土下座少年リリカル☆土下座   作:泣き虫くん

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三話、海鳴市民総出の土下座

 夜の住宅街を飛ぶ、一人の少女がいた。

 ロングスカートの少女が、精巧な意匠で彩られた杖を両手に構えている。

 足から伸びたピンクの翼が少女の飛行を手助けしているようだった。

 その少女は何かを追っていた。

 

 ――GRUUU!

 

 それは怪物であった。

 大の大人ですら両手に収められないほどに発達した四肢。

 刃渡り30センチのナイフと同じサイズの牙に、それらがかみ合わさった顎。

 黄金に輝く毛並み。

 怪物であった。

 その能力もまたすさまじい。

 コンクリートの地面を踏み抜く脚力。

 その巨躯で宙へと跳ねる俊敏性。

 全てが現存する生物の規格の外であった。

 もし、人が襲われれば溜まったものではない。

 少女は人知れず街を守る正義の味方であった。

 魔法の力を、宿した戦士であった。

 少女の操る桃色の魔力弾は、俊敏に動き、怪物を追い詰めていた。

 闇雲ではないようだった。

 確かな戦術上の意味を持って、怪物を誘導する意志。

 少女の所作にはそれを感じさせる何かがある。

 

 ――!?

 

 その証拠に、進行方向に一人の少年がいた。

 パーカーを羽織っている。

 フードを被って陰になっている顔からは、表情をうかがい知ることはできない。

 少年は、ただ、ポケットに手を突っ込んで、無造作に立っていた。

 その立ち姿に恐れなど微塵もない。

 あるのは意志の力である。

 何事かを成そうとする強靭な意志が少年の半径10メートルほどの空間を撓ませ、その背景をぐにゃぐにゃに歪めている。

 ひ弱な、魔法の力すら感じさせない少年に、魔導士ですら持ちえないものが宿っていた。

 

 ――SYAAA!

 

 それがどうした。

 怪物の口元が歪む。

 少年の決意を鼻で笑い、取るに足りないものとして蹂躙する、思惑が表れている。

 例え、どのような思想であっても、暴力には勝てない。

 その現実を刻み付けるべく、怪物は少年へと牙を向ける。

 距離にして5メートル。

 怪物の感覚からしてみれば、ごくわずかの距離である。

 大地を蹴るために脚に力を込めて、怪物はその先に異形の形を見た。

 

 ――!?

 

 少年の正座。

 それを視界に入れた瞬間に、怪物は理解不能の現象を目にして、体験した。

 少年の身体が突如、光輝いたのである。

 光は帯状に広がり、空間ごと怪物を照らし出した。

 そして、痛みがあった。

 少年から放たれる光が身体をなでるたびに、その部分に鋭い痛みが、はしるのである。

 『アレ』はまずい。

 そう思う間もなかった。

 己を構成する後ろめたさが浮き彫りにされて、さらされてしまったような苦しみ。

 それが全身を焼いているものの正体である。

 早く止めねば。

 しかし、怪物が少年の更なる動きを止めることは不可能だろう。

 少年の腰を下ろす動作すら、その目に捉えることはできなかったのだから。

 土下座が完成したその時にはもう、怪物は光の粒となって、大気へと溶けていた。

 後に残るのは、ジュエルシード、輝く宝石のみである。

 少年、土ノ下 座(つちのした すわる)はその宝石を拾った。

 

 

 

「はいよ」

「ありがとう」

 

 魔法少女、高町なのはは少年から、ジュエルシードを受け取った。

 土下座の少年との共闘が始まってから、一週間が経っている。

 ジュエルシードの暴走は場所も時も選ばない。

 しかし、ある程度の法則性があるらしく、大抵こういう夜半に暴走が起こる。

 だから、家の者には内緒で、こうして外へと出ることが多くなった。

 なのははまだ小学三年生。

 基本的、夜間に一人で外出することは許されていないのだ。

 

