白羽の大空に
囚われぬ雲に
白蘭side
別に不満は無かった。
ただ何故かその日常が少しつまらなかったんだ。
周りの友人との会話はレベルが合わないも純粋に楽しいし、あまり帰ってこない親が恋しかった。
でも帰ってきたらいなかった分遊んでくれる。
この前も両親と遊園地に行った。
本当に不満なんてなかった。
でも少し、どこでか漠然とこの日常に飽きてたんだ。
だからエミーリオとの出会いは僕の渇きを潤すには十分だった。
道端でいきなり空から降って来たエミーリオ。
足を挫いて歩けなかった僕を家まで送ってくれたエミーリオは、僕の両親があまり帰ってこないことを知ると、夕飯を作ってくれた。
本当はヘルパーさんがやってくれるけど、と思いながらもエミーリオのご飯を食べるとそんな考えも吹っ飛んだ。
美味しい。
いつもと同じ食材でこれほど美味しい料理が出来るんだ。
エミーリオに、僕の足が治るまではここで料理を作って欲しいと言ってみると、案外すんなりと首を縦に振った。
僕はそれが嬉しくて、ヘルパーさんには数日来なくていいと電話をした。
それからエミーリオは数日僕の家に滞在していた。
会話はもっぱら僕のその日の出来事とかだったけど、そこまで多くもなかったのでエミーリオのことを聞いてみた。
エミーリオの話は楽しかった。
エミーリオは居酒屋を開いていて、国をあちこち転々しているらしい。
だから色んな国で起こった出来事を話してくれた。
とても綺麗な景色のある場所や、危なかった出来事を沢山教えてくれた。
「ブラジルには確か白い砂漠とかあったかなぁ……ん?あれブラジルだっけ…」
「他には?」
「あー…ニュージーランドのホタルが生息していた洞窟とか?神秘的だったなぁ」
「写真とかないの?」
「あの時代に写真なんかなかったんだよ…まぁ人生長いんだからおっきくなったら行ってみろ」
「うん」
エミーリオの料理はとても美味しかった。
僕も一緒に手伝って作るけど、どれも手順が多すぎるし複雑すぎて覚えきれないものばっかりだった。
料理を初めてする僕の不器用な様子にゆっくりとコツを教えてくれた。
そんな中で、エミーリオの作ってくれたマシュマロクッキーが僕の中では一番大好きなものになった。
あんなふわふわのお菓子からどうやってこんなにカリカリになったんだろうと思いながら、それを頬張る。
一人で作れるように作り方も教わった。
大して難しい作業が要らないものでよかったと思う。
エミーリオがいた日は確かに充実していた。
僕の知らないことばかりの日々で、僕の知らないことばかりの話。
だから、心の底では足が治らなければと思ってた。
「よし完治したな、じゃあ俺は今日で帰るからなー」
「え、ヤダ」
「え」
「いかないで」
無意識に出た言葉だった。
引き留めようとは思わなかったのに、気付いてたらエミーリオの袖を掴んでいた。
「白蘭?」
「……いかないで」
エミーリオの袖が皺だらけになっていて、知らないうちに袖を握っていた手に力が入ってたらしい。
エミーリオは何を思ったのか、一緒にお店に出かけようと言い出した。
状況が分からない僕はただエミーリオについて行った。
するとスーパーでマシュマロを大量に買って、箱詰めにしたソレを僕に渡してきた。
「クッキーの作り方は覚えたろ?ちょっとやってみろ」
エミーリオの言葉に戸惑いながらも、教えてもらった手順でクッキーを作ってみた。
するとエミーリオが作ったソレと同じものが出来て、エミーリオは満足そうだった。
「ちゃんと作れるな、じゃあ俺がいなくても大丈夫だろ」
そう言って荷物を持とうとするエミーリオに、僕はマシュマロクッキーの入っていた皿から手を離しエミーリオにしがみついた。
「うおっ……と、え、白蘭どうしたんだよ…」
勢いよくしがみついた僕を抱きとめたまま、混乱していたエミーリオは僕の背を撫で始める。
いかないで いかないで いかないで
訳の分からない気持ちがぐるぐると体中を回っていく。
必死にしがみ付く理由すら分からずに僕は泣いた。
分からないけど、エミーリオがいなくなることがとても怖いんだ
世界に一人だけ取り残されようで
自分の感情についていけなくて、ただただ流れる涙の止め方すらも分からなかった
どれほど泣いてたのか分からないけど、途中でエミーリオが出ていくのを諦めたのにも関わらず泣いてた。
やっと泣き止んだ僕にほっとしたような顔をして慰め続けるエミーリオに何だか安心した。
