仮面ライダー 鎧武&オーズfeat.ライダーズ ~暁の鎧~ 作:裕ーKI
800年前に誕生したグリードは5体だった。
とある国の王が変身した最初のオーズの暴走により、1度は封印され、永い眠りについていたが、現代の世界で封印が解かれたことで再びオーズとのメダルを巡る戦いが始まってしまった。
激闘の末、5体のグリードは全滅。現代で初めて誕生した6体目のグリードも、空間に開いたブラックホールに吸い込まれて消滅した。
メズールとガメルは全滅した5体のグリードのうちの2体だった。
いずれも、コアメダルの破壊を可能にする紫の恐竜メダルの力を受けて完全に消滅。2度とこの世に存在することはない……はずだった。
火野映司――仮面ライダーオーズ・タトバコンボは驚きを隠せなかった。
メズールもガメルも、もうこの世界にはいないはず。なのになぜ……。
「また財団Xが作ったコピーなのか……」
オーズの脳裏を過ったのは、レム・カンナギとの戦いの時の記憶。
最終決戦の際、カンナギは戦力として、幹部ドーパントと共にグリードのレプリカを戦闘に投入した。その中には勿論、メズールとガメルの姿もあった。
その時のメズールとガメルはただ戦闘を行なうだけの人形だった。そこに彼女たちの意志は存在しなかった。しかし今回は……。
「メズールぅ~、こいつだれぇ~?」
緊迫した雰囲気の中、ガメルがメズールにじゃれつきながら言ってきた。
「誰って、この子がオーズじゃない。この子が持っているコアメダルとかいうものを奪うのが、私たちの任務でしょ?」
メズールはまるで我が子をあやすように、ガメルの頭を撫でながら丁寧に説明した。
「そっかぁ! じゃあオレ、一生懸命頑張る!」
「ええ、頑張りましょうね」
一見親子のようにも思える2人のやり取りを目の当たりにしながら、オーズはその言葉に違和感を感じていた。
本来、グリードは自身の核となるコアメダルを何よりも最優先に求める存在だったはずだ。なのに今、メズールは自分にとっても大事なものであるはずのコアメダルのことを、まるで他人事のような言い方をした。しかも奪うことを任務だとも。
さらに気になったのは、メズールの最初の言葉。顔を合わせた時、メズールは確かにこう言った。「はじめまして、オーズの坊や」と。
それはオーズを知らない、まるで初対面のような言い方だった。
そんなはずはない。かつてのメダルを巡る戦いで、映司は何度もメズールやガメルと戦いを繰り広げた。
映司――オーズはその時の記憶を今でも鮮明に覚えている。なのに対するメズールとガメルは、まるで当時の記憶を持ち合わせていないような口ぶりだ。
「お前たち、本当にメズールとガメルか……?」
「ん? ええ、そうよ。あなた、何を言っているのかしら?」
オーズの言葉に、メズールは不思議そうに首を傾げた。
「メズールぅ! オレ、お腹空いてきた! 早くオーズ倒して、メダル奪おうよぉ!」
「そうね。じゃあ……いくわよ!」
次の瞬間、メズールはオーズに向かって手をかざすと、掌から凄まじい勢いの水流を放出した。
「わっ!?」
オーズは咄嗟に横転して水流を回避した。
相手は既に戦闘モードだ。気になることは山ほどあるが、それらを一旦頭の隅に追いやり、戦いに集中することにした。
オーズはメダジャリバーを構えながら一直線に駆け出した。
メズール目掛けて勢いよく刃を振り下ろす。が、
「メズールはオレが守るっ!」
突然ガメルが眼前に割り込んできた。
メズールの盾になるように立ち塞がったガメルは、その頑丈な腕で刀身を受け止めた。
「なっ!?」
戸惑うオーズ。
すると、ガメルの陰からすかさず身を露にしたメズールが、一瞬の隙を突いてキックを繰り出してきた。
スラリと伸びた長い脚から打ち出された回し蹴りに、オーズは堪らず倒れこんだ。
続けざまにガメルの強力なパンチが振り下ろされた。
オーズは慌てて地面を転がり、それを避ける。
的を外したガメルの拳が、地面に大きなクレーターを作り上げた。
オーズはなんとか距離を取って体勢を立て直す。
「たしかガメルは光に、メズールは熱に弱かったはず……。ならこれで!」
オーズは頭部と下半身のメダルを入れ替え、オースキャナーをドライバーにかざした。
『ライオン! トラ! チーター! ラタラタ! ラトラーター!』
黄色いコアメダルを3枚揃えたオーズは、猫系コンボ――ラトラーターコンボに姿を変えた。
全身を黄色に染めた仮面ライダーオーズ・ラトラーターコンボは、その身体に熱と光とスピードの力を宿している。
「はぁああああああ!!」
コンボチェンジして早々、オーズは金色に輝く高熱の光――ライオディアスを全身から放射した。
その光は、直視すれば確実に視覚を失うほどに眩しく、湖の水を一瞬で蒸発させてしまうほどに熱い。光と熱に弱いメズールとガメルには、最も効果的な技と言えるはず……だったのだが、
「それがどうしたっていうの!」
次の瞬間、メズールは全身を液状に変化させると、熱光線に臆することもなくオーズに突進を仕掛けた。
ダメージを受けた様子もなく、平然とした表情で光に照らされた空中を縦横無尽に舞いながら、オーズの身体に絡み付く。
「そんな……効いてない!? ぐわぁっ!」
水の塊となったメズールの一撃に突き飛ばされるオーズ。
その攻撃により、ライオディアスも途絶える。
「ラトラーターが通用しないなんて……。ガメルは……?」
弱点であるはずの熱光線を受けても無傷で動き回るメズール。その光景に驚きながらも、オーズはガメルの様子に視線を向ける。
見ると、熱にはノーダメージのようだが、眼晦ましは上手くいったようだ。両手で眼を押さえながらもがき苦しむガメルの姿が確認できた。しかし、
「あらあら、大丈夫? ガメル」
「うぅ~……眩しいよぉ~、メズールぅ~!」