「ありがとう。私一人じゃ、まだ、どうにも取り逃しそうになっちゃうし」

「いやいや、俺も楽させてもらってるよ。俺じゃジュエルシードモンスターには追いつけないしね」

 

 少年一人ではジュエルシードモンスターに追いつくことはできない。

 そして、特別な才能を持つなのはであっても、一人でジュエルシードモンスターの相手をするのはどうにも不安だ。

 空を飛べて、上空から魔力弾による追い込みができるなのはと確実にジュエルシードモンスターを浄化できる少年。

 二人の組み合わせは、この街に起きる異変にドンピシャでかみ合っていた。

 

「二人とも、お待たせ」

「ユーノ君!」

「どうやら、無事のようだね」

 

 一匹のフェレットが街頭の影から姿を現われた。

 人語を操る魔法使いのフェレットであった。

 人払いの結界を張るためにわざわざ離れていたのだ。

 その結界はジュエルシードモンスターの封印が済んでいる現在は解かれている。

 

「どう、そのマジックアイテムの調子は?」

「ああ、念話はスムーズだったよ。まさか、俺でも念話ができるとはな」

 

 少年はポケットから宝石を取り出した。

 ユーノが渡したマジックアイテムである。

 非魔法使いであっても、対象と心のうちで会話が可能となる、優れた道具であった。

 これのおかげでなのはと少年はスムーズに連携が取れていた。

 鎖で繋がれた宝石は首からもかけられるだろうが、魔法の道具ということもあって、人目がつかないようにベルトに鎖を繋いで上でポケットに入れている。

 それなりに重量もあるので、紛失に気がつかないことはないだろう。

 

「でも、いつ見ても君の術は興味深いね」

「そうかい?」

「ああ、一体どういう原理で封印を施しているのか、ジュエルシードを調べても分からない」

「ふふん」

「君は一体あの現象をどう説明する?」

 

 少年は顎に手を当てた。

 もともと、答えようのない質問である。

 土下座をして、結果、ああいうことが起こる。

 余人では説明はおろか、そのシステムを解明することすらできないだろう。

 だが、少年は自分の考えをまとめる作業を終えたようで、ユーノの目線に応えるように目を合わせた。

 

「中々難しい……が、俺の土下座はあの怪物たちの心に働きかけているじゃないか、と思っている」

「心?」

「そうだ、最初に俺は説明してたよな。ジュエルシードモンスターは誰かの願いを叶えられなかったものの末路だ、と」

「ああ」

「その未練とそれに伴って生じた後ろめたさ……土下座はそんな負の感情に大きく働きかけたりするんだよ」

 

 今、二人と一匹は住宅街を歩いている。

 道端の電灯が照らした少年の顔には、思考から滲み出る、深海のような深みがあった。

 

「だから、あいつらは俺の土下座に過剰に反応してしまう、心が生み出す感情を心が受け止めきれない。

 その一種の防衛として、自らが自らを封印する……そんなところかな」

「理に適っている……のかは判断できないけど、分かりやすい理屈ではあるね」

 

 ジュエルシードは願いを叶える宝石。

 しかし、過去に使いこなせた形跡もない上に、今や本来の用途で使いこなせる者はいない。

 無理に使おうとすれば、それこそ次元世界単位での災いが降りかかるのは目に見えている。

 もはや、誰も真っ当に使うこともない、誰からも必要とされない道具。

 

「かわいそうな話だよね」

 

 ふっとなのはは言った。

 誰からも必要とされていない。

 かつての己を思い出させる、ジュエルシードの在り方に、自分自身を重ねてしまったのである。

 その想いは結局のところ勘違いであったが、父が重症を負った時の寂しさは言葉にできない。

 

「誰かが必要としたから生まれてきたはずなのに、こうやって誰かに迷惑をかけるだけだなんて」

 

 自分はまだ良いと、なのはは思う。

 導き助けてくれる家族がいたのだから。

 だが、ジュエルシードには、自分を正しく使える者がいない。

 無理矢理に誰かがジュエルシードを使ったとしても、ジュエルシードは持ち主に害を及ぼしてしまう。

 それはお互いにとって不幸なことだ。

 

「……じゃあ、この騒動はもう使われない道具の無念さが引き起こしたのかもしれんな」

「否定はできないかもね。ロストロギアには人知を超えたオカルトな部分もあるから」

 

 ジュエルシードがばら撒かれてしまった事故の原因をユーノは未だに知らない。

 輸送船は無事に回収されただろうが、その顛末がどうなっているのか?

