突然声を掛けたにも関わらず、さほど驚きもせずにキリトはこちらを一瞥する。
……少し位は驚いてくれてもいいのに。隠れ身スキルはまだ取れていないのだが、次にレベルが上がったら是非取ろう。
私は言葉を続ける。
「……すぐにでも死にそうなのに、死なナイ。どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。何者なのかネ」
私は現時点で入手出来ている情報をさり気なくキリトに伝える。キリトは私が何でも知っていると思っていそうだが、違う。知っている事だけだ。
案の定、もう全て明かしたのにキリトは赤フードの事を訪ねて直後に顔をしかめた。それに対して、キリトの思うアルゴの通りに右手をパーの形にして見せる。
「安くしとくヨ。五百コル」
因みに、私はきっちり相手を下調べしてから商売している。相手の出せない金額、出せる金額の境い目をきっちり見分けてから吹っかけたり値切ったりしているのだ。正直、人の個人情報なんて五百コルで売ろうとは思わないが、キリトは別。特別サービスだ。それにキリトの性格的に、恐らくは……
「女の子の情報を売り買いするのは気が引けるんで、遠慮しておく」
「にひひ、いい心がけだナ」
少し安心して、私は胸を撫で下ろした。
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その後のことは割愛する。
例の馬鹿な依頼人が今度は二万九千八百コルでキリトの愛剣を買おうとして、また交渉が失敗しただけだ。
情報屋としての商売の醍醐味をうっかり嬉しそうに語って、キリトが引いていないかと心配したらそれほどでも無かった。若干呆れた様子だったけど――情報屋としてのあり方を認めてくれる数少ない人間だ。
このままだとまたうっかりキリトに接触したくなりそうなので、そのまま手を振って別れた。
ぼんやりと見送るキリトの顔が印象的だった。
「さてと……」
私はいくらか表通りを走ってから動きを止めて、そのまま裏通りに入る。
そこから少し歩くと小さな宿の裏手にでる。塀をよじ登って宿の庭に侵入して、玄関から中へ入る。
正面の階段を二階に上がった突き当たりの小さな部屋。そこが私の現時点での拠点だ。
中に入って腰を下ろす。ここはこの宿の隠れクエストもどき(内容は『物置部屋の掃除』だ)をこなすと自然と入れるようになる。この事を知っているのは現時点で私1人だろう。部屋は電気が使えるだけで、後は小さな窓が一つあるだけの非常に質素な部屋だ。ここで安物のクッションを敷き詰めてその上で寝たりしている。
正直に言わせてもらうと、今すぐ寝たい……でも、まだ仕事は終わっていない。それにどうせ寝転がったところで眠くても眠れない。
私は部屋の隅に座り、ホログラムキーボードを起動。昨日の売上記録を見ながら収支をチェックする。
私は《エリア別攻略本》を発行している。初めは攻略者の手助けになれば、と考えて発行していたが初心者に対して有料で売るのはどうかと思い、そこで値段を予定していた三百コルから五百コルに釣り上げて予算を得る事で無料の第二版を作ることに成功した。因みに第1版の方は直筆サインを入れて値段の高さを誤魔化している。
――それでも収支はトントンより分が悪い位で、たまにレベリングも兼ねてモンスターを狩らないと無料の部屋に住んでいるのにマトモな食事も出来なくなる。
それでも私にとって、情報屋としても、そして元ベータテスター――口に出すのもおぞましくなってしまった肩書きだ――としても、責任を果たさなくてはならない。
そう、あの超面倒臭いクエストで貰えるクリーム塗らないと不味い黒パンを暫く食う羽目になっても!!
キーボードの指を自慢のAGI値全開で走らせ、私は初めから無料で出版予定の《ボス攻略編》を仕上げていった。
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「ふう……」
まとめて見ればボスの情報が意外に少なく、我ながら拍子抜けしてしまった。
思えば他の層のボスモンスターと比べれば第一層のボスは雑魚もいい所で、攻撃パターンも比較的単純。文字にしていくと数ページで済んでしまった。
そして私は、その事に言い知れぬ不安を感じていた。
「考え過ぎかな……」
ふと今の時刻を確認すると午後一時。丁度いい。ボス攻略会議が始まるまでまだ時間がある。私は黒パンウィークを一週間から縮める為にも狩りに出かけることにした。
ホログラムキーボードを仕舞い、部屋を出る。
扉に手を掛けようと手を伸ばす直前、インスタントメッセージが着た。中身を見るといけ好かない青髪からのコテコテメッセージが。
『攻略会議の件で決着をつけたい。元ベータテスターなら聞くべき案件だ。君が来てくれるのを期待している。今から三十分後に迷宮区の入口右手奥の安全地帯で逢おう』
本人は全く気にしていないだろうが、漢字変換で『会おう』を『逢おう』にしている所がまた鳥肌が立つ。
私は『ついでに狩りに付き合って貰うぞ』と返信してから、身支度を整える。
ダガーはストレージ込みで合計三十本ある。愛用しているクローも整備済み。フードの耐久度も想定内。ひげメイクもうっかり落としたりしてない。
全部確認してから今度こそ部屋を出た。
アルゴは貧乏なイメージがあったのでそのまま反映しました。例の黒パンクリームの牛クエストは、コツを掴んでも厳しい設定です。なんでも知ってるアルゴさんすらそう言うのに、キリトさんたら凄い根性だぜ!!