「私に見せて? ほら、眼を開けて。私のことが見える?」
心配して舞い戻ったメズールが、ガメルの顔をゆっくりと覗き込む。
メズールに優しく両手を下ろされながら、ガメルは瞳をパチッと開いた。
ガメルの視界には、大好きなメズールの顔がハッキリと映りこんでいた。
「メズールっ! メズールの顔、良く見える! オレ、もう眼、痛くない!」
「そう。良かったわね、ガメル」
オーズが体勢を立て直す間もなく、ガメルは視覚を取り戻した。
その光景に、オーズは驚くばかりだった。
かつての戦いでも、何度かガメルの眼を眩ませたことはあったが、その時は視覚が回復するまでに随分と時間が掛かっていたはず。なのに今回はこんなにも早く回復するなんて。
熱をものともしないメズールに続いてガメルまで。2人の異様な戦闘力に、オーズは戦慄せずにはいられなかった。
「この2人の力……完全体と同等か……」
オーズはならばと戦略を変えることにした。
両腕のトラクローを展開し、両足のチーターレッグから蒸気を噴射させると、力強く大地を蹴り出しスタートダッシュを決めた。
目にも留まらぬスピードで駆け出したオーズは、メズールとガメルの周りをグルグルと走り回って2人を撹乱させ、隙を突いて死角に爪を立てていく。
背面や肩、膝裏など、急所になりえる箇所を的確に狙いながら、2人に捕捉されないように走り続ける。
「くっ! うっとおしいわね……。ガメル、あなたの力でオーズの動きを止めちゃいなさい!」
痺れを切らしたメズールがガメルに指示を出した。
「わかったっ! オレに任せろっ!」
快く頷いたガメルは、まるでゴリラのドラミングのように両腕で自分の胸を叩きだした。
するとその瞬間、ガメルを中心とした周囲の重力が途端に重くなったのだ。
地面は陥没し、何軒かの村の民家は見えない何かに踏み潰されたようにグシャリと倒壊していく。
唐突な重力変化に、オーズも思わず足を止めた。
全身にのしかかる重圧に潰されそうになりながらも、必死に堪えてなんとか抵抗してみせる。
だがしかし、このままでは反撃することができない。重力に対応した姿にコンボチェンジしようにも、今は指1本動かすことができない。
少しでも力を抜いてしまえば、村の民家のように一瞬にしてその身体が潰れてしまうだろう。
「上出来よ、ガメル。おかげでオーズの坊やを捕らえられる!」
身動きが取れないオーズを前に、メズールはニヤリと笑みを浮かべた。
ガメルが重力操作を解くと、メズールは片腕を前に突き出した。次の瞬間、メズールの掌から飛び出したのは、植物の蔦のようなものだった。
重圧から解放されたものの、体勢を立て直す間もなくオーズの身体は蔦に絡め取られた。両腕両足が束縛され、完全に身動きが取れない状態だ。
「さてと……。ガメル、一発で仕留めなさい!」
メズールはガメルに新たな指示を与える。
ガメルは大きく頷くと、左腕に装備された2連装の大砲を真っ直ぐとオーズに向けた。
「お前なんか消えちゃえ!」
次の瞬間、躊躇なく砲弾は放たれた。
ガメルの左腕から発射された強力なエネルギー弾が、オーズの無防備な身体に直撃した。
「ぐわぁあああああああ……」
悲鳴と共にオーズは爆炎に包まれた。
たちまち黒煙が立ち上り、そこから零れ落ちたのは生身の姿に戻った映司と3枚のコアメダルだった。
映司は力尽きたようにバタリと地面の上に倒れこんだ。
続けてラトラーターコンボの変身に使用していたライオン、トラ、チーターのコアメダルが音を立てて転がっていく。
映司は辛うじて手を伸ばし、トラのメダルを掴み取るが、ライオンとチーターのコアメダルは既に手の届かない場所まで離れてしまっていた。
メズールはゆっくりと手を伸ばし、ライオンとチーターのコアメダルを拾い上げた。
「まずは2枚」
メズールは満足げに笑いながら、手にしたメダルを胸元に隠した。
「残りも頂きましょうか……」
映司が所持する全てのコアメダルを手にするため、ガメルとメズールは倒れ伏したままの映司に向かって歩み寄る。
大きなダメージを受けてすぐに立ち上がれない映司は、成す術がなく追い詰められる。
絶体絶命。今まさにメズールの手が、映司の首を締め上げようとしていた。と、その時だった。
突然、上空から無数の真っ赤な火球が降り注いできたのだ。
火球はガメルとメズールをピンポイントに狙う。
不意を突かれた2人は思わずたじろぎ、映司を狙うことを止めて防御に徹する。が、飛来した火球の1発がガメルの両目に直撃した。
「ウギャァアアア!? 目が……目が熱い! 痛いよぉ! メズールぅー!!」
高熱の炎に眼球を焼かれ、のたうち回るガメル。
「ガメル!? 大丈夫!?」
その光景に、メズールもらしくなく慌てふためく。
2人のグリードが油断している間に、クァンを抱きかかえた坂島が映司の元に駆けつけた。
「チャンスだ、映司君! 今のうちに村を出よう!」
坂島の肩を借りて、映司はなんとか立ち上がる。
すると、坂島の胸に顔を埋めていたクァンが、映司にか細い声で問いかけた。
「えーじぃ……、
それは現実を受け止められない少女の最後の抵抗のようなものだった。
彼女のその言葉に、映司は悔しそうな表情を浮かべながら重い口を開いた。
「……ごめん、クァン。君のお婆ちゃんは……もう……」
映司の返答を聞いた途端、クァンの幼い瞳から大粒の涙が溢れ出てきた。
クァンは涙に濡れた表情を隠すように、もしくは胸の内から零れ出そうになる悲しみの声を抑えるように、再び坂島の胸に顔を埋めた。
「クァン……」
心を閉ざしてしまった少女の姿に、映司は己の無力さを痛感していた。
もっと早く村の異変に気がついていれば、犠牲になった人たちの手を掴むこともできたかもしれないのに。そうすれば村の人たちも、クァンの心も、救うことができたかもしれないのに。
