仮面ライダー 鎧武&オーズfeat.ライダーズ ~暁の鎧~   作:裕ーKI

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第六話 鎧武の章:夕焼けを舞う! 鎧武・華 カキアームズ!

 2人のアーマードライダー――鎧武・華とマリカver2の力でネオ・オーバーロードのメメデュンは倒された。

 その日の夜。時間は午後11時を過ぎていた。

 沢芽市内のとあるコンビニエンスストアの前に、3人の女子高校生が(たむろ)していた。

 彼女たちはいずれも制服姿だが、派手なメイクとカラフルなアクセサリーで存分に存在感をアピールしている。

 時間帯を考慮すると明らかに場違い感が強いが、彼女たちに門限というものは存在しなかった。

 現に今も、間もなく日付が変わろうというのに未だに制服姿であることが、1度も自宅に帰宅していない証である。

 スカート姿だというのに、下着が見えようともお構いなしに胡坐で地べたに座り込むあたり、誰が見ても彼女たちが不良であることは明らかだ。

 コンビニの入り口を遮るように座り、談笑に浸る彼女たちは、店側にとっても客側にとってもこの上なく迷惑な存在であり、店内の店員もコンビニの利用を考えていた街行く人たちも、皆が揃って不快な表情を浮かべていた。

 するとそこへ、

 

「おいっ! 邪魔だよ、ガキ共! そこ退けよ!」

 

 コンビニに入店しようと、1人の中年サラリーマンが女子高校生たちの前で足を止めた。

 その表情は1日中働きづめで疲れきっていたことも相俟ってイライラに満ち溢れていた。

 眼前に佇む男の存在に気づいた女子高校生たちは、一瞬だけ男をチラ見すると、何事もなかったように談笑を続けた。

 完全に無視を決め込む3人の女子高校生。

 当然、中年サラリーマンの怒りのボルテージは上がり、その形相はより一層険しくなる。

 

「ああぁ!? なんだよその態度は!? ガキがあんまり調子に乗るなよ! 周りが迷惑してんのがわかんねえのか!」

 

 すると女子高校生の1人――アオイがスッと立ち上がり、男の顔に唾を吐きかけた。

 

「さっきからガキガキうっせえよ、脂臭えオヤジが! ってか何? 新手のナンパか何か? それとも痴漢で訴えてほしいの?」

「何言ってんだ小娘が! いいからさっさと家に帰れって言ってんだよ!」

「は? なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけない訳? っていうかウザいしキモいよ、おっさん! だいたいさ、調子乗ってんのはそっちでしょ? あんまなめてるとぶっ殺すよ?」

「上等だ! やれるもんならやってみろよ! お前ら子供に何ができるってんだ!」

 

 激昂した中年サラリーマンは思わず声を荒げ、勢い余ってアオイの胸倉を掴んだ。

 それにキレたアオイは男の手を払いのけると、制服のポケットから小瓶を1つ取り出した。

 小瓶の蓋を開け、中の液体を一気に飲み干すと、アオイの姿は全身から生い茂った植物に覆われ、ハチの特徴を持った理性ある中華風インベス――ゲンホウインベス・レゾンへと変貌を遂げた。

 

「か……怪物……!」

 

 その驚きの光景に、中年サラリーマンの表情は一変、怯えた様子で後退りしていく。

 

「ジジイてめえ……、汚え手でセクハラしやがって……! さっさと死ねよ!」

 

 次の瞬間、ゲンホウインベス・レゾンの右腕から射出された巨大な針が、中年サラリーマンの顔面を貫いた。

 一瞬にして眼も鼻も口も消し飛んだ男の顔面は、大きな風穴に塗りつぶされた。

 頭部の前と後ろから大量の血液を垂れ流しながら、中年サラリーマンだったものは電池の切れた玩具のようにバタリと倒れこんだ。

 

「あ~あ、殺っちゃった! どうせ殺すなら、ゲロ吐くまで痛めつけて遊べばよかったのにぃ! アオイはホントこらえ性がないよね!」

 

 血に塗れて沈黙した男の無残な姿を眺めるゲンホウインベス・レゾンの背後から、様子を見ていた仲間の女子高校生――シラが声を掛けてきた。

 

「うっさいよ! 目障りだったんだよ、コイツ。唾も飛ぶし息も臭えし……」

「でも……ちょっとやりすぎじゃない? いろんな人に見られてるよ……」

 

 そう言って、他の2人に比べてオドオドしているのは、同じく女子高校生のルキだ。

 彼女の言葉通り、周りを見回すと複数の通行人たちの視線が一点に集まっていた。

 さらに遠くからパトカーのサイレン音も聞こえてくる。恐らくはコンビニ内の店員が警察に通報したのだろう。

 徐々に周囲が騒がしくなっていく。

 

「何だかうっとおしくなってきたね」

「いや、原因はアンタだから! 面倒に巻き込まれるのはゴメンだし、さっさと逃げようよ!」

 

 まるで他人事のように言うゲンホウインベス・レゾンに向かって、漫才師のように突っ込むシラ。

 

「ああ、そうだね! 行くよ、ルキ! モタモタするんじゃないよ!」

「う、うん! わかってる!」

 

 

 

 通報を受けた警察が現場に到着した頃には、既に3人の女子高校生たちの姿はなかった。

 現場には血に塗れた顔なし死体と3本の空の小瓶だけ残されていた。

 困惑する警察官たちを余所に、上空からはブゥーンという飛び去るハチの羽音が鳴り響いていた。

 

 

 ☆

 

 

 次の日の朝。

 シグレは清潔感のある真っ白いベッドの上で目を覚ました。

 ゆっくりと上半身を起こし、眠たい眼を擦りながら辺りを見回すと、そこは1人で利用するには充分過ぎるほどの広さの洋室の中だった。

 机に椅子、テレビにソファーに冷蔵庫、そしてベッドと同じく真っ白いカーテンに閉じられた大きな窓。快適に過ごすために必要なものは全て揃っていた。

 しかし、武神の世界――戦極時代で生きてきたシグレにとって、それは初めて見る不思議なものばかりだった。

 ベッドもテレビも冷蔵庫も、武神の世界にはなかったもの。だが、かと思えば、武器や車やバイクのようにこの世界と同じく存在するものもある。

 こうして見ると、自分たちが生きてきた世界は、随分と文化がチグハグしていると実感させられる。

 シグレは思わず苦笑を浮かべながら、慣れない床に素足をつけた。

 窓の前まで歩き、カーテンを開くと朝日が差し込んだ。

 眩しくて一瞬眼を背けたが、すぐに窓の向こうの景色が視界に飛び込んできた。

 外の風景は広大だった。

 巨大な建造物が無数に立ち並び、その隙間を沢山の車がアリの行列のように走っている。

 殺伐としていた自分たちの世界とは大違いだった。

 世界が違うと、景色もこんなにも変わるものなのかと、シグレは圧倒された。

 扉を開けて寝室を出ると、そこにはさらに大きな部屋が広がっていた。

 寝室に置かれていたものよりも倍ほどに大きく高級感が漂うソファーや、巨大な液晶テレビが設置され、奥にはキッチンまである。

 まるで高級ホテルのスイートルームのようなリビングに言葉を失うシグレ。

 しかし、そのだだっ広い部屋の中に人の気配が全くないことに、シグレはすぐに気がついた。

 ここは桐河羽月が所有する研究所の居住スペースの一室だ。

 研究に協力することを条件に、羽月が提供してくれたシグレとランマルの住居なのだが、共に寝泊りしているはずのランマルの姿が見当たらないのだ。

 武神の世界では武神オーズ軍の武将を務めていたランマルは、普段の生活では誰よりも早起きで、常に朝の鍛錬を怠らない人間だった。

 ひょっとしたらもうとっくに起床して、鍛錬しに外へ出かけたのかも。そう思いながらも、シグレはランマルの寝室の扉をノックした。

 

「ラン姉? いる?」

 

 扉越しに声を掛けるも返事はない。

 シグレは恐る恐る扉を開き、部屋の中を覗いてみた。

 顔だけを扉の隙間に潜り込ませ、キョロキョロと見回してみる。

 ランマルの部屋も、シグレが利用していた部屋と全く同じ構造になっており、ベッドやその他の家具の配置も一緒だった。

 部屋の中央に置かれたベッドの上に視線を向けると、大きく盛り上がった掛け布団が時々モゾモゾと動いている。

 耳を澄ましてみると、スースーと小さな寝息も聞こえてくる。

 それがランマルのものだとわかると、シグレは扉を完全に開き、部屋の中に足を踏み入れた。

 

「ラン姉? 寝てるの?」

 

 ベッドの前に歩み寄ったシグレは、ゆっくりとしゃがみ込み、ランマルの寝顔を覗き込んだ。

 フカフカの枕に沈み込んだ厳しくも優しい師匠の顔は、普段の様子からは想像できないほどに幸せそうだった。

 

