仮面ライダー 鎧武&オーズfeat.ライダーズ ~暁の鎧~   作:裕ーKI

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第八話 オーズの章:シロクマと魔法の指輪と泥棒ライダー

 彼女は全てを失った。

 大切な居場所を失い、愛する家族も失った。

 最愛の人の変わり果てた姿を前に、彼女は絶望し、心はひび割れ砕け散った。

 空っぽになった彼女からは魔が生まれたが、己の意思が闇に上書きされることはなかった。

 彼女は今も生き、歩み続けている。

 待ち受ける未来は、生存か破滅か……。

 

 

 ☆

 

 

 古代遺跡での激闘から2日が経った。

 照りつける太陽の下、映司とアンクは人混みの中を縫うように歩いていた。

 ここはタイの首都バンコク、サムットプラーカーン県バーンプリー郡。遺跡があった山岳地帯から随分と離れた場所にある、タイで最も巨大な都市の中の1つである。

 

 

 キャンプ地を襲撃した謎の敵――ネオ・オーバーロードと2体のグリードを撤退させることに成功した後、研究員の1人である坂島輝実が、鴻上ファウンデーションの会長である鴻上光生に連絡を取り、救助チームの派遣を依頼した。

 救助チームの到着までには1日要したが、彼らが到着したことで、映司は単独で動けるようになった。

 今の映司にはやるべきことが幾つもある。

 奪われたコアメダルの奪還、ネオ・オーバーロードと復活したメズールとガメルの謎の解明と討伐、遺跡で発見された黒いメダルの調査、そして、突然助っ人に現れたアンクの事情の把握だ。

 どれも大事な使命だが、しかし今、何よりも最も優先しなければいけないこと、それは孤独になってしまった少女――クァンの完全な保護だ。

 住んでいた村も、一緒に暮らしていた唯一の家族である祖母さえも失い、心に大きな傷を作ってしまった彼女を、これ以上傷つけることがないように安住の場所まで送り届けなければならない。

 

 

 後ろ髪を引かれる思いをしながらも、悲惨な現場を救助チームに預けた映司は、クァンを連れてキャンプ地を離れることにした。

 その際、1人で少女の面倒を見るのは大変だろうと、坂島が同行を志願。

 さらには、自分が得しないことには消極的な性格であるはずのアンクも、今回は珍しく協力すると言ってくれた。

 こうして、映司、アンク、クァン、坂島の4人はキャンプ地を後にした。

 まずはクァンを休養させるため、タイの都市――バンコクを訪れた。

 そして――。

 

 

 到着して早々、疲れきっていたクァンをホテルに預けた。

 彼女の傍には坂島がついてくれている。

 街に飛び出し、市街地を歩いていた映司とアンクは、いつの間にか幾つもの出店が立ち並ぶ屋台街に足を踏み入れていた。

 道中、アイスを販売する屋台が目に付き、映司はふと立ち止まる。

 

「アンク、良かったらアイス食べるか?」

 

 南国であるタイは猛暑の日が多い。

 実際今もギラギラと光る太陽に照らされて凄く暑い。

 旅慣れしている映司にとっては、これもまた異国の良さを愉しむ醍醐味の1つではあるのだが、それはそれとして、やっぱり暑い時には冷たいものを身体に入れたくなるものだ。

 それにアイスは目の前のアイツ――アンクの大好物でもある。

 アンクといえばアイス。

 映司はずっと心に決めていたことがある。

 いつか割れたタカのコアメダルを修復してアンクに再会できた時、その時にはアイツに好きなだけアイスを食べさせてやろう、と。

 目の前にいるアンクがどんなアンクなのかは正直わからない。

 かつてのように人の身体を借りているアンクなのか、それともその身体は全部セルメダルで、人の姿に擬態しているアンクなのか。

 本来の欲望の化身グリードは、己の欲を決して満たすことができない体質上、味覚を体感できる身体ではなかった。

 以前のアンクは、人間である泉信吾の身体に取り付いたことで、味覚を感じ取ることができていた。だけど今は――。

 今のアンクは、果たしてアイスの味を感じることができるのだろうか。

 

「棒のアイスが無いみたいなんだけど、クリームのでも良いかな?」

 

 メニュー表を見る限り、どうやらこの店は、カップに盛り付けてスプーンですくって食べるアイスクリームしか販売していないようだった。

 アンクはどちらかといえば棒付きのアイスキャンディーの方が好みだった気がする。

 映司は念のためアンクに訊いてみた。

 しかしアンクは、

 

「いや、俺は食わない……。お前1人で食いたきゃ食え……」

 

 予想外の返答だった。

 アンクがアイスを断るなんて、そんなこと今まであっただろうか。

 

「お前がアイスを食べないなんて珍しいな……。やっぱり棒が付いていないと駄目か? それとも、その身体じゃ味がわからない……とか?」

「……気にするな。今はそんな気分じゃない、それだけだ……」

 

 驚きの表情で尋ねる映司を見つめながら、アンクは少しだけ寂しそうな顔で言葉を返した。

 その姿に、映司は謎の違和感を感じていた。

 

 

 

 

 噴水のある公園にやって来た。

 映司は屋台で買ったカップのアイスクリームを美味しそうに食べている。

 その隣で、アンクは手摺に凭れながら、空に向かって噴出す水をただ静かに眺めていた。

 

「なあアンク、少し訊きたいんだけど……」

「質問によるな……」

「お前とまたこうして会えたことは素直に嬉しいけど、今のお前って、一体どういう状態なんだ?」

「どうって何がだ?」

「だからつまり……、前みたいに未来から来てくれたのか? それとも、お前はこの時代の俺の知っているアンクなのか?」

 

 映司の質問に、アンクは少し間を挟んでから口を開いた。

 

「……さあな。何のことかさっぱりだ」

「さあって……。お前自身の話だろ! まあ、何も言わないのはお前らしいけど……」

 

 まともに受け答えしてくれないアンクに不満げな表情を浮かべながら、映司はプラスチックのスプーンですくったアイスを口に入れた。

 

「俺に言えることは1つだけだ……」

「え、何?」

「俺は……紛れもなく、俺だ」

「なんだよそれ! そんなの見ればわかるって……」

 