映司の脳裏に、かつての悲劇がフラッシュバックする。
それは映司がオーズの力を手にするよりも前の出来事。旅先のアフリカの紛争地帯で心を通わせた1人の少女が、目の前で爆炎の中に消えていく光景だった。
あの時に見た少女の泣き顔は、未だに映司の心に深く刻まれている。そして今、また目の前で少女が泣いている。
映司には、クァンの姿とあの時の少女の姿が重なって見えていた。
また自分は、同じ過ちを繰り返すのか。
映司は胸の内から押し寄せる後悔に、堪らず自分の唇を噛み締めた。
「映司君! 気持ちはわかるけど、今はここから助かることが先決だよ!」
落ち込んでいる映司に、坂島は強く呼びかけた。
ハッとした映司は、坂島の手を借りながらその場を離れることにした。
メズールとガメルはまだこちらに気づいていない。
映司は去り間際に火球が飛んで来た上空を見上げた。
あの火球の正体はなんだったのか。
見ると、そこに正体らしきものはなかった。しかし、赤い羽根――見覚えのある真っ赤な鳥の羽根が数枚、フワフワと空を舞っていた。
「あれって……まさか……」
☆
無人と化した村を出た映司と坂島、そしてクァンは、仲間の研究員たちが待つキャンプ地へと戻ってきた。
しかし目の前に広がっていたのは、予想外の状況と緊迫した光景だった。
「嘘だろ……。こんなことって……」
古代遺跡の調査のために拠点にしていたキャンプ地が、まるで何者かの襲撃を受けた後のように酷く荒らされていたのだ。
日本から持ってきた貴重な機材の殆どは修理が不可能なほどに破壊され、休息のために張られたテントや調査経過が記された資料の山は、真っ赤な炎に焼かれて完全に消失してしまっていた。
キャンプ地周辺の木々や地面は真っ黒に焼き焦げ燻っている。所々には消えずに残った小さな炎がユラユラと揺らめいていた。
仕事をしていた研究員たちの半数以上は重傷を負い、中には死亡してしまっている者もいるようだった。
坂島に抱きかかえられているクァンは、眼前に広がる悲惨な状況に思わず眼を背ける。
映司と坂島は血相を変えた表情で研究員たちの元に駆けつけた。
焦げ臭いにおいがツンと鼻を刺激してくる。だがそんなことはお構いなしに、映司は幸いにも無事だった何人かの研究員たちから事の顛末を聞いた。
研究員たちの話によると、事件は映司たちが留守にしてからすぐに起きたらしい。
突然、空から赤い怪人が舞い降りてきてキャンプ地を襲ったのだ。
怪人はたった1人。そいつは背中に両翼を持っており、鳥に似た姿をしていた。
鳥の怪人は右手から放つ火球で全てを焼き尽くし、数名の研究員たちの命をも奪った。
炎を自在に操るその様は、まるで神話に登場する不死鳥のようだったと、研究員の1人は口にした。
キャンプ地を荒れ果てた姿に変えた後、鳥の怪人は古代遺跡の中に入っていった。
そのすぐ後に、遺跡の中からも複数の悲鳴が聞こえてきた。きっと遺跡内を調査していた研究員たちも、1人残らず殺されたに違いない。
研究員たちの話を聞いた映司は、考え込むように沈黙した。
気掛かりなことが1つある。
それはついさっき、メズールとガメルと対峙していた時のことだ。2枚のコアメダルを奪われ、絶体絶命の状況の中、突然降り注いだ無数の火球が危機を救ってくれた。あの時、咄嗟に見上げた空には見覚えのある真っ赤な羽根が舞っていた。火球を飛ばした者の正体は分からず仕舞いだったが、あの羽根を目の当たりにした瞬間、映司の脳裏には確かに“アイツ”の姿が思い浮かんだ。
決して忘れることなんてできない、大切な友――アンク。
しかし、研究員たちの言う鳥の怪人のイメージがアンクと被ってしまい、映司は思わず不安になる。
「まさかアイツが……。いや、でもそんなことって……。また未来から来た、とか……」
映司はポケットから割れたタカのコアメダルを取り出しながら、数年前にアンクと再会した時のことを思い出した。
メダルを巡る戦い――その最終決戦の時、世界の終わりを望む恐竜グリードを倒した直後に、アンクの人格が宿ったタカのコアメダルは真っ二つに割れてしまった。
消滅するアンク。映司は消えた友にもう1度会うために、タカのコアメダルを復元するべく旅に出た。
それから少し経ったある日、今度は40年後の未来から新たな敵が現れた。
未来のコアメダルから誕生した存在、仮面ライダーポセイドン。奴を倒すために日本に帰国した映司の前に突如として現れたのが、同じく40年後の未来からやって来たアンク本人だった。
ポセイドンを撃破した後、未来のアンクは静かに姿を消した。彼が本来いるべき場所、40年後の未来へと帰っていたのだ。
未来に繋がっていた時空の穴はアンクが帰ってすぐに消滅した。もう2度と未来のアンクが今の時代に来ることはないはずなのだが。
そもそもの話、例え未来のアンクが再び現代に現れたとしても、こんなふうにキャンプ地を襲ったりするはずがない。……と、思う。
「たしかにアイツは、たまに酷いこともするけど、こんなことは絶対にしない!」
映司は自分に言い聞かせるように、うんうんと頷いた。
だがしかし、状況はわからないことだらけだ。
メズールとガメルの謎の復活に加えて、今度はアンクを連想させる怪人の出現。
自分達を救ってくれたかもしれない怪人が、何故キャンプ地を滅茶苦茶にしたのか。一体何がどうなっているのか。
とにかく、鳥の怪人が今遺跡の中にいるというのなら、後を追って直接真意を確かめるしかない。
映司は近くに転がっていた懐中電灯を手に取ると、
「すみません坂島さん、クァンと皆のことを頼みます!」
「!? 何をする気だ、映司君!」
「遺跡に入って、ここを襲った奴のことを確かめてきます!」
「確かめるって……。君1人じゃ危険だ! さっきの戦いでボロボロじゃないか!」
