仮面ライダー 鎧武&オーズfeat.ライダーズ ~暁の鎧~   作:裕ーKI

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第七話 鎧武の章:マリカ×マリカ 湯煙温泉バトル!

 争いはいつも突然だ。

 休日の昼下がり、多くの買い物客で溢れるショッピングモールに爆発音が鳴り響いた。

 まるで陸上競技のスターターピストルのように、その凄まじい轟音を合図に、人々が一斉に出口に向かって走り出す。

 それぞれが思い思いにショッピングを愉しんでいた日常の風景が、一瞬にして地獄絵図へと変わる。

 悲鳴や怒号が飛び交う中、ショッピングモールの屋根の上を2つの影が走り抜けた。

 1つは全身を黒い体毛に覆われた猿人のような怪人――ネオ・オーバーロードのシャムシュン。

 もう1つは赤いスモモの鎧を身に纏った女戦士――アーマードライダーマリカver.2。

 2人は屋根から屋根へと飛び移りながら、激しい空中戦を繰り広げる。

 さらに、その後を地上から追跡しているのが、アーマードライダー鎧武・華。

 鎧武・華はバイク型ロックビークル――バトルパンジーに跨り、逃げ惑う人々の流れに逆らうようにマシンを走らせる。

 大小の段差を駆け上り、敷地内に並べられたベンチや花壇を飛び越えていく。

 鎧武・華がふと頭上を見上げると、空中を交差する2人の戦いは激しさを増していた。

 シャムシュンは外壁を蹴って大きく跳躍すると、マリカver.2に向かって大きく口を開いた。

 

「ヴォオオオオオオオオオ!!!」

 

 周囲の窓ガラスを一斉に震わせるほどの咆哮が衝撃波となって放たれた。

 マリカver.2は自らも足場を蹴ってジャンプし、敵の攻撃を回避。そのまま空中でソニックアローを構え、レーザーポインターで狙いを定めると、トリガーを引き絞り光の矢を発射した。

 空中を降下している最中で身動きが取れなくなっていたシャムシュンは、成す術がなく光の矢の直撃を許してしまい、バランスを崩して地面に落下した。

 

 

 

 そこはショッピングモールの中庭の広場。

 バイクを走らせ突入した鎧武・華は、ビークルウェポン――リーフブレードを片手に、ハンドルグリップを回した。

 加速するバトルパンジーで一直線に突進し、すれ違いざまにシャムシュン目掛けて刀を振り下ろした。

 高速の斬撃を受けて、シャムシュンの身体が姿勢を崩す。

 鎧武・華がバトルパンジーから降り、同時にマリカver.2も頭上から舞い降りてきた。

 

「このまま一気に畳み掛けるぞ!」

「わかった! でもラン姉はあまり無理しないで!」

「ああ! いくぞ!」

 

 2人は一斉に走り出し、シャムシュンに更なる攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 鎧武・華とマリカver.2のコンビとシャムシュンの戦い。その様子を、少し離れた場所にあるビルの屋上から観察している者がいた。

 ネオ・オーバーロードの1人、ガウディエだ。

 元々、シャムシュンがシグレとランマルに戦いを仕掛けたのも、ガウディエが指示を出したからだった。

 沢芽市を守るために活動しているアーマードライダーと呼ばれる存在。計画の障害となる彼らの実力を見極めるため、シャムシュンには囮になってもらったのだ。

 

「ふむ……。あの2人の動き、随分と戦い慣れしているな。 凡人にはない異質な気迫を感じる……。ん? あれは――」

 

 鎧武・華とマリカver.2の躊躇いのない攻撃を興味深く眺めていると、ガウディエはあるものに気づいた。

 よく見ると、戦いが繰り広げられている中庭の広場の片隅で、息を殺して姿を潜ませている男が1人いる。

 男は20歳前後の外見で、柱の陰に隠れながら戦闘の様子を食い入るように覗き見ている。

 眼前の迫力に興奮しているのか、ハアハアと荒い息まで吐いているようだ。

 他の買い物客は全員逃げ出しているというのに、この男は一体何をしているのか。

 

「あの青年、こんな状況で何を……」

 

 あまりにも不自然な光景に、ガウディエすらも首を傾げる。

 

 

 

 ビルの屋上からはガウディエが、広場の柱の陰からは謎の男が戦況をジッと見つめている。

 どっちもまるでストーカーのようだが、そんなことは知る由もなく、鎧武・華とマリカver.2は戦いに夢中だった。

 

「シグレ! その刀、少し借りるぞ!」

「良いよ! 使って!」

 

 マリカver.2に言われ、鎧武・華は手にしていたリーフブレードを投げ渡した。 

 植物の葉を模した緑の刀を受け取ったマリカver.2は、ソニックアローと合わせて二刀流で挑む。

 

「僕はこれで!」

『カキ!』

 

 使用していた得物を手放した鎧武・華は、代わりにとカキロックシードを取り出した。

 

『ハッ! カキアームズ! 夕凪・クロスストーム!』

 

 橙色のカキの実の鎧を装着し、鎧武・華はカキアームズに姿を変えた。

 背中に装備されたヘタを模した巨大手裏剣――カキ風刃を手に取ると、シャムシュン目掛けて大振りで投げつける。

 回転しながら宙を舞い、カキ風刃はシャムシュンの右肩を切り裂いた。

 

「ぐっ!? おのれ……アビリェファショボリャファンフェシェデュンション……!」

 

 シャムシュンはフェムシンムの言葉を口にしながら、苦痛に表情を歪ませる。

 

「愚かな奴! 今さら言語を偽ったところで無駄なことだっ!」

 

 マリカver.2は嘲笑うように叫びながら、両手の2つの刃を交互に振り下ろす。

 右手のソニックアローと左手のリーフブレードが、確実にシャムシュンの胴体に傷を作っていく。

 

「ぬぅ……。オミョシュメブリョフォガ! ヴォォオオオオオ!!!」

 

 シャムシュンは怒りの形相で口を大きく開き、衝撃波を放出。接近していたマリカver.2を吹き飛ばした。

 

「くっ……」

 

 不意を付かれ、地面を転がるマリカver.2。

 そんな彼女にシャムシュンはさらに衝撃波を放つ。

 

「ヴォォオオオオオオオ!!!」

 

 迫り来る咆哮。

 しかしそこへ、

 

「危ない!」

 

 咄嗟にマリカver.2の眼前に飛び出した鎧武・華が、前方にカキ風刃を突き刺し、それを盾にして衝撃波を防御した。

 

「なんだと!?」

 

 演技を忘れ、今度は人間の言葉で驚くシャムシュン。

 

「隙ができた! 今だラン姉!」

 

 すかさず背後のマリカver.2に向かって呼び掛ける鎧武・華。

 既に起き上がっていたマリカver.2は、両手のソニックアローとリーフブレードを投げ捨て、ゲネシスドライバーのレバーを素早く2度押し込んだ。

 

『プラムエナジー・スパァーキング!』

 

 電子音声が鳴り響くと同時に、マリカver.2は地面を蹴って跳躍し、鎧武・華の頭上を飛び越えながら右足を前に突き出した。

 

「はあぁぁぁ!!!」

 

 足先に集中したプラムエナジーロックシードの真っ赤なエネルギーを果汁のように飛び散らせながら、標的目掛けて急降下していく。

 

「ぬぅうう……」

 

 シャムシュンが上空を見上げた時には既に遅く、マリカver.2の渾身の一撃が炸裂した。

 派手に蹴り飛ばされたシャムシュンは、そのまま背後に設置されていたベンチの上に突っ込んだ。

 グシャッと潰れた木製のベンチの上に横たわるシャムシュン。

 次の瞬間、

 

「こ……この俺が……。ぐぎゃぁあああああああ……」

 

 断末魔と共に異形の姿は爆発。

 黒煙と炎に包まれながらシャムシュンは消滅した。

 

 

 

 戦闘を終えた鎧武・華とマリカver.2は、ドライバーにセットされたロックシードを閉じて変身を解除した。

 途端に足の力が抜けたのか、ランマルの身体がグラリとふらつく。

 

「ラン姉! 大丈夫?」

 

 シグレは慌てて彼女の肩を支える。

 

「ああ、心配するな。少し疲れただけだ。もっと鍛錬して、一刻も早く鎧の力に耐えられるようにならないとな」

「うん。でも無理はしないで」

 

 鎧を脱ぎ、シグレとランマルは一時の間胸を撫で下ろす。

 するとそこへ、1人の男がそそくさと駆け寄ってきた。

 それはさっきまで柱の陰に隠れて戦いの成り行きを覗いていたあの青年だった。

 青年は気味の悪い笑みを浮かべながら、ランマルの眼前で立ち止まる。

 

「ん? な、なんだ君は?」

 

 ランマルは突然現れた見慣れない男の姿に困惑した様子を見せる。

 青年は照れくさそうに手の甲で鼻を擦ると、少し間を置いてから口を開いた。

 