 管理局は動き出しているだろう、という推測はしている。

 散逸したジュエルシードの探索も行われていることだろう。

 しかし、世界は数えるのも億劫になる程度には存在している。

 その無数にある世界の内どこにジュエルシードが落ちてしまったのかを追うのには、時間がかかるはずだ。

 それこそ、あらかじめ事故が起きることを知っている人間でなければ。

 ユーノが管理局を交信を試みようにも、そこまでの魔力を回復できていない。

 当分は自分たちで何とかするしかなかった。

 

「でも、絶対に誰かに使わせるわけにはいかないよ。

 特に、人が使った場合は被害の大きさが今までの比じゃなくなってしまうんだから」

 

 ユーノの言葉の意味はなのはにもよく分かった。

 ジュエルシードへの余計な感傷は事態を悪化させる。

 同情心から、ジュエルシードを見逃すことなどできるはずもないのだ。

 できることはジュエルシードに封印を施すことだけ。

 

「うん」

 

 なのはは答えながら、それでも考えた。

 熟練の魔導士ですら望みを叶えることは難しい、ロストロギアのジュエルシード。

 ジュエルシードを正しく扱える者などいるわけがない。

 だが、もしそれでも、ジュエルシードの行使により願いを正しい形で叶えることができる人間がいるとすれば――。

 どういう人間なのだろうか、と。

 まだ、魔法の道を歩み始めたばかりのなのはには分からない。

 ただ、そういう人間がいるとするのなら。

 それは、土下座で祈ることのできる人間かもしれない。

 なのはの視線の先では、少年が険しい顔をして、何かを思案していた。

 

 

 

「私のせいだよね」

 

 なのははビルの屋上に立っている。

 手すりの向こうに広がる、光景を見下ろした。

 異様なことが起こっていた。

 街の至るところに巨大な樹が生えていたのだ。

 大きな幹であった。

 一つ一つが樹齢数百年の樹に匹敵する太さがある。

 

「そんなことを言ったら、俺も同罪だぜ」

「そうだよ、僕だって止めようと思えば止めれたはずだから」

 

 なのはを慰めるように言った、一人と一匹はその樹木の群れを見るために首を左右へと動かした。

 何せ、樹の群れは街中に広がっている。

 今は全容を確認するべくビルの屋上にいるのであるが、それでも被害の全てを目に収めることは叶わない。

 それほどまでに木々が広がった規模は大きかった。

 当然、その巨体を支えるために伸びた根も、太くて長い。

 折り重なった木の根は街全体を縛り上げる巨大な鎖、と同等のスケールだ。

 今、眼下では巨木に押しのけられたアスファルトと建造物、それら被害に対応する救急と消防の喧騒がある。

 突如、出現し巨大な姿へと成長した樹木による破壊で、街は壊れかけていた。

 

「でも、私があの時動いていれば……」

 

 なのはが罪悪感を抱いているのには理由があった。

 そもそも、この異変はジュエルシードが起こしているわけだが、それを止める機会は確かにあったのである。

 経緯はこうだ。

 なのははサッカーの試合を見に行っていた。

 父親である高町士郎が監督を務める少年サッカーチーム、翠屋JFCの試合だった。

 連日のジュエルシード騒動に疲れたなのはの息抜きである。

 試合日和の晴天の中行われた試合、ベンチではあるがマウンドに立ち要所要所で得点につながるプレーをした少年の活躍と翠屋JFCの勝利。

 アリサとすずかと楽しく観戦することができたなのはは上機嫌だった。

 そして、その時になのははジュエルシードの気配に気がついた。

 翠屋JFCのゴールキーパー。

 彼がジュエルシードを偶然拾っていたらしかった。

 だが、なのはとユーノは取りあえず、と様子見をしてしまったのだ。

 結果、止められるはずの災害は起こってしまった。

 被害が出たのは建造物のみではない。

 誰かの叫び声がどこかで響いていた。

 

