その見極めこそが、土下座にとって肝要である。
――土下座を操る少年の言葉
その女の子との出会いは決して良いものじゃなかった。
海鳴市に散らばったジュエルシードを集めるお手伝い。
初めて顔を合わせたのはその最中だった。
「ジュエルシードは渡さない」
金色の髪をした、綺麗な目の女の子には譲れない理由があった。
ジュエルシードを巡り始まってしまった闘い。
なんの覚悟もなく向き合った結果は散々なもので、気絶させられてしまった。
親友のアリサちゃんとすずかちゃん。
お兄ちゃんやその恋人の忍さんにも心配をかけてしまって、反省した。
「今さら、止めないでよ。もうこれは、ユーノくんだけの問題じゃないんだよ」
それでも、手伝いを止めるつもりはなかった。
ジュエルシードを放っておいたら、家族に友達に、街のみんなが危険な目に合うかもしれないからってだけじゃない。
あの子の綺麗な目を思い出すたびに、放っておけない、と思ってしまう。
だから、あきらめなかった。
温泉宿であの子と会えたときは、チャンスだと思った。
あの子の使い魔、赤い狼に変身できるアルフってお姉さんに脅されて怖かったけれど、なんとか闘った。
それでも、あの子には歯が立たなくて、結局、ジュエルシードは奪われてしまう。
あの子とは闘うしかないのだろうか?
そんな悩みは募りに募って、遂にはアリサちゃんにも怒られてしまう。
すずかちゃんはなだめてくれたけど、きっと、悩みを打ち明けてくれない親友をもどかしく思っているのだろう、と胸が締め付けられた。
そんな悩みを抱えてジュエルシードを探す日々の中で、また、フェイトちゃんと会うことになった。
「フェイトちゃん。あなたはどうして、ジュエルシードを集めるの?」
今度こそお話しができたらなって思う。
アリサちゃんとすずかちゃんとは最初、友達じゃなかった。
ちゃんとお話ができなかったから。
しっかり理解し会えなかったから。
私たちは同じ目的を持つもの同士。
ぶつかり合うのは仕方がないのかもしれない。
でも――。
「分かり合えないまま、分かり合おうとしないまま、闘うなんて嫌だよ!」
だから、フェイトちゃんに語りかける。
闘う理由と守りたいという思いを。
でも、話を聞いてくれない。
フェイトちゃんと何度もぶつかり合い、同時に、ジュエルシードへと杖を伸ばした。
「きゃぁ!?」
「なのはーーー!」
ジュエルシードが暴発して、フェイトちゃんと一緒に吹き飛ばされてしまった。
フェイトちゃんの立ち直りは早い。
身体は怪我だらけで、手に持っているバルディッシュにはたくさんのヒビが入っているのに、ジュエルシードに向けて躊躇なく飛び込んでいく。
止めなくちゃ、と思ってもとっさのことに身体は動かなくて、誰か止めてあげて、と祈った瞬間だった。
「下がってくれ」
その深みのある声はよく知っていた。
最近は、ジュエルシードを見つけたときに側にいないときも多くなったけど、私の負担を減らすようにユーノくんと一緒にジュエルシード探しを買って出てくれる、大事な友達。
この状況でもっとも頼りになる男の子の登場に心底安堵していた。
「このジュエルシードの封印は俺に任せてもらおうか」
座くんの言葉でフェイトちゃんが止まっていた。
魔力のない一般人。
少年に対する第一印象だ。
魔力がなければジュエルシードは封印できない。
増してや、相手は再び暴走状態に入り始めたジュエルシードだ。
見るからに妖しい気配を漂わせたその物体に近寄ろうとする物好きはいないだろう。
しかし、少年は違った。
逆に全身から闘志をみなぎらせてジュエルシードへと一歩、また一歩と近づいていった。
「近づいちゃダメ!」
「良いよフェイト。私が止める!」
今のジュエルシードはいつ暴発するかも分からない、危険物だ。
魔道士ならばともかく魔力のない一般人が近づいて良いものではない。
フェイトは純粋な心配から少年を止めようとする。
アルフも少年のあまりにも無謀な行動を止めるべく、飛び出そうとする。
そんな二人の前に、立ち塞がる一人、と一匹。
「止めないであげて!」
「ストップだ!」
なのはとユーノがフェイトとアルフを制止した。
一般人を危険にさらす彼らの行動は一見して不可解だ。
「どうして、止めるの? このままじゃ、あの子が怪我を、いや、もっとひどい目に合うかもしれない」
「なんなのさあんたら! なんで邪魔をするんだよ!」
フェイトとアルフの叫びと狼狽はもっともなもので。
しかし、それ以上に的外れなものでもあった。
彼らは知らない、少年が只者ではないことを。