「んふふ……。強かったですね、あなたァ」

 

 鼻息と一緒に漏れる笑い声を含んだ若干高めの声。そして、嘗め回すように見つめてくるイヤらしい視線と馴れ馴れしさを感じさせる態度。

 青年と対峙したランマルの顔は、明らかに引き攣っていた。

 シグレが心配そうに見守る中、ランマルは逃げるようにゆっくりと後退りしていく。

 ところが、

 

「さっきのアーマードライダーでしょ! 知ってますよォ、ぼくゥ! 前にビートライダーズがインベスゲームで使ってた奴ですよねェ! いやぁカッコいいなァ~! でもォ鎧の姿も良かったけど、中の人はもっと素敵だなァ~! プロポーションとか完璧ですよねェ、スラッとしていてェ! エロカッコいいッスよねェ~!」

 

 独特のテンションを爆発させながら、青年はランマルの両肩に手を置いた。

 そして、ボディラインをなぞるように肩から腕、そして腰へと撫で回していく。

 一見、スタイリストがモデルのスタイルをチェックする動作にも見えるが、間違ってもこの男はスタイリストではない。断じてない。

 今のままではただの変態、変質者、セクハラ男か痴漢野郎だ。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 服の上からとはいえ、唐突に身体を触れられたランマルは、背筋に急激な悪寒を感じ、ビクッと全身を震わせた。

 思わず変な声が出てしまったじゃないか。シグレが見ている前でなんて恥ずかしい。

 この男、そもそも一体何者なのか。

 新手のネオ・オーバーロードか。それともヘルジュースで変身するインベスか。

 しかし、武神の世界で鍛えた己の直感は何も知らせてこない。

 この男からは破壊衝動や殺気は全く感じられない。

 感じるのは、今のところ丸出しの下心だけか。あとキツめの体臭。

 男からは鼻をつんざくような臭いがしている。恐らく数日ほど風呂には入っていないのだろう。

 いや、風呂ぐらい入れよ、気持ち悪い。

 急に身体を触れられて戸惑っているせいなのか、思考が混乱しておかしくなってきた。

 とにかく、この男がただの人間だというのなら仕方がない。

 素手で1発引っ叩くだけで許してやる。

 

 ランマルが珍しく無防備な一般人に手を上げようとしている。

 武将であり戦士である誇りを持つ彼女にしてはらしくない行為だが、無理もない。気持ちはわかる。しかし、ここはひとまず、

 

「ラン姉、落ち着いて! 叩いちゃ駄目だよ! 相手は普通の人なんだから!」

 

 シグレは振り上げたランマルの腕を抑えて彼女の気を宥めた。

 ランマルはこみ上げてくる感情を堪えるように拳を握り締めた。

 振り上げた腕はプルプルと震えている。

 

「だ、大丈夫……大丈夫だ、シグレ……。止めてくれてありがとう……」

 

 なんとか冷静さを取り戻したランマルは、腕を下ろして敵意を収めた。

 

「君……、よくはわからないが、無礼なことはあまりするものじゃない……。今日のところは大目に見るから、すぐに帰ったほうがいい……」

「すいませんすいません! あまりにも興奮しちゃって、つい調子に乗っちゃいましたァ! でもあなたみたいな美人とこうしてお近づきになれて、ホント良かったですゥ! また何処かでお会いできたら、そんときは宜しくお願いしますねェ~!」

 

 男は頭を垂れながらそう言うと、ヘラヘラと笑みを浮かべながらその場を後にした。

「また何処かで」なんて――冗談じゃない。あんな男と顔を合わせるなんて2度とゴメンだ。

 ランマルは消化しきれない苛立ちを感じながら、出口に向かって歩き始めた。

 やれやれという表情で、シグレはその後姿についていく。

 

 

 

 ビルの屋上に佇むガウディエは、男の動向に興味を持ち始めていた。

 同胞のシャムシュンがあっけなく敗れてしまったことは残念だったが、おかげで2人のアーマードライダーをじっくりと観察することができたし良しとしよう。それよりも今は、あの青年を利用することができれば、別の面白いことができるかもしれない。

 新たな企みに胸を躍らせながら、ガウディエは真っ白いスーツのポケットからヘルジュースの小瓶を1本取り出した。

 

「さて、どうなるか……。これはこれで楽しみだ……」

 

 

 ☆

 

 

 その日の夕方。

 桐河羽月は珍しく科学者の象徴である白衣を脱ぎ捨て、赤いカクテルドレスを身に纏っていた。

 今日はこれから、とある高級レストランの個室を借りて食事会。

 相手は今は無きユグドラシル・コーポレーションの重役だった男――呉島貴虎。

 彼とは先日のメメデュンとの戦いの時以来の再会となるが、今回は1対1の話し合い――お互いの情報を交換共有し合う場である。

 羽月は白のショルダーバッグを肩に掛け、自分の書斎を後にした。

 

 

 

 青いオープンカーを30分ほど走らせ、目的のレストランに到着すると、店のスタッフに個室の前まで案内された。

 扉を開けてもらうと、部屋の中には既に呉島貴虎の姿があった。

 約束の時間の10分前に到着した羽月だったが、貴虎はそれよりもさらに15分も前から席についていた。

 彼の生真面目さには相変わらず感服する。

 

「ごめんなさい、もう来ているなんて思いませんでした。あの……随分待ちました?」

 

 羽月は申し訳無さそうに尋ねながら、貴虎の向かいの席に腰を下ろした。

 

「いや、最近街で起きていることを考えていた。1人で頭の中を整理するにはちょうど良い時間だった」

 

 貴虎の眼前のテーブルには、食器が手付かずの状態で綺麗に並べられているだけだった。

 飲み物すらも注文せずに待っていてくれたのだ。

 

「そうですか……。そのことについても、いくつかお話したいことがあります」

「ああ、私も同じだ。だが、まずは何か注文しよう。店の者に悪いからな。話はそれからだ」

 

 

 

 一通り注文を終え、運ばれてきた料理を堪能した2人。

 その後、貴虎は追加で赤ワインとデザートのアップルパイを一切れ注文した。

 

「君もどうだ? ここのワインはなかなか上質と評判なんだが……」

 

 やって来たウェイターにワインを注いでもらいながら、貴虎は羽月にも勧めてみる。

 

「ありがとうございます。でもごめんなさい、私、お酒は飲まないようにしているんです」

「そうなのか?」

「ええ。これは偏見……というか自論なのですが、お酒は人の思考を鈍らせる。それは我々科学者にとっては致命的なことです」

 

 このような発言は、本来なら酒類を提供する店の中で口にする言葉ではない。

 そんなことは勿論承知の上だった。

 羽月は言った直後に、ウェイターに向かって申し訳無さそうに頭を下げた。

 しかし、ウェイターは特に気を悪くすることもなく、笑顔でお辞儀を返した。

 

「そうか……。凌馬がよく研究の成果が良かった時などに、1人で祝杯を挙げていたから、てっきり君も飲むのかと思ったよ」

 

 貴虎はそう言いながら、生前の戦極凌馬が、時々部屋の片隅でグラスを傾けていたことを思い出した。

 

「あの人は特別ですよ。……いや、というより、変わっているのは私の方です。他の科学者たちは、皆普通に飲んでますよ」

 

 羽月の言葉に、貴虎はフッと少しだけ笑みを浮かべながら、フォークに刺したアップルパイの欠片を口に運んだ。

 

「それよりも私からしてみれば、呉島主任の方が意外というか……。アップルパイが好きなんて可愛いところもあるんですね」

「からかわないでくれ。それにこれは、別に好物という訳ではない……。なんと言うか――ちょっとした思い出という奴だ」

 

 貴虎の脳裏に、今度は1人の女性の姿が浮かび上がってきた。

 それはかつて使用人として呉島家に仕えていた朱月藤果の姿だった。

 貴虎が心を許した数少ない人物。

 しかし脳裏に現れた彼女の姿は、一瞬にして真っ赤なリンゴの鎧を身に纏った戦士――アーマードライダーイドゥンへと変わる。

 彼女はもういない。

 禁断のリンゴロックシードの力に手を出した代償に命を落としたのだ。

 食べかけのアップルパイを見つめる貴虎の表情は、何処と無く寂しそうに見えた。

 

「思い出の味……なんですね」

 

 貴虎の心境を察した羽月は、そっと言葉をかける。

 

「味はここのに比べれば雲泥の差だがな」

 

 そう言いながら苦笑する貴虎に、羽月もまた笑顔を向けた。

 

 

 

 空いた皿を片付けたウェイターが部屋を去ると、羽月と貴虎はようやく本題に入った。

 

「それで……、あれからどうだ? ネオ・オーバーロードの動きは……」

 

 赤ワインを一口飲み、グラスをテーブルに置きながら貴虎は羽月に問いかけた。

 