「止めないで! 息子が中にいるのよ!」

「危険だ! あんたも死んじまうぞ!」

 

 家に子供を置き忘れた母親が、危険を承知で倒壊寸前の家へと入ろうとしている。

 しかし、家屋は半ば傾いていて、近づこうにもそこら中に張った木の根っこと隆起したアスファルトが行く手を阻んでいた。

 素人が手を出しても状況は悪化するばかりで、恐らく、専門のレスキューでもなければどうにもならないであろう状況。

 しかも、悪いことに救助隊が駆けつけてくれる保証はない。

 街に絡みついた樹木とひび割れた道路は車両の通行を阻んでいる。

 どうしたって時間は大きくロスしてしまう。

 

「……ううう。助けて……」

「誰か、誰か、手を貸してくれ! 車の下敷きになっている人がいるんだ!」

 

 ある所では、男がひっくり返った乗用車の下で苦しみ掠れた声を上げる女性を助けようと懸命になっていた。

 だが、男一人の腕力でどうにもなるものではない。

 だから、大声を上げて応援を呼んでいるのであるが、目に見える範囲に人はいない。

 男は叫び、女性を励ましながらも途方に暮れた。

 どうすれば彼女を助けることができるのか、男には分からない。

 

「……ひどい」

 

 街中でパニックが起きていた。

 傷を負った者。

 そして、誰かを助けようとする者。

 彼らにはできることが限られている、という共通点があった。

 木々は住民たちの行動を妨げている。

 傷を負った者は早く治療をしなければならない。

 人によっては病院で医者に診てもらわなければならない、重傷を負っている者もいる。

 だが、彼らの大半は自力で病院へと行くことはできない。

 傷の重さもそうだし、悪路と化した道路を進むことは容易ではないからだ。

 そういう人たちを救助するための救急隊であるのだが、これもまた木々が邪魔をして迅速な行動が取れなくなっている。

 助けを必要とする人が大勢いるのに、その助けはなかなか来ない。

 拡がっていく悲鳴と怒声をなのはは、そして、ユーノと少年は確かに聞いたのだった。

 なのはは肩を落としている。

 ユーノが再び励まそうとした、その時だった。

 

「私に何ができるのか教えて……ユーノくん」

「……うん!」

 

 なのはは顔を上げた。

 そこにあるのは後悔ではない。

 静かな決意を込めた瞳で、なのはは街を見渡していたのだ。

 この事態を収束させるためにやれることは何だってする、鋼のような強固な決意がそこにはあった。

 

「まず、探知魔法を使って核を探すんだ」

 

 これほどの規模がある樹木である。

 通常ならばためらう指示だったが、今のなのはにはそれくらいはやってしまうと感じさせるほどの頼もしさがあった。

 

「分かった。お願い、レイジングハート!」

 

 なのはは目を閉じて、感覚を全てレイジングハートに委ねた。

 レイジングハートを伝わって、周囲の感覚が伝わってくる。

 自分を見つめるユートの少年の姿が、目を閉じていても見えるのだ。

 その感覚はどんどん拡がっていき、街全体を覆う樹木の一本一本の魔力の流れすらも、俯瞰として見られる規模にまでなった。

 

「見つけた」

 

 一箇所。

 樹木が吸い上げたエネルギーが集まり凝固した部分があった。

 枝が寄り集まって、球形に膨らんでいる箇所であった。

 よほど大事なものを守っている、ことは簡単に想像がついた。

 樹木の中心に違いなかった。

 