「大丈夫です! これくらい、全然慣れてますから!」
そう言って、映司は坂島の制止も聞かずに遺跡の中へと飛び込んでいった。
☆
遺跡の内部は異常な熱気がこもっていた。
ムッとした暑さは息苦しさを感じさせるほどで、まるでサウナのようだった。
内部調査を担当していた研究員たちが後付で壁を伝うように設置した灯りのおかげで、ある程度の視界は確保されていた。
とはいえ、例の鳥の怪人が暴れたせいなのか、破損した照明もいくつかあり、所々が暗闇に覆われていた。
映司は手にしていた懐中電灯で暗闇を照らしながら、ゆっくりと先を進んでいく。
遺跡内の通路は途中何ヶ所か分岐している所があり、闇雲に歩けば道に迷いそうだったが、幸か不幸か、映司は迷わず真っ直ぐと鳥の怪人の後を追うことができていた。
それは鳥の怪人が道中に爪痕を残したからに他ならない。いや、正確には“爪痕”ではなく“焼け痕”だった。
鳥の怪人が歩いた後の通路には、真っ黒い焦げ跡と無数の焼死体が残されていた。
鳥の怪人の侵入に成す術がなかった内部調査の研究員たちだったものだ。
映司は焼死体の1つ1つを懐中電灯で照らし、その姿をしっかりと眼に焼き付けた。
見るたびに胸が苦しくなり、やるせない気持ちでいっぱいになったが、それでも目を逸らさなかった。
鳥の怪人の正体がなんなのかはまだわからないが、なんにせよ、この罪は絶対に償わせる。
映司は決意を新たに、鳥の怪人が待つ奥へと先を急いだ。
古代遺跡の最深部は広間になっていた。
部屋全体を取り囲む石の壁には欲望を象徴する絵が所狭しと刻まれている。
ここの照明は全く壊れていないようで、通路とは比較にならないくらいに明るかった。
広間の手前まで来た映司はオーズドライバーを腰に装着し、覚悟を決めて突入した。
中に入って最初に視界に飛び込んできたのは人間と異なる異形の後姿だった。
羽毛に覆われた真っ赤なその姿に、映司は思わず息を呑んだ。
「……アンク?」
恐る恐る声を掛けると、広間の中心に佇んでいた鳥の怪人がゆっくりと振り返った。
その素顔を目の当たりにした映司は、ホッとした安心感を感じると同時に新たな緊張感に襲われた。
「アンクじゃない!? お前は誰だ!?」
キャンプを襲ったのも遺跡内部の研究員たちを殺したのもアンクではなかった。
勿論、アイツがそんなことをするはずがないと信じてはいたが、こうして実際にアンクの無実を確認できたことで不安が1つ解消されたのは事実だった。
では今ここに、こうして眼前に佇んでいる怪人は一体何者なのか?
直接対面してその姿を近くでよく見ると、アンクの怪人体とは随分と雰囲気が違うように感じられた。
クールな印象を持つアンクとは対照的に、目の前の鳥の怪人からは暴力的な荒々しさが醸し出されていた。
広間の中心には巨大な石版があり、鳥の怪人はその前に佇んでいる。
鳥の怪人は映司の瞳をキッと睨みながら威圧的に口を開いた。
「あぁ? なんだてめぇは? なんでここにいる?」
「お前を追って来た! どうしてキャンプや遺跡の中にいた人たちを襲ったりしたんだ!?」
「んなもん、邪魔だからに決まってんだろが!」
「邪魔って……。そんな理由で!?」
「俺にはやらなきゃいけねえことがあんだよ! その邪魔になるってんなら、何であろうと焼き尽くす! 目の前にいる……てめぇもな!」
次の瞬間、鳥の怪人は容赦なく火球を撃ち放った。
既に警戒していた映司は、咄嗟に横転して火球を回避した。
どう見ても話が通じる相手ではない。
映司は自らも戦闘態勢に入るべく、3枚のコアメダルをオーズドライバーに装填した。
右腰から引き抜いたオースキャナーを握り締め、中央のバックルに振りかざす。
「変身!!」
『タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ! タトバ・タ・ト・バ!』
オーズ・タトバコンボに姿を変えた映司は、バッタレッグの力で跳躍して一気に間合いを詰め、鳥の怪人の身体に掴み掛かった。
「なんだ、てめぇオーズか!」
「お前こそ……一体何者なんだ!」
「俺か? 俺はネオ・オーバーロード! 不死身のジャベリャ様だぁ!」
鳥の怪人――ネオ・オーバーロードのジャベリャは高らかに名乗りを上げると、同時に全身から高熱の炎を放出させた。
まるで衝撃波のような炎の勢いに、敵の身体に組み付いていたオーズは呆気なく吹き飛ばされた。
「消し炭になりなぁ!」
地面を転がるオーズに、ジャベリャは畳み掛けるように火球を発射する。
オーズは一旦通路に逃げ込むと、2枚の青いコアメダルをオーズドライバーに装填した。
『シャチ! ウナギ! バッタ!』
オーズは頭部をシャチヘッド、両腕をウナギアームに変えた亜種形態――オーズ・シャウバの姿で再び広間に舞い戻った。
シャチのメダルもウナギのメダルも、共に水の属性を持っている。
次々と撃ち出される火球を突破するべく、オーズは掌から水流を放射した。
ジャベリャが放った無数の火球は、オーズの水流によって次々と消火されていく。
2人の間にモクモクと水蒸気が立ち込める。
「ほう、やるじゃねえか! だったらこれでどうだ!」
そう言ってジャベリャが放った次の火球はさらに高温で高威力だった。
オーズの水流を浴びても消え失せることなく、真っ直ぐと飛んでいく。
「なにっ!? うわぁああああ……」
火球を真正面から受けたオーズは堪らず背後に吹き飛び、壁画の1つに全身をめり込ませた。
思わぬ大ダメージに身動きが取れないオーズを余所に、ジャベリャは自分の身体を石版の方へと向ける。
広間の中心に立つ石版の真ん中には、真っ黒い1枚のメダルが埋め込まれていた。
それはまさに、オーズ――映司が昨日写真で見たものと同じものだった。
ジャベリャは鋭い爪で石版の表面ごと黒いメダルを抉り取った。