 アンクの拍子抜けな言葉に、映司は思わず苦笑する。

 だけどなんとなく、確証は得られた気がした。

 アイツはいつも、肝心なことほど言葉にはしない。そういう時ほど口を閉ざしてきた。

 今もそうだ。今もコイツは何も語ろうとはしない。きっと言えない秘密を隠し込んでいるんだ。

 まるで当時と変わらない容姿で佇むアンクを見て、映司は確信を持って頷いた。

 確かに違和感は感じる。何かが違う気がする。しかしコイツは紛れもなく――。

 

「なるほど。お前の言うとおり、アンクはアンク、お前は俺の知っているアンクだよ」

「あ? なにニヤついてんだ、お前」

 

 言いながら笑みを浮かべる映司を見て、馬鹿にされたと思ったアンクは不服な表情を浮かべた。

 

 

 

「ところでさ、お前が持ってる新種の――」

 

 映司が話題を変えて、別の質問を投げかけようとした。

 しかしその時、

 

「見ぃ~つけた!」

 

 どこからか殺気の籠もった声が聞こえてきた。

 それと同時に周囲の暑さが一段と増し、手に持っていたカップの中のアイスが一瞬にしてドロドロに溶けてしまった。

 うっとおしさを感じさせるほどの熱気が押し寄せ、全身から汗が一気に噴出してくる。

 突然の異変に映司とアンクは辺りを見回す。

 すると眼に留まったのは、見覚えのある2体の怪人だった。

 

「あいつら……」

「ガメル……、それとたしか……ネオ・オーバーロード……」

 

 映司とアンクの前に突如として現れたのは、グリードの1人――ガメルと、赤い鳥の特徴を持ったネオ・オーバーロード――ジャベリャ。

 古代遺跡でやっとの思いで追い返したはずの脅威が、今また目の前に姿を見せた。

 戦慄する2人だったが、同時に映司は違和感を覚えた。

 もう1人のグリードの姿が見当たらない。

 いつもなら、必ずガメルの隣にいるはずのメズールの姿が無いのだ。

 前回の戦闘で負ったダメージが残って戦線復帰できていないのか、それとも別の理由があるのか。

 そうこう考えているうちに、隣にいるアンクが啖呵を切った。

 

「お前ら、昨日の今日で何の用だ? オーズの毒にやられて、身体もまだ本調子じゃないだろ!」

「生憎だったな! 俺もコイツも、あの毒でくたばるほど軟じゃねえんだ! それに、てめぇらをぶちのめしてる方が俺には健康的なんでね!」

「オレ、新しい果実で元気出た! 今度こそオーズ倒す!」

 

 ガメルは自分のコンディションをアピールするように無邪気に腕を振り回すと、左腕の2連装の大砲を映司とアンクに向けた。

 

「来るぞ映司!」

 

 アンクが叫ぶと同時に、映司はオーズドライバーを腰に装着。3枚のコアメダルを装填した。

 

「変身!」

『タカ! ゴリラ! バッタ!』

 

 映司は亜種形態――オーズ・タカゴリバに変身すると、バッタレッグの力で大きく跳躍し、大砲が撃たれるよりも先にガメルの背後に回りこんだ。

 そして振り向かれるよりも先に、ゴリラアームの拳でガメルを吹っ飛ばした。

 背中に重い一撃を受けたガメルは、バランスを崩して前方に倒れこんだ。

 

「てめぇ!」

 

 オーズに視線を向けたジャベリャが怒りの炎をその手に燃やす。

 すると、そこに飛んできた別の火球がジャベリャの肩をかすめた。

 

「なんだ!?」

 

 振り向くと、異形の右腕を突き出すアンクの姿がそこにあった。

 

「悪いな! お前の相手は俺だ!」

 

 そう言うとアンクは真っ赤な両翼を広げて本来の姿である怪人態に変化した。

 

「アンクお前!」

 

 突然グリードの姿になったアンクの行動に、オーズは思わず叫ぶ。

 

「この鳥野郎は俺が相手する! お前はそっちのサイもどきを殺れ!」

「鳥野郎って……」

 

 同じ鳥の怪人であるアンクが敵を“鳥野郎”と呼ぶことを可笑しく感じながらも、顔見知りであるはずのガメルのことを“サイもどき”と呼んだことに、オーズはまたしても違和感を感じた。

 

「上等だ! 後悔すんじゃねえぞ!」

 

 アンクの挑発に乗ったジャベリャは背中に炎の翼を出現させると、地面を蹴って大空に舞い上がった。

 後を追うようにアンクも赤い両翼を羽ばたかせて上空へと急上昇していく。

 ギラつく太陽の下で2人の火の鳥が激しくぶつかり合う。

 

 

 

 地上では、オーズとガメルが接近戦を繰り広げていた。

 オーズはゴリラアームの左右の拳を交互に打ち出すが、正面からそれを受けるガメルの巨体はビクともしない。

 無理もない。今のガメルは完全体と同等の力を持っているのだから。

 このままではパワーが足りない。そう判断したオーズは頭部と下半身のコアメダルを入れ替えた。

 

『サイ! ゴリラ! ゾウ! サゴーゾ! サゴーゾ!』

 

 灰色のコアメダルを3枚揃え、オーズはサゴーゾコンボへと姿を変えた。

 サゴーゾコンボは圧倒的パワーと防御力を備えた重量系コンボだ。

 スピードは落ちるが、同じ重量系のグリードであるガメルの怪力に対抗するにはうってつけだ。

 

「オーズ! 喰らえぇ~!」

 

 頭を突き出し、勢いをつけて突進を仕掛けるガメル。

 オーズ・サゴーゾコンボも頭部――サイヘッドの巨大なツノを突き立てそれを迎え撃つ。

 

 

 

 翼を広げたアンクは、空中を旋回しながら右手から火球を連射する。

 ジャベリャはその手に大剣を出現させると、アンクの放った火球を振り払い、急接近していく。

 眼と鼻の先までアンクに近づくと、ジャベリャは大剣を振り上げ、迷い無くそれを振り下ろした。

 アンクは咄嗟に両腕をクロスし、ジャベリャの一太刀を受け止める。

 