「なるほど、結構、遠いね。一度、近づいてから――」

「ここから封印する」

「無理だ。遠すぎるよ!」

「大丈夫! できるよ!」

 

 コアまでの距離は遠い。

 正確な距離は分からないが、数キロは離れているように見える。

 ユーノは一度空を飛んで近づいてから魔法で撃ち抜くことを提案したが、なのははその提案を蹴った。

 限りなく遠くにある、樹木の心臓部。

 そこまでの距離が、なのはにはやけに近く思えた。

 それは気のせいなどではない。

 なのはに生まれた固い意志が、内に眠る才能を掘り起こしつつあったのだ。

 その才能が叫んでいた。

 やれるのだ、と。

 

「レイジングハート、力を貸して!」

「……なのは! まさか、君は」

 

 己の内なる声に従い力を解放したなのはは己の愛機を変化させていく。

 より流線型に、射線上の大気を切り裂く鋭い形状にレイジングハートは生まれ変わる。

 

「リリカルマジカル! ジュエルシード、シリアルⅩ……封印!」

 

 なのはの身体が淡い桃色で包まれた。

 一点へと、レイジングハートの先端へと一気に収束した。

 桃色の光は勢いよく打ち出されて、照準の先にある、ジュエルシードへと殺到する。

 ディバインバスター。

 その射程と威力にユーノは、そして、少年は戦慄した。

 しかし――、樹木の主は諦めない。

 

「なっ!?」

 

 木は生き物のように動いた。

 己の本体を守るように、核部分に木の枝が次々と巻いていく。

 なのはのディバインバスターは木の枝程度は容易にへし折る。

 だが、折れた側から別の枝が盾となり、光はジュエルシードへと届かない。

 なのはか樹木、のどちらが先に力つきるのかの我慢比べの様相だが、これは圧倒的になのはの方が不利だ。

 何せ樹木は地に張った無数の根からエネルギーを吸い上げることができるのだから。

 

「俺の出番か――」

「座くん!?」

 

 固い声を上げる後ろの少年。

 その姿を感知した、なのはは驚いていた。

 少年が上に着ていたものを脱いで、上半身を裸にしていたからである。

 

 

 

 露わになった肉体は細身でありながら、力で満ちていた。

 隆起こそしていない。

 しかし、細く凝縮されたバネ。

 それを思わせる力強さが屈強な印象を少年に与えていた。

 これほどの肉体を作るために一体どれほどの労力が必要なのだろうか?

 なのははこういう肉体を持っている人間を、少なくとも3人は知っていた。

 高町士郎、高町恭介、高町美由希。

 いずれもがなのはの肉親で同じ流派に所属する人間である。

 彼らは毎日、厳しい修行に励んでいる。

 血と汗を絞り尽くすような修行だ。

 側からそういう光景を見ていたなのはには、少年がどれほど厳しい環境に己を放り込んでいたのかは想像がついた。

 土下座をする、それだけのために、少年がこしらえた肉体は、よほど力が入っているのか、常軌を逸した気配を放っていた。

 

「なのは、そのままだ。そのまま、魔法を放ち続けてくれないか?

 後、二十秒もあれば十分だが、できるかい?」

「大丈夫! ジュエルシードを封印するまで、私は諦めないんだから!」

 

 少年は笑った。

 これから、執りおこなう業は至難のものだ。

 少年も成功させたことは一度たりともない。

 常識的に考えて、今できるという保証はない。

 

「なのは、お前は凄い奴だなぁ」

 

 しかし、なのはは成長して見せた。

 少年は魔法の術理をよくは知らない。

 精々が、凄いものだ、という程度の感想しか持ち合わせていない。

 そんな少年でもなのはが凄いことは分かる。

 街を襲った災害とそれがもたらす被害。

 少女一人が背負うにはあまりにも重い。

 それでも、少女はくじけなかった。

 くじけずに、この悲劇に立ち向かうことを選択したのだ。

 