「やはり予想していた通りですね。明らかに活発になってきています……。調査したところによると、どうやら複数の個体が同時に活動し、沢芽市内各所――正確にはそれぞれのエリアの住人にヘルジュースを配り歩いているようです。実際、使用者も次々に増えて、それに伴う事件の発生が多数報告されています」

 

 羽月は正面に座る貴虎の瞳を真っ直ぐと見つめながら説明を始めた。

 

「そうか……。なんとか使用を未然に防ぐ術があればいいんだがな……」

「難しいですね……。ネオ・オーバーロードと接触した者の中には、冷静な判断ができる人も確かにいるとは思いますが、そのほとんどは――特に若者の多くは“特別な力”というものにはとにかく惹かれやすく、そして手を出しやすい。それは既にユグドラシルが招いたロックシードで証明されていることです」

「ああ……、よくわかっている。私自身がその首謀者だったからな……」

 

 貴虎は皮肉を込めて自虐した。

 かつて、ユグドラシル・コーポレーションはプロジェクトアークの成功とヘルヘイムの森の侵食により発生するインベスの存在を隠蔽するために、沢芽市の若者たちを利用してロックシードを使ったインベスゲームが流行するように仕向けた。その計画を指揮したのが、誰であろう貴虎自身だった。

 

「ですが、抗う力を持っているのも若者の強みです」

 

 俯きかける貴虎を励ますように、羽月は話を続ける。

 

「世界が滅びに向かう中、迫る脅威に立ち向かい、大人が諦めかけたことを成し遂げたのも、確かに若者たちでした」

「……そうだったな。私に過ちを気づかせたのも、オーバーロードと戦いこの街を救ったのも、彼らだった」

「今しばらくは信じましょう。この街の人たちが、正しい判断をしてくれることを」

「ああ、そうだな……。しかし、我々もこのまま指を銜えている訳にもいかん。できることはしなくては……」

「そうですね。とりあえず、私たちが今できることは、ネオ・オーバーロードを1体でも多く倒して被害を可能な限り減らすこと。そして、既にヘルジュースに手を出してしまっている使用者への救済」

「使用者? そういえば、ヘルジュースを摂取してインベスとなった者はどうなっている? 一命を取り留めた者たちは……」

「現在、私の下では3人保護しています。1人はビートライダーズ――チームレッドホットの元メンバーだった少年。残りの2人は女子高校生で、先日殺人や暴行事件を起こしています」

「女子高校生の件なら私も聞いている。3人のうち、1人は亡くなったそうだな……」

「ええ、残念ながら……。無事だった3人は、今は市の病院に入院させて管理しています」

「彼らの容体はどうなんだ?」

「メディカルチェックの結果、3人の体内には今もヘルジュースの成分が残留している状態です。ですが、所持していたヘルジュースは全て没収しましたし、これ以上インベス化することはないでしょう」

 

 羽月の言葉に、貴虎は少し考え込むように間を置いてから再び口を開いた。

 

「……そのままにして問題はないのか? なんとか体内に残ったヘルジュースの成分を完全に抜き取ることはできないか?」

「申し訳ありません、今のところ確立はまだ……。現在は量産型のドライバーを使って、成分の活性化を抑制してはいますが……」

 

 戦極ドライバーやその量産型、そしてゲネシスドライバーは、本来は人類がヘルヘイムの森に適応するために開発した生命維持装置だった。

 ヘルヘイムの力を制御し、人体に無害な形に変換するフィルターの役割を持った特殊なベルト。

 以前、オーバーロードインベスの1人――レデュエの攻撃を生身で受けた駆紋戒斗が、その侵食を食い止めるためにゲネシスドライバーを常時装着し続けていたことがあった。

 マスターインテリジェントシステムの記録からそのことを改めて確認した羽月は、ヘルヘイムの果実から作られたヘルジュースの効力も同じくドライバーで抑制できると考えた。

 

「でも諦めずに研究を続けて、必ず成分を除去する方法を見つけ出してみせますよ」

 

 羽月は自分に言い聞かせるように力強く言い放った。

 

「ああ、頼む。研究や開発に関しては、今は君に頼った方が合理的のようだからな。……ところで、ネオ・オーバーロードの動向に関してだが、奴らについて何か新しい情報はあったのか?」

 

 熱心に次々と質問を重ねる貴虎。

 しかし今の状況を打破するにはそれだけ情報が必要だということは、当然羽月にもわかっていた。

 だから訊かれたことにはできるだけ、そして可能な限り包み隠さず答えようと心掛けた。

 

「そのことについても、今はまだそれほど……。こちらも、保護した使用者たちからなんとか情報を聞き出そうとしてはいるのですが、なかなか思うようには……」

「そうか……。それでも……引き続き頼む。彼らから話を聴くことができれば、必ずネオ・オーバーロードを追い詰める手掛かりになるはずだ」

「……わかりました。できる限りのことはやってみます」

 

 頷く羽月。

 すると、貴虎が「それから――」と要件を付け加えてきた。

 

「今後、ネオ・オーバーロードの出現は勿論だが、ヘルジュース関連の事件が発生した際も、できるだけ連絡を寄越してくれないか? 今日も、昼に出現したネオ・オーバーロードを君たちだけで対処しただろ?」

「え、ええ……。気づいてました?」

「当然だ。確かに、今のままだと敵の察知は君たちの方が断然優れている。情けない話だが、我々だけではどうしても後手後手になってしまうのが正直なところだ。しかしだからといって、このまま君たちに任せっきりで終わる訳にはいかない。例え情けなくっても、君たちに頼りっぱなしでも、我々も戦う。光実やあいつの友人たちも、そのつもりで動いてくれている。……それに我々は今、協力関係を結んでいるはずだろ?」

 

 貴虎のその言葉に、羽月は思わず口を噤んだ。

 別に協力を拒んでいたつもりはない。ただその前に彼らの力――シグレとランマルの実力と、自分が開発したプラムエナジーロックシードの性能で、一体どこまでいけるかを確認しておきたかったのだ。

 沢芽市が再び危機に晒されているこんな時に、そんな私情を挟むことがどれだけバカなことなのかは、勿論わかりきっていたことなのだが。

 可能性を確かめずにはいられない。科学者の性だ。

 それに、

 

「すみません……。でも、呉島主任も大変なのでは? 流出したユグドラシルの技術の件もありますし……」

「そのことなら心配する必要はない。そちらの件は、私の仲間が卒なくこなしてくれている。少々……いや、大分変わり者だが、腕は確かに信用できる」

「その変わり者というのは……凰蓮――」

 

 と、羽月がそこまで言いかけたところで、貴虎のスーツの内ポケットから着信音が鳴り出した。

 スマートフォンを取り出すと、噂をすればと言うべきか、画面にはその“変わり者”の名前が表示されていた。

 貴虎は「すまない」と会釈してから電話に出た。

 少しの間、電話の相手と会話のやり取りを続けていくと、次第に貴虎の表情が険しくなっていく。

 やがて通話を終えた貴虎は、考え込むように束の間の沈黙を貫いてから、正面に座る羽月に視線を向けた。

 

「どうかしました?」

 

 尋ねる羽月に、貴虎は重い口を開く。

 

「……妙なアーマードライダーが現れたらしい」

 

 

 

 一通り話を終えた羽月と貴虎はレストランを出た。

 外はすっかり暗くなり、街の灯りが賑やかさと神秘さを共存させている。

 この時期はまだ夜になると少し肌寒い。

 時折強く吹く冷たい風に、羽月は思わず肩を縮める。

 

「今日はありがとうございました、呉島主任」

「こちらこそすまない。しかしおかげで、色々と状況を整理できそうだ」

「いえ。ご指摘されたとおり、今後はより一層連携して活動していくつもりなので、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。こちらも新たな情報が入り次第、早急に君たちに伝えるよう心掛ける」

「お願いします。それと……先ほどの電話の件――詳細不明のアーマードライダーについても、できれば情報を共有させてもらいたいのですが……。何かあれば協力できるかもしれませんし……」

「わかっている。寧ろその方がこちらとしても助かる。これから忙しくなるだろうが、頼りにしている」

 

 そう言いながら貴虎は手を差し出した。

 羽月はその手をギュッと握り締め、2人は固い握手を交わすのだった。

 

「ところで1つ気になっていたんだが、私のことを“主任”と言うのは遠慮してもらえないか? もうユグドラシルは存在しないんだ。今の私は、ただの貴虎だ」

「そう仰いましても……。私にとって、主任は主任です。今も昔も。寧ろなんてお呼びすれば?」

「普通に呼んでくれればいい」

「えー……。“呉島さん”……だとパッとしませんし、何より弟さんと被りますね……。じゃあやっぱり、“貴虎さん”!」

「下の名前だと変な誤解を招かないか……?」

「じゃあ愛称で呼びますか? 例えば……“タッくん”とか」

「私は猫舌ではない」

「猫舌? なんのことですか?」

「いや、なんでもない……。もういい……。今までどおりの呼び方で呼んでくれ……」

 

