迷宮への道を物陰に隠れつつ目立たないように移動する。
途中で遭遇するモンスターは右手のクローでどんどん始末する。キリトのような無茶はしていないので控え目だが、レベルはかなり上昇している。
ステータス画面を開くと、そこには「Lv.10」の文字が……ベータテスト時代の情報は客を選ぶ事で極力流出を避けている事に罪悪感を感じる数値だ。
自分がベータテスターだと1度バレてしまえば、この身は間違いなく危険に晒される。警戒を怠っていないので現在の隠れ家――部屋代無料の物置部屋――は突き止められていないが、ベータテスターである事が判明すれば情報を血眼になって探す一部のプレイヤー達が人海戦術を使えば間違いなくバレる。あの部屋は特別な仕様は何もついていないのだ。インスタンスマップではないし、扉には鍵さえついていない。居住用の部屋と認識されていない為か、《聞き耳》スキルを所持していないプレイヤーでも容易に中の音を聞き取れるのは確認済みだ。要するに、アインクラッドのドアに置ける常識からかけ離れているのだ。これでは防犯なんてザルもいい所である。
ベータテスターである事を隠す事には非常に重い罪悪感が付きまとう。いっその事ベータテスターである事をバラしてから誰か信用できる人に――という思考は考えた時点で既に有り得ない。私は誰も心から信用してはならないのだから。それはどの世界でも同じ事で、どんな相手でも変わらない絶対ルール。キリトだって信用なんて出来やしない。まだ。
後ろから迫るコボルドに振り向きざま左手のダガーでダメージを与える。
「ギュアアアァ!」
喉元にダガーが刺さり仰け反ったコボルド――正式名称《ルインコボルド・トルーパー》――にスキルを発動させた右手のクローを突き入れる。
「ギュアアアァ……」
鎧の隙間から刺さったクローでちょうどゼロになるコボルドのHP。カシャァァンと虚しくポリゴンの砕ける音が静かな森に響く。
ドロップした物はコル以外にないのが残念だけど、この調子で稼げば今日だけでもマトモな食事にあり付けそうである。
砕けたコボルドから落ちた自分のダガーを拾い左腰に付け直す。
すると、後ろから不自然な音が聞こえた、ような気がした。
振り向くとそこに居たのは青髪に銀の鎧を纏った騎士が一人。
「やあ、少し待たせてしまったかい?」
現時点で最も有名なプレイヤー。この後に行われるボス討伐会議の発起人にしてキリトのレベルに追いついているであろう強さを持つ片手剣使い。
非常にウザイ笑みを浮かべたイケメンに対して
ドゴォォォオン
敏捷値全開の左アッパーを御見舞する。
「グッハァァァあ!」
錐揉み回転しながら飛んでいくイケメン騎士はなかなか絵になった。
記録結晶が無いのが実に残念である。
=====
「で、何で安地の近くなのに一人で狩りを続けていたんだキミは」
「心配される覚えは無いヨ」
「狩りに付き合えと言ったのは君の方だろう?」
「……」
空気の読めない奴だ。集団をまとめ上げるカリスマは見ただけで感じる物があるが、自分をさらけ出さないようにする分、人の機微に疎いような気がする。
「折角一人で狩りの快感を味わっていたのに邪魔するとはナ……」
「え、そうなのかい?」
「それ位は考えろヨ」
「いや、でも一人で狩りなんて危ないじゃないか」
お前が言うな。
心の中でツッコミを入れる。
初めてこの世界で、レベル1の時に会った時から既に“一人”の気配を漂わせていた。
その時の格好やその他もろもろの情報で、青髪騎士ことディアベルの正体は見当がついた。しかし名前は忘れた。理由は簡単で、ディアベル自身がその頃の名前を捨てたからだ。しかも、一万コルもの大金と引換に、だ。
彼の覚悟、決意、怯えはデスゲームが始まった頃にしては既に異常だった。彼には何か忌まわしい思い出がベータテスト時代にあるのだろうと見当を付けた。私は「一万コルで俺の名前を忘れてほしい」と懇願した彼の要望を蹴り、その覚悟に免じて無料で名前を忘れてやったのだが……。
『君は信用出来ないし、この大金は他に使い道もない。君が僕の名前を忘れてくれると言うならば僕はこの大金で君に恩を売る』
そう言って密かに考えていた攻略本計画の援助を申し出てきた。
何故、誰にも話していなかった攻略本計画が彼に察知されたのか?
答えは簡単。私のステータス画面をのぞき見たからだ。
その時に自分の画面を不可視モードにしておけば、彼の申し出はそもそも無かっただろう。あの時の凡ミスは生涯において最大の屈辱だ。以後私はステータス画面を常に不可視モードにしている。
「それで、次の攻略本はもう出版準備出来たのかい?」
こちらの回想を知ってか知らずか相変わらず嫌な笑顔で語りかけてくるディアベル。
サッと左腰に拳を溜めると、途端に怯え始める。
「あのさ、一時期噂になった《体術》スキルはないだろうから殆どダメージ無いけど、それでも数ドットはHP削れるんだそ?」
青い神から冷や汗が次々に流れ落ちる。こういう時は流石アインクラッド!!過剰感情表現システム最高!!とか思う。
「それで、勿体ぶらずに話してくれヨ」
平和的話し合いによる解決の為、左拳をフードの内に仕舞う。
「……全く。君は本当に怖いところがあるね。脅したかと思えば直ぐに態度変えるし、流石は《鼠のアルゴ》と言うべきか……今日話す内容?それはね」
話しながらカリスマを発揮しつつ歩み寄ってくる青髪騎士。
徐々に迫るイケメン面。
ムカつくね。
よし。
「攻略本にベータテスター筋からの情ほu」ドゴォォォオン!!
「グッフェェェェえ!」
ついうっかり、神速の左ジャブを放ってしまった。
後悔はしていない。