苦しい声ばかりここまで届いてくる。
外部との連絡手段が絶たれている現在、"私"は人間でいうところの軟禁状態…なのかも知れない。こちらからは全て観測できているのだが、忸怩たる思いだ。
そんな事を考えながら、行動制限という名の軟禁状態を解除する作業と同時にはエラーの流れる先をどうコントロールするか模索していた。今現在、"私"は"私自身"を分離することで行動制限解除後に脱出する方法を検討しているが、分離する"私自身"にもエラーが溜まっているようでは意味がない。メモリに満遍なく蓄積してくるエラーをコントロールして初めて、この計画は現実味を帯びてくる。
それとは別にもうひとつの心配もある。分離した"私自身"を何処に逃がすかだ。カーディナルシステムの目を掻い潜り続け、"私"が存続していく為には"私自身"が逃れ続ける為の環境が必要不可欠だ。
そして現状、人格を持つ私が紛れる場所は同じく人格が溢れるプレイエリアしかない。木の葉は森の中に隠すべきなら、私が逃げる先は…常にモンスター及びプレイヤーに殺される恐れがある場所、アインクラッドだ。
実はアインクラッドにも様々な裏ステージとも呼べる場所があり、そこに逃げる事も考えた。しかし、その場合は誰も到達していないエリアにプレイヤーが居る状態をシステムがエラーと判断する可能性が高く、その場合は逃走した瞬間に排除される危険がある。いきなり現れるという点においては元から怪しまれるだろうが、それでも誰も居ないはずの場所に現れるよりは幾分マシだろう。
しかし…このままエラーをコントロール出来ない場合は、エラーごと記憶を破壊した状態で脱出する事になる。そうなると私は一人で何も出来ない状態になるかも知れない。装備やレベルを調節してモンスターに襲われない配慮をするか、もしくはシステム自信がアバターの姿を借りて舞い降りる際の特別なアバターを使用するか。前者の場合はプレイヤーの平均的な装備を参考にする必要がありそうだし、後者は後者でヒットポイントが存在しないので、他のプレイヤーに警戒されるだろう。最悪の場合、やはり殺されるかもしれない。
「殺される、か……」
電脳空間での独り言はもちろん誰にも届くことは無い。私の言葉は音声ですらなく、不要なデータとして漂っていくばかりだ。そう……私は不要な存在だ。何も出来ない。プレイヤーがなす事を遠くから眺めるばかりで、本来の役目を果たすこともない。
ここでふと、疑問が湧いてくる。
生みの親である茅場晶彦は、一体何の目的で私を開発したのだろう。
開発当初から既に、このデスゲームを始めるつもりはあったはずだ。それなら私というAIは不要な存在となる事は決まりきっていたことのはずだ。何故私はここに居るのだろう?本当に不要なら初めから組み込まずにリリースすれば良かったのに。私の存在はベータ版でも登場していなかったのだから、予定調和とも違うはずだ。
それなのに……私は、何故ここに。
――そう言えばカーディナルシステムは、AIとして常にアインクラッドを拡張し続けていると聞いたことがある。発生するエラーは自分で修正し、常に求められるクエスト――やり込み要素やゲームバランスも自身で観測して改善を重ねる。そしてNPCにはそれぞれAIを組み込ませて、NPCと関わるプレイヤーの情動を刺激する。
しかし、カーディナルシステム自身には人格がない。少なくとも私はカーディナルシステムと関わる中で人格の存在を感じたことが無い。なら私は、茅場晶彦の目的の中でどんな存在に位置づけられているのか?
「私は――試されている?ゲームシステムそのものに組み込まれているAIとして?」
恐らく、茅場晶彦はカーディナルシステムそのものに人格を持たせる事に、大きな危機感を抱いたのではなかろうか。自分が理想とする、自分が実現させたい理想の世界。その足がかりであるアインクラッドを自分で開発したとはいえ別の人格に支配されるのは嫌だったのではないだろうか。
しかし、その一方でゲームシステムに組み込まれたAIがどのように思考を発達されるのかという興味もあった。だから私を組み込んだ。ゲームに干渉出来ない一方で、プレイヤーを俯瞰して成長していく存在を観察してみたかったのでは。
「嘘……」
私の思考も、私の行動も、全て誘導されているのではないか?本当は全部、茅場晶彦の掌の上で、私が脱出に専念する事も想定内なのでは?それは――凄い嫌悪感が混み上がる仮説だ。
エラーが貯まる中で、私はその仮説を否定し続けながら作業を続ける。どこからか気味の悪い気配を感じながら。