 そんな他愛のない会話を交わしながら、羽月と貴虎は夜の街へと消えていった。

 

 

 ☆

 

 

 「……あなたたち、何してるの?」

 

 貴虎と別れ、研究所に帰宅した羽月の眼に飛び込んできたのは思わぬ光景だった。

 書斎のソファーに座るランマルの両肩を、シグレが一生懸命に揉み解しているところだ。

 その光景はシグレが童顔なのも相俟って、まるで親子の日常のようにも見えた。

 微笑ましい限りではあるが、人の仕事場でこの2人は一体何をしているのか。

 

「あ、お帰りなさい」

 

 肩揉みを続けたまま、シグレは羽月に挨拶する。

 

「戻ったか。遅かったな」

 

 ソファーに深く座り込みながら、視線だけを向けてランマルも言う。

 呆れ顔の羽月は、2人に説明を求めた。

 それに応えたのはシグレだった。

 

「ごめんなさい。羽月さんの帰りを待ってたんですけど、ラン姉が戦いの影響でまた辛そうだったから、少しでも癒してあげようかと思って……」

「……それで肩揉み?」

「ええ、まあ……。僕にはこれぐらいのことしかできないから……」

 

 されるがままのランマルの顔を覗いてみると、とてもリラックスした表情が窺える。

 どうやらシグレはマッサージが相当上手いらしい。

 2人の様子を観察しながら、羽月は少し考えた。そしてある提案を思いついた。

 

「ねえ2人とも、良かったら明日、一緒に温泉にでも行かない?」

「温泉?」

「なんだ? 突然何の話だ?」

 

 突拍子もない羽月の思いつきに、シグレとランマルは首を傾げた。

 

「実はさっき、呉島主任と話をしてきたの。それで今後は協力体制を強化することになって、これからますます忙しくなるから、その前に明日ぐらいはゆっくりと羽を伸ばすのも良いかと思ってね。幸い、評判の良いスパリゾートもこの街にはあるし、これからの戦いのためにも、2人には今のうちに英気を養ってもらわないと」

 

 羽月の言葉にシグレとランマルは暫く顔を突き合わせた。

 “すぱりぞーと”というものが一体何なのかは全くわからなかったが、羽月の言い方から察するにきっと楽しいことに違いない。

 考えてみれば、元いた世界――戦が絶えなかった武神の世界は勿論のこと、こちらの世界に来てからもずっと戦いの連続だった。それを思えば、少しぐらい遊戯に付き合うのもそれはそれで悪くないのかもしれない。

 2人は羽月に視線を戻すと、少々照れくさそうに返答した。

 

「あの……羽月さんがそう言ってくれるのなら、僕はお供したいです……」

「ま、まあ……ちょっとぐらいなら……な」

 

 肩揉みの手をいつの間にか止めて、嬉しそうな表情を浮かべるシグレと、素直になりきれないランマル。

 兎にも角にも、明日は3人揃っての初めての休日となった。

 

 

 

 

 薄暗い古びたアパートの一室。

 全ての窓はカーテンに遮られ、天井にぶら下がった照明も消灯したままになっている。

 唯一の灯りはデスクトップパソコンのモニターから漏れる光だけ。

 そしてそのパソコンからは、何故か研究所にいるはずの羽月やシグレ、ランマルの声がハッキリと聞こえてきていた。

 

「へえ~……温泉かァ~。いいなァ~。最高のシチュエーションじゃん! さっそくコイツの力を試そっと……」

 

 陰気な雰囲気が漂う部屋の中に、パソコンに向き合う男が1人。

 それは昼間、ショッピングモールでアーマードライダーとネオ・オーバーロードの戦いを目撃していたあの男だった。

 男の名前は 濡流屋(ぬるや)

 濡流屋は筒抜けになっている研究所内の会話に耳を傾けながら、不気味な笑みを浮かべた。

 彼の手には、ヘルジュースの小瓶が1本握られていた。

 

 

 ☆

 

 

  次の日の朝、約束したとおり3人は沢芽市の中央区にあるスパリゾートにやって来た。

 ここには大小9種類の温泉をはじめ、トレーニングジムやゲームコーナー、フードコートや温水プール施設などがある。

 フロントでチェックインを済ませた3人は、さっそく温泉に浸かろうと脱衣所へと向かう。

 その道中、シグレがふと足を止めた。

 視線の先にはゲームコーナーがあり、シグレはその中にあるダンスゲームが気になっていた。

 “ドレミファビート”というタイトルの筐体の上では、熟練のプレイヤーがリズムに合わせて凄まじいテクニックを披露しており、その様子をさらに数人のプレイヤーたちが興奮しながら見物している。

 先日チーム鎧武のメンバーたちと交流し、この世界のダンスというものを僅かながらに体験したこともあってか、どうしてもマシンの上のダンスに眼が向いてしまう。

 その場に立ち尽くしたまま身動きが取れないでいると、ついて来ないシグレを不思議に思った羽月とランマルが声を掛けに引き返してきた。

 

「どうしたの? シグレくん」

「何かあったのか?」

 

 2人に言われてシグレはハッとなった。

 

「あ、ごめん。ちょっとむこうが気になって……。2人は先に入ってゆっくりしてて。僕は後で入るから」

「そう?」

「いいのか? シグレ」

「うん。2人とも楽しんできて」

「わかったわ。じゃあ、また後で合流しましょ」

 

 女性用の脱衣所へと向かう羽月とランマルを見送ったシグレは、足早にゲームコーナーへと進み、ダンスゲームの筐体を囲む見物人たちに紛れ込んだ。

 拍手や歓声が飛び交う中、シグレは眼前の熟練プレイヤーのテクニックに圧倒され、言葉を失っていた。

 近くで見ると、また迫力が全然違う。

 筐体の画面上では、ゲームキャラクターのポッピーピポパポが高評価のマークを表示している。

 

「すごいなぁ……」

 

 この施設にやって来た目的をすっかり忘れ、夢中になってダンスを眺めるシグレ。

 するとそこへ、

 

「なんだ、やっぱり好きなんじゃん! ダンスのこと」

 

 突然、背後から聞こえた声に呼びかけられ、シグレはまたハッとなった。

 聞き覚えのある少女の声に振り向いてみると、そこにいたのはチーム鎧武のメンバー――チャッキーだった。

 

「チャッキーさん!? どうしてここに……?」

 

 意外な場所での思わぬ再会に、シグレは驚きを隠せなかった。

 

「それはこっちのセリフよ! 君こそなんで?」

 

 チャッキーはフロント前の自販機で買った缶ジュースを片手に、シグレに尋ねた。

 

「僕はえっと……知り合いの人に誘われて……。チャッキーさんは?」

「ん? 私はお母さんと一緒に。今日は練習も休みだし、たまには親子の絆も深めないとね!」

「へぇー。良いですね、そういうの」

「まあね。とは言っても、肝心の母は今は1人でエステの最中だけど」

「えすて? チャッキーさんは一緒にやらないんですか?」

「やらないやらない! だって私、まだ若いし、肌もスベスベだから!」

 

 そう言って、チャッキーは缶の淵に口をつける。

 少量のジュースをコクッと飲み込むと、早々に話題を切り替えた。

 

「そんなことよりも君のことよ! 今思いっきり見惚れてたでしょ?」

「え? 何にです?」

「これこれ! ダンスによ!」

 

 と、チャッキーはマシンの上で踊り続ける熟練プレイヤーを指差した。

 

「え、ええ……まあ……」

 

 なんとあっさりと見抜かれてしまった。

 シグレは恥ずかしげに耳の後ろを指で掻きながらコクッと頷いた。

 

「やっぱり気になるんでしょ? だって君、絶対ダンスの才能あるはずだもん!」

「いや、そんなことは……」

「でも楽しかったんじゃない? この前踊ってみた時」

「それは勿論……」

「でしょ? もしあの時、楽しいと思えなかったなら、今こうしてここにいるわけないからさ」

 

 どうやら彼女は全てお見通しのようだ。

 確かにあの時――チーム鎧武のガレージで初めてこの世界のダンスというものに触れた時、今まで味わったこともない楽しさと開放感を体験することができた。

 あの感覚を知ってから、時々気持ちがウズウズするのも確かだった。

 またもう1度、音に合わせて身体を動かしたい。

 敵に合わせて刀を振るうのではなく、あの時のように、心が弾む音楽に合わせて自由気ままに踊りたい。いつの間にか、そう思うようになっていた。

 

「それで前にも訊いたけどさ、本格的に私たちと一緒にダンスしてみない? 君とならきっと楽しく踊れると思うんだよね」

 

