土下座少年リリカル☆土下座   作:泣き虫くん

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二話、勇気の土下座

 高町なのはは布団の中で目を閉じていた。

 自分の部屋で、自分のベッドの布団の中で目を閉じて、眠ろうとしていた。

 体感で三十分はこうしている気がする。

 いつもならば目をつぶって横になるだけですぐ寝入ってしまう。

 しかも、今は深夜だ。

 もう、夢を見ていてもおかしくはない。

 原因はアレかとなのはは思った。

 今日は色々なことがあった。

 言葉を話すフェレットと出会った。

 しかも、そのフェレットは言葉を解せるだけではなく、魔法というものも使えるのだという。

 そのフェレットはユーノ・スクライアと名乗った。

 ジュエルシードという願いを叶える宝石を次元航行船で運搬中に事故に巻き込まれた。

 そして、この世界に21個のジュエルシードがばら撒かれてしまう。

 ユーノはそれに責任を感じて回収を試みたのであった。

 しかし、事故に巻き込まれたことによりユーノのコンディションは最悪だった。

 ジュエルシードが生み出したジュエルシードモンスターには叶わず、逆に追い詰められてしまった。

 なのはが聞きつけたのはユーノの助けを求める念話、魔法によるテレパシーだ。

 そして、今日、なのはは魔法という存在を初めて知ったのだった。

 しかし、なのはが眠れないのは、新たに出会った魔法という存在について思案していたからではない。

 魔法よりも身近で、魔法以上に衝撃的な行為。

 それに付与された新たな意味への驚きがまだ残っていたからだった。

 

「土下座だよ」

 

 少年が土下座で怪物を浄化した。

 嘘のような話であった。

 魔法の存在も、土下座で何かを祈祷するのも、どちらも同じように嘘のような話だ。

 しかし、ユーノの話だと、そうではないらしい。

 なのはにとっては魔法という嘘のようなものをリアルに受け止めているユーノ。

 その彼にとっても土下座で怪物を浄化した少年の行為は嘘のような話らしい。

 つまり、誰でもできるはずの土下座とは限られた人間以外には不可能な魔法以上に非常識な行為ということになる。

 ある種のパラドックス的な事実が理由だろう。

 なのはの脳裏には少年の土下座がぐるぐると回っていた。

 あの少年はこれからどうするのだろうか?

 なのはは少し考えた。

 

「私もあんな風に……」

 

 なのはは何事かを呟こうとして、その途中でまどろみへと身を任せたのだった。

 そして、翌日の学校で――。

 

「今日から転校してきました、土ノ下 座(つちのした すわる)です」

「え!?」

 

 件の少年と顔を合わせることになった。

 

 

 

 

 

 昼休みになった。

 なのはは困っていた。

 最初、なのはは少年に話しかけるつもりだった。

 人目につかないところで、こっそりと昨日のできごとについて相談しようと思っていた。

 しかし、この中途半端な時期の転校生だ。

 関心を持つのはみんなも同じで、声を掛けて人目の少ないところへと呼び出す余裕もない。

 結局、遠くから見るだけで、昼ごはんの時間になってしまった。

 いつものようにアリサとすずかと一緒に机をくっつけて、弁当を広げる。

 そんな状況でもなのはは少年のことが気になって仕方がない。

 男子と一緒に昼食を食べている少年へと自然に目を向けてしまう。

 どこか上の空ななのはにアリサが声を荒げた。

 

「ちょっと、なのは! そんなにあの転校生のこと気になるの?」

「え? いや、そんなことないよ!」

「嘘おっしゃい。 今日ずっと見ているじゃないの」

 

 なのははぎくりとした。

 まさか、少年に視線を向けているだけのことで、魔法のあれこれや、土下座のことが嗅ぎ付けられるとは思わない。

 それでも、秘密にしていることがある、そのことがなのはに余計なプレッシャーを与えていた。

 なのはの過剰な反応に、アリサはははーんと笑う。

 

「あなた惚れたわね」

「違うの!」

「じゃあ、なんでそんなに慌てるのよ?」

「それは……」

 

 なのはは口ごもる。

 何か言わなければいけないのは分かっているが、下手なことを言っては余計食いついてくる恐れもある。

 

「まあまあ、なのはちゃんも気になってるんだって」

「何よ? まさか、あんたも転校生を気にしているわけ?」

「やっぱりこの時期の転校生は珍しいからね……、結構興味はあるよ……。

 それにサッカー上手かったから、なのはちゃんのところのチームに入るんじゃないかって……」

「そうそう! サッカーといえば近々試合があるからね! 今の時期ならぎりぎり試合に参加できるかもしれないし、どうするのかなって思っていて」

 

