同じような木々の景色を見ているうちに暇になってしまったかばんに、サーバルは「歌を思いついた」と言い出す……。
旅というのは常に新たな発見の連続だ。
特に彼女――かばんにとって、目の前のものすべてが初めて見るもの。森林地方に入って間もなくのころは、ラッキービーストのガイドに目を輝かせながら車窓の外にくぎ付けになっていた……のだが。
「…………ふぁあ」
とはいえ、旅というのは別にアトラクションではない。
延々と流れていく木々の景色に飽きが来たかばんは、湖畔でビーバーとプレーリーに作ってもらった木のベンチに座ってぼうっとラッキービーストの後ろ姿を眺めていた。
普段は傍に座ってあれこれと話しかけてくれる旅の道連れサーバルは、今はいない。夜行性である彼女は普段、何もないときにはバスの上で昼寝をしているのだ。彼女曰く、『バスの上でお昼寝すると、寝てるのに走ってるみたいでたーのしー!』だそうな。確かに、動いていないのに動いているみたいになるバスというものはかばんにとっても不思議な存在ではあった。(サーバルはそんなこと考えてないが)
ともあれ、あくびで涙の溜まった目尻を擦りながら、かばんはぽつりと呟く。
「ああ、暇だなあ」
その一言が、引き金になった。
「かばんちゃん、『ひま』ってなーに?」
にゅっ、と。
今まで昼寝をしていたはずのサーバルが、バスの天井にある窓から顔を出してきたのだ。突然の登場にかばんはびっくりする。
「わあっ!」
「食べないよ?」
「…………わ、分かってるよ、サーバルちゃん」
サーバルに先手を打たれたりしつつ。
「それでかばんちゃん、さっき言ってた『ひま』って、何なの?」
するりと車内に戻ってきたサーバルは、そう言いながらかばんの隣に座る。かばんは風でボサボサになったサーバルの髪を整えてやりながら、うーんと唸った。
『暇』とは何ぞや。
哲学的な問いだがなるほど、問われてみると回答に困る。確かに、フレンズの多くは寝るか、ジャパリまんを食べるか、何かしらの遊びをするかで一日を過ごす。およそ暇という概念は持っていないだろう。実のところかばんも暇というのが何なのか考えたこともなかったので、どう説明すればいいのか分からなかった。
「う、う~ん……。暇っていうのは、何もすることがない状態……かな?」
「え? じゃあお昼寝できるじゃない! 暇ってお昼寝したいってことなの? もしかしてかばんちゃん、眠かった? だったら邪魔しちゃってごめんね……」
「そっ、そうじゃないよ!」
申し訳なさそうにしゅんと耳を垂れさせたサーバルに、かばんは慌てて手と首を振って否定した。
「そうじゃなくて……眠くもなくて、やることもない……とにかく『何も』、することがない状態なんだ。サーバルちゃんだったら、夜眠くないときにやることがなくなる……みたいな感じかな」
「えー? えっと、よく分かんないや。あたし、夜はいっつも何かして遊ぶもん。あ、そっか! かばんちゃんもそうすればいいんだよ!」
「え、えぇ……?」
突然の展開に、かばんは思わず困惑するが――
「だってかばんちゃん、『ひま』って言ってた時、なんだかとっても寂しそうだったもん! あたしも一緒に付き合うよ!」
「サーバルちゃん……」
そんなサーバルの言葉に、嬉しそうに顔を綻ばせた。サーバルだって昼寝の途中だったろうに、あんな何でもない呟きを耳にしただけでわざわざ起きてこうして自分に付き合ってくれるのだ。おそらくサーバルとしては特に何かしてあげようとかではなく、単純に一緒に遊びたいから――という思いが大きいのだろうが、それでもかばんにとってはうれしい心遣いだった。
「そうそう、さっきお昼寝してたときにね、トキの夢を見たんだ!」
「トキさんの?」
「うん。トキが歌いながら追ってきてね……。一生懸命逃げたんだ……」
完全にトラウマになっているのであった。
「あはは……それは大変な夢だったんだね」
「うん。でも、トキは歌に一生懸命だったよね。色々やって……『かふぇ』飲んだ後とか、歌もすっごい上手になってたし!」