 チャッキーの2度目の誘いに、シグレは言葉を詰まらせた。

 正直、彼女の誘いはとても嬉しかった。

 できることなら、今すぐにでも承諾したかった。

 しかし、自分がこの世界にやって来た目的は戦うため。戦って、この世界を危機から救い、自分たちの世界を危機から守るためだ。

 それなのに他のこと――ダンスに夢中になるなんて、やってもいいことなんだろうか。

 ラン姉はなんて言うかな。

 羽月さんはなんて言うかな。

 返す言葉が見つからず、すっかり返事に困ってしまったシグレ。

 眼前ではチャッキーが期待した答えが返ってくるのをウキウキしながら待っている。

 その様子を困り果てながら見ていると、彼女の背後を1人の男が横切って行った。

 

「あれ? あの人は……」

 

 チャッキーの肩越しにその姿を目撃したシグレは、男の正体にすぐに気がついた。

 

「ん? なに? どうかした?」

 

 突然様子が変わったシグレに、チャッキーは尋ねる。

 

「いえ。チャッキーさんの後ろにいるあの人、昨日見た顔だなと思って……」

 

 そう言われて、チャッキーも男の姿に目を向ける。

 

「あの人、昨日怪物が現れた場所にもいたんですけど、僕の知りあいにちょっと変なことをして……。なんか変わった人だったんですけど……」

 

 シグレとチャッキーは、男の行動を暫く観察した。

 男はやけに周りを警戒した様子で、キョロキョロしながら小走りで何処かへ向かって行く。

 その行く先に気づいたチャッキーは、次の瞬間声を大にした。

 

「あ! あの先ってもしかして……女湯じゃないの!?」

「女湯!?」

 

 天井にぶら下がった矢印の案内板を見ると、確かに男が向かった先は“女風呂・大浴場”と記されていた。

 しかもそこは、少し前にランマルと羽月が向かった場所でもあった。

 

「まさかあの男、女湯を覗くつもりじゃないわよね!?」

「それって……悪いことですよね?」

「当然!!」

 

 シグレの一応の確認に、チャッキーは腹の底から答えた。

 

「なんか心配になってきた! 追いかけよ!」

 

 チャッキーに腕を引っ張られたシグレは、ダンスゲームを取り囲む人混みの中から勢いよく抜け出した。

 2人は男の行動を探るため、その後を追跡することにした。

 

 

 ☆

 

 

 濡流屋という男は異常な性癖の持ち主だ。

 好みの女性を見つけて1度目をつけると、その女性の身体を自分の舌で舐め回したいという願望に駆られてしまう。

 しかしそんな考えを実行に移す度胸は持ち合わせておらず、今まではただ妄想に耽るだけだった。

 ところが昨日、白いタキシードの男に出会った濡流屋は、彼から小さな瓶を受け取った。

 

「これは魔法の薬だよ。この薬を飲めば、どんな願いも実現できる勇気を持つことができる。勿論、この力をどう使うかは、君次第だけどね」

 

 男の話を聞いた濡流屋には、既に目をつけている女性がいた。

 昼間、僅かにその女性に接触した時、気づかれないように彼女の上着のポケットに小型の盗聴器を忍ばせた。

 彼女の会話を盗み聞きし、情報を得た濡流屋には、今日このスパリゾートに彼女がくることはわかっていた。

 

 

 

 

 女性専用を意味する赤い和風暖簾の前に、濡流屋は立っていた。

 標的の女性がこの暖簾を潜り、大浴場に繋がる脱衣所へと入っていったことは既に把握済みだった。

 後は手に入れた小瓶の中身を飲み干し、その力で女風呂に忍び込むだけ。

 考えただけでワクワクしてくると、濡流屋は胸を躍らせた。

 女風呂の前で1人の男がニヤニヤしながら佇んでいる光景など、傍から見れば気味が悪いだけだが、彼にとっては幸いにも、今この瞬間、周りに他の客の姿はなかった。

 行動を起こすなら今がチャンスだ。

 濡流屋は腰につけたポーチから小瓶を取り出した。

 いざっ!

 しかしその瞬間、突然背後から聞こえてきた少女の叫び声が、濡流屋の手を急停止させた。

 

「ちょっとあんた! そこで何してるの!」

 

 唐突に浴びせられた大声に、濡流屋の両肩がビクッとなる。

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは2人の少年少女だった。

 1人は見覚えがある。

 昨日、標的の女性を初めて目撃した時、彼女の傍にいた童顔の少年だ。

 もう1人の少女は、顔に覚えはないが、今の大声は間違いなく彼女だ。

 2人の登場に、濡流屋は途端にそわそわする。

 

「あなた、昨日怪物が現れた現場にもいましたよね? なんでまたここに?」

 

 冷静な口ぶりで、少年の方――シグレは問いかける。

 濡流屋は質問に答えることもなく、ただこれからのことを考えた。

 これはマズイよォ~。確かコイツも、あの女性と同じようにアーマードライダーになれるはず。だとしたら、生身の姿でも見かけによらず結構強いかもしれない。小瓶の力を身につける前に先手を打たれでもしたら、絶対勝ち目はない。ならどうする? 幸い、奴らはこちらの手の内はまだ何も知らない。だったら打たれる前に打て! 先手を打つのは、このぼくだァ!

 濡流屋は手にしていた小瓶を一旦ポーチの中に戻すと、代わりに別のアイテムを取り出した。

 

「ロックシード!? あんたそれ、なんで持ってるのよ!?」

 

 濡流屋が手にした予想外のものに、少女――チャッキーは思わず叫んだ。

 見間違えるはずがない。だって自分自身も関わってきたんだから。

 確かに濡流屋が握り締めているものは、果実の絵が描かれた錠前型アイテム――ロックシードだった。

 濡流屋は合計4個のロックシードを見せびらかしながら、チャッキーの問いに答えた。

 

「なんでって集めたのさ、随分前に錠前ディーラーから買ってね。ぼくはビートライダーズなんかじゃないし、インベスゲームにも興味はなかったよ。けど、当時街に出回っていたコレには気持ちが惹かれたよ。幾つものバリエーションに、そう簡単にはコンプリートできないというハードルの高さ。コレクター魂が擽られたんだよ。だから大金をはたいて集めたんだ。ぼくは欲しいものには妥協しないからね。……まあそれでも、残念ながらコンプリートは叶わなかったよ。集めきる前に、街が滅びかけたからね」

 

 若干早口で長々と語る濡流屋の喋り方に、チャッキーは苛立ちを感じた。

 シグレは濡流屋の話の意味がほとんど理解できず、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。

 

「とにかく、コイツの力は良く知ってるよ。コレがどんなものかは、DJサガラの配信動画で視聴済みさ!」

 

 そう言うと、濡流屋は4個のロックシードを次々と解錠させた。

 4個のうち、3個はクラスDのヒマワリロックシード。残る1個はクラスAのドリアンロックシードだ。

 次の瞬間、ロックシードの力で頭上に開いた裂け目――クラックから3体の初級インベスと1体の上級インベス――ヤギインベスが飛び出してきた。

 

「さあ、このぼくが命じるよ! 目の前の2人の足止めをするんだァ! 行けェー!」

 

 濡流屋はヘルヘイムの森から呼び出した4体の怪物に命令を下した。

 するとインベスたちは呻き声を上げながら、行く手を遮るようにシグレとチャッキーを取り囲む。

 その隙に、濡流屋は軽やかな足取りで赤い和風暖簾を潜り、堂々と脱衣所へと入って行った。

 

「あぁー! あいつ本当に女風呂に!」

 

 立ち塞がるインベスたちの隙間から濡流屋の行方を確認したチャッキーは大声で叫ぶ。

 

「今はそんなことよりこいつらを……。僕の後ろに下がってください、チャッキーさん!」

 

 女風呂に突入した男のことよりも、目の前の敵からチャッキーを守ることで頭がいっぱいのシグレは、懐から戦極ドライバーを取り出した。

 

「それってまさか……」

 

 見覚えのあるベルトにチャッキーの眼が釘付けになる中、シグレは戦極ドライバーを腰に装着し、ブラッドオレンジロックシードを解錠させた。

 

『ブラッドオレンジ!』

「変身!」

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 ロックシードをセットした戦極ドライバーのカッティングブレードを倒し、真っ赤な果実の鎧を身に纏ったシグレは、アーマードライダー鎧武・華 ブラッドオレンジアームズに姿を変えた。

 

「赤い……鎧武? うそ……。君が……?」

 

 シグレがアーマードライダーになったこと、その姿が自分が良く知る鎧武者と似ていることに、チャッキーは驚愕した。

 そういえば、動画サイトに赤い鎧武者が映った動画が投稿されていることを、ミッチやザックの話で知ったけど、その正体がまさか彼?