「へぇー、こんな顔もするんだ……」

 

 彼女が未だに眠っていることには驚きだったが、滅多に見られない師匠の寝顔を目撃できたことに、シグレは少しだけ得をした気分になった。

 暫くすると、ようやくシグレの気配を感じ取ったランマルがゆっくりと目を覚ました。

 

「ん……んん……。なんだ、シグレか……」

「おはよう、ラン姉。目が覚めた?」

 

 シグレの笑顔をボーっと眺めていたランマルは、意識が完全に覚醒した途端、慌ててハッと飛び起きた。

 

「シグレ!? すまん、もう朝か!?」

「うん、外は良い天気だよ。でも珍しいね、ラン姉が寝坊するなんて」

「ああ、すまない。別の世界に来て、少し気が抜けていたようだ……。いかんな。こういう時だからこそ、もっと気を引き締めなければいけないのに」

「たまには良いんじゃない? ラン姉はいつも頑張ってるんだし」

「いや、そうはいかない。この世界でも、やるべきことはあるからな。ちょっと湯を浴びて気持ちを切り替えてくる。そうしたら一緒に羽月の所に行こう!」

 

 ランマルはそう言うと、部屋を出て浴室へと向かった。

 

 

 

 脱衣所で寝汗を吸ったパジャマを脱ぎ捨てたランマルは、熱いシャワーの中で自分の身体に違和感を感じていた。

 見つめる掌は小刻みに震え、両膝からは全力疾走をした直後のような疲労感を感じる。僅かだがズキズキと頭も痛む。

 

「これは……まさか……」

 

 ランマルの脳裏に浮かんだのは、昨日の戦いの中で使ったゲネシスドライバーとプラムエナジーロックシード、そして自分が変身したアーマードライダーマリカver.2の姿だった。

 

 

 

 身支度を終えたランマルとシグレは、桐河羽月が待つ書斎へと向かうために研究所の廊下を歩いていた。

 ランマルは紫のタンクトップに黒のレザージャケットとレザーパンツ、シグレは白いシャツに青のトラックジャケットとジーパンという格好だ。

 それらの服装は2人に合わせて新たに用意されたものであり、洗濯に出された元の服の代わりでもある。

 ちなみに元の世界から持ってきていた武器――ランマルの2丁拳銃とシグレの刀は、羽月に没収されてしまっている。

 彼女曰く、「君たちの武器はこの世界の日常ではルール違反。今後はドライバーとロックシードが、君たちの刀であり銃だから」とのこと。

 特殊な鎧と武器を生み出すベルトと錠前ならルールに反してはいないのか? そんな疑問が脳裏を過りながらも、2人は言われるがままに所持していた武器を手放した。

 別世界の慣れない格好に、ランマルもシグレも違和感を感じずにはいられなかったが、この世界に溶け込むためには仕方がないと腹を括った。

 書斎の前に辿り着くと、ランマルが扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 扉の向こうから羽月の声が聞こえてくる。

 2人は扉を開き、書斎の中に足を踏み入れた。

 部屋の中には薄白い煙が充満しており、嫌な臭いが2人の嗅覚を刺激した。

 

「おはよう、2人とも。昨日は良く眠れたかしら?」

 

 書斎の奥に目を向けると、デスクに座った羽月が笑顔で出迎えているが、よく見るとその手の2本指には火のついたタバコがしっかりと挟み込まれていた。

 モクモクと煙を立ち上らせるタバコを見て、この臭いの原因はそれかと、ランマルは納得した。

 

「ああ……ごめんなさい、今消すわね」

 

 ランマルの不快な視線に気づいた羽月は、慌ててタバコの火を消す。

 大げさな咳払いをして仕切りなおすと、改めて2人に笑顔を向けた。

 

「それで2人とも、昨日の夜はどうだったかしら?」

「はい。おかげさまで、良く眠れました」

「悪くはなかったよ」

 

 羽月の質問に、シグレとランマルは淡々と答える。

 

「そう、それは良かった。ところで、今日のことなんだけど……」

「ああ。私たちは何をすればいい?」

「実は1件、事件の報告を受けているの」

「ネオ・オーバーロード絡みか?」

「それはまだわからない。でも、ヘルジュースが絡んでいるのは間違いないわ。事件があった現場から、これが回収されているから」

 

 そう言って羽月が見せたのは、透明なビニール袋の中に入れられた1本の空の小瓶だった。

 

「それって、人間を怪物に変える……」

「ええ、ヘルジュースが入っていた小瓶よ。事件があったのは昨晩。現場ではこの小瓶が3本発見されたそうよ」

「3本……。使用者はわかるのか?」

 

 ランマルが尋ねると、羽月はコクリと頷いた。

 

「目撃者の証言によると、使用したのは3人の女子高校生たち。シグレくんと大して変わらない年頃の女の子たちよ。確認したところ、確かにマスターインテリジェントシステムにも、彼女たちがヘルジュースを使用する様子が記録されていたわ。彼女たちはインベスの力で、男性を1人殺害している」

「殺害? なんだ、この世界の人間は、簡単には人の命を奪わないんじゃなかったのか?」

「残念ながら、そうじゃない人間もいるのよ。何処の国にも、何処の世界にも……。もしくは、ヘルジュースの影響を受けているかね」

「どういうことですか?」

 

 羽月の説明に、シグレは首を傾げる。

 

「前にも言ったでしょ、ヘルジュースは人間の凶暴性に作用すると。あの飲み物は、人の心の内に秘めている凶暴性を増幅させる力があるの。その気持ちがどんなに小さくても、ヘルジュースを飲み続けるほどに次第に大きくなっていく。そして最後には、人間としての自覚を忘れ、完全な怪物へと変貌する」

 

 羽月の言葉を聞いたシグレとランマルは、昨日の巨大ライオンインベス――曽野村のことを思い出す。

 元チームレッドホットのリーダー、曽野村。ヘルジュースに依存していた彼は、アーマードライダーとの戦いの末、ヘルジュースの過剰摂取により人の形を失った。完全な獣、巨大なインベスとなり、その生涯に幕を閉じた。

 

「なるほど。あれはそういうことだったのか……」

 

 ランマルは何かが腑に落ちたかのように微かに頷いた。

 

「それで? 僕たちがやることは、その女の子たちを捕まえること?」

「ええ、その通り。だけど、まあ……、彼女たちの捜索の方は私に任せておいて。2人にはそれよりも、まずはこの世界のことをもっと知ってもらわないとね」

「どういうことだ?」

「言葉通りよ。戦うことも大事だけど、守るべきもののことを知るのも大事なことでしょ? この世界のこと、この沢芽市という街のこと、この街に住んでいる人たちのこと、見て回って触れ合って、確かめてきてちょうだい。それがあなたたちの最初の任務よ」

 

 てっきりターゲットである女子高校生たちを、血眼になって捜さなければならないかと思った矢先に、羽月の口から告げられた指令は意外なものだった。

 あまりにも意外すぎて拍子抜けだ。シグレとランマルは期待を裏切られたような気持ちになった。

 

「でも……いいんですか? それで」

「大丈夫よ。そもそも、この世界に来たばかりのあなたたちが、土地勘のないこの街中をいきなり探し回るのは、ちょっと無茶な話でしょ? だから今回は特別。あなたたち2人には、少しでも早くこの世界、この街に慣れてもらわないと」

「……お前の言いたいことはわかったよ。確かに今の私たちでは、色々と効率が悪いだろうしな。お前の言うとおりにするよ。だが――」

「わかってる。標的を見つけ次第、2人にはすぐに知らせるから。そのためにも……これ」

 

 そう言って、羽月は引き出しからスマートフォンを2台取り出し、シグレとランマルに投げ渡した。

 

「なんですか? これ」

 

 シグレは初めて目にする小型の機械を興味深そうに眺める。

 

「この世界で使われている通信機よ。それでお互い連絡を取り合えるわ。詳しい使い方は追々教えるけど、とりあえず、標的を発見したらそれに連絡が入るってことだけ覚えておいて」

「ああ」

「わかりました」

 

 

 

 

 羽月の説明が一通り終わり、書斎を後にしたシグレとランマルは、再び廊下を歩きながらこれからのことを話し合っていた。

 

「まずはこの世界と街に慣れろ、か。そう言われても、なんか困るなぁ~」

 

 耳の後ろをポリポリと掻きながら、シグレは困惑した表情を浮かべる。

 

「なんだ? あの女の言うことが不服か?」

 

 シグレの困った顔が面白いのか、ランマルは笑いながら質問を投げかけた。

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど、何をすれば良いのかわからなくて……」

「まあ無理はないけどな。だが、桐河羽月の言っていることは尤もだ。知識が足りないということは、どんな状況でも不利にしかならないからな。……とりあえず、お前のやりたいことをやってみたらどうだ? 私も自分のやりたいことをやってみる」