「てめえらの持っている黒いメダル、そいつは俺たちのモンだ! さっさと渡してもらおうか!」

「黒いメダル……? ああ、映司がお前から奪ったっていうあのメダルか……! あれがなんだっていうんだ?」

「とぼけんじゃねえよ! あのメダルもてめえらグリードも、元の出所は同じだろうが! 知らねえとは言わせねえぞ!」

「生憎だな! こっちの世界の出来事など、俺の知ったことじゃないんだよ!」

「なんだと!?」

「そんなことより、お前の方こそメダルを隠し持っているんじゃないのか? さっきから感じるんだよ、コアメダルの気配がお前からな! そいつも映司から奪ったものだろ!」

「!!」

 

 アンクの言葉に、僅かに困惑の表情を浮かべるジャベリャ。

 その一瞬の隙を見逃さなかったアンクは、大きく広げた片翼を振り下ろしてジャベリャに叩きつけた。

 バランスを崩したジャベリャは地面に向かって落下していく。

 その間にアンクは1枚のコアメダルを取り出し、地上で戦うオーズに向かって投げ渡した。

 

「映司! こいつを使ってみろ!」

 

 

 

 

 ガメルを相手にパワーバトルを繰り広げていたオーズは、空から降ってきたコアメダルをキャッチ。その手に握られた新たな未知のメダルに驚きの声を上げる。

 

「また見たことないメダル!? アンク、これって……」

「いいから使え!」

 

 上空のアンクに促されるまま、オーズは手にしたメダルをとりあえず使ってみることにした。

 オーズドライバーからゴリラのコアメダルを抜き取り、空いた真ん中のメダルスロットに受け取った白いコアメダルをはめ込む。

 右腰からオースキャナーを引き抜き、3枚のコアメダルをスキャンした。

 

『サイ! シロクマ! ゾウ!』

 

 するとサゴーゾコンボだったオーズの両腕が爪付きの白い腕――シロクマアームに変化。オーズは亜種形態――オーズ・サシロゾに姿を変えた。

 ガメルはオーズの変化を気にも留めずに攻撃を仕掛ける。

 力任せに左右の拳を振り回し、後先考えずに突っ込んでいく。

 オーズはゴリラアームに比べて若干身軽になったシロクマアームを構え、打ち出されてくるガメルの連続パンチをその爪で次々と弾き返した。

 次の瞬間、オーズの爪に触れたガメルの両腕が凍結し、それ以上の攻撃を封じ込めた。

 

「う、腕がぁ~……! オレの腕がぁ……動かないよぉ~!?」

「腕が凍った!? これがシロクマメダルの力か!」

 

 自分の腕が氷に包まれ、慌てふためくガメルの姿を目の当たりにしながら、オーズは初めて使う力に驚くばかりだった。

 

 

 

 公園の広場に舞い降りたアンクは引き続きジャベリャと対峙する。

 墜落し、地面に叩きつけられたジャベリャは怒りの表情でアンクに大剣を突きつける。

 

「やってくれるじゃねえか……! 決めたぜ。てめえは必ず、俺のこの手で斬り刻んでやる! ズタズタになぁ!」

「できるものならやってみろ! 俺もお前をわざわざ見過ごすつもりはない!」

 

 ジャベリャの宣言に対し、アンクも負けじと言い返した。

 するとそこへ、

 

「彼の言うとおりよ! 私も同じ。決してあなたを逃がしはしない!」

 

 突然のことだった。

 アンクの背後から、唐突に女性の声が聞こえてきた。

 それは勇ましく、決意に満ちた声をしていた。

 ジャベリャは勿論のこと、アンクもその声に不意を付かれ、思わず振り向いた。

 見つめる先にいたのは、1人の女性。

 黒髪のショートボブに、迷彩柄のノースリーブのシャツとショートパンツという格好をし、右手の中指には掌の絵が刻まれた魔法石の指輪がはめ込まれていた。

 

「てめえは……!」

 

 その顔に見覚えがあったのか、現れた女性の顔を目の当たりにした瞬間、ジャベリャは取り乱すように声を上げた。

 

「なんのつもりだ、女! 戦いの邪魔だ! 失せろ!」

 

 突然割り込んできた正体不明の女性に対し、悪態をつくアンク。

 しかし彼女は引き下がらない。

 

「そういう訳にはいかないんです! そいつを――その怪物を倒すことが、私に与えられた使命だから! そのために私はここまで来たんです!」

 

 そう言うと女性は、右手中指にはめ込まれていた指輪を外し、代わりに別の指輪をはめ込んだ。そしてその右手を、腰に装備した掌の形をしたバックルにかざした。

 

『エクスプロージョン! ナウ!』

 

 続けて右手を眼前のジャベリャに向かって突き出す。

 次の瞬間、突如出現した魔法陣から小規模の爆発が発生。放出された爆炎がジャベリャの身体を僅かに仰け反らせた。

 まともに直撃はした。しかし、思いのほか効果は薄く、ジャベリャに大したダメージを与えることはできなかった。

 だがそれでも彼女は怯まない。

 

「――でも、残念ながら今の私に、そいつを確実に倒すだけの力はありません! だからお願いです! 私に力を貸してもらえませんか!」

「何を勝手なことを……」

 

 女性の一方的な発言に、アンクは呆れたように呟くが、すると少し離れた所でガメルと戦うオーズが声を張って叫んだ。

 

「アンク頼む! その子に協力してあげて!」

「映司、お前……」

 

 オーズに懇願され、アンクは迷った末に止む無く手を貸すことにした。

 

「仕方ない……。1度だけだ!」

「助かります! 一瞬、なんとか奴の動きを封じます! 僅かな間ですが、その隙に強力な一撃をお願いします!」

「……ああ」

 

 女性の呈した提案に渋々頷いたアンクは、いつでも技を放てるように身構えた。

 ジャベリャは2人まとめて始末しようと、大剣の刀身に炎を纏わせた。

 そしてそれを振り下ろし、三日月状の炎の刃を飛ばした。

 

「来るぞ! さっさとしろ!」

 

 アンクは咄嗟に右腕から火球を放ち、炎の刃を相殺する。

 その間に、女性はまた別の指輪を右手の中指にはめ込み、バックルにかざした。

 