「ならば、今度は俺の番だぜ」

 

 少年もまた、決意した。

 成長することを――。

 

「俺は……土下座をする!」

 

 少年は正座をした。

 目を閉じて、集中した。

 

 

 

 町ではすでに救助活動が始まっていた。

 救急隊は車で移動できる所までは車に乗り、できる限り救助を必要とする者の近くで車から降りて助けへと向かう。

 動ける者の中には、自分が二次災害に合わないようにしながらも、可能な範囲で人を助けようとする一般人もいる。

 そういう一般人の働きは大いに救急隊の助けになっている。

 どこで、誰が被害にあっているのか、を報告するだけの人間も多い。

 しかし、それでも構わなかった。

 広範囲に及んだ全てを把握するのも難しい現状、情報の提供だけでも力になるのだ。

 だが、それでも致命的に人手が足りていなかった。

 レスキュー隊の隊長が、恨めし気に生い茂る木々を睨む。

 せめて、救急車両がまともに使えていれば。

 そこまで、考えて隊長はいかつい顔を振った。

 そんなことを考えている場合ではないのだ。

 できることを迅速に行い、被害を最小限にする。

 それが自分の使命なのだ、と考えて、ふと一点に視線が集中した。

 

「……なんだ、あの光は?」

 

 桃色の輝きが樹の中心地点から放たれていた。

 その光に目を奪われたのは、彼だけではなかった。

 街で救助活動を手伝う人も、異変に巻き込まれてしまった人も、全員が等しくその網膜に光を焼き付ける。

 異常発達した樹木が光を発する様に、街中の視線が引き寄せられていた。

 なのはの放ったディバインバスターの魔力光。

 木々に遮られたそれが散り散りとなり、大気へと散っていくその様に、人の精神が揺さぶられていく。

 揺さぶられた精神から生れ落ちる、その感情の名は――。

 

「人の内に眠る畏怖という感情……それはある行為と深く結びついている」

 

 いにしえの時代。

 人は災害に対して全くの無力であった。

 雨が降り続ければ、洪水となる。

 日が照り続ければ、干ばつとなる。

 治水、貯水の概念が無い時代のことだ。

 そんな時、人はどうしてきたのか?

 祈るのである。

 一心に心を込めて、頭を垂れて、何者かに祈るのである。

 己の全存在を賭けて、事をたくすのである。

 古代に誕生した祈りの姿勢こそが土下座であった。

 そして、科学が進歩し、人が祈ることの珍しくなった現代。

 2000年もの時を超えて成就されるべきものがある。

 

「この街に生きる人々よ……今こそ、遠い過去に遺伝子に刻まれた約定を果たすのだ」

 

 人が忘れていたもの。

 かつてそこにあった、己の手に届かぬものを当り前のように諦め、全てを天に委ねる姿勢。

 少年はそれを取り戻せと言っているのだ。

 なぜなら、その先にこそ求めて止まないものがあるはずなのだから。

 

「ジュエルシードよ! お前が本当に願いを叶える宝石だというのならば、俺たちの願いを叶えてみせろ!」

 

 少年は頭を下げた。

 

 

 

 人々の背中を何者かがとん、と押した。

 誰かのいたずらではないか、と思った人もいた。

 だがそういう人も、周りの人々がほとんど同時に倒れ込んでいたこと、そういう証言が街中であったことから、後にあれはいたずらではなかったと気付くことになる。

 あの不思議な現象を何だったのだろうか?