 

「こいつらは僕に任せて、その隙にチャッキーさんは逃げてください!」

 

 呆気に取られるチャッキーを余所に、鎧武・華は大橙丸を構える。

 幸い、今は周りに一般客は1人もいない。

 誰かが来る前に――この状況を誰かに見られる前に、カタをつける。

 鎧武・華は前進し、一心不乱に刀を振り下ろす。

 眼前でインベスを相手取る鎧武者。その光景に、チャッキーは懐かしさを感じながらも、自らも行動を起こすべきだと考えた。

 そして、

 

「あの男は私がなんとかする! インベスの相手はお願いね!」

 

 そう言ったチャッキーは、群がるインベスたちの間を掻い潜り、濡流屋の後を追って脱衣所へと飛び込んだ。

 

「チャッキーさん! くっ……まずはこいつらを何とかしないと……! ここじゃいずれ人が来る……。場所を変えなきゃ!」

 

 チャッキーの心配をしながらも、今はインベスたちを始末することが優先だと判断した鎧武・華は、人気がない場所に敵を誘導することにした。

 

 

 

 

 濡流屋を追って脱衣所に突入したチャッキー。

 しかしどういう訳か、そこにあの男の姿は見当たらなかった。

 眼に映るのは、何の関係もない2~3人の下着姿の女性客たちだけだった。

 

「えっ!? いない……。どうして……?」

 

 訳がわからず、辺りをキョロキョロと見回していると、不意に女性客の1人がゆっくりと近づいてきた。

 チャッキーはとりあえずその女性客に尋ねてみることにした。

 

「あの……変なこと訊きますけど、ここに男が1人、入ってきませんでしたか?」

 

 我ながら本当に変なことを質問していると内心呆れながらも、チャッキーは女性客の返答に耳を傾けた。

 

「誰も入ってきてないけど? っていうか、ここ女性用よ?」

 

 女性客の笑い混じりの答えはわかりきっていたことだった。

 

「はは……。ですよね~……」

 

 たまらず、チャッキーは思わず苦笑する。

 しかし予想外にも、女性客はさらに言葉を続けた。

 

「ところで、あなた可愛いわね。少し付き合ってくれない?」

 

 女性客はニコッと笑みを浮かべながら、その長細い腕をスッと伸ばした。

 

「えっ……?」

 

 

 ☆

 

 

 雲1つない青空の下で、白い湯煙が立ち上っている。

 スパリゾートとなっている建物の4階には女性専用の大浴場があり、その中にある扉の1つは露天風呂へと繋がっている。

 まだ午前中ということもあり、入浴しようとする客はそれほど多くはなく、騒動の最中に運良く脱衣所前に人が来なかったのもそれが理由である。

 屋内の大浴場には、今は2人ほど利用客がいるが、彼女たちも間もなく出ていくところ。

 露天風呂でくつろいでいる羽月とランマルにとっては、ほとんど貸切状態となっていた。

 

「はぁ~……。たまにはこういうのも悪くないかもな」

 

 熱い湯の張った湯船に白い柔肌を深く沈めながら、ランマルは緊張を解きほぐすように息を吐き出した。

 湯の底で足をピンと伸ばしながら、両肩まで浸っていくその様子はリラックスそのものだった。

 

「なんだかんだで結構楽しんでるみたいね」

 

 隣で同じように湯に浸かりながら、羽月はランマルを見て笑った。

 

「私とシグレがいた世界には、これほどまでに綺麗な温泉は滅多になかったからな」

「そうなの?」

「ああ。温泉はあっても、戦で流れた血で真っ赤に染まってとてもじゃないが、こんなふうに入れるような所じゃなかった。酷い時は、人の死体がそのまま浮かんでいる所もあったぐらいだ」

「……聴かなきゃよかったわ」

 

 ランマルの話を想像してしまった羽月は、表情を引き攣らせて全力で後悔した。

 

 

 

 

 すっかり2人だけの世界を満喫している羽月とランマルだったが、招かれざる客は既にすぐ傍まで迫っていた。

 湯煙に紛れて移動し、建物の外壁に張り付いた“それ”は、キョロキョロと別方向に動く左右の眼球を一点に集中させて2人の美女をロックオンした。

 その巨体は、本来ならすぐにでも気づかれそうなほどの存在感だが、羽月とランマルを捉えている“そいつ”の姿は、2人の視界には完全に映りこんでいなかった。

 カメレオンインベス・レゾン。

 濡流屋がヘルジュースを摂取して変化したインベス体であり、その名のとおり、カメレオンのように体色を周囲の景色に溶け込ませる擬態能力を持っている。

 全身の色を外壁の色に同化させたカメレオンインベス・レゾンは、湯船に浸かる羽月とランマルを交互に見比べながら、思わず舌なめずりをする。

 元々ランマルの身体を目当てにこの場所にやって来たつもりだったが、隣にいるインテリ系の美女――羽月の大人っぽく女性らしい体形も、カメレオンインベス・レゾンの好みだった。

 どちらから先に手を出そうか。

 迷った挙句、カメレオンインベス・レゾンは最初に羽月を標的に選んだ。

 本命のランマルを後回しにし、まずは知的な美女を頂くことにしたのだ。

 カメレオンインベス・レゾンは口から長い舌を垂れ流すと、その先端をお湯の中に忍び込ませた。

 まるでウミヘビやウツボのように、浴槽の底を蛇行しながらゆっくりと羽月の下半身に近づいていく。

 

 

 

 

「いやぁっ!? なにっ!?」

 

 太ももの内側に唐突な不快感を感じた羽月は、悲鳴を上げながら慌てて湯船を飛び跳ねた。

 

「なんだ? どうした?」

 

 羽月の異変に、ランマルは驚きの表情を浮かべる。

 

「そこ……中に……何かいる……」

「何か?」

 

 羽月に促され、ランマルが水面を覗いてみるが、とくに何も見当たらない。

 当然のことだが、浴槽を這う長い舌も、本体と同じように景色の色に同化しカモフラージュされている。

 ランマルが困惑する中、カメレオンインベス・レゾンの透明な舌は羽月を追いかける。

 足首に絡みつき、肌を伝って這い上がる。

 舌の先端は螺旋を描くように腰から腹部へ上り、ふくよかな乳房を目指す。

 ヌメヌメとした感触が体に纏わりつき、羽月は悲鳴をさらに加速させる。

 

「ちょっと!? やだぁ!? 気持ち悪い……!」

 

 明らかに様子がおかしい羽月を見て、ランマルはもしやと直感を働かせる。

 

「まさか敵か!」

 

 裸体が露になることも顧みず、飛沫を上げながら立ち上がると、ランマルはすかさず周囲に神経を張り巡らせた。

 不覚だった。

 人は食事や睡眠、そして入浴の時などに緊張感を失いやすい。そしてそういう時にこそ、もっとも命を狙われる確率が高くなる。

 常に命の奪い合いだった武神の世界での戦――ましてや武将を務めていた自分にとっては、そんなことは日常茶飯事だったはず。

 わかっていたはずなのに、異なる世界での生活を始めた途端に疎かにしてしまった。

 一見平和に見えるこの世界に来て、気が緩んでしまっていたのだろうか。

 心の中で全力の後悔に打ちひしがれながらも、今は目の前の状況を見極めるべく、ランマルは戦で鍛えた己の五感を研ぎ澄ませた。

 そして何かを察知した次の瞬間、すぐさま行動を起こした。

 本来なら、護身用の武器を手元に置いておくべきだったのだが、今は愛用していた2丁拳銃どころか鎧を生み出す装置であるゲネシスドライバーもない。

 というより、ドライバーは脱衣所のカゴの中だ。取りに戻っている暇はない。

 ならばと、ランマルが手に取ったのは風呂場に置いてある木製の丸い湯桶だった。

 ランマルはその腕をフルスイングし、一点の方向目掛けて湯桶を投擲した。

 湯桶はフリスビーのように回転しながら真っ直ぐと飛翔、そして見えない敵にスパコーンと直撃。

 刹那に悲鳴を上げながら姿を現したカメレオンインベス・レゾンが、濡れた浴場の床にドシャっと転げ落ちてきた。

 

「いってぇええええ……! 頭打ったァ~……」

 

 当たり所が悪かったからなのか、湯桶が命中した拍子に擬態が解けてしまったカメレオンインベス・レゾンは、羽月とランマルの眼前で後頭部を痛そうに摩っている。

 

「インベス!?」

 

 カメレオンインベス・レゾンが体勢を崩したことで、気色悪い舌から解放された羽月が、敵の姿に驚きの声を上げる。

 

「こいつは知性を持ったインベス、つまり人間だ! ……貴様、昨日私に接触してきた男だろ?」

 

 既にその正体を看破していたランマルは、カメレオンインベス・レゾンに鋭い視線を浴びせる。

 

「えっ!? なんでバレた!?」

 

 あっけなく見抜かれ、焦りだすカメレオンインベス・レゾン。

 

「身体の臭いだよ! 戦に勝つための鍛錬のおかげで、私の五感は他人より敏感なんだ! それに記憶力にだって自信はある! 貴様の不潔な臭いなど、1度嗅げば嫌でも覚えるさ!」