その手には石版の破片と共に黒いメダルが確かに握られていた。
「まずは1つ、目的達成ってとこか! 残るは……」
再びオーズの方に視線を向けたジャベリャはニヤリと笑みを浮かべる。
「てめぇの持っているコアメダル、そいつを全部頂こうか!」
「お前も……コアメダルが目的……。悪いけど、コレをお前に渡す訳にはいかない!」
「そうかい? だがてめぇの意思なんざ関係ねえ! てめぇを焼き殺した後で、ゆっくりと頂くからよぉおおおお!!!」
次の瞬間、ジャベリャは全身から炎を放出させた。
さっきと同じ、相手を吹き飛ばす衝撃波のような。しかし、今度は威力も範囲も段違いだった。
ジャベリャが放ったドーム状の炎は、広間の石版や壁画、さらには床や天井をも飲み込み破壊していく。
しかもそれは見る見る拡大していき、遺跡全体を崩壊させる勢いだった。
次々と内部に亀裂が走り、崩落が始まる。
オーズはジャベリャの相手よりも遺跡からの脱出を優先することにした。
『シャチ! ウナギ! タコ! シャ・シャ・シャウタ! シャ・シャ・シャウタ!』
オーズは青いコアメダルを3枚揃えてシャウタコンボへと姿を変えた。
シャウタコンボは水の力を最大限発揮できる海のコンボ。しかしその力は陸上でも十分活用することができる。
オーズは身体を液状化――つまり全身を水に変化させて宙を舞い、通ってきた通路を一目散に引き返していく。
塞がった通路の隙間をすり抜け、崩れ落ちる天井の瓦礫を掻い潜り、光が差し込む出口へと飛び出した。
外に出て早々、視界に飛び込んできたのは、遺跡の前で負傷者の手当てをしていた坂島と彼の傍をくっついて離れないクァンの姿だった。
背後を見ると、遺跡の奥から真っ赤な炎が押し迫ってきている。このままでは2人が炎に飲み込まれてしまう。
オーズは咄嗟に液状化した身体を膨張させて坂島とクァンを包み込んだ。
それはまるでシャボン玉の中に閉じ込めるかのように、水の膜となったオーズが2人を丸ごと覆ったのだ。
突然のことで何が何だかわからず、戸惑う坂島とクァン。
しかしその直後、遺跡の穴から灼熱の炎がガスバーナーのように噴出してきた。
2人が一瞬にして炎に包まれる。
遺跡から噴き出た炎はあっという間にその勢いを失い、坂島とクァンの姿が再び露になった。
オーズが変化した水の膜からは凄まじい量の湯気が立ち上っているが、守護された2人に傷はなかった。
元の形状――シャウタコンボの姿に戻ったオーズは、草臥れた様子で2人の前にペタリと座り込んだ。
「映司君か!? 大丈夫なのか!?」
坂島は驚いた表情で問いかけた。
「はい……なんとか……。2人が無事で……良かったです……」
オーズは無傷だった坂島とクァンの姿にホッと胸を撫で下ろした。
疲弊した表情が青いシャチの仮面越しからでも伝わったのか、クァンが心配そうにその小さな手を肩に乗せてきた。
「えーじぃ……?」
「大丈夫だよ、クァン……。ちょっと疲れただけだから……」
オーズは仮面の下で今できる限りの精一杯の笑顔を作った。
それにしてもだ。改めて周りを見回すと相変わらず酷い有様だった。
坂島やクァン、無事だった研究員たちが頑張ってくれたおかげで、負傷者の応急手当は殆ど終わっていたが、破壊された機材や死んでしまった研究員たちの死体は、今も放置されたままの状態になっていた。
まだ幼いクァンをこんな状況の場所にいつまでも居させる訳にはいかないし、命を落としてしまった研究員たちのためにも死体を放っておく訳にもいかない。
一刻も早く態勢を立て直す必要がある。
のんびり休んでなんかいられないと、オーズはふらつきながらも何とか立ち上がった。
だがその時だった。
再び遺跡の穴から炎が飛び出してきたのだ。
そのことに誰よりも早く気がついたオーズは、咄嗟に坂島とクァンを守ろうと2人の前に立つ。
キャンプ地が騒然となる中、遺跡から放出されたのは炎の塊のようなものだった。
それは空中で鳥のような形状に変化すると、上空で旋回してからゆっくりと舞い降りてきた。
その光景はまるで地上に降り立つ不死鳥のようだった。
火の鳥はオーズの眼前で怪人の姿に変化した。その正体は遺跡の最深部にいた鳥の怪人――ジャベリャ。
遺跡の崩落に巻き込まれる訳もなく、ジャベリャはオーズの後を追ってきたのだ。オーズの持つコアメダルを手に入れるために。
「坂島さん! クァンを連れて、他の皆と一緒に離れていてください!」
オーズの血相を変えた言葉に、坂島は呆気にとられながら頷いた。
「……ああ、わかった」
坂島は瞬時に理解した。
あの鳥の怪人がキャンプ地を襲った犯人であり、オーズが今ここでそいつと戦おうとしていることを。
坂島はクァンを抱き上げると、動ける研究員たちに退去するよう指示を出しながらその場を離れた。
研究員たちも坂島の言葉をすぐに理解し、負傷者を連れて木陰の中に身を隠した。
荒れ果てたキャンプ地に残ったのはオーズとジャベリャの2人だけ。
オーズは両腕をウナギのようにくねらせた独自の構えを取ると、眼前のジャベリャ目掛けて走り出した。
両足のタコレッグで地面を踏み込み、真正面から攻撃を仕掛ける。
ジャベリャの炎を纏った拳を柔軟な動きでかわしながら、オーズは掌底を叩き込んだ。
その衝撃で若干後退するジャベリャ。だが怯みはせず、負けじと反撃を仕掛ける。
腕の一振りで放たれた炎のカッターがオーズの身体を真っ二つに切断した。
上半身と下半身に切り離されるオーズの身体。しかし刹那に、それらは液状化してジャベリャの背後に回りこんだ。
ジャベリャの後ろで1つに戻り、実体化すると同時に両腕のウナギウィップが振り下ろされる。
オーズ・シャウタコンボの両腕――ウナギアームには電気を帯びた鞭状の武器ウナギウィップが装備されている。
