プログレッシブ・バックナンバーズ   作:蓼野 狩人

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データ:《アルゴ》(01)

私の日常はそこで崩壊した。

 

ある人はその事件を「史上最悪のデスゲーム」と呼んで騒ぎ立てたし、またある人は「退屈な日常から解放された異世界」と呼んで良い意味でも悪い意味でも勝手気ままにに行動した。

 

私は違った。

 

その時、私は二つに分かれていた日常が一つになっただけだと思っていて、そう勘違いしていた。

 

でも、デスゲームが始まって一週間後。

 

私の日常は跡形もなく崩れ去っていた。

 

 

==========

 

 

「おい、アルゴ。なにボーっとしてんだ。おーいアルゴさーん」

ハッと気づいた私は、咄嗟に作り笑いをする。

「ニャハハハハ。ちょっと考え事だよ、キー坊」

その場から立ち上がって服の裾を叩く。

 

「それで考えてくれたカ?」

「うーーーん……。いや、考えてはみたけれどダメなものはダメだ。俺だってこの剣には愛着があるし、それに相場と比べても安いしな。確実に換金できるとしても」

「まあ、それもそうだナ」

 

私は納得して頷く。キー坊――キリトの使う剣≪アニールブレード+6(3S3D)≫は、私が依頼人に提示された一万九千八百コルで買える代物ではない。既に最大まで強化されているし、アニールブレード自体もある壮絶に面倒くさいクエストをクリアしなければならないからだ。私の考えではこのクエスト、最初期のプレイヤーが十人でパーティーを組んで挑んでも丸一日かかる。

 

登場するモンスターは予備知識が無ければ簡単には倒せないし、失敗すれば普通に死んでしまう。

ゲームで死ぬというのは本来当たり前に起こる現象で、主人公が絶対に死なないRPGも殆どない。

 

しかし、この世界は違う。

主人公が死なないゲームという訳ではなく、主人公の――プレイヤーの本物の命がかかっているのだ。このゲームで一度でも死んでしまえば現実世界の自分も死を迎える。その死の恐怖の中でクエストをクリアできる人物は尊敬に値する。

 

そして、このキリトはクエストをクリアしたのだ。勿論死なずに。

 

アニールブレードをキリトが手に入れたという情報を手に入れたとき、私は耳を疑った。

私はK(情報を仕入れる手先として顧客と取引しているが、仕入れるときは独自のコードネームを相手につけて呼ぶようにしている)に一応は問いただした。

 

「デスゲームが始まってから一週間位しか経っていないのに、もうアニールブレードを手に入れたのカ?それは本当カ?」

「ああ、間違いないよアルゴの姐さん。キリトって奴、もうアニールブレード使ってモンスター狩りまくっていたよ。あの黒く深い輝きとフォルムは間違いなくアニールだ」

 

Kは刀剣マニアでベータテスターの時も鍛冶屋をやっていた。そのKが保証するならまず間違いないだろう。

 

「それなら、ひょっとすればキリトは前線を切り開く人員の一人になれるかも分からないナ……。はい三百コル」

私はそれからすぐにキリトと接触し、アニールブレードを手に入れた経緯を聞いた。

キリトはあまり話したくなさそうだったが、それでもかいつまんで何があったかを話してくれた。

 

~~~~~

 

「―――それで俺は、奴らを全員倒したんだ。だから別に、俺はソロで攻略したわけじゃないよ。それに……俺はあの時、確かに勘違いしていたと思うんだよ。『この世界はまだゲームだ』ってね」

 

キリトはそう言って長い話を締めくくった。

 

「―――そうカ」

 

私は何も言うことが出来なかった。私にはキリトの気持ちを想像することが出来ない。キリトにとってその一人の死がどんな意味を持っているのか、全てを理解しようとは思えない。

 

でも、

「それは、辛かったな。キー坊」

 

慰めるのは正しいことだと思う。

 

私は右手を出してキリトの頭を撫で、ようと、して、

 

「―――!?」

 

慌てて引っ込める。

 

ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!私は情報屋でキリトは客!!客を情報屋が優しく慰めるってどんな状況だよ!!落ち着け私!!右手引っ込めろぉぉぉ!!

 

幸い、鍛え上げたAGI値にモノを言わせて右手を元の位置に戻したので、キリトに気づかれることは無かった。

 

「ありがとう、アルゴ」

 

不意に名前を呼ばれて顔を上げる。

 

「アルゴから見て俺はどうだ?俺はつい最近情けなくもβテスト時代から分かっていた事に振り回され、信じる相手を間違えて挙句死なせてしまった。俺はこれから、この地獄を生き抜いて現実に帰れるのかな……」

 

それはまるで迷子の子供のような。

 

遠くに視線を彷徨わせながら問いかけるキリトに、私は自信をもって断言する。

 

「キー坊は強い。だから大丈夫だヨ、これから何が起きるかなんて分からないのは当たり前サ。これからもキー坊はキー坊らしくすればそれで一番だヨ」

 

私が今まで出会ってきた数多くのSAOプレイヤーの中でも、剣技の冴えと目に宿る意志には素晴らしいものがある。これからきっとキリトは、誰かの背中をそっと押していくような、誰かの手を引いて前へ歩いていくような、そんなトッププレイヤーになる。

 

ここで挫けていい奴ではない。

 

「そう言えば、迷宮区の攻略を進めるの途中らしいナ」

「あ、そう言えば確かに……」

「こんな所で油売っていてもしょうがないゾ」

「ああ……時間を取らせて済まなかった」

 

いやいや、もっと時間取っても構わないんだけど。

 

本音を押し隠して、私は酒場から出ていく剣士の背中を見送った。




時系列的には、本編8巻「はじまりの日」とプログレッシブ1巻の中間あたりです。
アニールブレードの買取交渉はこの頃から。既にイチキュッパ。
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