だから、とサーバルは言って、
「あたし達も歌を歌ってみたらどうかなって。きっとすっごく楽しいよ! やろうやろう!」
そう提案した。だから、からそう繋がるまでの経緯がかばんにはちょっと理解できなかったが、要するに楽しそうに歌っているトキを見て、自分もやってみたいと思った、といったところだろう。確かにかばんも、柱の上で歌ってみたときはけっこう気持ちがよかったような気がする。
なんか視界の端でボスがぴくっと警戒の度合を上げているのが見て取れたが、それはそれとしてかばんもサーバルのアイデアには賛成だった。
「面白そうだね。でも、歌はどうしよっか。トキさんの真似でもしてみる?」
「ふっふーん! それならね、さっき寝てる時にいい歌を思いついたんだよ!」
ドヤ顔で胸を張って見せるサーバル。傍から見れば全然期待できないのだが、かばんは歌詞を思いついたというサーバルに無邪気な期待の視線を向けた。
「聞きたい、聞きたい!」
「いいよ! 題名はね~、『バスでおひるね』!」
そう言うと、サーバルはバッとベンチから立ち上がって鞄の前に躍り出た。
そして両手を広げながら、堂々と歌い始める。
「バスで眠ると風が当たってきもち~な~! ガタゴトガタゴトガタゴト! 走ってないのに走ってるみたい! たっのし~~~~っ!!」
もちろん、サーバルに歌の技量は全くない。とりあえず大きな声で、雄叫びをあげるようにして歌っていく。トキのような超音波的な災厄じゃないのがせめてもの救いか。それでも、ボスはちょっとうるさかったようで、軽くよろめいていたが。
そんなサーバルの歌声を、かばんはじいっと見つめていた。
「っていう歌っ! どお?」
「うん、いいと思うよ! しっぽがフリフリしてて可愛かった!」
ちなみに、しっぽは歌とは全く関係ない。
だが、サーバルにとってはとにかく楽しんでもらえたというのが重要らしく、にっこりと頬を綻ばせた。
「えっへへー。でしょでしょ? 次はかばんちゃんの番だよ!」
「えっ、ええっ!? ぼくも歌うの!?」
「当ったり前でしょ! 歌いっこだよ!」
そう言われると、断り切れないのがかばんである。おずおずと戸惑いながらも、かばんの方も少し考え、やがて口を開く。
「ええと……タイトルは、『うた』」
両手を胸の前で組み、かばんは歌い始める。
「けものの歌は~いろいろあって~♪ いつものことが~楽しく聞こえる~♪」
サーバルの歌と違い、微妙に韻を踏んだ歌詞に、高低のある声色……確かに『歌』の形になっていた。心なしか、運転しているボスもビートを刻むように揺れているようにすら見える。
「わぁ、かばんちゃんすっごーい! なんかあたしの歌とは違うような気がする。どうやったのー?」
「えぇと……歌の調子を、整えてみたっていうか……」
ずずい! と踏み込んでくるサーバルに照れながら、かばんはそう言った。要領を得なかったのか、それに対してサーバルはきょとんと首を傾げる。
「歌の、ちょうし???」
「うん。なんていうか……そっちの方が、『リズム』に乗れるっていうか。もしかしたら歌って、『リズム』に乗ったほうが楽しいんじゃないかな」
「りずむ? 何それー???」
「ああそっか。うーん……」
サーバル……というか、歌の概念に乏しいフレンズにリズムの概念は分からないだろう。例外は、ペンギンアイドルのPPPくらいだろうが……そもそも基本的にサバンナ地方から出たことのないサーバルにとっては、知る由もない概念である。
どう説明したものか……と悩んだかばんは、
「??? ええっ、かばんちゃん、いきなり何してるの?」
「えっとね、サーバルちゃん。この膝を叩く音に合わせて、歌を歌ってみて。騙されたと思って」
「え、え~っと……ぱん、ぱん、ぱん、ぱん…………。バスで眠るとっ、風が当たってっ、きっもち~な~! ガタゴトっ、ガタゴトっ! 走ってないのにっ走ってるみたいっ! たっのっし~~~~っ!! ……おお! なんだか『リズム』っていうのが分かった気がするよ!」