「ラン姉のやりたいことって?」

「んー……まずは、書物でも漁ってみるか。この世界の歴史や文化、常識を知ることから始めてみるよ。シグレはどうする?」

「僕は……え~っと……人に、会ってこようかな」

「人?」

「うん。昨日、一緒に戦ってくれた人たち。なんて言ったっけ? ……呉島……光実くん、とか、ザックくん……だったかな。まだお礼も言ってなかったし」

「そうか。そうだな、人との触れ合いで得られるものも必ずある。会ってくると良い」

「ありがとう。ひょっとしたら、昨日行ったガレージにいるかもしれない。まずはそこを訪ねてみるよ」

「ああ。気をつけてな」

 

 こうして2人は別行動を取ることにした。

 ランマルは書物を閲覧するために図書館へ、シグレはビートライダーズに会うためにチーム鎧武のガレージへ向かった。

 

 

 ☆

 

 

 昨日の記憶とタカカンドロイドの道案内を手がかりに、シグレはチーム鎧武が拠点にしている赤レンガ倉庫に辿り着いた。

 建物からは微かだがノリの良い音楽が聴こえてくる。

 シグレはガレージに通じる外付けの階段を上り、恐る恐る扉を開けた。

 すると微かに聴こえていた音楽が途端に大音量になり、驚いたシグレは思わずビクッと両肩を竦めた。

 ヒップホップ系の音楽に混ざって聴こえてくるのは複数の若い男女の声。息を合わせるために、リズムに乗せて掛け声を出し合っている。

 シグレがゆっくりとガレージの中に入っていくと、目に留まったのはダンスに熱心になっている若者たちの姿だった。

 人数は7人ほどで、その殆どは青を基調とした衣装を身に纏っている。

 暫くの間、シグレは彼らのダンスに見惚れていた。自分がいることにも気づかないほどに夢中になっている彼らの姿に。

 やがて音楽が鳴り止むと同時に、若者たちは一斉にフィニッシュポーズを決めた。

 直後に張り詰めた静寂が部屋全体を一気に支配する。

 まるで時が止まったかのような感覚と、その圧倒的な迫力に、シグレは言葉を失っていた。

 全員がポーズを決めたまま、誰1人として動こうとしない。

 数秒ほど経ってから、ようやく若者の1人が沈黙を破った。

 

「おつかれぇ~! 今の凄く良かったよ!」

 

 青と白のパーカーを着た少女――チャッキーの言葉を合図に、ダンスをしていた者全員が一斉にポーズを解いた。

 途端に床に座り込む者もいれば、水分補給をする者、タオルで汗を拭く者もいる。

 各々が一休みしている中、若者の1人がシグレの存在にようやく気がついた。

 

「あれ? なあ、そこに誰かいるんだけど……」

 

 その瞬間、その場にいた者たち全員の視線が一斉にシグレに向けられた。

 思わず強張るシグレ。

 するとチャッキーが恐る恐る口を開く。

 

「もしかして君も……ビートライダーズ?」

 

 チャッキーの問いに一瞬困惑しながらも、シグレはすぐに言葉を返した。

 

「あ、いえ……、違います。その……呉島光実くんに会いに来たんですけど……」

「なんだ、ミッチの知り合いか。でも……ゴメンね。ミッチ、今ここにはいないの」

 

 チャッキーの言うとおり、確かに部屋中を見回しても、呉島光実の姿は何処にも見当たらなかった。

 

「今は大学に行ってるだろうし、ここに来るとしても、多分夕方だよね」

 

 そう教えてくれたのは、チャッキーと同じくチーム鎧武のメンバー、リカだ。

 

「大……学……?」

「そうそう。だからミッチに会いたいなら、それぐらいの時間に出直してきた方が良いよ」

「そうですか……。わかりました、また来ます……」

 

 光実の留守を知らされ、落胆するシグレ。

 仕方なく、その場を後にしようと出口に足を向ける。

 すると、

 

「ちょっと待って!」

 

 突然、チャッキーがシグレを呼び止めた。

 

「ねえ、良かったら、私たちと一緒にダンスしてみない?」

「えっ!?」

 

 チャッキーの思わぬ誘いに、シグレは困惑した表情を見せる。

 驚いているのは他のチーム鎧武のメンバーや、一緒に練習していた別のダンスチームのメンバーも同じだった。

 初対面の子をいきなりダンスに誘うなんて、一体何のつもりなのか、と。

 

「ダンスって……さっき皆さんがしていた踊りのことですよね? 僕、ああいうことしたことないんで……」

「だったら尚更やってみようよ! 試しにやってみれば、きっとどんなものかわかるから!」

「いや、でも……」

「大丈夫! ちゃんとレクチャーしてあげるから!」

 

 チャッキーに半ば強引に言い包められ、結局、シグレはダンスの教えを受けることとなった。

 

 

 

「それじゃあまずは、何もせずに音楽だけ聴いてみて」

「え? 聴くだけ?」

「そう。頭の中を空っぽにして、スピーカーから聴こえてくる音だけに集中するの」

 

 他のメンバーたちが見守る中、チャッキーとシグレのマンツーマン授業が始まった。

 ラジカセから聴こえてくるヒップホップ系の音楽に、シグレは目を瞑り耳を傾ける。

 そうしている間に、リカはチャッキーに疑問をぶつけてみた。

 

「ねえチャッキー、なんでこの子をダンスに誘ったの? 妙に積極的って言うか、珍しく強引だったし、ひょっとしてこの子に一目惚れでもしました?」

「バカ。そんな訳ないでしょ。じゃなくて、なんて言うか……直感、かな」

「直感?」

「街中でアイドルを発掘するスカウトマンみたいな。なんとなくだけど、踊れる気がしたんだよね、この子。……それに、ダンスは1人でも多い方が楽しいしね。きっと舞も、今ここにいたら同じことをするんじゃないかな」

 

 そう言いながら、チャッキーは壁に貼られたいくつもの写真に目を向けた。

 その1枚1枚には、チーム鎧武のかけがえのない思い出が色褪せずに記録されている。

 一際目立つように貼ってある集合写真には、今はもうチームにいないメンバーの姿も写っている。

 チームのリーダーだった角居裕也。アーマードライダー鎧武としてチームを守った葛葉紘汰。そして、誰よりもダンスに熱心だった少女――高司 舞。

 かつてチーム鎧武やビートライダーズ全体が危機に陥った時、舞は持ち前の行動力と明るさで皆を引っ張ってくれた。

 チャッキーはそんな彼女に憧れ、彼女のようになりたいと思い、現在のチーム鎧武を率先して纏め上げている。

 

 

 

 一通り流れていた曲が終わり、集中して聴いていたシグレはゆっくりと目を開ける。

 その様子を見ていたチャッキーは彼に尋ねる。

 

「どう? 今の音楽を聴いて、何か感じた?」

 

 シグレは少し考えてから言葉を返す。

 

「はい。なんとなくですけど、こみ上げてくるものはあるような気はします」

「本当? じゃあ今度は、その感じたものを全身を使って表現するの。最初は簡単なステップで表現してみよ」

 

 チャッキーに言われるまま、シグレはリズムに乗せて足先を動かし始めた。

 最初のうちはチャッキーの手拍子に合わせた単純な動きだったが、やがて少しずつ慣れてくると、両手や首を使った動きも加わり、さらにコツを掴むと、音楽に身を任せて自由に手足をコントロールできるようになっていった。

 シグレの飲み込みの早さには、チャッキーだけでなくその場にいる者全員が驚いていた。

 

「へぇー、アイツやるじゃん!」

「うん。ひょっとしてラットよりセンスあるんじゃない?」

「おいっ!」

 

 見る見る上達していくシグレの様子に、ラットとリカは感心しながら呟いた。

 実際、シグレ自身も次々とコツを掴んでいく感覚に楽しさを感じるようになっていた。

 今まで戦うことでしか汗を流してこなかったこともあり、純粋に体を動かすことを楽しめるダンスという行為はとても新鮮なものだった。

 

 

 

 2時間ほどが経ち、さすがに一息入れようとチャッキーが提案した。

 ポップコーンメーカーが置かれたカウンター席に腰を掛け、冷蔵庫から取り出してくれたミネラルウォーターのボトルを受け取り、余韻に浸るシグレ。

 ふと見ると、今度はさっきまで休憩していたラットやリカを始めとする他のメンバーたちが、再びダンスの練習に励みだしている。

 その様子を微笑ましく眺めていると、隣の席にチャッキーが腰掛けた。

 

「実は今度さ、この街にプロのダンスアイドルが来るんだけど、近々そのアイドルと同じステージに立つダンサーを決めるオーディションがあるんだよね。だから皆、そのオーディションに参加するために、今は練習を頑張ってるんだ!」

「あいどる? おーでぃしょん?」

 

 初めて耳にする聞きなれない言葉の連続に、シグレは首を傾げる。

 