でもやっぱりずっといるわけにもいかず、両親が帰ってくるまでの間と約束をした。
「にしても何か悩みとかあったら相談には乗ってやるぞ?」
先ほどの僕の泣き方にどうやら悩みがあるのではと思われたらしい。
さっきのは本当に自分でも分からないくらいに泣いてただけで、普段は悩みというほどのものはなかった。
でも最近感じ始めていた感情を吐き出すことにした。
「つまんないんだ」
「ん?」
「友達との会話は楽しいし、親と仲が悪いわけでもないのに……ただの毎日がつまんないんだ」
漠然とつまらない毎日だった。
誰かと昨日のTV番組の話をするたびに、どこか既視感を覚えてたり、誰かの行動にどこかで飽きていた。
自分の行動一つにも新鮮ながらもつまらなく感じていた。
初めて行った場所、初めて行ったこと、初めて喋ったこと
全てが新鮮であり、退屈だった。
「まぁ人間の人生なんてそんな長くないし、早めに楽しみは見つけておきたいよなぁ…」
「エミーリオはつまらないと思ったことあるの?」
「んー……いや、俺は自分の道を勝手に開いてくスタイルだし」
「?」
「つまりあれだよ、自由気ままに自分勝手に、自分の好きなように生きてるって感じだなぁ」
「学校とかは絶対行かなきゃいけないじゃん」
「俺学校行ったことねぇよ」
「え」
「でもなんだ…学校ってのは楽しいこと見つける手段にはなると思うぜ、多分」
「手段…」
「そそ、白蘭は賢いからもっと知識をつけて、自分で楽しいこと作りそうだけどなぁ」
「作る………」
僕が、自分で作る…
どこかで腑に落ちたような気がした。
そうだ…つまらないのなら楽しいことを作っちゃえばいいんだ…
でもどうやって?
まだ僕には圧倒的に知識が足りない。
知識を……知識を集めなきゃ。
「きっと、お前にも楽しいことが見つかるよ」
「絶対?」
「おお、絶対だ」
エミーリオの言葉で安心する僕がいた。
その後数週間程、エミーリオは僕と一緒にいてくれた。
沢山のことを教わった。
昔のイタリアはどうだったなど、どうなったなど、エミーリオが歴史に詳しいことは少し意外だった。
楽しかった。
エミーリオとの時間に退屈なんてなかった。
だから、過ぎていく時間を思うと無性に遣る瀬無かった。
とうとう親が帰ってくる前日になり、エミーリオが帰る日になってしまった。
「短い間だったけど楽しかったぜ、元気でなー」
「エミーリオ」
「ん?」
「楽しいこと見つけてみる……というか作ってみる」
「おう、お前なら出来るだろ」
「だから……出来たらエミーリオに見せに行くね」
「おーわかった、楽しみにしてんぞ」
エミーリオは快活に笑って僕の頭を豪快に撫で回す。
「また…また会おうね!」
「会えたらな」
エミーリオはこちらを振り向かずに片手だけ上げて振っていた。
寂しかったし、辛かったけど、また会えるならばと僕はエミーリオの背中を見送る。
その後帰宅してきた両親には、箱に詰まったマシュマロは何だと驚かれたりしたし、僕がマシュマロクッキーを作っている姿にとっても驚いていた。
エミーリオのことは言わなかった。
エミーリオとの思い出は僕だけのものだ。
他でもない僕だけの宝物だ。
その十数年後、目の前にチェルベッロという者達が現れた。
どうやら僕はマーレリングの適合者だったようだ。
それからパラレルワールドの自分と知識を共有出来るようになった。
ああ、なんて楽しいんだろう。
エミーリオの言っていた通りだ。
楽しいことが見つかった。
やりたいことが見つかった。
❝――――――自由気ままに自分勝手に、自分の好きなように――――❞
だから僕はトゥリニセッテを集め、全パラレルワールドの扉を開けて全ての創造主になりたいと思い始めた。
物凄く素晴らしい世界になるんだろうなぁ
だけどどのパラレルワールドのトゥリニセッテを集めても僕の予想以上の力を得ることはなかった。
だから最後の世界である今の僕の世界に賭けていた。
世界を手にしたくて。
そしてその世界をエミーリオに見せてあげたかった。
白く美しい砂漠よりも、ホタルの生息する幻想的な洞窟よりも、あなたの見てきたどの絶景よりも素晴らしい世界を見せたかった。
僕が作った世界を。
全ての世界を手に入れたら、あなたを呼ぼうと思ってた。
だからせめて居場所だけでも今のうちに見つけようと思って、パラレルワールドの僕と情報を共有してエミーリオの居場所を割り出そうとした。