『チェイン! ナウ!』

 

 再び右手を前に突き出すと、ジャベリャを取り囲むように四方八方に魔法陣が出現し、そこから白い鎖が飛び出してきた。

 無限に伸びる白い鎖はジャベリャの両腕両足に絡みつき、その身を捕縛した。

 身動きを封じられたジャベリャは鎖を引き千切ろうともがきだす。

 

「今の私の魔力では長くは持ちません! 今がチャンスです!」

 

 女性に促され、アンクは背中の両翼を広げる。

 地面を蹴って上空に舞い上がり、炎の力を集中させた両足を前に突き出し急降下していく。

 次の瞬間、真っ赤な炎を纏わせたドロップキックがジャベリャの胸に炸裂した。

 その衝撃で腕や足を縛っていた白い鎖は引き千切れ、ジャベリャは遥か後方へと吹き飛んでいった。

 同時にジャベリャの懐からコアメダルが1枚弾け飛び、アンクは着地と同時にそれをキャッチした。

 

「映司のメダル、返してもらったぞ!」

 

 そう言ったアンクの手には黄色いライオンのコアメダルが握られていた。

 

「ちいぃ……。やってくれたな、てめえ……」

 

 ふらつきながらも立ち上がったジャベリャは、怒りの形相でアンクを睨みつける。

 すぐさま反撃に転じようと身構えるが、思いのほか肉体に蓄積したダメージは酷く、今すぐに身体を思い通りに動かすことはできなかった。

 

「仕方ねえ、一旦仕切りなおすか……。おいっ! 退却すっぞ!」

 

 ガメルに向かって叫んだジャベリャは、ガメルが傍に来るのも待たずに翼を広げて先に飛び去ってしまった。

 

「ま、待ってぇ~! 置いて行かないでぇ~!」

 

 一方的に放置されたガメルは、凍りついた両腕のまま、飛び去ったジャベリャの後を追って慌てて走り去っていった。

 

 

 

 ジャベリャとガメルが姿を消し、ひとまず戦闘を終えたオーズとアンク。

 オーズは変身を解き、映司の姿に戻り、アンクも再び人間の姿に擬態する。

 2人がホッと一息ついて警戒を解いていると、先ほどの女性が歩み寄ってきた。

 すぐに気づいた映司が彼女に視線を向け、普段の明るい調子で頭を下げた。

 

「さっきは協力してくれてありがとう! おかげで奴らを追い返すことができたよ!」

 

 すると女性も反射的に頭をペコリと下げる。

 

「いえ。こちらこそ、急な申し出に付き合ってもらってすみませんでした」

「まったくだ……」

 

 女性の謝罪に対し、協力を強制させられたアンクは不機嫌そうに悪態をついている。

 

「気にしないで。それでえっと……、君は一体……?」

 

 尋ねる映司を前に、女性は改めて自己紹介をした。

 

 

「名乗りが遅れてごめんなさい。私の名前は稲森真由。警視庁国安ゼロ課から派遣された魔法使いです」

 

 

 ☆

 

 

 かつての稲森真由はごく普通の女子高校生だった。

 心優しい両親と双子の姉――美紗に囲まれ、幸せな日々を送っていた。

 だがある時、姉の美紗はサバトと呼ばれる謎の儀式に巻き込まれ、絶望の怪物――ファントムを生み出して命を落とした。

 姉から生まれたファントムは姉と同じ顔を持っていた。

 蛇のファントム――メデューサは邪悪な怪物としての素顔と、生みの親から引き継いだ偽りの“ミサ”の顔を使い分けて真由を心身ともに翻弄し追いつめた。

 真由は潜在的に魔力を秘めた人間――ゲートだった。

 ゲートは心の支えを失い絶望するとファントムを生み出す。

 同じくゲートだった美紗から生まれたメデューサは、同胞を増やすためにゲートとしての真由に目をつけ、彼女を絶望に陥れたのだ。

 絶望し、ひび割れていく肉体から新たなファントムを生み出しそうになりながらも、真由は自らの強い意志でそれを抑え込んだ。

 結果、ファントムの魔力を体内に封じ込めた真由は、魔法使いとしての資格を手に入れ、やがて指輪の魔法使い――仮面ライダーメイジに覚醒した。

 戦う力を得た真由は、両親の仇であり姉の仇であるメデューサへの復讐を誓った。

 同じ魔法使いであるウィザードやビーストといった仲間の助けを借りながらも、真由はメデューサと対峙した。

 しかし、メデューサは全ての元凶であり、真由を魔法使いに仕立て上げた人物――白い魔法使いの偽りの姿であるワイズマンの裏切りに遭い、消滅してしまう。

 己の手で決着をつけられなかったことに悔しさと空しさを感じながらも、その後も真由は戦い続けた。

 旅に出たウィザード――操真晴人に代わり、ファントムの事件を捜査する警察組織――国安ゼロ課の協力者となったのだ。

 

 

 

 ファントムを食らうファントム――オーガの脅威が去ってから暫く経ったある日、魔法を巡る新たな事件が発生した。

 倒したはずのファントムが蘇り、ゾディアーツやドーパントまでもが強敵として立ちはだかった。

 それは魔法使いになることを夢見る1人の女が引き起こしたことだった。

 財団Xに属していた彼女は、自らが魔法使いになるために死亡したファントムたちの残留する魔力を集めていた。

 そしてその中には、白い魔法使いに倒されたメデューサの魔力もあった。

 回収した魔力からファントムを復元する力を持ったドーパントの手により、メデューサもまた蘇った。

 再び対峙する真由とメデューサ。

 復活した肉体にかつての魂は存在していなかったが、今度こそ自分の手で決着をつけると心に決めた真由は、メデューサと共に行方を晦ませた。

 空間転移の魔法を使い、決戦の場所に選んだのは宇宙だった。

 地球と太陽に挟まれた暗黒空間の中で、真由が変身するメイジとメデューサは激闘を繰り広げた。

 やがて、最後の一撃にメイジは“ホーリー”の魔法を発動させた。

 白く輝く聖なる光を放ったメイジは、その勢いでメデューサを太陽の中へと送り込んだ。

 かつて、不死身の特性を持つが故に、同じように太陽に落ちたファントムがいた。

 真由がメデューサを太陽に送った理由は、心酔し、信じていたワイズマンに裏切られ、結果的に孤独になってしまった姉の顔を持つ者に対するせめてもの手向けのつもりだった。

 信じていた者に利用され裏切られ、命を落とし、一方的な都合で勝手に復活させられ、また利用される。そんな不憫な人生だったメデューサを、最後ぐらいは同胞と同じ場所で眠らせてあげたい。