 すずかの助け舟。

 それに乗っかる形でなのはは、近々行われるサッカーの試合へと、強引に話題を変えた。

 あまりに露骨ななのはの態度にアリサは眉をひそめるが、自分の話を中断されたことで気がそがれたのか。

 アリサの追求をなのはは逃れることができた。

 普段通りの日常だ。

 しかし、その日常の陰には間違いなく脅威が忍び寄っているのである。

 放課後に、なのははそれを実感することになる。

 

 

 

 突如、感じた悪寒。

 放課後、学校の帰り道である。

 それに従ってなのはは走り出した。

 悪寒の正体はジュエルシードの気配だった。

 気配を追ってたどり着いたのは、神社であった。

 長い階段を駆け上がると、そこには気絶した女性と口から牙を生やした獣のようなジュエルシードモンスターがいた。

 

「ひッ!?」

「大丈夫だよ、なのは。僕の言葉に合わせて、呪文を唱えるんだ!」

 

 ユーノの言葉に従い、なのはは起動パスワードを唱えた。

 すると、なのはの身体が光に包まれて、光が衣服として実体化した。

 どこか堅牢さを感じさせる白い衣装。

 それこそがバリアジャケット呼ばれるものであり、魔導士を守る鎧であった。

 布の柔らかさと鉄のような丈夫さを併せ持った優れものである。

 そして、手に現れたのは赤い宝石を先端に備えた魔法の杖、レイジングハート。

 魔導士が魔法を行使するために必要なデバイスであった。

 これで闘う準備は整った。

 不慣れながらも、自分がやるしかないという使命感でなのはは戦意を高揚させて――。

 そこにもう一人、あの少年が現れた。

 

「よう」

「あ! 座(すわる)くん!」

 

 土ノ下 座。

 この場にいる誰にも少年の用いた手段は分からなかったが、彼もまたこの異変を察知していた。

 魔法の力を何一つ持っていない、この場で一番弱いはずの少年。

 そんな少年はこの場にいる誰よりも不敵な面構えでジュエルシードモンスターを眺めている。

 ジュエルシードモンスターは少年の視線に押されてか、動かない。

 

「何か、出来るかもしれない。そう思ってここに来たんだが、どうやら必要なさそうだな」

「ええ!?」

 

 驚くなのはに少年は目配せすると、これまた不敵に笑った。

 

「今日のところは高町さんに任せようか」

「……どうして? 座くんが土下座をした方が早いんじゃないの?」

 

 なのはは躊躇する。

 少年の土下座で全てが解決するのなら自分がわざわざ出しゃばることはないのではないか。

 それは本来のなのはにはあり得ない消極的な想いだった。

 始まりは土下座だった。

 その土下座はどこまでも清らかで、向けられた全てを癒すかのような、効能があった。

 そして、少年は怪物すらも退治してみせた。

 それも傷つけるのではなく、癒すことによって。

 敵すら癒す少年の土下座を前にしてなのはは僅かに思う。

 自分でなくても良い、と。

 敵を癒せる分、自分の魔法よりも、少年の土下座の方が向いているのではないか、と。

 そして、今日ここにタイミングよく現れた少年は、自分にはない自信を身に纏って笑い――。

 自分が何かする必要性を感じさせないほどに不敵だった。

 少年の土下座。

 少年の態度。

 それらがなのはにはあり得ない消極性を生んでしまったことになる。

 であるのなら。

 その消極性を取り除くのもまた少年とその土下座の責務であった。

 

「どうやら、俺は昨日余計なことをしてしまったようだな」

「そんなことは……」

「だから、捧げさせてくれないか?」

「え?」

「これが、なのはに捧げる、俺の土下座だよ」

「ちょっと!」

「持っていってくれ、勇気を……」

 

 少年は動いた。

 それはしなやかな動きだった。

 土下座へと至る、腰を下げる動作が、筋肉を美しく輝かせているようだった。

 頭が重力に従い地へと吸い込まれていく、その光景には神秘的なものがあった。

 腰を下ろし、頭を下げる。

 幾らかのプロセスを経ているはずの土下座は、その工程ごとの切れ目を感じさせないほど流麗に完成されていて――。

 それ故に、まるで始めからそこにあったかのような錯覚さえ感じさせた。

 

「……ッ! 分かったよ!」

 

 土下座の出現を契機に飛び出してきたジュエルシードモンスターの前に、なのはは勢いよく飛び出した。

 怖くないわけではなかった。

 恐怖心を押しのけて去来した、使命感と誰かを助けたいという想い。

 それに身を任せることで、なのははほとんど反射的に動いたのだった。

 

「レイジングハートッ!」

『Protection』

 

 素早く構えたレイジングハートから迸る、魔法の結界がジュエルシードモンスターを阻む。

 敵は実体を持ち、幻獣形態へと姿を変えたジュエルシードモンスターだ。

 質量はそれなりにあり、魔法のそして実戦の初心者であるなのはにとっては接近されると少々きつい。

 ジュエルシードモンスターが四肢を強く踏み込むたびに衝撃がなのはを襲う。

 結界を押し切られたときにどうなってしまうのかを嫌でも想像させる。

 しかし、それでもなのはは恐れはしない。

 後ろに鎮座する土下座を守るという義務感。

 そして、土下座によって生まれた勇気。

 その二つを支えがなのはにはあったからだ。

 