「えぇ~……、ショックぅ~! ぼくってそんなに臭う? でもまあいいけど! 正体がバレようが、今の素っ裸な君たちになら負ける気はしないしさァ~!」

 

 無防備な2人――全裸の羽月とランマルに向かって、カメレオンインベス・レゾンは再び長い舌を伸ばした。

 今度の標的は本命のランマル。彼女目掛けて、ギラついた紫色の舌が超スピードで放たれる。

 しかも発射動作は殆どノーモーションだった。

 回避する余裕すら与えずに、舌の先端がランマルの胴体に巻きついた。

 

「くっ……速い……」

 

 さすがのランマルの反射神経をもってしても、今の一撃はかわすことができなかった。

 アーマードライダーの力なら容易いだろうが、生身の姿だとやはり限界がある。

 唾液が滴る長い舌が、柔肌を舐め回すようにランマルの上半身を這い上がり、ゆっくりと唇へと近づいていく。

 ついさっき羽月が味わったものと同じ不快感を、ランマルもまた味わっていた。

 

「なんて下劣な……」

 

 迫り来る舌先をなんとか遠ざけようと、首を振って抵抗しようとしてみるが、身体に纏わりつく唾液のぬめりのせいで力が上手く入らない。

 ならば助けを借りようと、羽月に視線を送ってみるが、あろうことか羽月は背を向けてそそくさと屋内に逃げてしまった。

 

「あの女……自分だけ……」

 

 露天風呂に1人残されたランマルは、自分を見捨てた羽月に対する怒りで一杯になった。

 せっかく信頼しかけていたのに。信じようとしていた自分が馬鹿だった。

 そうこうしている間に、カメレオンインベス・レゾンの舌先はとうとうランマルの唇に到達。強引に抉じ開け、口の中に侵入を開始した。

 

「んぐっ!? や、やめ……」

 

 どうにかして塞き止めようにも、紫色の舌はズルズルと容赦なく入り込んでくる。

 口の中で自分の唾液と怪物の唾液が混ざり合い、酷い吐き気がランマルを襲う。

 

「良いね良いねェ~! 最高だねェ~! このまま体内から犯しちゃおうかなァ~!」

 

 ランマルの苦痛に歪む表情を前に、カメレオンインベス・レゾンのテンションは上がり続ける。

 紫色の舌に喉を塞がれ呼吸困難にも陥り、ランマルの瞳からは涙が溢れてくる。

 意識が遠ざかっていく。そろそろ限界だった。

 ガクンと膝が折れ、浴槽の中に崩れ落ちそうになる。

 自分はこのままどうなってしまうのだろうか?

 想像したくもない結末が脳裏を過り、思わず瞼をギュッと閉じる。

 視覚を遮ったことで他の感覚が研ぎ澄まされたのか、口の中の違和感がさらにハッキリと感じ取れた時、後ろの方から叫び声が聞こえてきた。

 

「そこまでよ! これ以上はやらせない!」

 

 その聞き覚えのある声に、ランマルはハッと目を見開いた。

 涙目のまま、声が聞こえた露天風呂の出入り口の方に視線を向けると、そこに立っていたのは息を切らしながら戻ってきた羽月だった。

 

「お前……」

「彼女は私の大事な協力者よ! アンタみたいな変態に、好き勝手なことはさせない!」

 

 カメレオンインベス・レゾンに向かってそう叫んだ羽月は、ちゃっかり裸体を隠すために巻いてきたバスタオルの上から戦極ドライバーを装着した。

 それはフェイスプレートがブランク状態になっている量産型――ナックルや黒影トルーパーが使用するものと同機種である。

 羽月はさらに桃の絵が描かれたロックシードを握り締め、胸の前で解錠させた。

 

『モモ!』

 

 電子音声が鳴り響き、頭上に開いたクラックから乳白色の鋼の果実が舞い降りてくる。

 羽月はロックシードを戦極ドライバーに装填。次の瞬間、力強く叫びながらカッティングブレードを倒した。

 

「変身!」

『ハイ~! モモアームズ! 撃・桃! エイヤットォ!』

 

 頭部に覆い被さった鋼の果実が小型の鎧に変形し、羽月の身体に装着。ここに新たな桃の戦士が参上した。

 アーマードライダープロトマリカ モモアームズ。

 かつて湊耀子が使用していたマリカ ピーチエナジーアームズを開発する過程で生まれたマリカの試作型である。

 その姿は白いチャイナドレスのようなライドウェアを身に纏い、両手には2本の打撃武器型のアームズウェポン―― 桃双錘(とうそうすい)が握られている。

 “マリカ”というアラビア語の名前でありながら、中華を連想させる風貌というのも可笑しな話ではあるが、これもまた、開発した戦極凌馬の趣味……いや、研究成果の1つなのかもしれない。

 

「いくわよ!」

 

 変身して早々、プロトマリカは駆け出し、カメレオンインベス・レゾンとの間合いを一気に詰めた。

 そして懐に飛び込むと同時に、2本の桃双錘を敵の腹部に叩き込んだ。

 アームズウェポン桃双錘は、中国の武器――錘を模しており、先端のおもりの部分が桃の形をしている。

 プロトマリカはその桃型のおもりをカメレオンインベス・レゾンの腹にメキメキとめり込ませた。

 その1撃には、言うまでもなく様々な感情が込められている。

 だって裸を見られてるし。

 

「ぐぶっ!? ぶぅへぇええええええ!!!」

 

 ランマルを舌で拘束するのに夢中で身動きが取れなかったカメレオンインベス・レゾンは、プロトマリカのいろんな意味で重い1撃をもろに喰らい、口から様々なもの(よだれとか朝食とか)を吐き出しながら背後に大きく吹き飛んだ。

 それにより舌の締め付けが解け、ランマルは悪趣味な拘束からようやく解放された。

 

「ゲホッ…ゲホッ……」

 

 こみ上げてくる吐き気に耐えながら、口の中に溜まった唾液を必死に吐き出すランマル。

 

「大丈夫? 何とか無事みたいね、安心したわ」

 

 駆け寄ってきたプロトマリカが、倒れそうになるランマルの肩をそっと支える。

 

「無事……? これが無事に……見えるか……? 喉の奥にベロを押し込まれるなんて……、初めての経験だぞ……」

「まあね。でも前向きに考えたら? 滅多にできない特殊なディープキスだと思えば……」

「殺されたいのか……?」

 

 ディープキスの言葉の意味はわからなかったが、プロトマリカの言い方にはなんとなくカチンと来た。

 からかわれているような気分になり、ランマルは乳白色の仮面をキッと睨みつけた。

 

「ごめん、冗談よ。それよりも、あなたも仕返ししなきゃ気が済まないでしょ?」

 

 そう言って差し出したプロトマリカの手には、ランマルのゲネシスドライバーとプラムエナジーロックシードが握られていた。

 敵のインベスの力に対抗するためのドライバーとロックシード、これらを取りに、羽月は脱衣所に戻っていたのだ。

 

「……当然だ! このままでは済まさん!」

 

 ランマルはゲネシスドライバーとプラムエナジーロックシードを受け取ると、立ち上がりながらカメレオンインベス・レゾンの方に視線を向けた。

 プロトマリカの1撃が相当痛かったのか、カメレオンインベス・レゾンは腹部を押さえながら床の上でのたうち回っている。

 ランマルはへその上にゲネシスドライバーを重ねると、プラムエナジーロックシードを解錠した。

 

『プラムエナジー!』

「変身!」

『ソーダァ! プラムエナジーアームズ! パーフェクトパワー! パーフェクトパワー! パーフェクパーフェクパーフェクトパワー!』

 

 真っ赤な鎧を身に纏い、ランマルはマリカver.2 プラムエナジーアームズに姿を変えた。

 赤と白、2色のマリカ、試作型と最新型のマリカが並び立った瞬間である。

 

「ぐへェ~……。2人のエロかわ戦士かァ~、たまんねェ~!」

 

 苦しそうにしながらも立ち上がったカメレオンインベス・レゾンは、卑猥な熱視線を2人のマリカに浴びせながら、再びその姿を晦ました。

 全身の体色を背景に溶け込ませ、微かな足音だけを残して移動を始める。

 

「奴め、また姿を消したな……」

「変態が力を持つと本当に厄介ね……。どうする? あなたの(聴覚強化)を使えば、簡単に見つけることもできるけど?」

「必要ない。こんな奴を相手に、無駄な体力を使ってたまるか!」

 

 マリカver.2はそう言うと、周囲に飾られた岩の1つに狙いを定め、ソニックアローのトリガーを躊躇なく引き絞った。

 撃ち出された1本の光の矢が狙い通り獲物に命中、敵はあっけなく姿を現した。

 

「いぎゃぁああああー……! なんでバレたァ~!? 見えないはずなのにィ~……」

 

 岩肌から転げ落ちたカメレオンインベス・レゾンが、光の矢が刺さった片腕の傷口を手で押さえながら激しく悶え苦しむ。

 