 憎しみと同情、そして哀れみという複雑な感情を心に秘めながら、真由はメデューサに止めを刺した。

 炎に包まれ、消滅していくメデューサの肉体を見守りながら、真由は因縁の戦いにようやく終止符を打つことができたことに大きな安堵を感じた。

 

 

 

 しかしその直後、状況は一変した。

 メイジの眼に映る太陽から一筋の炎が飛び出してきた。

 それは明らかに意思があるような動きで飛行し、見る見る太陽から離れていく。まるで牢獄から逃げ出すかのように。

 炎の塊はやがて鳥の形に変化し、隕石のように地球へと降下していった。

 その思わぬ光景に、真由は戦慄せずにはいられなかった。

 

「太陽から……火の鳥が逃げ出した……」

 

 地球に帰還した真由は、国安ゼロ課の警視――木崎政範に目撃した顛末を報告し、自身は行方を晦ませた火の鳥の追跡を開始。2年かけた調査の結果、東南アジアでの目撃情報を掴んだ。

 

 

 

 そして現在。

 真由は新たな決意の意味も込め、印象的だった長い黒髪をバッサリと切り落とした。服装も迷彩柄のアクティブな格好にコスチュームチェンジし、この(タイ)に足を踏み入れた。

 ところが幸先が悪かった。

 バンコクの空港――スワンナプーム国際空港に降り立ってすぐに、彼女の歩みを遮る妨害者が現れた。

 それは怪しい雰囲気を醸し出す日本人風の中年男性だった。

 男はチューリップハットにメガネ、そして茶色いロングコートという格好で真由の眼前に立ち塞がり、淡々と要件を投げ掛けた。

 

「君はこれ以上先へ進んではいけない。すぐに日本へ引き返し、今関わっている件から手を引きなさい」

 

 名乗りもせずにいきなり何なのかと、真由は当然の如く警戒をし気を張り詰めた。

 

「何ですか突然!? あなたは一体……」

 

 真由の疑問に、中年の男はすぐに答えた。

 

「私の名は鳴滝。幾多の世界を渡り歩く通りすがりの者だ。私はこれまで数々の世界を訪れ、その世界1つ1つの物語をこの眼で見てきた。仮面ライダーというヒーローの物語を」

「仮面……ライダー……」

「そうだ。彼らの栄光を見届けるためなら、私自身も時には裏方を務め、時には英雄の前に立ち塞がる悪を自ら演じることも厭わない。彼らの活躍をこの眼に焼きつけ、その勇姿にこの手で直接触れること、それこそがこの私の生涯の生き甲斐なのだ」

「は、はあ……。良くはわかりませんけど、それってつまり……ファンってことですか?」

 

 熱く語る鳴滝を前に、真由は戸惑いながら首を傾げた。

 

「ファン……。その言葉はあまり使ってほしくはないが……。そんな一言で片付けられるほどのものではないのだ、仮面ライダーの歴史は」

 

 なんだか面倒くさい人だ。

 鳴滝の話を聞いているうちに、真由はそう思い始めた。

 

「あの……それで、用件はなんですか? 私、あまり時間がないんですけど……」

「用件は今言ったとおりだ。日本に戻り、今回の件に一切関わらないこと、それが私から君に対する要望だ」

「ですからその……意味がわからないんですけど……。それがあなたのファン活動と一体どんな関係が?」

「だからそのファン活動という言い方を止めなさい! ……わかった、そこまで言うのなら教えてあげよう。さっきも言ったように、私は今まで様々な仮面ライダーの物語を見てきた。勿論、今この瞬間もだ。稲森真由、君自身も「仮面ライダーウィザード」という物語の1ページなのだ」

「私が……?」

「そう。しかし、今回のこの物語は随分と歪だ。これは「仮面ライダー鎧武」と「仮面ライダーオーズ」、2つの物語。ここに「仮面ライダーウィザード」の物語が入り込む余地はないのだ。だから君には退場を願いたい。この物語に、「ウィザード」の一部である君の出る幕はないということだ」

「何を言っているのかサッパリわかりません! そんな訳のわからない理由で、捜査を降りるつもりなんてありませんから!」

 

 もうこれ以上相手にしていられない。

 鳴滝の言葉に呆れた真由は、この場を立ち去ろうと歩みだした。

 鳴滝の肩を横切り、空港を出るために通路を進んでいく。

 しかし、真由の後姿を見つめる鳴滝は余裕の表情を崩さなかった。

 

「そう言うと思っていたよ」

 

 次の瞬間、真由の眼前に灰色のオーロラが現れた。

 進路を塞ぐように出現したそれは、一瞬にして彼女を飲み込んだ。

 

 

 

 気がつくとそこは立体駐車場の中だった。

 ついさっきまでいたスワンナプーム国際空港の敷地内に隣接する巨大な立体駐車場、その4階のフロアの中だ。

 

「これは……転移魔法……?」

 

 突然場所が変わったことに戸惑いながら、真由は不思議そうに辺りを見回した。

 すると、駐車場内に綺麗に停められたいくつもの自動車の中の1台のボンネットの上に、大胆に腰を掛ける1人の青年の姿が目に留まった。

 青年は片膝を立てた姿勢でくつろぐように車体の上に座りながら、待ちわびた表情で真由に視線を向けた。

 

「やあ! ようやく来たね、待ってたよ!」

 

 青年はボンネットの上から飛び降りると、妙な形をした銃を指先でクルクルと回しながら真由の前に歩み寄った。

 同時に青年の背後に灰色のオーロラが出現し、ついさっき空港で見たばかりの鳴滝という男もそこから姿を現した。

 