両手に握り締めた2本のウナギウィップを叩きつけられたジャベリャは感電し、一瞬動きを鈍らせる。
その隙にオーズはオースキャナーを手に取り、ドライバーにはめ込まれた3枚のコアメダルをスキャンした。
『スキャニングチャージ!』
次の瞬間、オーズの足元から勢いよく水が噴出し、オーズを上空に舞い上げた。
「はぁあああ……! せいやぁあああああ!!」
空中で8本に展開したタコレッグをドリル状に束ね、高速回転しながら急降下する。
強力なドリルキックが今まさにジャベリャに直撃しようとしていた。
しかしその時、突然、横から飛んで来た1発のエネルギー弾が、必殺技を発動中のオーズの身体に直撃した。
コンボ維持による体力消耗と、坂島とクァンを庇った時に浴びた炎によるダメージもあり、威力が半減していたオーズのオクトパニッシュは容易に妨害され、弾き飛ばされてしまった。
空中でバランスを崩し、地面に叩きつけられるオーズ。
何とか顔を上げて、エネルギー弾が飛んで来た方向に視線を向けると、その眼に映りこんだのは2人のグリード――メズールとガメルだった。
クァンの村で撒いたはずの2人が、いつの間にかキャンプ地まで追いついてきたのだ。
よく見ると、メズールの隣に立っているガメルの左腕の砲口から煙が出ている。
必殺技を妨害したのは、ガメルが放った砲弾に違いない。
「やっと見つけたわよ、オーズの坊や!」
「オーズ! 今度こそ倒す!」
再会して早々、メズールとガメルは敵意をむき出しにしていた。
謎の火球の直撃を受けて焼け潰れたガメルの両目はすっかり元通りに治っている。
さすがはグリードと言ったところか。セルメダルさえあれば、奴らは簡単に回復できる。
ジャベリャは2人のグリードのそばに歩み寄ると、呆れた口調で言い放った。
「おいおい! しっかり仕事をしてくれよぉ! じゃねえとてめぇらをレンタルした意味がねえだろうが!」
「すみません、マスター。今度はしっかりと任務を遂行しますので」
オーズにとって、それは信じられない光景だった。
あのメズールとガメルが、鳥の怪人に向かってペコペコと頭を下げている。
プライドの高いメズールと自由気ままなガメルが誰かに従順になるなんて、かつての戦いの中ではありえなかったことだ。
思わぬ出来事に言葉を失うオーズだったが、ふと我に返ると、眼前の状況に改めて戦慄した。
鳥の怪人――ジャベリャとメズールとガメル。見た限り、どうやらこの3人は手を組んでいるらしい。
つまりそれは、戦況が3対1ということを意味している。
「くっ……これはちょっと、まずいな……」
オーズは考えた。
体力の限界も近い。このままではコンボ形態が維持できなくなり、変身が解除されるのも時間の問題だろう。
ならばこの状況を打破する道は――。
1つはシャウタコンボを解いて亜種形態、もしくは負担の少ないタトバコンボになって、持久戦に持ち込むか逃走を狙うか。
もう1つは、一か八かの賭けだ。残った体力を全て犠牲にして、最大50人の分身を可能にするガタキリバコンボか最強の未来のコアメダルを使って突破口を開くか。
どちらを選んでも助かる可能性は低いだろう。
亜種形態やタトバコンボの戦闘力では、どうしたって3人を同時に相手にすることはできない。逃走を図るにしても、近くにはまだ坂島やクァン、負傷した研究員たちがいる。彼らを置いて逃げるわけにはいかない。
切り札であるガタキリバコンボや未来のコアメダルを使うにしても、正直なところ、使うための体力に自信があるとは到底思えなかった。
「こんな時に、アンクがいてくれればな……」
絶体絶命の中、オーズは思わず弱音を呟いた。
判断に迷っていると、ジャベリャが先制攻撃を仕掛けてきた。
掌を広げ、高熱の火球を発射する。
オーズは咄嗟に水流を飛ばし、火球の相殺を試みた。
しかし、
「!? 駄目か!」
相殺するどころか、火球はオーズの水流を瞬く間に蒸発させ、その勢いを衰えさせることなくオーズの胸に直撃した。
「ぐはぁあああああ……」
火球の爆発に飲み込まれたオーズは背後に大きく吹き飛んだ。
その際、オーズドライバーから弾け飛んだ3枚のコアメダルが空中に放り出された。
落下してくるそれを、ジャベリャは片手で掴み取った。
「シャチにウナギにタコ、まずは3枚、頂いたぜ!」
「私も、実は2枚持っていますの。どうぞ受け取ってください」
そう言って、メズールがライオンとチーターのコアメダルをジャベリャに差し出した。
「ほう、これで5枚か。悪くないペースかもな。……んじゃ、残りもさっさともらおうか!」
メズールとガメル、そしてジャベリャが肩を並べて歩み寄ってくる。
シャウタコンボに必要なコアメダルを全て奪われ、変身が強制解除してしまった映司には成す術がなかった。
再変身しようにも、相手がそんな隙を与えてくれるわけがない。
逃げようにも、生身の脚ではすぐに追いつかれてしまうのが関の山だ。
完全に万事休すだった。
できることといえば、ゆっくりと近づいてくる敵の手から、少しでも長く逃げ延びるために後退りすることだけ。
3体の怪人たちは映司の息の根を止めるべく、突き出したそれぞれの手に力を集中させた。
ジャベリャの手が炎に包まれて真っ赤に輝いている。
メズールの手に水の粒が集まり、水滴が滴っている。
ガメルの手に装備された大砲にエネルギーが溜まり、砲口から光が漏れている。
それらは今まさに、映司目掛けて解き放たれようとしていた。
どの攻撃もきっと協力で、生身の姿で喰らえばひとたまりもないだろう。
緊迫した状況の中、映司の頬から汗が伝う。
まるでそれが合図だったかのように、次の瞬間、3体の怪人たちから容赦のない一撃が放たれた。
刹那に攻撃から眼を背けた映司は、心の中で友の名を叫んだ。
それはまるで助けを求めるかのように。
(アンクッ……!)