YUN(ユン)っていう女性アイドルなんだけどね。歳は私たちとほとんど変わらないのに、海外のプロにも認められるほどの実力を持っているの。それで今度、沢芽市のセントラルホールでその子のライブがあるんだけど、オーディションに合格した何人かは、バックダンサーとして彼女のライブに参加することができるの!」

 

 チャッキーの説明の意味はハッキリ言ってチンプンカンプンのシグレだが、なんとなく“すごいこと”だということは理解した。

 

「でさ、相談なんだけど、シグレくんもどう? 良かったら一緒に参加してみない?」

「えっ!? ぼ、僕ですか!? そんな……無理ですよ!」

「いやいや、私の目に狂いはないわ! シグレくんなら、ミッチリ鍛えれば必ず戦力になるはず! 間違いない!」

「でも……今さっき始めたばっかりですし、きっと他の皆さんにも迷惑が……」

「大丈夫! そん時は私が拳で黙らせてあげるから!」

 

 そう言って、チャッキーはその細い手に拳を作って得意げに見せ付ける。

 謎の自信に満ち溢れた彼女の姿に、シグレは戸惑う一方だった。

 

「でも冗談抜きで、きっと皆も喜んで賛成してくれると思うよ。だってシグレくん、この超短期間であっという間にコツを掴んだでしょ? その様子を見せられたら、皆認めざるを得ないって!」

 

 チャッキーの力強い説得に、圧倒されっぱなしのシグレ。

 なんと答えれば良いものかと返事に困っていると、その時、シグレのトラックジャケットのポケットからスマートフォンの着信音が鳴り出した。

 助かったと思いながらスマートフォンを取り出すと、画面には桐河羽月の名前が表示されていたが、今度は電話の出方がわからず焦りだす。

 一応、基本的な操作方法は羽月から聞いてはいたのだが、何しろ、スマートフォンが鳴り出したのはこれが初めて。唐突だったこともあり、ビックリして頭の中に仕舞っていたはずの知識が何処かへ吹き飛んでしまった。

 みっともなく困り果てていると、それを見ていたチャッキーが手を差し伸べてくれた。

 

「大丈夫! こうすれば良いよ!」

 

 優しい言葉と共に、チャッキーは指先で画面に表示されたアイコンをスッとスライドした。

 するとスマートフォンから聞こえてくるのは羽月の声。

 

『もしもし? シグレくん?』

 

 シグレはコクッと軽く頭を下げてチャッキーに礼をしてから、羽月の言葉に耳を傾けた。

 羽月の用件はこうだった。

 市内のとあるゲームセンターで、ターゲットである3人の女子高校生が発見された。ランマルには既に連絡済で、先に現場に急行してもらっているから、君もすぐに後を追ってほしい。

 シグレは二つ返事で承諾し、スマートフォンの通話を切った。

 

「すみません、チャッキーさん! 僕、用事ができましたので、これで失礼します! 色々教えてくれてありがとうございました!」

 

 丁寧にお辞儀をし、出口に向かって駆け出し始める。が、

 

「あ! ちょっと待って!」

 

 再びチャッキーがシグレを呼び止めた。

 

「またいつでもここに来てね! 返事も待ってるから!」

 

 その言葉に対する返事に困ったシグレは、手を振って見せてガレージを後にした。

 

 

 ☆

 

 

 シグレがダンスの指導を受けていた頃、ランマルは市内の図書館に篭っていた。

 この世界、この国、この街(沢芽市)の歴史や文化、常識を片っ端から紐解き、その頭に叩き込んだ。

 元いた世界を離れ、この別世界で不便なく活動していくためには、最低限の知識は必要不可欠だ。

 約2時間程で僅かながらにこの世界のことを知ることができた。

 しかしまだまだ序の口、知らなくてはいけない知識は山ほどある。

 さらに本腰を入れて取り組もうと気合を入れるランマルだったが、そんな矢先、羽月からの1本の電話がそれを遮った。

 “捜索していた3人の女子高校生たちが発見されたから、現場に急行してほしい”との内容だった。

 ランマルは若干肩透かしを食らったような気持ちになりながら、手にしていた分厚い本を静かに閉じた。

 

 

 

 ターゲットが目撃された場所は市内のとあるゲームセンター。

 まだ昼間にも拘らず、多くの若者たちで溢れかえっている場所だ。

 出入り口の窓ガラスには、アーケード版の“マイティーアクションX”や“バンバンシューティング”といったタイトルのPRポスターが貼られている。

 ランマルが野外駐車場を走り抜け、建物の前に到着すると、そこは既に騒ぎの真っ最中だった。

 周囲の野次馬たちが怯えた表情を浮かべている中、その目線の先には、3体のハチ型の怪人とそれらに襲われている4~5人の男の不良グループの姿があった。

 3体のハチ型の怪人はそれぞれ異なった姿をしている。全身緑の体色が中華風、赤い体色が洋風、そして青い体色が和風だ。

 腕力がある男であり人数で勝っているとはいえ、超人的な力を持った怪人たちの前では、不良グループの連中は成す術がなかった。

 男の1人が緑色のハチ型の怪人――ゲンホウインベス・レゾンに首を掴まれ、締め上げられている。

 ランマルはゲネシスドライバーを装着し、プラムエナジーロックシードを解錠しながら一目散に飛び出した。

 

『プラムエナジーアームズ! パーフェクトパワー! パーフェクトパワー! パーフェクパーフェクパーフェクトパワー!』

 

 鎧を身に纏い、アーマードライダーマリカver.2は怪人と対峙する。

 

「やめろ! その男を放せ!」

 

 その瞬間、怪人たちの複眼がギロリとマリカver.2を捉えた。

 

「あぁ? なにお前、もしかしてアーマードライダー!?」

 

 眼前に現れた赤い女戦士を前に、ゲンホウインベス・レゾンは相手を威嚇するように言った。

 

「そいつらを解放しろ! 貴様らの相手は私がする!」

「へぇ~! なにコイツぅ、正義の味方気取りかよぉ~!」

 

 凛とした態度で佇むマリカver.2を、赤い体色のインベス――ホーネットインベス・レゾンは馬鹿にした態度で笑う。

 だがそんなことでは動じないマリカver.2は、ゆっくりと右手のソニックアローを構える。

 

「うっざ! ルキ、あんた、ちょっとアイツに穴開けてきな!」

「うん……。わかった……」

 

 掴んでいた男を地面に放り投げたゲンホウインベス・レゾンは、青い体色のハチインベス・レゾンに顎で指示を出した。

 解放された男と共に不良グループが撤退していく中、1歩前に出たハチインベス・レゾンは、右腕をマリカver.2に向かって突き出した。

 その右腕が若干震えていることを、マリカver.2は見逃さない。

 次の瞬間、目にも留まらないスピードで巨大な針が射出されたが、ほぼ同時にマリカver.2もソニックアローを振り上げた。

 刹那にキーンという音が周囲に木霊する。

 ソニックアローの一閃に弾かれた針が、ハチインベス・レゾンの足元にポトリと落ちた。

 

「え……嘘……!?」

「悪いが、観察力と反射神経には私も自身がある! 反射神経に関しては、シグレには劣るがな……」

 

 自分の攻撃をいとも簡単に防がれたことに驚きを隠せないハチインベス・レゾンに、マリカver.2は力強く言い放つ。

 焦ったハチインベス・レゾンは、徐に背中の羽を震わせると、考えもなしに突進を仕掛けた。

 

「バカッ! 無闇に近づくな、ルキ!」

 

 慌ててゲンホウインベス・レゾンが呼び止めようとするが既に遅く、ハチインベス・レゾンは地面すれすれを滑空し、マリカver.2に急接近していく。

 マリカver.2はゲネシスドライバーのレバーを押し込むと、腰を低くしてソニックアローを構えた。

 

『チェリー! プラムエナジースカァーッシュ!』

 

 次の瞬間、ハチインベス・レゾンが標的に辿り着くよりも先に、マリカver.2が超高速移動でハチインベス・レゾンの胴体をすれ違い様に切り裂いた。

 バランスを崩したハチインベス・レゾンは、マリカver.2の背後で転倒。アスファルトに激しく叩きつけられ、勢いが止まるとそのまま地面に倒れこんだ。

 

「いったぁーい……」

 

 全身を襲う激痛に戦意を消失したのか、横たわるハチインベス・レゾンの変身が解け、元の少女の姿が露になる。

 

「手は抜いておいた。命を奪うつもりはないからな……」

 

 背中越しにハチインベス・レゾンだった少女――ルキの姿を見つめながら、マリカver.2は呟いた。

 

「チッ……。あっさりやられて使えねえ奴……。飛ぶよ、シラ! 空から仕掛けるよ!」

「オッケぇー!」

 

 戦いに敗れたルキを呆れながら見限ったゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンは、羽音を立てながら上空に舞い上がった。

 

「空飛ぶ敵か……」

 