「わかっているね? 海東くん。後のことは君に任せる」

 

 鳴滝は青年の背中に向かって言い放つ。

 次の瞬間、その言葉に少しムッとした青年は、肩越しに鳴滝を睨みつけた。

 

「やめてくれないか、僕に指図するのは……! 知っているだろ、僕に命令できるのは僕だけだ!」

「フッ……。ああ、そうだったね……」

 

 青年の態度に臆することもなく、鳴滝はそういえばと笑って済ませた。

 

「心配しなくてもあんたの思惑通りにはきっとなるよ! 僕は僕のために、ただやるべきことをやるだけさ!」

「そうか。では君のやりたいようにやるといい」

 

 鳴滝は青年の言葉に納得したように笑みを浮かべると、背後に出現したままになっていた灰色のオーロラの中に引き返し、そのまま姿を消した。

 

 

 

 立体駐車場の中には真由と青年だけが残った。

 鳴滝に海東と呼ばれた青年――海東大樹は、再び真由に視線を向けると、爽やかな笑顔で口を開いた。

 

「それじゃあ始めようか!」

 

 大樹の一言に、真由は戸惑うばかりだった。

 それだけじゃない。さっきから自分に降りかかるこの状況全てに、真由は呆気に取られていた。

 謎のオーロラに鳴滝の話、さらに今度はこの海東という男。何が何だかまるで理解できない。混乱してしまいそうになる。

 

「始めるって……一体何を……」

「決まっているだろ? お宝を頂くのさ!」

 

 警戒する真由を余所に、大樹は銃を構えた。

 何処からか取り出した1枚のカードを銃の側面にある挿入口に装填し、銃口を頭上に向ける。

 

『カメンライド!――』

「変身!」

『――ディエンド!』

 

 銃の引き金を引いた瞬間、現れた複数の残像が1つに重なり、大樹は全身を青く染めた戦士――仮面ライダーディエンドに姿を変えた。

 

「変身した!? あなたも魔法使いなの……!?」

「さあどうだろう。知らないというのは悲しいことだね!」

 

 戸惑う真由に、ディエンドは嘲笑うように言うと、その手に握られた銃型の変身デバイス――ディエンドライバーを前面に突き出した。

 向けられた銃口を前に、真由は咄嗟に敵意を感じた。

 この目の前の(ディエンド)は、目的のためなら相手が女だろうと子供だろうと躊躇なく攻撃する。そういう奴だと直感で感じ取った。

 そしてその予想は正しく、刹那にディエンドライバーが火を噴いた。

 真由は反射的に横転して撃ち出された銃弾を回避しながら、腰のバックルに右手の指輪をかざした。

 

『ドライバーオン・ナウ!』

 

 掌の形をしたバックルは変身ベルトに実体化。立ち上がった真由は左手の中指にオレンジ色の魔法石の指輪をはめ込んだ。

 

「変身!」

『チェンジ・ナウ!』

 

 左手の指輪をベルトにかざした瞬間、真由は出現した魔法陣を潜り抜け、魔法使いメイジとなった。

 原石のようなマスクがキラリと光ると、メイジは駆け出し、小柄な体型を活かしてディエンドの銃撃を掻い潜っていく。

 銃弾の届かない懐に飛び込んだ瞬間、メイジは銃を握るディエンドの腕に組みつき、攻撃を中断させた。

 

「いきなりどういうこと! あなたの目的はなに!」

 

 ディエンドの腕を押さえつけながら叫ぶメイジ。

 しかしディエンドは感情を乱すことなく冷静に言葉を返した。

 

「言ったはずだよ! 僕の目的はお宝、ただそれだけさ!」

 

 男の腕力に女性がそう簡単に勝てるはずもなく、メイジの腕をあっけなく振り解いたディエンドは、そのままメイジの脇腹に蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

 込み上げる苦痛に悶えながら、メイジは止むを得ず後退りする。

 その隙にディエンドは左腰のカードケースからカードを1枚抜き取り、それをディエンドライバーに装填した。

 

『アタックライド・ブラスト!』

 

 カードに秘められた能力が付加されたディエンドライバーからは威力が増した大量の追尾弾が放たれ、全弾命中したメイジを背後に大きく吹き飛ばした。

 たまらず地面に両膝をつけるメイジ。

 しかし倒れるわけにはいかない。気合いですぐに立ち上がったメイジは、右手の指輪を付け替えて負けじと反撃を仕掛けた。

 

『エクスプロージョン・ナウ!』

 

 ディエンドの足元に魔法陣が出現。そこから放出された爆炎がディエンドの身体をよろめかせた。

 その様子を見てチャンスと判断したメイジは、さらに指輪を付け替えて追い討ちを狙う。

 

『テレポート・ナウ!』

 

 ワープホールとなった魔法陣を通り抜け、メイジはディエンドの視界から姿を消した。

 

「へえ~。なかなかやるね!」

 

 自らを消失させたメイジの行動に、ディエンドは感心するように呟いた。

 辺りを見回すような仕草を見せることもなく、平然と佇むディエンド。すると背後に、出口となる魔法陣が出現し、そこからメイジが飛び出してきた。

 姿を現したメイジはそのまま左腕の鋭い爪――スクラッチネイルを振り上げ、ディエンドの背中に飛び掛った。

 油断しているように見える今なら、振り下ろされる爪は確実に命中するはず。そう確信するメイジだったが、次の瞬間、ディエンドは背中に感じた唐突な気配に振り返ることもなく、カードを1枚取り出し、ディエンドライバーに装填した。

 

『アタックライド・インビジブル!』

 

 次の瞬間、今度はディエンドが姿を消した。

 背中を見せたまま、ディエンドの姿が残像を残して消失したのだ。

 おかげでメイジのスクラッチネイルによる一撃は空振りに終わる。

 

「消えた!?」

 

 ディエンドと違い、明らかに動揺しながら辺りを見回すメイジ。

 すると後方の死角からディエンドの余裕の声が聞こえてきた。

 

「量産型のライダーのくせに随分と頑張るじゃないか! そうこなくっちゃ面白くない!」

「それは一体……どういう意味……?」

 

 慌てて振り返ったメイジはスクラッチネイルを構えながら尋ねる。

 