「やぁ!」

 

 なのははジュエルシードモンスターを弾き飛ばした。

 弾き飛ばされたジュエルシードモンスターは宙空で反転し、着地する。

 睨み合う両者。

 間の空間に風が流れたところで、再び両者は動き始めた。

 

「なのは、まずは魔力弾でジュエルシードモンスターを弱らせるんだ!」

「うん! お願い!」

『Yes、Sir』

 

 なのはが手に持ったレイジングハートへと呼びかけると、先端の赤い宝石からピンク色の魔力弾が生み出される。

 それをどう使えば良いのか、ユーノからアドバイスも受けて、魔力弾を操るなのは。

 その複雑な軌跡にジュエルシードモンスターは戸惑い、動きを止める。

 やがて、狭まるピンク色の包囲網。

 ジュエルシードモンスターは成すすべもなく、ピンク色の光に貫かれた。

 

「今だ! 封印を!」

「分かった!」

 

 そして、なのはは封印の術式を唱えた。

 レイジングハートから帯状の光が伸びて、ジュエルシードモンスターに絡みつく。

 

「ジュエルシード、封印!」

 

 ジュエルシードモンスターは消えて、後に残ったジュエルシードもレイジングハートに吸い込まれていった。

 

 

 

 いつの間にか傾いている太陽。

 その赤い光を背中に受けていた少年はゆっくりと立ち上がった。

 一仕事終えて一息ついた職人を感じさせる所作である。

 

「座、君に聞きたいことがあるんだ」

「……ああ、そういえば、あんたは話すんだったっけ? 忘れてたよ。

 名前は……確か……」

「君には名乗っていなかったね。僕の名前はユーノ、ユーノ・スクライア」

「もう名乗ったとは思うがもう一度言っておこうか。土ノ下 座だ」

 

 今更の自己紹介を挟んで、ユーノは聞きたかったことを、少年へと尋ねた。

 

「座はどうしてなのはに土下座をしたんだい?」

「……そうだな。確信があった」

「確信?」

「高町さん。あんたを見たときにピンときたよ」

「え?」

 

 封印を終えて少し離れた位置で休憩をしていたなのはは、急に自分の名前が出て驚いた。

 

「高町さんは俺の土下座に頼ろうとしていたんだろうなって。

 この男に任せておけば問題はないんだろうから、自分は何もしないほうがいいんじゃないかって思っていたんだろう、と」

「……うん」

 

 なのはは目を伏せた。

 なのはを慰めるように、フェレットのユーノが背に飛び乗る。

 少年は少し慌てた様子を見せて言った。

 

「そんな申し訳なさそうな顔をしないでくれ。元を正せば俺が原因なんだからな」

「……それがどうして土下座をする理由になるんだい?」

「ああ、なんと言えばいいのか。

 高町さんが俺に頼り切るのは本来の流れから外れていて良くないことだ、と思ったんだよ」

「君がなのはに土下座をすれば、なにか変わると思ったのかい?」

「それは分からない。ただ、俺がこの場に来たのはジュエルシードモンスターに土下座をするためではなかった。

 ジュエルシードモンスターではなく高町さんに土下座をするために俺はここに導かれたのだという、確信に従ったまでのことさ」

「そんな理由で……」

 

 ユーノは驚いた。

 普通、バリアジャケットを纏った高位の魔導士でさえ、敵意を持った魔法生物に背中を晒すなどできない。

 できたとして、そこには防衛本能による躊躇が生まれて然るべきである。

 だが、少年はまるで当然だと言わんばかりに、無防備な背を晒した。

 それも生身という危険な状態で。

 その少年を守るために身を投げ出したなのはも凄いが、己の中にある確信だけを頼りに土下座を行う少年も尋常ではない。

 そういう風に驚くユーノとは正反対に、なのはは少し拗ねた顔をした。

 

「……むぅ」

「どうしたんだ、高町さん。少し不機嫌そうに見えるけど」

「なんか今の言い方だと、私になにも期待していなかったみたいに聞こえるよ」

「高町さん、それは違うぜ。俺は高町さんが俺を助けてくれる人だってことをちゃんと知っていたよ」

「本当に?」

「本当さ」

 

 ひと段落したところで、次の話題へと移った。

 少年が二人へと問う。

 

「じゃあ、明日からどうするか?」

「座くんはどうするつもりなの?」

「俺も手伝うよ。実は今日俺もそのことで話をするつもりだったんだが、時間が取れなくてね。

 高町さんはやれるかい?」

「もちろん!」

「一緒にがんばろう」

「うん!」

 

 夕日を背に握手をする二人。

 魔法少女と土下座少年。

 二人の協力関係が今ここに築かれたのだった。

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