 攻撃が簡単には届かない空へと避難した2体の怪人を前に、マリカver.2はソニックアローを天に掲げた。

 宙を舞う標的に狙いを定め、そのトリガーに手を掛ける。

 弓を引き絞り、今まさに光の矢が放たれようとした。と、その時、

 

「ぐっ……! なにっ……!?」

 

 突然、下半身の力がガクンと抜け落ちた。

 バランスを支えていた両足の膝が同時に折れ曲がり、思わず地面に手を付けるマリカver.2。

 早急に体勢を立て直そうとするが、その両足は全くと言って良いほど言うことを聞かない。まるで下半身が自分のものではなくなったように。

 

「これは……やはり……」

 

 唐突に起きた身体の異変。こうなった原因に思い当たる節は確かにあった。

 朝のシャワー室で感じた違和感も含めて、その原因は恐らく――。

 何とか立ち上がろうと足掻いていると、頭上から感じた殺気にハッとなった。

 慌てて上空を見上げると、滞空しているゲンホウインベス・レゾンが既に巨大な針を射出した後だった。

 悪い予感は的中した。

 身動きが取れない今の自分は隙だらけ。絶好の的だ。

 もう1度ソニックアローで防御しようにも当然間に合わず、放たれた針はマリカver.2の頭部に直撃した。

 特殊な鎧に守られ、脳天を貫通することは免れたが、針が仮面にぶつかった衝撃は凄まじく、マリカver.2の小柄な身体は大きく吹き飛んだ。

 頭に受けた攻撃に脳が揺れ、視界がグラグラする。

 両足の感覚も依然として回復せず、起き上がることもできない。

 

「ラッキーっ! アイツ動かなくなったじゃん! ぶっ倒すならチャンスじゃね?」

「ああ! 一気に殺るよ!」

 

 マリカver.2の不調を絶好の機会と見たホーネットインベス・レゾンとゲンホウインベス・レゾンは、更なる追い討ちを仕掛けることにした。

 2人は上空から同時に針を連射し、身動きの取れないマリカver.2を狙い撃つ。

 雨のように降り注ぐ無数の針が、次々と鎧に傷を作っていく。

 一斉射撃。集中砲火。

 敵の弾幕に押し潰されそうになりながらも、マリカver.2は必死に堪える。

 針の1発1発をその身に受けるたびに、仮面の奥で苦痛の表情を浮かべる。

 しかし、それでも尚、無様な悲鳴は決して上げぬよう、喉の奥からこみ上げてくる声を何とか押し殺していた。

 それは、今は不利な状況に立たされようとも、決して心までは折れてはいないという確かな証であった。

 “自分が屈しない限り、相手が勝った訳ではない”

 そして諦めなければ、危機を脱するチャンスはきっと訪れるはず。

 するとそんな想いに応えるかのように、何処からかバイクのエンジン音が聞こえてきた。

 徐々に近づいてくる轟音が聞こえてくる方向に、マリカver.2がぼやけた視界を向けると、その眼に映ったのはバイク型ロックビークル――バトルパンジーに跨った鎧武・華の姿だった。

 

「シ……シグレ……」

「ラン姉!」

 

 空飛ぶ敵の猛攻に敗れそうになっている大切な人の姿を目の当たりにした鎧武・華は、血相を変えてマシンを加速させた。

 

「アオイ! なんか近づいてくるんだけど?」

「別のアーマードライダー……。多分アイツの仲間だろ。面倒だけど、奴も一緒に始末するよ!」

「はいはいっ!」

 

 接近してくる鎧武・華の存在に気がついたホーネットインベス・レゾンとゲンホウインベス・レゾンは、マリカver.2への攻撃の手を止めると、今度は鎧武・華に向かって針を発射した。

 鎧武・華はバトルパンジーの後部シートから刀型のビークルウェポン――リーフブレードを左手で抜刀し、ハンドルグリップを握る右手により一層の力を込めた。

 飛来する針の大群を蛇行運転で回避し、避けきれない針はリーフブレードで弾いていく。

 進路を塞ぐ駐車された乗用車が目の前に現れると、マシンをウィリーさせて大きくジャンプし飛び越える。

 バイクごと宙を舞う鎧武・華は、そのままマシンの操作パネルのボタンを押し、2発のホーミングミサイルを発射させた。

 

「マジか!?」

「ミサイルとか冗談だろ……!?」

 

 唐突に放たれたミサイルに驚いた2体のインベスは、慌てて攻撃を中止し、空を急上昇して早急にミサイルの回避を試みた。

 しかし撃ち出されたミサイルは追尾機能付き。旋回して引き離そうにも避けきれず、ほぼ同時に2人に直撃。空中で爆発した。

 

 

 

 バランスを維持したまま見事に着地を決めたバトルパンジーは、マリカver.2の眼前でキッと音を立てながら停車した。

 鎧武・華が上空を見上げると、黒煙の中からゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンの姿がユラリと現れた。

 しかしその様子は明らかにダメージを負い、体力も消耗しているようだった。

 飛行を可能にする背中の羽根の振動も今までよりも弱々しく、気を抜けばすぐにでも墜落しそうだ。

 

「畜生……。やってくれたね、あの鎧野郎……」

「ミサイルとか反則っしょ……。どうするアオイ?」

「どうするって決まってるでしょ! あんな奴ら、いちいち相手にできるかって! さっさと逃げるよ!」

「だよね! やっぱ逃げるが勝ちだって!」

 

 ゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンは、アーマードライダーとの戦いを放棄し、この場から逃走する道を選んだ。

 力を振り絞って羽根の振動を加速させ、背を向けて飛び去っていく。

 今ならばまだ容易に追跡できそうだった。だが今の鎧武・華にとっては、マリカver.2――ランマルの安否を確認することが最優先だった。

 鎧武・華はマシンから飛び降りると、マリカver.2の傍に駆け寄った。

 上半身を起こそうとしているマリカver.2に手を貸し、その両肩をそっと支える。

 

「ラン姉! 大丈夫!? 怪我は!?」

「ああ。大したことはない……」

「本当に? 一体どうしたの? ラン姉が一方的にやられるなんて……」

「いや、少し油断してしまってな……。普段、お前に偉そうなことを言っているくせに、これじゃあ格好がつかないな……。無様なものだ……」

「そんなこと……。でも、ラン姉が戦いで油断するなんてこと、あんまり信じられないっていうか……」

「ちょっと……身体が言うことを聞かなかっただけだ……」

「身体?」

「……私のことはいいんだ。それよりも――」

 

 話題を逸らすように、マリカver.2は辺りを見回した。

 

「――見当たらないな。いつの間にかいなくなってる」

「何が?」

「私が倒した怪物に化けていた少女だ。手加減して戦闘不能に追い込んだんだが、どうやら混乱に乗じて逃げ出したようだ」

 

 マリカver.2の言葉通り、ハチインベス・レゾンに変身していた少女――ルキの姿はこの場から消えていた。

 鎧武・華とマリカver.2は変身を解除。状況報告と体勢を立て直すため、2人は桐河羽月に連絡を取ることにした。

 

 

 ☆

 

 

 戦場から行方を晦ましたルキは、沢芽市内のとある小さな高架下に足を運んでいた。

 そこは人通りが少なく、周囲に立ち並ぶビル群に遮られて日差しもほとんど届かない。

 人目を避けて秘密のやり取りを実行するには絶好の場所だ。

 既に何度もこの場所を訪れているルキは、慣れた足取りで足早に奥へと進んでいく。

 焦っているようにも見える表情で辺りを見回しながら、声を大にして叫ぶ。

 

「あの……ねえ! 聞こえてる!? いるんでしょ!」

 

 幼さも残る甲高い声が高架下全体に反響している。

 誰かを捜しているのか、無我夢中で前へ後ろへと視線を向けるが、人の影は1つもない。

 今、この場に立っているのはどう見ても自分1人だけ。

 絶対に会えると信じて足を運んだのに、目的の人物は何処にもいない。

 その結果に、ルキは落胆したように肩を落とした。

 

「そんな……。いつもは必ずいるのに……」

 

 諦めて帰ろうか。

 そう思いながら、来た道に足先を向けた。と、次の瞬間、

 

「やあ。また会いに来たのかい?」

 

 唐突に、背後から声が聞こえてきた。

 心に直接語りかけてくるような安心感を感じさせる声。

 聞き覚えのあるそんな声に、ルキはハッとしながら勢いよく振り向いた。

 視線の先にいつの間にか立っていたのは、物腰の柔らかそうな1人の青年だった。

 銀色の長髪に白いタキシードという、明らかに周囲の景色からは浮いた格好をしている。

 身を潜める場所など一切なく、薄暗いこの高架下にいたならすぐにでも発見できそうなものだが、一体何処から現れたのか。

 戸惑いと疑問が交錯する中、目的の人物に会えたことでルキはひとまず安心した。

 

「良かった……。あなたを捜していたの!」

「なんだい? また足りなくなったのかい?」

 

