Fake/Apocrypha 作:魔導元帥
聖杯戦争。
それは、聖杯と呼ばれる神の世の残滓である奇跡を巡る人知れず行われた闘争だ。
人とは隔絶した強力な霊的存在を呼び出し、最後の一騎になるまで潰し合わせる。
そして、その一騎の英雄の召喚者となったマスターが願望器として完成した聖杯を取得する権利を得る。
今、アメリカでその聖杯戦争の贋作に参加しようとしている愚かな魔術師が一人、存在した。
誇りと理想を持つ尊き魔術師であるならば、他人の作り上げたシステムに頼らず、自分自身でそのシステムを組み立てようするのだろうが、彼は他人の作り上げたシステムを利用しようと考えた。
贋作の聖杯戦争といえども、聖杯戦争なのだ。
最終的に得られる物は贋作であっても変わりはない。
彼はそのように考え、その最初から贋作として行われようとしている聖杯戦争に全力を注いでいた。
彼はそれなりに名の知れた魔術師の一族の出身だった。
しかし、神秘の衰退の流れにはいかに名の知れた魔術師の一族であろうと逆光することはできず順光し衰退していくだけであった。
彼はそれが許せなかった。
そして、その魔術師の一族の現時点での当主として、ただならぬプレッシャーを感じていた。
通常ならば、技術を研鑽し発展させ、それを素養のある一族の子孫へと受け継いでいくしかない。
だが、運の悪いことに聖杯戦争というものが存在してしまっていた。
自らの子もまた、魔術師としての素養が衰退しているという事実に焦っていた彼は、このままではあのマキリのように魔術の世界とすら縁を断つことになってしまうだろうという自分の予測に愕然とした。
───冗談ではない。
───そこまで落ちぶれてたまるものか。
彼は魔術師としても、人間としても未熟であった。
そんな彼は聖杯戦争、本物ではない偽りのものに自分の人生の全てを、自分の一族の全て───一族の未来さえを──賭けて、挑むことにしたのだ。
己の覚悟を示すため、妻と先のない息子は始末した。
聖杯戦争に参加すれば、それだけで魔術師としての格、アドバンテージは上昇する。たとえ聖杯と呼ばれるものが聖杯の贋作で、本来のような聖杯としての力を持っていなかったとしても、だ。
その上昇した格で新たな妻を手に入れれば良い。
始末した妻よりも上等な品質な魔術師としての母体を。
言わずもがな、その聖杯が真なる聖杯であるならばそれを用い根源へと至れば良いだけのこと。
なんと緩いギャンブル。
ローリスクハイリターン。
──この賭けに私が勝つことが約束されたものではないか、これは。
彼は、そのように様々な利益を思い浮かべながらも、自分の敗北、死を考えていなかった。
何故なら、彼には考えないだけの理由となるものが存在したからだ。
一族の総決算たる、王の鍵が。
魔術師はその鍵をある大渓谷の洞窟の中で慎重に取り出した。
素人目に見るだけで、価値が素晴らしいと分かるような装飾過多の鍵だ。
過去の聖杯戦争では、遠坂時臣と呼ばれる冬木の御三家の魔術師は古代の蛇の化石で呼び出したが、この王の鍵ならばその黄金の王をより確実に呼び出すことができるだろう、と彼はほくそ笑む。
この世の全てを納めているという、黄金の王の宝物殿。
彼の一族が追い求め、見つけ出したその鍵。
彼はその宝物殿の財には興味がなかった。彼が求めるのはあくまで根源への到達であり、財産を設けようとしているわけでないからだ。
財の中には古代の魔術的な宝物が多く存在していることだろう。
その財を彼の魔術師の一族は追い求めたのだが、彼の代までついぞ見つけることができなかった。
しかし、彼はその財の所有者たる黄金の王を使役することができるのだ。
ならば、その財を手に入れることも可能である上に聖杯戦争という緩いギャンブルで勝つこともできる。
まさに、一挙両得というものだ。
──さて。
──始めるとしよう。私の栄光への道の第一歩を。
約束された未来に彼は高揚したまま、自らへの祝詞であり、万象の天秤への呪詛を、英雄を、黄金の王を召喚するための文言を吐き出す。
「祖に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師×××××。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
感覚が研ぎ澄まされ、彼は集中する。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「───Anfing。告げる。告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
彼の身体中の魔術回路を不可視の熱水のようなものが走り抜ける。
「誓いをここに。我は常世全ての善となる者、我は常世全ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」
光が魔法陣より満ちる。
その光が消えた直後、彼の前には─────
黄金の王が居た。