「お宝も簡単に手に入っちゃつまらないってことさ!」

「……さっきからあなたの言うことは理解できません! あの鳴滝って人の言葉も……! 私にはやらなきゃいけないことがあるんです! お宝なんて持ってないし、面白さとかそういうのも求めていませんから!」

「そうかい? なら僕が面白くしてあげるよ! 思わずその足を止めたくなるほどにね!」

 

 ディエンドはそう言うと、カードケースから2枚のカードを取り出し、ディエンドライバーに連続で挿入した。

 

『カメンライド・ファム!』

『カメンライド・なでしこ!』

 

 引き金を引いた瞬間、銃口から撃ち出された残像が実体化し、現れたのは2人の女性仮面ライダーだった。

 1人は白鳥のような真っ白い鎧とマントを纏った鏡の騎士――仮面ライダーファム。

 もう1人はセーラー服を模した銀色のスーツに包まれた無垢なる宇宙飛行士――仮面ライダーなでしこ。

 どちらもディエンドがカードの力で呼び出した虚の存在である。

 

「あなた、ライダーをやるには甘すぎるんじゃない?」

「宇宙キタァー!」

 

 眼前に立ち塞がった2人の新たな戦士の出現に、メイジは戸惑いを隠せない。

 

「よろしく! 僕のレディーたち!」

 

 ディエンドがキザな言葉で合図を送ると、召喚されたファムとなでしこはメイジに向かって攻撃を開始した。

 ファムが羽召剣ブランバイザーで剣撃を仕掛け、なでしこが軽快にステップしながら強力なハイキックを繰り出す。

 メイジは2人の同時攻撃を時に弾き、時に回避しながら必死に抵抗する。

 

『コネクト・ナウ!』

 

 異なる空間を繋ぐ魔法陣を展開し、そこから取り出した銀色の銃ウィザーソードガン・ガンモードを連射し、ファムとなでしこを牽制。相手の動きが止まった隙にスクラッチネイルで2人を切り裂いていく。

 ファムとなでしこが転倒し、地面の上を転がっているうちに、メイジはなんとか逃走を図ることにした。

 

「これ以上、足止めを食らってなんかいられない!」

『コネクト・ナウ!』

 

 メイジは魔法陣から空飛ぶ魔法のほうきを模した槍型のビークル――ライドスクレイパーを召喚し、それに跨り宙に舞い上がった。

 一気に加速させ、出口に向かって滑空していく。

 途中、ファムとなでしこを勢いのままに撥ね飛ばしたが、それでも構わずに飛行を続ける。

 

「悪いけど逃がしはしないよ! 君の持つお宝を頂くまではね!」

 

 立体駐車場から逃げ出そうとしているメイジを眼で追いながら、尚もディエンドは余裕な態度を崩さなかった。

 

『カメンライド・朱鬼!』

 

 新たに取り出した1枚のカードをディエンドライバーに装填し、ディエンドは3人目の女性ライダーを出現させた。

 メイジの行く手を阻むように現れたのは、全身を赤く染めた復讐の鬼――朱鬼だった。

 朱鬼は手に携えたハープ型の音撃武器――音撃弦・鬼太樂を奏でて波動を放ち、向かって来るメイジのライドスクレイパーを撃墜させた。

 バランスを崩し、地面に叩きつけられるメイジ。

 しかしそれでも、ここで立ち止まる訳にはいかない。そう思ってすぐに体勢を立て直すと、切り札であるホーリーの指輪を右手中指にはめ込んだ。

 ホーリーの指輪は、かつて白い魔法使いから授けられた真由だけが持つ指輪。

 古の魔法使いであるビーストも、最強の魔法使いであるウィザードも所持はしていない。

 最初の持ち主だった白い魔法使い――笛木奏も既にこの世にはいないため、今となっては2個目が存在したという確証も得ることはできない。まさに唯一無二と言える代物だ。

 そしてその秘められた力も折り紙付きであり、ファントム・メデューサの邪悪な魔力にも対抗できるほどの威力を持っている。

 自分の魔力を大量に消費してしまうリスクはあるものの、この状況から突破口を開くにはこれしかない。

 標的は出口を遮る朱鬼。

 メイジは一か八かの決意で、指輪をつけた右手をベルトに近づけた。

 しかしその時、

 

『アタックライド・クロスアタック!』

 

 ホーリーの指輪が発動するよりも先に、背後からディエンドライバーの電子音声が鳴り響いてきた。

 メイジは思わず手を止め、反射的に振り返った。

 その瞬間、荒削りの宝石のようなマスクに映りこんだのは、カードを発動させたディエンドと、その左右に肩を並べるファムとなでしこの姿だった。

 召喚された3人の女性ライダーたちは、ディエンドのカードの力に従い、それぞれ必殺技の構えを取った。

 ファムの背後に出現した白鳥型のミラーモンスター――ブランウイングが両翼を大きく羽ばたかせて突風を起こす。

 無数の白い羽根が舞う中、薙刀型の武器ウイングスラッシャーを手にしたファムが駆け出し風に乗る。そしてそのまま突進し、すれ違いざまにメイジの身体を斬りつけた。

 かまいたちのような風を纏った刃から放たれた一閃に、メイジはよろめき体勢を崩す。

 続けざまに今度は、右腕にオレンジ色のロケットモジュールを装備したなでしこが地面を蹴って跳躍し、ジェット噴射の勢いに乗って急降下しながら強力な飛び蹴りを打ち込んだ。

 

「なでしこロケットキィック!」

 

 なでしこに蹴り飛ばされたメイジは背後に大きく吹き飛んだ。

 吹き飛んだ先には、鬼太樂の弦を弾く朱鬼の姿があった。

 鬼太樂から奏でられるメロディーは波動となり、波動は凝縮され、標的を貫く矢の形に変化する。

 空中に打ち上げられたメイジに狙いを定めた朱鬼は、次の瞬間波動の矢を発射した。

 音撃奏 震天動地。その直撃を受けたメイジは全身の力が抜けるように地面に倒れこんだ。

 ファムのファイナルベントになでしこの必殺キック、そして朱鬼の音撃を立て続けにその身に受けたことで、体力と魔力が尽きたメイジの変身は強制的に解除されてしまった。

 勝利を確信したディエンドはディエンドライバーを閉じて変身を解いた。同時に召喚された3人の女性ライダーたちも役目を終えて残像となり消滅した。

 立体駐車場の中には再び真由と大樹だけが残った。

 