 そう言いながら、銀髪の青年はポケットから小瓶を1本取り出した。

 それは人間を知性あるインベスに変貌させるヘルジュースが入った小瓶。

 

「欲しいならいくらでもあげるよ?」

「違うの! 私がそれを使っても役には立てないの! だから……あなたにお願いしたいの!」

「お願い? 僕にかい?」

 

 ルキの思わぬ懇願に、銀髪の青年は首を傾げた。

 

 

 ☆

 

 

「そう……。まさかクラスS+のロックシードが負けるなんてね……」

 

 書斎のデスクに座っていた桐河羽月が残念そうに呟いた。

 研究所に帰還したシグレは、帰ってきて早々に羽月に事後報告を行なった。

 勿論、ランマルから事前に聞いた状況も合わせて。

 3体のハチ型インベスのこと。

 そのうち1体は既に撃破済みであること。

 しかし、ランマルの体調不良が原因でマリカver.2が敗れたこと。

 残り2体のハチ型インベスは逃走し、倒したハチ型インベスに変身していた女子高校生も行方不明になったこと。

 全ての説明を把握した羽月だったが、やはり自分が最高傑作と自負していたプラムエナジーロックシードが敗北したことが、何よりショックのようだった。

 

「現状、ネオ・オーバーロードに唯一正面から対抗できるのは、クラスS+のみ……。それが一般人が変身したインベスなんかに……ねぇ……」

「あの……そんなにショックなんですか……?」

 

 羽月の相当な落ち込みように、シグレは若干引き気味に尋ねた。

 

「まあね……。私にとっては唯一無二の自信作だったから……。プロフェッサー凌馬を超えるっていう意気込みもあったし……」

「はあ……。でも、今回の戦いに関してはラン姉の調子が悪かっただけだし、アーマードライダーの性能に問題があった訳じゃ……」

「そこなのよっ!!!」

 

 突然、羽月が大声で叫んだ。

 思わずビクッと肩を竦ませるシグレ。

 

「ど……どういうことですか……?」

「彼女の体調不良、シグレ君はどう思っているの?」

「どうって……、慣れない世界に来たばかりで疲れが溜まっていたとか……?」

「まあ……それもあるかもしれないけど……。じゃなくて、彼女の今回の不調の根本的な原因は、間違いなく……アーマードライダーでしょうね」

「え? それって……アーマードライダーに変身したのが原因ってことですか?」

「そういうこと。シグレ君には今更な話になってしまうけど、ゲネシスドライバーを使った次世代型アーマードライダー――特にクラスS+のロックシードで変身する彼女のアーマードライダーは、ネオ・オーバーロードに対抗できる力を与える代わりに、その肉体にとてつもない負担が掛かるように設計されているの。爆発的な力を発揮するための副作用っていうのかしら。要は燃費が凄く悪いのよ。だから並の人間ではまともに扱うこともできない。彼女に託したのも一か八かの賭けだったわ。でも彼女はその期待にしっかりと応えてくれた。シグレ君、あなたの協力もあって、初めてネオ・オーバーロードの1体を倒すことができた。でも……やっぱり完璧とはいかなかったみたいね……。昨日の初めての変身で、相当の負担が彼女の身体に掛かっているはず。でもそこに間を空けずに再び変身したものだから、彼女の身体が悲鳴を上げちゃったのね……。ごめんなさい、これは私の判断ミスだわ……」

「どうすれば、ラン姉の身体は良くなりますか?」

 

 羽月の説明を聴いたシグレは、不安そうな表情で問いかけた。

 

「とりあえず今は、彼女をしっかり休ませること。完全に回復するのを待つしかないわね……。私も、もう1度システムを見直してみるわ。気は進まないけど、出力を落とせるよう調整してみる」

 

 

「余計なことはしなくていい!」

 

 羽月の思いを引き止めるように唐突に叫んだのは、いつの間にか扉を開けて書斎に入ってきていたランマルだった。

 彼女は戦闘後、研究所に戻ってきてすぐに医務室に運ばれていたのだが。

 

「ラン姉! 身体はもう大丈夫なの?」

 

 自らの足でしっかりと歩み寄ってくるランマルの姿に、シグレは驚きを隠せなかった。

 

「ああ。少し休んだおかげでだいぶ楽になった」

「それは良かった。……それで? さっきの“余計なこと”っていうのはどういう意味?」

 

 ランマルの言葉に引っ掛かりを感じた羽月は、硬い表情を彼女に向けた。

 

「言葉通りだ。私のロックシードに手を加える必要などない」

「どうして? このままだと、あなたの身体が持たないわよ?」

「余計な心配などするな。今のままで鎧の力に耐えられないなら、私自身がもっと強くなればいい。それだけのことだ」

「そんな簡単にいく訳……」

「ネオ・オーバーロードにまともに対抗できるのは、今現在、私の鎧の力だけ。そう言ったのはお前だ。ならばその負担に完璧に耐えられるよう、私が何とかするしかないだろう」

 

 ランマルの言葉を受けて、羽月は少し考えた。そして、

 

「……わかったわ。そこまで言うのなら、とりあえず今は、あなたを信じてその意思を尊重することにするわ。ただし……、もしまた戦いに差し支えるようなことがあれば、その時は今度こそ私の言うとおりにしてもらうわよ?」

「ああ、それでいい……」

 

 不承不承ながら話を聞き入れた羽月が提示した条件に、ランマルは力強く頷いた。

 

「ただ当面は、あなたがクラスS+の力に完全に耐えられるようになるまでは、シグレ君に率先して前線に立ってもらわないといけないわね」

「シグレに?」

「僕……ですか?」

「当然でしょ! 彼女のフォローをできるのは、君しかいないじゃない」

「でも僕の力なんかじゃ……ネオ・オーバーロードには……。昨日だって、ラン姉が来てくれなかったら危ないところだったし……」

 

 前日のメメデュンとの戦いを思い出しながら、シグレは不安な表情を浮かべた。

 

「大丈夫。ここぞという時には彼女にも戦ってもらうから。君1人に押し付けるような真似はしないから安心して」

「は、はあ……」

「それに、まずは目の前の問題を片付けないと……」

「目の前の問題?」

「逃げた女子高校生たちよ。このまま放っておく訳にはいかないでしょ? 彼女は暫く変身させられないから、早速シグレ君に頑張ってもらうわよ」

「わ、わかりました……。できるだけのことはやってみます!」

 

 不安は拭い切れないままだったが、なんとか羽月の期待に応えようと、シグレは声を張って返事をした。

 と、そこへランマルが気掛かりなことを口にした。

 

「シグレに任せることには異論はない。私はこいつの実力を信頼しているからな。だが、今回の相手は空を飛ぶ怪物だ。真正面から挑むには、シグレの鎧では相性が悪いんじゃないのか?」

 

 シグレの鎧――アーマードライダー鎧武・華の主な装備は2本の刀、赤い大橙丸と無双セイバーだ。

 中距離・遠距離用の攻撃手段としては無双セイバーのガンモードがあるが、空を自在に飛行する相手には明らかに心許ない。

 

「さっきにみたいにバイクを使えば何とかなるかもしれないけど、同じ手が2度通用するかどうか……」

 

 シグレもまた対抗手段を考えていたようだが、決定打となる攻略法は見つかっていない。

 すると羽月が、

 

「大丈夫、手はあるわ」

 

 そう言ってデスクの引き出しを開き、見せ付けるように取り出したのは、橙色のカキの実の絵が描かれたロックシードだった。

 

「それは?」

「私が作った試作品、カキロックシードよ。プロフェッサー凌馬が開発した飛行装備には、スイカアームズやダンデライナーがあるけど、あれは規模もコストも相当なもの……。これはそれらを元に、ノーマルサイズの鎧で飛行できるように設計したものなの」

「空飛ぶ鎧ってことか……」

 

 ランマルは感心しながら呟いた。

 

「言ったとおり、これは試作品。実戦でどれほどの力が発揮できるかわからないけど、今回の敵を相手になら試す価値はあるはずよ。どうするシグレ君、使ってみる?」

 

 羽月に差し出されたカキロックシードを見つめながら、シグレは考えた。そして決心した。

 

「はい! 使わせてもらいます!」

 

 ハッキリとした返事と共に、カキロックシードを受け取った。

 

「これで奴らと対等に戦えるな。頼むぞ、シグレ」

「うん! やってみるよ!」

 

 ランマルに期待を込めて肩を叩かれ、シグレはコクッと頷いた。

 

「ターゲットの行方はこっちで捕捉するから、発見次第、現場に向かってちょうだい!」

 

 羽月の指示を最後に作戦会議は終了。

 後は逃走した2人の女子高校生たちが見つかるのを待つばかりだ。

 

 

 ☆

 

 

 マスターインテリジェントシステムを駆使して、羽月がターゲットである2人の女子高校生たちを発見したのは、太陽が大きく西に傾き、間もなく日没が訪れようとしている時だった。