 押された人たちはつんのめった。

 無防備な背中を押されたのだから、当然のことだ。

 上半身は倒れて、視界にある地面が近づいてくる。

 両手は自然と頭部をかばう。

 人はここで驚愕する。

 その形は正しく、人類の敗北を描いた形であった。

 

「一体……自分は何をやっているんだ?」

 

 両手を地面へと突き、頭を下げたその形こそは正しく土下座であった。

 人前でするのもはばかれるその姿勢。

 超常現象への畏怖が遺伝子に眠るこの形を引き出していた。

 自らの敗北を強制的に認めさせられるという異常事態の発生。

 人の精神には受け入れられる衝撃の許容量がある。

 限界を超えたショックによって揺さぶられ続けた人の精神はついに屈服し、何者かに全てを預ける境地へと、導かれていく。

 

「……助けてください」

 

 誰かが正直に告白した。

 誰かの言葉を皮切りに助けてくれ、という生々しい願いが声となる。

 海鳴市という同じ街にこそいるが遠く離れた人々はほとんど同時に、この災害からの救いを口にしていく。

 この理不尽なできごとから、どうか私たちを助けてください。

 それは古代の時代の再現ともいうべき光景であった。

 天へと向けた無垢な祈りがそこにはあった。

 土下座という正しい形が、人の想いを練り上げて、より洗練させたものとしてジュエルシードへと届けていく。

 海鳴市の無数の人々の願い。

 それがジュエルシードへと向けられた。

 後世に語り継がれる、海鳴総土下座。

 その完成の瞬間であった。

 ジュエルシードが輝いた。

 海鳴市の願いを吸収しているかのように。

 願いを叶える宝石は一際強く輝き、街を光が包み込み、そして、奇跡が起こった。

 

 

 

 全ての物がもとに戻ろうとしていた。

 壊れた建造物や穿たれたアスファルトだけではない。

 倒壊した建築物の一部などに巻き込まれて、けがを負った人々。

 そういう被害さえも、あるいは人にとってマイナスな影響を全て打ち消すように、光は全てを正しい形へと戻していくようである。

 元凶の樹木さえも、その例外ではない。

 木は急激にやせ細り、縮んでいき、街から消えていくのである。

 時計の針を逆に回したような変化は、街を覆い尽くすほどの巨大な木々たちを、ついには誕生の前の状態にすら戻してしまう。

 後に残ったのは、異変の前と寸分たりとも変わらない街並みと呆然と立ち尽くす人々のみだけだった。

 

 

 

「す、凄い!」

 

 二人をそばから見ていたユーノには二人の起こした現象がどういうものなのか、おぼろげながらにつかめていた。

 異常成長した木々。

 なのはの魔力光の輝き。

 二つの超常現象が人々に与えた巨大な衝撃。

 それを畏怖という感情として、少年がまとめあげたのである。

 土下座という手段を用いて。

 人や物に宿るとされる負の感情を解き放つ土下座はそれらの感情と相性が良い。

 思念の波を土下座は容易く伝わった。

 

「ふ、二人とも!」

 

 なのはと少年が膝から崩れ落ちた。

 海鳴市の全ての人間が目撃できるほどの規模のディバインバスター。

 海鳴市の全ての人間と気を合わせて放った土下座。

 二人にとっても体力の根限りを使って初めて成しえる絶技だった。

 立ち上がるだけの体力が二人には残っていなかった。

 

「やったね! 座くん!」

「……ああ」

 

 なのはと少年は屋上の上で大の字になった。

 今は身体にある疲労感すらも心地良かった。

 見上げた空はどこまでも青かった。

 

 

 

 その青い空の向こうから、この世界を窺う視線があった。

 ジュエルシード、願いを叶える宝石。

 個人的な事情により、このロストロギアを求めて止まない人間が少なくとも一人はいた。

 この地に起きた大きな異変は、その大きさ故に、ある少女の目に留まった。

 金髪の少女。

 フェイト・テスタロッサが情報を集めて、地球という惑星の日本。

 更に言えば海鳴市という街にジュエルシードが落ちたという確信を得た。

 少女の目の奥に静かな光が灯った。

 

「見つけた」

 

 魔法少女がやってくる。

 ジュエルシードを狙って。

 少女が果たして、なのはと協力できるのか否か?

 それは少女がジュエルシードへと託す願い、そして、土下座に左右されるだろう。

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