魔法以上に不可思議な作法を操る人間であることを。
彼らは知らない。
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。
だって、座くんは魔法を使うことができるんだから!」
「!?」
「なんだって!?」
フェイトとアルフは同時に驚く。
魔法の行使に、魔力は不可欠。
それは魔道士にとっては常識であった。
常識以上のルールですらあった。
魔力の持たないものはどうあがいたところで魔法は使えないし、魔法が使えないのならばジュエルシードの封印などできるはずもない。
到底、信じられる言葉ではない。
「嘘をつくんじゃないよ!」
「嘘じゃない。事実、彼には複数のジュエルシードを封印している実績がある」
「だから、嘘をつくなと言っているんだよ!」
どれだけ言葉を尽くしても、話は並行線だ。
実際に目で見ない限り信じることができないもの。
それこそが魔法であり、魔法をも超えた奇跡なのだから。
ただ、会話は長くは続かない。
少年はゆっくりとは言え、確実にジュエルシードへとたどり着いていた。
「君もまた、願いを叶えられない哀しみに身を焦がしているのか」
そんな周囲を他所に、ジュエルシードの前に立つ少年はゆっくりと呟いた。
少年の見解は的を得ているのか、いないのか。
それは余人には分からないが、彼の所作には迷える子羊を導く神官のような、後輩に行くべき道を指し示す先駆者のような。
尋常ならざる印象がある。
「だから、捧げさせてくれ。君の無念に応えさせておくれ」
少年の精神と肉体はすでに駆動の準備ができていた。
精神は次なる動きを見定めていて、肉体は完璧な脱力の中にある。
魔道士たちが見惚れて、思わず口論を中断してしまうほどに見事な立ち姿。
それすらもこれから始まる儀式の序章に過ぎなかった。
「見てくれ。俺の渾身の土下座を――」
少年の身体が流れるように動いた。
「なにが起こっているの!?」
フェイトの声が擦れる。
その目は大きく開かれていて、握っている杖を強く握りしめていることから、その驚愕の深さは相当なものだ、と思われる。
実際、フェイトは驚いていた。
少年の動きは滑らかだった。
地面へと正座し、頭を下げて両手を添える。
その動作と動作の間につなぎ目が一切存在しないのである。
座り始めたと思えばもう頭を下げ始めていて、胴体が前に傾いたかと思えばもう頭が地面についているのである。
ただ、滑らかなだけではこうはならない。
見ているものが見たものを処理する速度を上回る、素早さが伴っているからこその現象でもあった。
――え? これだけ?
フェイトは呆気にとられる。
所作が見事なのは、分かった。
しかし、その見事な所作はなんの力にもならないのだ。
こんな動作でジュエルシードの封印ができるはずもない。
少年が危険だ。
やはり、自分がなんとかしなければ、と前に出ようとした瞬間だった。
それが起こったのは。
「なッ!?」
「ちょっと、ちょっと! 一体、何なんだい!?」
突如、少年から発生した光と対抗するかのように荒ぶるジュエルシードに、フェイトとアルフはびくりとした。
相変わらず少年自身には魔力の痕跡は見られない。
しかし、少年の発する光と、荒ぶる魔力が拮抗しているかのようにぶつかり合っている。
そのあり得ない変化にフェイトとアルフはおののいた。
ジュエルシードは解明されていない部分の多いロストロギア。
なにが起きてもおかしくはない。
少年の余計な行動のせいで、さらなる暴走でも起こったのか。
最悪の想像が脳裏をよぎる。
「信じてあげて」
フェイトは隣を見た。
寄り添うようになのはが立っている。
それに気づかなかったあたりに、フェイトの狼狽ぐあいは良く現れていた。
「信じてあげようよ、座くんの魔法をさ」
「いや、あれはどう見ても魔法じゃなくて、頭を下げてるだけじゃ――」
フェイトにはなのはの言っていることの意味が分からない。
それも当然の話だ。
なのはが発する言葉は、少年の起こす奇跡への理解が下地にある。
それをいきなりストレートに発したところで、なのはの見解に追いつけるはずもない。
だが、それでも、説得の効果はあった。
なのはの少年を見守る姿勢から、否応なしに、伝わってくる深い信頼。
それが少しくらいなら様子見しても良いかもしれない、という態度をフェイトから引き出していた。
「違うよ。ただ、頭を下げているだけじゃない。
あれは座くんの祈り。ジュエルシードに捧げる祈り」
「祈り?」
相変わらず不安定な、ジュエルシードの魔力。