 赤い夕焼け空の下を、談笑に浸りながら歩くアオイとシラ。

 周囲の目を気にすることもなく大声で笑いながら、大通りに架けられた歩道橋の上を進んでいく。

 するとそこに、

 

「悪いけど、ここから先は通さないよ」

「通行料は、お前たちが持っている小瓶だ!」

 

 橋の真ん中辺りで待ち構えていたのは、既に戦極ドライバーを装着済みのシグレとランマルだった。

 2人の素顔を見るのは初めてのアオイとシラは、突然見知らぬ人物に道を塞がれたと思い、あからさまに不快な表情を浮かべた。

 

「ああ? 何お前ら? あたしらになんか文句あんの?」

「男女2人でカツアゲとか? ンな訳ないか! そこの強気な女はともかく、男の方はどー見ても草食系だし、そんな度胸ないでしょ!」

「剥ぎ取りと思われようとも構わない。実際、似たようなものだしな。ただしこれは……お前たちのためでもある」

 

 他人を馬鹿にするような態度を見せるアオイとシラに臆することもなく、ランマルは冷静に言い放つ。

 そして、ブラッドオレンジロックシードを手に、シグレは数歩前に出る。

 

「これ以上、君たちに罪を背負わせない! 2人の行いは……僕が終わらせる! 変身!」

『ブラッドオレンジ!』

『ロックオン!』

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 解錠したロックシードを戦極ドライバーに装填し、カッティングブレードを倒す。

 頭上から降りてきた真っ赤な鎧を身に纏い、シグレはアーマードライダー鎧武・華 ブラッドオレンジアームズに姿を変えた。

 

「あ! てめえ……さっきの……」

「ミサイルをぶっ放した、バイクに乗った鎧野郎か!」

 

 眼前に現れた見覚えのある赤い鎧武者の姿に、シラもアオイも思わずたじろぐ。

 

「人を怪物に変えるヘルジュースが入った小瓶、今ここで渡してもらうよ」

 

 プレッシャーを与えるように、鎧武・華はゆっくりと2人に歩み寄っていく。

 

「冗談じゃねえよ! こんな良い物、誰が手放すかよ!」

 

 アオイとシラは、鎧武・華が放つ威圧感を跳ね除けるように、ポケットから取り出した小瓶の中身を一気に飲み干した。

 すると2人の身体が植物に包まれ、中から緑と赤のハチ型のインベスが姿を現した。

 アオイが変身した緑の体色のゲンホウインベス・レゾン、そしてシラが変身した赤の体色のホーネットインベス・レゾン。2体のハチ型インベスは、早々に腕から巨大な針を飛ばし、先制攻撃を仕掛けた。

 既に相手の動きを見切っていた鎧武・華は、同時に大橙丸を振り上げ、2本の針を弾き飛ばした。

 さらに続けざまに刀を振り下ろし、ゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンに斬撃を浴びせる。

 斬り倒された2体のインベスは、歩道橋の上に大きく尻餅をつく。

 

「無駄だよ! 君たち相手なら、接近戦で負ける気はしない!」

 

 剣先を向け、眼前の敵を圧倒する鎧武・華。

 

「ざけんなっ! だったら……これならどうだ!」

 

 降参する気など毛頭ないゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンは、即座に立ち上がると背中の羽根を振動させ、上空に大きく跳躍した。

 夕空の赤を背に、今度は空から針を連射する。

 鎧武・華はバックステップで回避しながら、左腰から無双セイバーを抜刀した。

 スライドを引き、ガンモードに切り替えると、上空に向かって光弾を放つ。

 最初の数発が飛来する針を撃ち落し、その後に撃ち出された2発の光弾が滞空するゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンに迫る。

 しかし、高速で飛行することを得意とする2体のハチ型インベスは、あっさりとその弾を避けてしまう。

 

「やっぱり当たらないか……。仕方ない……。ならこれで!」

 

 戦法を変えることにした鎧武・華は、羽月から渡された新たなロックシードを取り出した。

 

『カキ!』

 

 指先で側面のスイッチを押して解錠させると、電子音声が鳴り響き、同時にクラックが頭上に現れる。

 円を描いて開いた裂け目からゆっくりと降りてきたのは、カキの実を模した鋼の果実。

 鎧武・華は戦極ドライバーに装填されたブラッドオレンジロックシードを外し、代わりにカキロックシードをはめ込んだ。

 

『ロックオン!』

 

 カッティングブレードを倒し、ロックシードの力を解放。

 すると、鋼の果実は鎧武・華の頭に被さり、形を変えて鎧として装着された。

 

『ハッ! カキアームズ! 夕凪・クロスストーム!』

 

 赤い血の色を脱ぎ捨て、この夕焼け空と同じ橙色を身に纏い佇むのは、鎧武・華 カキアームズ。十字の嵐を巻き起こす空の戦士が誕生した瞬間だった。

 

「なにアイツぅ、鎧を着替えたの~?」

「どんな格好になったって同じだよ! いくよ!」

 

 新たな姿を見せた鎧武・華。しかし、ホーネットインベス・レゾンとゲンホウインベス・レゾンはそんなことはお構いなしに再び針を連射させた。

 鎧武・華は冷静さを保つために1度大きく深呼吸をすると、右手に握り締めた無双セイバーで降り注ぐ針の全てを弾き始めた。

 相手の位置、そして手の動きや視線を冷静に観察し、飛んでくる針の弾道を見極め、それに合わせて刀を捌いていく。

 鎧の力でシグレ自身の視覚や武器を扱う筋力が強化されていることもあり、一見超絶技巧にも見えるテクニックも、本人にとってはそれほど難しいことではなかった。

 全ての針を落として見せた鎧武・華は、今度はこちらの番だと動き出す。

 鎧武・華 カキアームズの背面には、巨大な十字手裏剣が装備されている。

 それは鎧が果実形態の時にカキの実のヘタを模した部分だったが、鎧に変形するとそれはそのまま手裏剣型アームズウェポン――カキ風刃となる。

 そしてカキ風刃は背面に装備された状態で高速回転することで、鎧武・華を飛行させるプロペラの役割も担っている。

 鎧武・華の意思を受けて、背面のカキ風刃は激しく回転を始める。

 周囲の風を独占するような勢いで取り込み、次の瞬間に一気に放出させる。

 すると鎧武・華の身体はまるでロケットのように一直線に空へと舞い上がった。

 

「野郎……飛びやがった……!?」

 

 急上昇してくる鎧武・華に向かって、2体のインベスは射撃を続ける。

 しかし、鎧武・華は無双セイバーで針の雨を払い除けながら確実に距離を詰めていく。

 刃が届く距離まで辿り着くと、すかさず斬撃を放ち相手を怯ませた。

 

「いってぇなぁ……!」

「女子に向かって刃物を振り回すとか、頭イカれてんのか、こいつ……」

 

 荒々しい言葉を吐きながら、怒りを露にするゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾン。

 そんな2体の怪人に、鎧武・華は更なる攻撃を仕掛ける。が、

 

「そうはいくかって!」

 

 ホーネットインベス・レゾンが咄嗟に視界から姿を消し、鎧武・華の背後に回りこんだ。

 

「速いっ!?」

 

 眼前には未だにゲンホウインベス・レゾンがいる。

 前と後ろから針を向けられ、このままだと挟み撃ちだ。

 鎧武・華は前後を同時に警戒しながら、戦極ドライバーのカッティングブレードを3回倒した。

 

『ハッ! カキ・スパァーキング!』

 

 すると高速回転していた背面のカキ風刃から強力な竜巻が放たれ、ホーネットインベス・レゾンを巻き込んだ。

 ホーネットインベス・レゾンは空中でバランスを崩しながら、更なる上空へと打ち上げられた。

 

「シラぁ!」

 

 仲間の元へと向かおうと、ゲンホウインベス・レゾンは高度を上げる。

 その後姿を、鎧武・華もまた追いかけていく。

 追跡しながら、戦極ドライバーからカキロックシードを外し、それを無双セイバーのスロットに装填。ロックシードのエネルギーを刀身に集中させる。

 

『イチ……ジュウ……ヒャク……! カキ・チャージ!』

「てぃやぁあああああ!!」

 

 ゲンホウインベス・レゾンが仲間の元へと辿り着き、ホーネットインベス・レゾンの腕を掴んだその時、直後に追いついた鎧武・華が刀を振るった。

 回転斬りから放たれた強力な一閃が、ゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンをまとめて吹き飛ばしたのだ。

 凄まじい衝撃波に身体を貫かれ、ゲンホウインベス・レゾンは近くにあったビルの屋上に全身を叩きつけられ、ホーネットインベス・レゾンもまた、歩道橋の下の車道に墜落した。

 

 

 