だけれど、どの並行世界にもエミーリオという人物は存在していなかった。
雲雀side
最初は目についただけだった。
入ってみるとまだ営業時間直後だったから誰もいなくて、これならと思い注文した。
頼んでたのは葛饅頭だった。
それを一つ、口の中に入れると目を見開いた。
美味しい。
純粋に美味しかった。
それからこの店によく出入りするようになった。
店主の作る和食はどれも僕の舌に合っていて、他のレストランよりもこっちが美味しいと思っていた。
特に和風ハンバーグは頻繁に頼むほど気に入っていた。
だけどその店が段々と人気になっていき、人も増えていった。
群れてる…
僕の機嫌は悪くなっていくばかりだった。
ある日、僕がハンバーグを食べに来た時も、数名の客が既に店の中にいた。
群れを見るのすら嫌いな僕に、店主が端の誰もいない場所に誘導してくれた。
ようやく静かな場所で食べられると思ったら、別の群れが入ってきて席に着くと喋り出した。
僕はイラついてトンファーを取り出し、うるさい群れの方へ歩き出す。
「君たちうるさいよ、咬み殺―――」
「あーあー、何してんの」
群れに対してトンファーを構えようとした時に、うしろから襟を捕まえれて持ちあげられた。
咄嗟にトンファーを振りかざすと躱されて先ほどの席に座らされた。
「何するの…」
「いや何するのじゃなくてだな……人にトンファーなんて向けちゃダメだろ。てか何でトンファー?」
「なに、僕に逆らう気?咬み殺すよ」
「はいはい、早くハンバーグ食わないと冷めるぞ」
彼は呆れながら僕が注文したハンバーグを出してきた。
僕は仕方なくトンファーを収めて出されたソレを食べ始める。
僕への態度は気に喰わないけど、料理の腕は認めてるだけだから。
自分にそう言い聞かせる。
あれから4年経っても、彼の店は開いていた。
そして僕も頻繁に訪れていた。
あれからいくつかメニューが変わっているけれど、僕が良く食べる和風ハンバーグのセットメニューだけはずっと変わらずにあった。
少し前に、僕が並盛中学に入学した時、彼が入学祝だと宇治金時味の大福を作ってくれた。
「にしてもお前がもう中学生かぁ…あんなに小さかったのに」
「いつの話してるんだい?」
「っていうか学ランってお前どこの中学行ってんの?並盛中だと思ってたのに」
「何言ってるの?僕は並盛中だよ」
「あれ?…………まぁなんだ、入学出来て良かったな」
「祝われても嬉しくないよ」
「そうか、じゃあ宇治金時味の大福は要らないのか…」
「……」
「嘘だって、そんなムスっとすんなよ、ハッハッハ」
「別に要らないよ」
「拗ねるな拗ねるな、ほら」
彼は笑いながら大福を僕の前に出してきた。
僕の機嫌が悪くなったの揶揄う彼を何度も咬み殺そうと思ったけど、未だに彼に攻撃が入ったことはない。
目の前の大福を無言で掴み口の中に放る。
「フン、味だけはいいよね」
「クク、そうかよ」
「なにさっきから笑ってるの、咬み殺すよ」
「あーあー悪かったって、店の中で暴れるなー」
「あなたが悪い」
僕はトンファーを構えて、彼に振り上げた。
だけど彼は軽く躱してトンファーを僕から片方取り上げた。
それにイラついて残った片方で彼に攻撃を繰り出す。
「お前いつまでトンファー持ってんだよ…もうガキじゃあるまいに…」
「僕の勝手だよ!」
「いやまだガキならまだしもお前くらいの年になってくるとトンファーも武器になるんだぞ」
「それが何?武器として使ってるんだよ!」
「あーもう……日本って治安いいんじゃなかったのかよぉ…」
「いいからさっさと本気出しなよ!」
「おいおいおい、そこ暴れるなって!リフォームしたばっかなんだぞッ、てああ…」
僕の攻撃を彼が躱したことで、そのまま棚の方にトンファーがぶつかり、上にあった酒の瓶が一つだけ割れる。
「本当にあいつもお前もクソガキだな」
溜息を吐きながらそんなことを呟く彼に僕は顔面目掛けてトンアファーを振りかざした。
「……ん…」
「あ、委員長…起きましたか」
「草壁?」
「先ほどエミーリオさんから連絡がありまして委員長が気を失われたと聞いて…」
「降ろして、咬み殺すよ」
「し、失礼しました」
草壁の背中から降ろしてもらい、地面に足を着ける。
若干頭が痛み足がふらついたが、直ぐに収まりそのまま歩き出す。
また負けた…
「今度こそ咬み殺す…」
毎度どこでどの攻撃を喰らって気絶しているか分からないけど、頭がズキズキと痛むので頭部を殴られたことは分かっている。