未だにいまいち叫んでいるだけの感は否めなかったが、それでもサーバル的には劇的な改善だったのだろう。目を輝かせながら、サーバルはうんうんと頷く。
「やっぱりかばんちゃんはいっつも凄いことに気づくよね! ほんとにすっごいよー!」
「えへへ……そんな。あ、そうだ。もっと『リズム』に乗れる方法、思いついたかも」
「えっ、なになに? なんだかたのしそー!」
もう、サーバルはさっきまで昼寝していた気配など欠片も匂わせない楽しみっぷりだった。そこまで楽しんでもらえるならかばんも悪い気はしない。先ほどまでより心なしかノリノリになりながら、人差し指を立てる。
「まず、言葉の数を変えてみるんだ」
「言葉の数ー?」
「うん。さっきまでのサーバルちゃんの歌は、ただ気持ちを言葉にしただけだったでしょ? でも、それだとちょっとリズムに乗りづらいんだ。だから、リズムに乗りやすいように、言い回しを変えて言葉の数を調整するんだ」
「???」
やはりサーバルの反応は素直なもので、かばんの言葉にサーバルは眉を
これは仕方がないかもしれない。今の今までリズムの概念すら知らなかったのだ。それでリズムに合わせて言葉の数を調整すると言われても、中学生が仮定法過去で英文を書けと言われるようなものである。要するに、必要な知識が圧倒的に足りていない。
どう説明したものか……と腕を組んで考え込むかばんだったが、ほどなくしてはっとした表情になる。
「かばんちゃん、もう何かひらめいたの?」
「うん。思い付きなんだけど……」
かばんは少し自信なさげにしながらも、
「最初から、言葉の数を決めておくっていうのはどうかな。たとえば、五文字、七文字、五文字で文章を作ってみる、とか」
「どういうこと? えーっと、ばすのうえ、でおひるねする、とかぜがあ……うみゃー!! 全然足りないよー! なんでー!?」
「あはは……サーバルちゃん、文字数に合わせて言葉を区切るんじゃないんだ。えぇと、たとえば……『バスの上 風が当たって 気持ちいい』……みたいな」
「おぉー、すごい! ちゃんと意味が通じるよ! なんでー!?」
「それは本当になんでだろうね……」
そこまで行くと多分に哲学的な領域になってしまうので、かばんにはちょっとよくわからない。
それはともかく、サーバルは感心しつつも、少し不満そうにしっぽをゆらゆらとさせる。
「でも、そうすると最初の歌の意味と変わっちゃうよ? あたしはバスの上でお昼寝するのが気持ちいいんだよ! 寝てなくても気持ちいいけどさー」
「うーん……そうだね。それじゃあ、五、七、五、七……って続けてみるのはどうかな。『バスの上 お昼寝すると 風当たり ガタゴトガタと 走るよう 走らないのに 走るよう』……みたいな」
「おぉー! 意味が分かる! なのにリズムに乗りやすいよ! すっごーい!!」
サーバルは感激して、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜びを全身で表す。
彼女にとっては、自分の歌がかばんの手によってさらに素敵なものに進化した瞬間なのであった。
「うううう~~~……うたってみたーい!」
いてもたってもいられず、サーバルはそのままはしごを駆け上がり、バスの上に登っていった。バスの上に上ったサーバルは、追いかけるように窓から顔を出したかばんの方をちらりと見て、大きな口を開けて森林地方に向けて歌を歌い始める。
「バスの上~お昼寝すると~風当たり~ガタゴトガタと~走るよう~走らないのに~走るよう~! たっ、のっ、しぃ~~!!」
大きく両手を広げてのサーバルの歌は、やはり歌というには音程とかそういうのが色々とダメだったが……それでも、その横顔はとても楽しそうな笑みに彩られていた。
そんなサーバルを見て、かばんはにっこりと笑う。
「ねぇねぇかばんちゃん、今の、どうだった!?」
「うん、しっぽがすっごく大きくゆらゆらしてて、すっごくもふもふそうだったよ!」
……ちょうどそのときラッキービーストが軽く傾いていたのは、サーバルの大きな声のせいか、かばんのどこかズレた感想のせいか。