 2体のインベスを同時に沈黙させた鎧武・華が、その様を上空から見下ろしていると、車道に横たわっていたホーネットインベス・レゾンがユラリと起き上がった。

 しかし、その足は明らかにふらつき、呼吸も大きく乱れている。

 空にいる鎧武・華をキッと睨みつけるものの、気持ちは既に怖気づいていた。

 どれだけ強がろうとしても、心が敗北を認めてしまっているのだ。

 そして、戦意を失うということは、ヘルジュースの効力が弱まるということ。

 すなわち、インベスの姿を失うことを意味している。

 車道に佇むホーネットインベス・レゾンの姿が、元の女子高校生の姿に変化した。

 

「うそ……。力が……消えた……!?」

 

 赤色から肌色に戻った自分の掌を見つめながら、呆然と立ち尽くすシラ。

 するとそこへ、通りかかった1台の大型トラックが、何も知らずにシラが立つ車道に突入してきた。

 背後から近づいてくるトラックのエンジン音。

 しかし、今のシラの耳にはその騒音さえも聞こえない。

 それほどまでに、力を失ったことが彼女にとってはショックだったのだ。

 トラックの運転手が進路を塞ぐシラの存在に気づき、クラクションを鳴らしながら慌てて急ブレーキを掛けるが間に合わない。

 後僅かでトラックのフロントが彼女に衝突しようとしていた。と、その時、

 

「あぶないっ!」

 

 突然の叫び声と共に誰かがシラを突き飛ばした。

 その衝撃で車道の上を豪快に転がりながらも、同時にシラの耳に届いたのは何かがぶつかる鈍い音、そして途切れ途切れの悲鳴だった。

 さっきまでの強固なインベスの身体とは違い、アスファルトに擦っただけであちこちに切り傷や打撲ができて痛かったが、そんなことはお構いなしにシラは顔を上げた。

 一刻も早く自分を突き飛ばした者の正体――鈍い音と途切れ途切れの悲鳴の正体が知りたかったからだ。

 シラの眼に飛び込んできたのは意外な人物――いや、寧ろ当然の人物だった。

 彼女を助けたのは、鎧武・華……ではなく、ランマル……でもない。

 ならば仲間であるゲンホウインベス・レゾン……でもない。

 今、シラの目の前で血を流して倒れているのは、見限ったはずの友人――ルキだった。

 ルキは停車した大型トラックの前で、弱々しく息を吐きながら血溜まりの中に沈んでいた。

 シラは慌てて彼女のそばに駆け寄る。

 

「なんで……!? どうしてお前がいるんだよ!? なに助けてんだよ!? あたしら、あんたを見捨てたんだよ!?」

 

 するとルキは細々と言葉を口にした。

 

「だって……友達じゃん……。あのジュースのせいで……なんか変な感じになっちゃったけど……、それでも……友達じゃん……。だから……助けるよ……」

「ルキ……」

「大丈夫……。シオリも……助かるよ……。お願い……したから……。あの人に……」

 

 ルキの意識はそこで途切れた。

 シラは横たわる彼女を見つめながら、ペタリとその場に座り込むのだった。

 

 

 

 歩道橋の下で起こった予想外の出来事に、鎧武・華もランマルもただただ言葉を失っていた。

 どうすることもできず、完全に身動きが取れなかった。

 そんな中、ビルの屋上に落ちたゲンホウインベス・レゾンが再び立ち上がった。

 滞空する鎧武・華の背を見つめるその表情は、明らかに敵意がむき出しだった。

 腕の針をキラリと光らせ、足場を蹴って空中に飛び出す。

 

「鎧野郎……ぶっ殺してやるぅううう!!」

 

 怒りと憎しみに満ちた叫び声と共に、ゲンホウインベス・レゾンは鎧武・華に飛び掛った。

 鎧武・華の首筋に、今まさに針と突き立てようとしていたその時、気配に気づいた鎧武・華が振り向き様に叫んだ。

 

「駄目だ! 飛んじゃいけないっ!」

 

 次の瞬間、ゲンホウインベス・レゾンの背中の羽根が振動を起こすことなく静かに散った。

 既に鎧武・華に斬られて機能停止していた4枚の羽根が、無情にも風に揺られて離れていく。

 飛行する術を失ったゲンホウインベス・レゾンは、その手で鎧武・華に一矢報いることも叶わず、重力に引きずられるように落ちていった。

 このままではアスファルトに正面衝突してしまう。

 何の抵抗もできないことに唐突な無力さを感じた途端、彼女の心の中で怒りや敵意が消し飛んだ。

 残されたのは“助けて”という言葉のみ。

 その瞬間、彼女の感情と結びついていたヘルジュースの効力が弱まり、ゲンホウインベス・レゾンは元の人間の姿――シオリへと戻った。

 落下していく中で変身が解けてしまったシオリは、赤い夕焼け空に手を伸ばしながら命乞いをした。

 

「やだ……落ちるっ……! 死にたくないっ……!」

 

 そんな彼女の手を、なんとしても掴もうと自らの手を差し出したのは鎧武・華だった。

 今さっきまで敵だった相手だが、死なせる訳にはいかない。

 背中のカキ風刃をフル回転させ、急降下しながらシオリの手を追いかける。

 

「掴まって! 僕が助けるから!」

 

 後僅かで自分の手が彼女の手に届く。

 なんとかアスファルトに衝突する前に助け出すことができそうだ。

 心の中でそう確信すると同時に、シオリの指先が自分の指先に微かに触れた。

 

「よし……」

 

 間もなく彼女の手を握ることができる。

 もう大丈夫。

 鎧武・華がそう安堵した。

 しかし次の瞬間、

 

「え……?」

 

 突然、何処からか飛んで来た鋭利な何かが、鎧武・華の伸ばした手をバシッと弾いた。

 その衝撃で、掴みかけていた2人の手は大きく離れてしまう。

 

「しまっ……」

 

 思わず声を漏らしかけた時には既に遅かった。

 鎧武・華の目の前で、少女の姿がかけ離れていく。

 次に目撃したのは、小さくなったシオリの身体がアスファルトに叩きつけられて、潰れたトマトのように真っ赤な血を飛び散らせる瞬間だった。

 

「そんな……。助けられなかった……」

 

 鎧武・華の視線の先で、女子高校生シオリは息絶えた。

 救えたかもしれない命を救うことができなかった。

 鎧武・華は空中に留まりながら愕然とする。

 

 

 

「今の攻撃……一体誰が……」

 

 事の様子を歩道橋の上から見守っていたランマルは、警戒しながら辺りを見回した。

 鎧武・華の救出を妨害した者がいる。

 その正体を確認するため、眼を凝らして回視する。

 すると、とあるビルの外壁に突き刺さっていた1本の剣を発見した。

 剣はレイピアのような形状をしている。

 ランマルはレイピアの刺さり具合から、それが飛んできた可能性がある方向に視線を向けた。

 次の瞬間、その眼に映りこんだのは、2体の見たこともない怪人たちだった。

 2体のうち1体は、全身を白色に染めた貴族風の格好をしている。

 もう1体は、貴族風の怪人とは対照的に、全身を黒い体毛に覆われた猿人のような姿をしている。

 2体の怪人は車道を挟んだ向かい側のビルの屋上に佇んでいた。

 

「あれは!?」

 

 驚愕するランマルを余所に、怪人たちは不気味な笑みを浮かべると、無言でその場を後にした。

 

「奴ら……まさかネオ・オーバーロードか……?」

 

 新たな敵の出現に、ランマルは更なる激闘の予感を感じていた。

 

 

 ☆

 

 

「あの女たち、助けるんじゃなかったのか? 頼まれてたんだろ、お前」

 

 ビルの屋上を歩きながら、猿人のような怪人――ネオ・オーバーロードのシャムシュンは尋ねた。

 その隣を肩を並べて歩くのは、もう1人の貴族風の怪人――ネオ・オーバーロードのガウディエだ。

 

「ああ。悲しいことだけど仕方がない。彼女たちを救うつもりなど、最初からなかったのだからね……。我々の役目は、あくまで可能性ある者たちを導くこと。ただそれだけだ」

 

 ガウディエは両手を腰の後ろに回しながら、物腰の柔らかい口調で言葉を返した。

 

「ふぅん。優しい態度とは間逆で、随分と冷たいじゃないか」

「我々に優しさなど必要ない。わかってるだろ? ……それよりも、問題は“彼ら”だ」

「彼ら? ああ、あそこにいたアーマードライダーとか言う連中か?」

「そうだ。メメデュンをあそこまで追い詰めたのは彼らだろ。その力がどれほどのものか、ぜひとも確認しておきたい。頼めるかな、シャムシュン」

「しょうがねえな。1度だけだからな」

「ああ。宜しく頼むよ」

 

 ガウディエはその場で足を止めると、自らの姿を人間のものへと変化させた。

 その容姿は銀色の長髪と白いタキシードが特徴の青年。高架下でルキの前に現れた青年そのものだった。

 人の姿に変化したガウディエは、長い銀髪の隙間から不敵な笑みを覗かせるのだった。

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