だからいつも頭部への攻撃を警戒しているにも関わらず、いつも知らないうちに気絶して、起きた時に痛むのは頭部だった。
無意識に歯を食いしばり、草壁の声を無視して帰路につく。
まだ強くならないと彼を咬み殺せない。
屈辱だけど彼は僕よりも強い。
眉間に眉が寄っている自覚はあるが、直す気はない。
でもまだ彼を咬み殺す間は僕は楽しめるってことだね。
そんな僕の考えを裏切るかのように彼は突然消えた。
何の前触れもなく、店は無くなっていた。
結構な人気もあり、急になくなった彼の店の噂は一時話題にもなっていた。
僕はそれからあの店の跡地にはいっていない。
ただ感じるのは虚無感と苛立ちだった。
彼以上の骨のある輩もおらず、ただ草食動物を葬っていた日々に飽き飽きしていた。
彼がいなくなったと同時期に、並盛にある森で不可思議なことが起こっていた。
夏場に急に凍り出したり、調査しようと警察が出ようとした翌日には何事もなかったように普段の森に戻っていたり。
一年ほどで不思議現象はなくなってはいたが。
そしてとある日、僕は帰路で彼の店の跡地の前を通った。
今も尚何も建たない空き地になっているそこを眺める。
急に消えた彼の顔を何故か思い出した。
この苛立ちはなんだ。
失望に似たこの感情はなんだ。
無意識に奥歯を強く噛んでいた。
「なに……勝手にいなくなってるの……エミーリオ」
初めて認めた僕の―――――…
それから一年と数か月が経った頃、再び彼は現れた。
一周間前まではなかったはずの店がそこに建っていて、クローズと書かれた看板を無視して、入口を開ける。
すると鍵が掛かっていなかったのかすんなりと扉は開いた。
カランカランと音がした後、奥の方からドタバタと足音が聞こえてきた。
「ちょ、まだ開いてませ――…って何だ恭弥か…っていうかお前クローズってあっただろ」
昨日までそこにいたかのような錯覚に陥った。
今までの3年がなかったかのような、そんな様子の彼に僕の中でぐるぐると渦巻いていた苛立ちがスーっと消えていった。
「おーおー、前よりもでかくなったなぁ」
慣れ慣れしく頭に手を置いてくる彼をひと睨みする。
「ハンバーグ」
「ん?」
「ハンバーグ作って」
「ええー……まぁそろそろ開こうとしてたからいいけどさぁ…今度から開店内で来いよー」
「フン、それは僕が決めることだよ」
「いや俺が決めることだよバカヤロー、ほら座れ」
僕はカウンターの方に座りながら店の中を眺める。
昔とは少しだけ変わっているが、雰囲気は一緒の店の中に、3年間の空白が感じられなかった。
10分ほど待つと、彼は厨房から出てくる。
「ほらよ、いつもの」
「ふん」
「いつまでも可愛げねぇな」
「要らないよそんなの」
「ほら早く食べろよ、お前が食べ終わるまでは店閉めといてやるから」
そう言って彼は僕の目の前で空きグラスを拭いていた。
僕はスプーンを持ってハンバーグを口に入れると、その味に懐かしさを覚えた。
そういえばハンバーグ自体食べるのは3年ぶりかもしれない…
彼の作る味を覚えると他が不味くなって仕方なく食べるのやめたんだっけ
「ほんと、味だけはいいよね」
「おい、味だけはってどういうことだよ…コノヤロー」
僕はハンバーグを平らげて、店を出る。
そのまま学校に戻ると、風紀員の執務室には既に草壁が待機していた。
「おはようございます委員長、報告があります」
「何」
そのまま草壁から報告を聞いていると、報告の終わった草壁が僕を見て少し意外そうに呟く。
「委員長、何か良いことでもありましたか?とても機嫌が良さそうですが」
「僕が?」
「は、失礼しました」
「下がって」
「失礼しました」
バタンと扉の閉まる音を聞きながら窓から外を眺めた。
運動場とその周りの民家が覗ける中、視界の端に彼の店が見えた。
うん、確かに機嫌はいいね。
だって彼ならまた本気が出せるから。
「漸く君を咬み殺せるよ…エミーリオ」
でもまぁ…本気で咬み殺すのは、君の料理に飽きた後でもいいかな。
楽しいこと:後のチョイスやトゥリニテッセコンプの遊び
エミーリオ:白蘭の恐ろしい発想の元凶の一端を植え付けた男
また会おうね:(並行)世界の果てまで追いかけることの意訳
雲雀:胃袋を掴まれた人
エミーリオの作ったハンバーグ:雲雀の寵愛を受ける絶対無二な存在
店:幻術を駆使して、一週間で作り上げたエミーリオ曰く最高傑作、なお時々雲雀に破壊される