その時だった。
突如、巨大な爆発音が鳴り響き、映司の眼前に凄まじい火柱が立ち上ったのだ。
火柱は映司を守る壁となり、向かって来る3つの攻撃をことごとく防いだ。
攻撃が自分に届かないことに疑問を感じた映司は、恐る恐る視線を戻すと、目の前に立ち塞がる真っ赤な火柱に思わず眼を見開いた。
驚いているのはジャベリャたちも同じだった。
その表情は驚きに加え、攻撃を阻害されたことによる苛立ちも混じっていた。
映司や3人の怪人たちが見守る中、注目の的となっていた火柱は徐々に勢いを失い、やがて完全に消失した。
そして、消えた火柱の中から1人の男が姿を現した。
その男は金色の風変わりな髪型と赤い異形の右腕が特徴的で、背中には鳥のような巨大な両翼が生えていた。
男の後姿を目の当たりにした瞬間、映司はとてつもない衝撃に襲われた。
それは遺跡の中でジャベリャの後姿を見た時とは全然違う、もっと大きく確信的なものだった。
かつて、あの後姿を眼に焼き付けた。
あの翼で空を舞い、あの翼で戦う姿を。
そして――あの右腕。
あの右腕に出会い、全てが始まった。
あの右腕に力を授けてもらい、あの右腕に助けてもらった。
たまに対立することもあったけれど、それでも最後まで一緒に戦い抜いた。
戦いが終わり、1度別れることになったけど、いつかまた会うことを約束した。あの右腕と。
「アンク……なのか?」
映司は男の背中に声を掛けた。
再会を誓った友の姿が確かに今、目の前にいる。
あの時から何も変わらない友の姿。刑事――泉 信吾の姿を借りたあの姿。
背中の両翼が粒子となって消え、男は映司の声にゆっくりと振り向くと、フッと笑みを浮かべて口を開いた。
「何処にいても、お前はお前だな。映司」
その言葉を聞いた瞬間、映司の確信は絶対的なものとなった。
「アンク! 本当にお前なんだな!」
喜びのあまり、声を大にして叫ぶ映司。
「でも、どうしてここに? っていうかどうやって?」
「……そんなこと、今はどうでもいいだろ」
映司の問いを、アンクは冷たくあしらう。
「いや、どうでもよくないって! やっぱり気になるって!」
「バカか? 状況をよく見ろ! お前今、死ぬところだっただろうが!」
「……あ。そうだった。お前のせいで忘れてた」
「俺のせいにするな!」
今度は声を荒げるアンク。
久しぶりの相棒とのやり取りに、映司の顔も思わずほころびる。
が、そんな2人の空気を壊すかのように、ジャベリャが口を挟んできた。
「てめぇ……、たしかグリードの1人だったよな! 勝手に割り込みやがって……! 邪魔すんじゃねえ!」
「ああ? 知るかそんなこと! お前らこそ目障りだ! 失せろ!」
ジャベリャの威圧的な態度に、アンクは負けじと言葉を返す。
「チッ! 癇に障る野郎だな! まずはてめぇを始末してやるよ!」
激昂したジャベリャは、アンク目掛けて火球を放った。
すかさず攻撃を回避したアンクは、異形の右手から3枚のコアメダルを取り出した。
「映司! こいつを使え!」
そう叫びながら、3枚のコアメダルを映司に投げ渡す。
しかしそれは、映司にとってはどれも見たこともないメダルだった。
紫色のメダル――ムカデ。黄色のメダル――ハチ。 黒色のメダル――アリ。
「アンク、これって……」
「いいから使え! じゃないとここで死ぬぞ!」
アンクに半ば強制されるまま、映司は受け取った3枚のコアメダルをオーズドライバーに装填した。
オースキャナーを握り締め、勢いよく振り下ろしてメダルをスキャンさせる。
「変身!!」
次の瞬間、ドライバーから鳴り響くメロディーと共に、出現したメダル状のオーラが映司の周囲を駆け巡る。
『ムカデ! ハチ! アリ! ムカチリー! チリッチリッ! ムカチリー! チリッチリッ!』
メダル状のオーラを身に纏った映司は、新たなコンボ形態へと姿を変えた。
仮面ライダーオーズ・ムカチリコンボ。それは映司にとっては未知の変身だった。
ムカデを模した紫の頭部にスズメバチの特徴を持った両腕、さらに下半身にはアリの力が宿っている。
「ムカデにハチにアリって……。ねえアンク、これってガタキリバと同じ虫のコンボだろ!? 一体どうやって使えば……」
初めてのコンボ形態に戸惑うオーズ。
だがそうしている間に、ジャベリャが再び攻撃を仕掛けてきた。
燃え上がる手から真っ赤な火球が容赦なく撃ち出される。
「おい映司! 前を見ろ! 来るぞ!」
アンクに促され、オーズは慌てて視線を敵に戻す。
迫り来る火球を前に、オーズは左腕に装備されたハチの巣型――ハニカム構造の盾を前に突き出した。
その瞬間、火球は直撃し爆発。オーズの姿が黒煙に包まれた。
攻撃が命中したことを喜ぶように、ジャベリャは笑みを浮かべる。
しかし黒煙が晴れると、現れたのはオーズの無傷の姿。
ハチの巣型の盾が火球を防御したことで、オーズにダメージが及ぶことはなかった。
「映司! そいつは毒の力を持ったコンボだ! 上手く使って奴らを倒せ!」
「簡単に言うなよ、アンク! それにしても毒って……、なんかあんまり良い気がしないけど、この際仕方ないか……」
オーズはいつもどおりメダルの力に身を委ねることにした。
そう。いつだってそうだった。
どんな初めての力だって、その使い方、戦い方はメダルが教えてくれる。
自分はただ、全身に伝わるメダルの声に従えば良いだけ。
それに今は時間がない。体力の限界も近いし、後どれぐらい変身を維持できるかもわからない。速攻でケリをつける必要がある。
オーズはグッと身体に力を込めると、眼前の3人の怪人目掛けて走り出した。
「チッ……! おいっ! 一斉に仕掛けっぞ! 撃てぇ!」
ジャベリャはメズールとガメルに指示を出した。
3人は同時に攻撃を放ち、オーズの接近を迎え撃つ。
ジャベリャが火球を連射し、メズールが水流を放出、ガメルが大砲で射撃する。
1度に纏めて飛来してくる敵の攻撃に、オーズは一瞬足を止めようとするが、するとその時、ムカデヘッドの両目がキラリと光った。
その瞬間、オーズの視界に飛び込んできたのは、敵の攻撃を安全に回避するのに最適な道筋だった。
何処をどう走れば敵の攻撃に当たらずに済むのか、今のオーズにはそれが全部わかっていた。
オーズは足を止めることなく走り続ける。
それどころか、さらに加速して俊敏な動きで攻撃と攻撃の間を掻い潜っていく。
無駄がなく、キレのある動きを負担なく発揮できるのはアリレッグの力だ。
敵の攻撃を全て回避し、怪人たちの懐に潜り込んだオーズは、すかさず反撃を仕掛けた。
メズールとガメルにその姿を捉えられるよりも先に、2発のキックを連続で打ち込む。
まず、1発目で身の軽いメズールを蹴り飛ばし、直後の2発目でガメルのバランスを崩して転倒させた。
「やってくれるわね!」
体勢を立て直したメズールがすかさず水流を飛ばす。
それを盾で防御したオーズは、すぐにメズールの視界から姿を晦ました。
「何処行ったの!?」
辺りをキョロキョロと見回すメズールだったが、その間に、オーズは己の気配を既に別の場所に移していた。
そのことにいち早く気がついたのはジャベリャだった。
背後に違和感を感じたジャベリャは、振り向き様に炎の鉄拳を振り下ろした。しかし、
「なにっ!? いねぇ……」
オーズの気配を確かに背中で感じ、そこにいると思って振るった拳だったが、残念ながらその攻撃は空振りに終わった。
ならば一体何処に?
