物に作用し、苦しめているものの正体である。

 怪物の身体が光りの中へと溶けていく。

 表皮が散り散りとなり、光の粒へと形を変えていく。

 その光景のなんと神々しいことか。

 二人は素直に見惚れていた。

 

「GA……GA……」

 

 完全に光に飲まれる直前。

 力が尽きて、弱弱しくなった悲鳴。

 己が消えゆくことを悟った怪物。

 その顔は安らかなものだった。

 光が収まる。

 後に残ったのはきらびやかな宝石。

 ジュエルシードだけだった。

 

 

 

「あんたらが欲しかったのはこれかい?」

 

 少年はジュエルシードを手に取ると、無造作に投げてよこした。

 なのはがそれを受け取った。

 

「あ、ありがとう」

「別にお礼を言う必要はないよ。俺が勝手に放っておけないって思っただけだからね。

 俺はこれから自分の家に帰るつもりだけど、君らもそうした方が良い」

「ちょっと待って!」

 

 少年は背を向けて立ち去ろうとする。

 それをなのはが引き留めた。

 

「なんだい?」

「さっきのあれはなに?

 どうやって、あの怪物を退治したの?」

 

 訊きたいことはたくさんあった。

 怪物の正体は何か。

 そもそも、魔法とは何か。

 ユーノが口から漏らしていた次元世界とは魔法の世界なのか、等々。

 そんな疑問の中に合ってもっとも分からないのはやはり少年が何故怪物を退治できたのか、だ。

 

「僕も訊いておきたいね。君はあの奇妙な姿勢で怪物を退治したけど、あれは何だったんだい?」

 

 それを気にしているのはユーノも同じことだった。

 少年から魔力の気配はない。

 しかし、少年の土下座によってジュエルシードは封印状態にある。

 通常、暴走状態にあるジュエルシードの封印には『正しい』魔法の力が必要だ。

 正式な手順を踏んだ魔法の行使のみがジュエルシードの暴走を抑える唯一の方法であるはずだった。

 魔法を使えない筈の少年がどういう理屈でジュエルシードを抑えたのか。

 ユーノも興味を持っている。

 

「土下座だよ」

「土下座? その土下座をすれば誰でもあんなことが出来るというのかい!?」

「まさかね、そんなことを言うつもりはないよ。しかし――」

「しかし?」

「俺に言えることはただの一つ。真剣にやったってことだけさ」

 

 真剣。

 その言葉に込められた力はどれほどのものだったのか。

 少年は続ける。

 

「俺があの怪物から読み取ったのは後悔の念さ。

 自分が正しくないことは分かっている。しかし、分かっていながらその流れを覆せない。

 その無念さを俺は癒してやりたかった。真剣にだ」

「真剣――」

「だから、俺は祈った」

「なにを?」

「正しく生きることが出来るようにだ。そのための祈り――それこそがあの土下座だった」

 

 少年はそう言うと、足を踏み出した。

 もう言うべきことなどない。

 そう言わんばかりであった。

 なのはは声を張り上げた。

 

「私の名前は高町なのは!

 あなたの名前を教えて欲しいの!」

 

 少年は答えた。

 

「土ノ下 座(つちのした すわる)」

 

 少女の物語の始まり。

 それは魔法ではなく、座の土下座と共に始まった。

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