光を押しのけようとする魔力は凄まじく、先ほどの暴発以上の暴走の前兆ですらあった。
「うん。自分のために、誰かのために、捧げる祈りの姿勢。
そして、そこに込める心こそが、座くんの魔法なんだ」
その拮抗が破られていく。
少年の練り上げた意思が。
地に頭を擦りつけて、両手を添えた姿勢により洗練された祈りが。
輝きをより強くしていく。
輝きが魔力を侵食していく。
彼の行為は、肉体と想いが織りなす三次元的な術式。
それは魔導士が駆使する魔法陣と比べても遜色のない、いや、それ以上の美しさがある。
魔法に匹敵する技術に、初めて目にするフェイトとアルフは言葉を失う。
「その魔法の名は――」
光が全てを包み込む。
ジュエルシードも、なのはも、ユーノも、アルフも、当然フェイトをも。
その現象に目を奪われながら、その場にいる全員が、その魔法の名を、脳髄に刻み込んだ。
「土下座」
ジュエルシードの暴走が止まった。
フェイトは感動していた。
暴走状態のジュエルシードは危険物だ。
魔道士ですら近づくのに二の足を踏むほどのものだ。
そんな危険物に少年は近づいて、頭を下げたのだ。
頭を下げて、それでジュエルシードを封印したのである。
魔力のない少年が、魔道士でも難しいことを成し遂げたのである。
感動しないはずがなかった。
フェイトがわなわなと震えている。
背筋を伝わって全身へと回った震えで、歯がカチカチとなる。
虜になっていた。
土下座、という行為に。
土下座、という祈りに。
土下座、という心意気に。
心底、惚れていた。
あの少年の動きを、輝きを、思い返すたびに、ゾクゾクとした快感があった。
たまらなかった。
「フェイト! 大丈夫かい!」
アルフの叫び声でようやく我に帰った。
今、私たちは向かい合っている。
少年の側には、白いバリアジャケットに身を包み込んだあの子がいる。
「おい、アンタ! そいつをこっちによこしな!」
アルフの恫喝には遠慮がない。
少年の手にはジュエルシード。
その手に持つジュエルシードを見て、目的を思い出した。
心が痛むけど、やるしかない。
そう決心したときだった。
少年から質問が飛んできたのは。
「一つ質問だ。何故、ジュエルシードを求める?」
「……言う必要はない」
「事情によってはジュエルシードを譲っても良いかもしれない、と思っているんだが?」
答える必要はなかった。
それでも、感動の余韻から判断力が鈍っていたのかも知れない。
気がつくと、フェイトは正直に話をしていた。
「分からない。ただ、母さんが必要としているから」
「ふーん。なるほどね」
少年は顎に手を当てて、観察するように、フェイトへと目を向ける。
なんらかの事情をそこに見てとったのか、うんうん頷いた。
「残念だが、それだけじゃジュエルシードを譲ってあげられないな」
「そんな……!?」
「但し、あなたがこれから俺の言う条件を聞いてくれるなら、このジュエルシードを渡してもいい。条件は――」
少年はいたずらっぽく笑った。
「俺をあなたの家に案内してくれ。住み込みでジュエルシード探しに協力してあげよう」
とんでもない提案であった。
少年は荷造りをしていた。
フェイトの家にお邪魔をする準備だ。
「ねえ、どうしてそんなことを言うの?」
ジュエルシードを封印した夜。
フェイトへの協力を提案してなのはから詰め寄られていた。
なのはの肩の上では、ユーノがにらんできている。
「なのはとユーノよりも、あの子の方が必要だと思ったから」
「なにを?」
「土下座を」
その判断基準は変わらない。
いつ、どこで、どのように土下座をするのか。
それこそが最優先事項。
そして――。
「土下座で解決しなくちゃならない問題を俺はあの子の中に見た」
彼女を取り巻くなんらかの事情。
彼女がジュエルシードを求めた理由にこそ、救いが必要なのではないか。
それを探りたかった。
だから、フェイトの家に滞在したいのだ、と説明をした。
最初は戸惑っていたなのはたちも結局はそれを認めた。
解決するべき問題があるのなら、それを解決してあげて欲しい。
フェイトを気にかけているなのはらしい判断だ。
それでジュエルシードの争奪戦が無くなるわけではない。
激化していくのだろう。
それでも、なのはがフェイトとの闘いの中で友情を深めていくだろうことは間違いない、と思われた。
この混沌した状況で少年にできることとは何だろう。
少年は魔法は使えない。
それでも一つだけできることがあった。
土下座。
それだけだ。
それだけで良かった。
それこそがたった一つの少年が選んだ方法なのだから。