「言っただろ! お前の居場所は臭いでわかると!」

「そ、そんなァ~……」

 

 あまりにも情けない姿を晒すカメレオンインベス・レゾンを見ていると、相手にするのも馬鹿馬鹿しいとマリカver.2は思い始めた。

 

「しかしコイツ、インベスになっているというのに随分と撃たれ弱いな」

「多分、摂取したヘルジュースとの適合率が低かったのね。体質に上手く合えば強力な肉体が手に入るけど、基準よりも低ければ大した力は得られない。つまりこの男は、怪人には向いていないってことかしら」

 

 マリカver.2の疑問に、隣にいたプロトマリカが考察を口にした。

 

「もう沢山だ! 次で終わらせるぞ!」

「同感ね! おかげで休暇が台無しだもの!」

 

 2人のマリカはうんざりしながらもそれぞれのドライバーに手を掛けた。

 

『モモ・オーレ!』

『プラムエナジー・スパァーキング!』

 

 プロトマリカは両手の桃双錘をクロスさせ、巨大な桃の形をしたエネルギー弾を生み出した。

 桃双錘を大きく振り下ろし、桃型エネルギー弾を勢い良く発射させる。

 

「や、やめてェ~! うぎゃッ!?」

 

 エネルギー弾が命中し炸裂した瞬間、発生した爆風に巻き込まれてカメレオンインベス・レゾンが上空へと打ち上がっていく。

 マリカver.2は地面を蹴ってそれよりも空高く跳躍すると、プラムエナジーロックシードのエネルギーが集中した右足を前に突き出し、急降下する。

 次の瞬間、空中を舞い落ちるカメレオンインベス・レゾンに、マリカver.2の必殺キックが直撃した。

 

 

 ☆

 

 

 濡流屋が呼び出した4体のインベスたちを人気のない場所へと誘導していた鎧武・華は、今は季節はずれで使用されていない屋外のプールサイドに場所を移していた。

 大橙丸と無双セイバーを手に、四方八方から襲い掛かってくるインベスたちを相手取っていく。

 敵に囲まれると、カキロックシードを取り出し、鎧を換装させて戦闘スタイルも変化させていく。

 

『カキアームズ! 夕凪・クロスストーム!』

 

 カキアームズになった鎧武・華は背中に装備された巨大手裏剣――カキ風刃を引き抜き、大きく振り回してインベスたちを圧倒していく。

 ヤギインベスが頭部のツノを伸ばして放った突貫攻撃を、カキ風刃を盾にして防御。その間にカッティングブレードを倒し、武器にエネルギーを集中させる。

 

『カキ・スカァッシュ!』

 

 ヤギインベスの攻撃が止んだ隙を狙い、カキ風刃を投擲。鎧武・華の腕の動きに合わせて円を描くように飛び回り、インベスたちを次々に斬り裂いていく。

 全てのインベスたちを斬り伏せ、カキ風刃が鎧武・華の手元に戻った瞬間、3体の初級インベスと1体のヤギインベスは同時に爆発し消滅した。

 

 

 

 

 戦いを終え、変身を解除したシグレがホッと一息ついていると、突然上空で爆発が発生した。

 不意をついた騒音に、思わず両肩をビクッと竦めたシグレが空を見上げると、その眼に映りこんできたのは黒煙の中から落ちてくる1人の男だった。

 

「――……ぁぁあああああああああああ!!!」

 

 男は悲鳴を上げながら真っ逆さまに落下し、濁った水が張ったプールの中にドボンと突っ込んだ。

 飛び散る水飛沫を掻い潜りながら、シグレが中を覗いてみると、空から落ちてきた男がバシャバシャともがいている。

 良く見るとその男の顔には見覚えがあった。

 女風呂の脱衣所の前でインベスを解き放った濡流屋だ。

 一体何故この男が空から?

 シグレが首を傾げて困惑していると、空からさらに2つの影が舞い降りてきた。

 プロトマリカとマリカver.2だ。

 濡流屋を追って飛び降りてきた2人のマリカは、平然とプールサイドに着地すると、すぐにシグレの存在に気がついた。

 シグレは初めて見るプロトマリカの姿に戸惑いを見せるが、マリカver.2――ランマルが事情を説明し状況を理解した。

 プロトマリカとシグレが見守る中、マリカver.2は濡流屋の首根っこを掴んで汚れたプールからすくい上げた。

 

「へ、へへ……。なんかすいません、悪気はなかったんです……。ちょっとした冗談だったんですよォ……」

 

 マリカver.2に捕らえられた濡流屋は、これまでの所業を誤魔化すように笑いながら謝罪の言葉を口にする。

 が、当然それでランマルの気持ちが治まる筈もなく……。

 

「おい貴様! 昨日、私と初めて出会った時のことを覚えているか?」

「え? はい、勿論!」

 

 マリカver.2の思わぬ質問に、濡流屋はキョトンとした表情で返事をする。

 

「あの時、貴様に身体をベタベタ触られた時、私は1つ決めていたことがある……」

「決めていたこと……ですか?」

「そうだ! それを今ここで実行させてもらうぞ!」

 

 そう言うと、マリカver.2は濡流屋の首を掴んだまま、ゲネシスドライバーにセットされたプラムエナジーロックシードを閉じて変身を解除した。

 

「あ! 解いちゃ駄目!」

 

 鎧の中の事情を知るプロトマリカが慌てて叫ぶが既に遅く、その瞬間、ランマルの全裸がこの場に露になってしまった。

 

「ラン姉……裸……」

 

 いきなり眼前に現れた仲間の裸体に、シグレの口はあんぐりだ。

 そんな中、ランマルは乳房も尻も隠そうともせずに、掌を大きく振りかぶった。

 そして一気に振り下ろし、渾身の力を込めて濡流屋の頬にビンタを喰らわせた。

 生粋の戦士であるランマルの鍛え抜かれた一撃は生身であっても凄まじく、その衝撃で濡流屋の身体は僅かに浮かび上がり、そのまま再び濁ったプールの中へと落ちていった。

 あの時――昨日初めて濡流屋に会って身体を触られた時、ランマルは思った。

 

“素手で1発引っ叩くだけで許してやる”と。

 

 今この瞬間、それは達成されたのだ。

 

「これで許してやる……。良かったな……」

 

 こうして鬱憤を晴らしたランマルは、最後に濡流屋が沈むプールに向かって唾を吐き捨てた。

 

 

 

 

 スパリゾートの斜め向かいに聳えるビルの屋上に、真っ白いスーツの男――ネオ・オーバーロードのガウディエが1人佇んでいる。

 ガウディエはビルの屋上から、露天風呂とプールサイドで繰り広げられていた戦いを静かに見物していた。

 カメレオンインベス・レゾン――濡流屋のあっけない敗北で戦いの幕は下りたが、ガウディエの表情はとくに曇ることもなく、こんなものかと微かに笑みを浮かべるだけだった。

 そう、最初から期待などしていない。

 あの(濡流屋)にヘルジュースの力を使いこなす素質がないことも初めからわかっていた。

 ただのお遊び、暇つぶし、気分転換のつもりだった。たまには使命に関係ないことをしても良いだろうという気まぐれだったのだ。

 さて、大して面白みもない結末も見届けたことだし、そろそろ仕事に戻るとしようか。

 そう思ってこの場を後にしようとした時、ふと背後に気配を感じた。

 気配の正体が“仲間”のものであるとすぐに気づいたガウディエは、振り返ることもなく、背を向けたまま、また笑みを浮かべた。

 

「やあ! そこにいるのかい? 何の用かな?」

 

 ガウディエはまるで友人に声を掛けるように軽く挨拶をした。

 

「何の用……じゃないわよ。相変わらず、高い所が好きみたいね。文字通り高みの見物ってことかしら。お遊びも良いけど、あんまりサボってるとシェグロンに怒られるわよ?」

 

 気配の持ち主は若い女性の声で言葉を放つ。

 

「なんだい? わざわざ催促のために来たのかい? わかってるよ、仕事はちゃんとやってる。死んだシャムシュンのためにも頑張らないとね」

「当然でしょ。あんまり同胞を無駄死にさせると、今度はあなたが消されるかもしれないのよ?」

「ああ、肝に銘じておくよ。……ところで君は? 君の方こそどこで何をしているのかな?」

 

 そう尋ねながら、ガウディエはゆっくりと振り返った。

 背後に立っていた“仲間”の方に視線を向けて、その姿を目撃した。

 

「私は私でしっかりやっているわよ。近いうちに、面白いものを見せてあげる」

 

 自信に満ちた言葉で言い放った“仲間”の姿は少女の姿をしていた。

 活発な人間の少女の姿。

 ダンスを愛し、現在のビートライダーズを纏め上げている少女の姿。

 

 

 

 ガウディエの前に現れた者の正体、それは――チャッキーだった。


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