メズール同様、辺りを見回すジャベリャだったが、次の瞬間、少し離れた所からベルトのスキャン音が聞こえてきた。
『スキャニングチャージ!』
メズールとガメル、そしてジャベリャが一斉にオーズドライバーの音声が聞こえてきた方向に視線を向けた。
そこにいたのは、既に必殺技を放てる状態でいるオーズ・ムカチリコンボの姿だった。
ムカチリコンボの頭部であるムカデヘッドには、死角を捉える能力がある。
いかなる状況でも、敵の手が届かない安全な場所を常に割り出すことができる。
そしてそんな安全地帯を、正確な移動と気配を殺すことができるアリレッグの力で誰にも悟られぬように渡り歩けるのだ。
3人の怪人たちの敵意を見事にすり抜けたオーズは、最後の1撃に全てを賭ける。
ジャベリャが鋭い視線で警戒する中、オーズは左腕のハチの巣型の盾から黄色い半透明の液体を放出した。
それは飛び散るように宙を舞い、ジャベリャたち3人の怪人の両足に付着した。
「ちょっと! なによこれ!?」
「メズールぅ~! 動けないよぉ~」
黄色い半透明の液体には強い粘り気があり、怪人たちの動きを完全に封じ込めた。
「甘い匂いがするけど、なんだこれ……」
技を出したオーズ自身も、その正体が何なのかわからず首を傾げる。
するとアンクが、
「映司! そいつはハチミツだ!」
真顔で教えてくれた。
「舐めた真似しやがって……!」
動きを制限され、怒り心頭のジャベリャは、全身の体温を上昇させて両足を拘束するハチミツを溶かそうと試みる。
そうはさせまいと、オーズはアリレッグに力を集中させて駆け出した。
怪人たちの視界から姿を消し、足音を殺して駆け抜ける。そして、背後に回りこんだオーズは次の瞬間、
「はあ! やあっ! せいやぁあああああ!!!」
相手に捕捉されるよりも先に、すれ違い様に右腕のスズメバチを模した毒針を突き刺した。
悟られることもなく、3人の怪人たちに連続で毒を注入したのだ。
オーズが足を止めた時、ようやく怪人たちは自分たちの身体に異変が起きていることを自覚する。
突然激しいめまいに襲われたジャベリャは、身体中の力が抜け落ちるように片膝を地面に付ける。
「俺の炎が……消える……」
全身から放出していた炎が勢いを失い、上昇させていた体温が見る見る下がっていく。
「メズールぅ~……、オレ、なんか変……」
「私もよ……。私の身体が……崩れる……」
グリードの2人の異変はさらに深刻だった。
全身に毒が回ったことで身体の維持が困難になり、肉体を構成するセルメダルがボロボロと崩れ落ちていく。
既にメズールの左腕の半分は原形を失い、完全に手の役割を失っていた。
「メズールの手がぁ~……」
大切なメズールの心配をするガメル。しかし、そう言う自分の身体も、地面を叩くメダルの音と共に崩壊しかけていた。
「チッ……。奴ら、毒のせいでコアの“果実”が腐りやがったか……。仕方ねえ……。ここは一旦引くか……」
撤退を決断したジャベリャは、今出せる全力の炎を掌に集中させ、オーズ目掛けて放り投げた。
放たれた火球はオーズの足元で爆発。視界を遮る砂埃を飛び散らせ、その隙に2人のグリードたちと共にその場を後にした。
視界が晴れた頃には、既に怪人たちの姿は消えていた。
「逃げたのか……」
辺りを見回しながら、オーズは変身を解除した。
体力的にも、これ以上変身を維持するのは限界だった。
疲弊しきった映司の元に、アンクが不機嫌そうな表情で歩み寄ってきた。
「今のコンボの技、本当だったら命中すれば1発で相手の息の根を止められたはずなんだがな……。どうやら仕留めるには、お前の体力が足りなかったみたいだな」
「そうなの? ゴメン……。でもとりあえずは、なんとかなったって感じかな……。アンクのおかげだよ。ありがとう……」
そう言った映司の手には、1枚のメダルが握られていた。
「なんだそれは?」
「これ? 戦利品……みたいなものかな……。俺も結構メダル取られちゃったけど、取られるだけの俺じゃないってことさ……」
それは遺跡の奥に眠っていたメダル――遺跡の中でジャベリャに奪われたはずの黒いメダルだった。
☆
タイの首都、バンコク。
スワンナプーム国際空港に航空機が1機到着した。
搭乗していた沢山の乗客がボーディングブリッジを渡り、ゲートを通り抜けて散り散りになっていく。
そんな人混みの中を、小さな旅行バッグを背負った1人の女性が歩いていく。
年齢は20歳。迷彩柄のノースリーブのシャツに同じく迷彩柄のショートパンツという活発的な服装に、髪型はかつての印象的だった長い黒髪をバッサリと短くしたショートボブ。
使命感に満ちた表情で歩を進める女性の右手中指には、掌の絵が刻まれた魔法石の指輪がはめ込まれていた。
―Count the medals―
仮面ライダーオーズ
ライオン、チーター、シャチ、ウナギ、タコのコアメダルを消失。
ラトラーターコンボ、シャウタコンボ変身不能。
新たにムカデ、ハチ、アリのコアメダルを獲得。
ムカチリコンボに変身可能。