 

 

「勝負ありだね! これで君のお宝は僕のものだ!」

 

 元の姿に戻った大樹は笑みを浮かべながら真由の傍へと歩み寄る。

 そして、倒れ伏したままでいる真由の指からホーリーの指輪と、変身に必要なチェンジの指輪を抜き取ってしまった。

 

「本当はもっとレアな指輪――ウィザードが持つインフィニティーリングが欲しかったけど、まあそれは次の機会にするとしよう。君の指輪、確かに頂いたよ!」

「そんな……。それが無いと私……」

「恨むなら勝負に負けた君自身を恨みたまえ! 戦う術を失ったんだ。鳴滝さんが言っていたように日本に帰ったらどうだい?」

「そういう訳にはいきません……。私の捜査には人の命が掛かってるんです! “奴”を放っておけば、また沢山の人たちが絶望して犠牲になってしまう! 例え戦う力を失っても、私は諦めるつもりはありませんから!」

 

 大樹の言葉に、真由は強く言い返した。

 

「そうかい? なら寝そべっていないで、その足でさっさと立ち上がることだ。いつまでもここにいたって何も変わりはしないよ? 僕自身、指輪を返すつもりは毛頭ないからさ! 状況を変えたいならすぐに行動を起こすと良い。動けば何かが始まるさ!」

「なに……どういう意味?」

「君は君だけのお宝を見つけるんだ。自分の足でね。そうすれば、ひょっとしたら何か良いことがあるかもしれないよ。どんな時も、お宝は持ち主を裏切らないからね。……まあ、せいぜい頑張りたまえよ!」

 

 大樹はそう言うと、真由から奪った2つの指輪をしっかりと服のポケットの中に入れ、背後に現れた灰色のオーロラの中へと消えていった。

 オーロラが消失し、ただ1人残された真由は、大樹が残した言葉の意味を考えながらゆっくりと立ち上がった。

 いくら考えても意味などわかるはずもなかったが、ただ1つ、あの言葉にだけは従ってみようと思った。

 

“動けば何かが始まるさ”

 

 そうだ、ジッとしていても何も始まらない。まずは動かなくては。

 メイジへの変身能力とホーリーの魔法の力を失いはしたが、それでもやるべきことは何も変わらない。

 鳴滝が言っていた言葉に従うつもりはないし、途方に暮れるつもりもない。

 真由は地面を踏み出し、歩き始めた。

 まずは周辺を隈なく調べ、手がかりが無ければ見つかるまで捜索範囲を広げていこう。

 標的への対抗手段は動きながら考えよう。

 こうして真由は、タイでの本格的な活動を開始した。

 そして――。

 

 

 ☆

 

 

「――そして捜索を進める道中で、俺たちが戦う現場に遭遇したってことか」

 

 真由の話を真剣な面持ちで聴いていた映司が納得したように頷いた。

 その隣では、何故かアンクが不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「鳴滝……、あいつか……」

「ん? 何か言った? アンク」

 

 考え込みながらボソッと呟いたアンクに、映司は首を傾げて尋ねるが、

 

「いや、なんでもない……」

 

 アンクは一言だけ返してそっぽを向いてしまった。

 映司は再び真由に視線を向ける。

 

「それでえっと……真由ちゃんはこれからどうするつもり? 君の捜している火の鳥っていうのは……」

「ええ、先ほどおふたりが戦っていた鳥の怪人、あれこそが私が追っていた火の鳥。その姿も力も以前とは別物に変わっていましたが、間違いありません」

「そうなんだ……。でも君は戦う力を失ったんだろ?」

「はい……。ただそれでも、ここで引き返す訳にはいかないんです。やっとの想いで、ようやく見つけたから……」

「そっか……。じゃあさ、もし良かったらだけど、俺たちと一緒に来るかい?」

「えっ!?」

 

 映司の思わぬ提案に、真由は驚きの声を上げた。

 

「俺とアンクも、あの火の鳥――確かジャベリャって名乗ってたけど、アイツには用があるんだ。だけど結構手強くってさ、奴の事情を知る君が一緒だと、俺たちも心強いんだけど?」

「えっと……それは……私としては願っても無い話ですけど……。でも良いんですか? 変身できない今の私なんて、おふたりにとっては足手まといにしかならない気が……」

「そんなことないって。変身できなくっても、君がさっき使っていた魔法はとても頼りになると思う。……それに、実はある事情で預かった小さな女の子(クァン)がいるんだ。同じ女の子の君がいれば、あの子(クァン)も気が休まると思うんだ」

「そうなんですか、女の子が……」

「アンクもそれでいいだろ?」

 

 背を向けたままでいるアンクに、映司は念のため訊いてみた。

 

「好きにしろ……。俺はお前に逆らうつもりは無い……」

 

 かつてのアンクなら、「足手まといは置いていけ」とか「何勝手に決めてんだ」とか汚い言葉で反論しそうなものだが、今のアンクは無愛想はそのままだが、随分と性格が丸く見える。

 

「わかりました、ぜひ同行させてください。私もあなた方の力をお借りできれば、奴に対抗する手立てが見つけられるかもしれません」

「うん! この広い世界でせっかくこうして手を取り合えたんだ。協力し合わなきゃ損だよ」

「では改めて……。私は稲森真由といいます」

「俺は火野映司。それとこっちはアンク。こいつもグリードっていう怪物だけど気にしないで。一応良い奴だから!」

「はい、よろしくお願いします」

 

 笑顔で名乗る映司に、真由はペコリと頭を下げた。

 海東大樹の言うとおり、動けば何かが始まった。

 行動を起こしたおかげで、彼らに巡り会うことができた。

 海東大樹の言うように、この出会いが真由にとっての“宝”になるのかもしれない。

 

 

 

 

 ―Count the medals―

 

 

 仮面ライダーオーズ

 

 ライオンのコアメダルを奪還。

 

 

 


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