仮面ライダー 鎧武&オーズfeat.ライダーズ ~暁の鎧~   作:裕ーKI

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第四話 オーズの章:タイと少女と思わぬ敵

 東南アジアの国、タイ。その北部に位置する山岳地帯で、最近になって古代遺跡が発見された。

 遺跡内部の壁画には、人と獣と金貨の絵が描かれていたという。

 しかもそれらは多種多様で、人の絵だけに絞って見ても「背中に翼を持つ者」、「裸体の女性を抱きしめる者」、「他者の首を刎ねる者」などと様々だった。

 獣の絵も同じだ。「大地を駆ける獣」の絵もあれば「水辺を目指す獣」の絵もある。「空を見上げる獣」だっているし、「獣を喰らう獣」の絵もある。

 それらの絵の中心には、決まって1枚の金貨が描かれていた。それはまるで世界を照らす太陽か、はたまた生命を観察する神の眼のようにも見える。

 最初に遺跡を発見した探検家は、壁画を見て思わずこう口にした。

 

「これは欲望だ……」

 

 それが探検家の率直な感想だった。

 欲望。欲求を満たしたい気持ち。何かを求める心。壁に描かれた光景は、まさにそれらを象徴していた。

 空を自由に飛ぶことを望む人間がいる。愛を求める人間がいる。他者の命を奪いたい人間がいる。大地を支配したい動物がいる。魚になりたい動物がいる。鳥になりたい動物がいる。腹を空かせた動物がいる。

 持っていないものを欲しがること。知らないことを知りたいと願うこと。今日より明日に期待を持つこと。成長。進化。これら全てが――“生きる”という行為そのものこそが、欲望だ。

 古代遺跡の存在を耳にした鴻上ファウンデーションの会長――鴻上光生は、直ちに調査チームを現地に派遣した。

 20人ほどで構成されたチームだったが、その中には仮面ライダーオーズ――火野映司の姿もあった。

 

 

 

 欲望の化身、メダルの怪人グリードとの戦いが終結してから随分経った。

 火野映司は、2つに割れたタカのコアメダルを修復する術を見つけるため、大切な仲間アンクにもう1度会うために、鴻上ファウンデーションの協力者兼チームのボディーガードとして調査に参加していた。

 調査チームが現場に到着してから1週間以上が経過していた。

 彼らは古代遺跡の近くにキャンプを張り、そこを拠点に朝から晩まで遺跡の調査を進めていた。

 映司は調査員の1人、 坂島輝実(さかじま てるみ)の下で指導を受けていた。坂島は20代後半の男性で、白衣とメガネが良く似合う典型的な科学者だった。しかしそれでいて研究一筋というわけではなく、日本に残してきた妻と1人息子のことを大事に想う家庭的な面も持ち合わせている。

 歳が近いということもあり、坂島は何かと映司のことを気にかける。映司も慣れない現場の中では、坂島の気遣いには何かと救われていた。

 今日も映司は、坂島と共に遺跡近辺を調査していた。遺跡に関連するものが土の中に埋もれている可能性もある。それを探るため、探索活動を行なっているのだ。

 

「どうだい映司君、何か見つけたかい?」

 

 坂島は高性能探知機の設定を調整しながら、少し離れたところで作業していた映司に声を掛けた。

 

「いえ! まだそれらしいのは全然!」

 

 映司は額の汗を拭いながら、坂島に届くように叫んだ。

 空を見上げると、太陽はちょうど真上に来ていた。そろそろ昼時だ。

 

「そうか……。まあ時間はたっぷりあるんだ、気長に調べよう。とりあえず、一旦キャンプに戻って昼食にしようか。君のガールフレンドも首を長くして待ってるだろうしね」

 

 2人は探索を中断すると、肩を並べてキャンプ地へと引き上げた。

 キャンプ地では、既に何人かの調査員たちが休憩を取っていた。

 映司と坂島は、誰かを探すようにキョロキョロとキャンプ地の中を見回した。

 

「あれ? 今日はまだ来てないみたいだね、君のガールフレンドは」

「いつもならとっくに……あ、来た!」

 

 周囲を眺めていると、小道を足早に走りながらキャンプ地に近づいてくる1人の少女の姿が目に留まった。

 映司が「こっちだよ」と手を振って合図をすると、少女もまた手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「えーじ! えーじ! おそくなってごめんね!」

 

 10歳ほどの見た目をした少女は、可愛らしい笑顔を振りまきながら映司と坂島の眼前でピタリと立ち止まった。その小さな手には小箱を包んだ風呂敷が握られていた。

 

「えーじ! きょうはおにぎりをつくってみたよ!  ばあちゃん(ヤーイ)といっしょにつくったからちゃんとできたよ!」

 

 少女は息を切らしながらも休む間もなく風呂敷を広げる。そして中から出てきた小箱を得意げに映司に差し出した。

 

「へー、すごいなぁ。ありがとう、クァン」

 

 小箱を受け取った映司は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 クァンと呼ばれた少女は、「早く中を見て」と言わんばかりに、ワクワクしながら映司が蓋を開けるのを待っている。

 期待に応えるように映司が小箱の蓋を開けると、中には大きめの握り飯が4つ入っていた。タイの米、インディカ米で作った焼きおにぎりのようだった。

 坂島は2人に気を使って席を外した。

 映司とクァンは、近くの木陰に腰を下ろして焼きおにぎりを食べることにした。

 

「うん、おいしい! 上出来だよ。クァンは料理が上手だね」

「ほんとぉ? えーじにいわれると、あたしうれしい!」

 

 映司の傍にピッタリと寄り添いながら座るクァンは、弁当の出来を褒められて思わず照れ笑いする。

 クァンはキャンプ地の近くにある小さな村の子供だった。タイ人の母と日本人の父の間に生まれたハーフであり、両親を早くに亡くしたクァンは、母方の祖母に引き取られて村で2人暮らしをしている。

 調査チームが古代遺跡に到着してから2日経った頃のことだった。ある時、突然現れた見知らぬ集団を目の当たりにしたクァンは、好奇心に駆られてひょっこりとキャンプ地に足を踏み入れた。その時に映司と出会い、交流を持ち始めた。

 映司の笑顔と持ち前の優しさに惹かれたクァンは、すぐに心を開き、あっという間に仲良くなった。

 すっかり映司に懐いたクァンは、それから毎日昼ごろになると、手作りの弁当を運んでくるようになった。

 祖母に教えてもらいながら、慣れない手つきで一生懸命に作った弁当。出来は決して良くはなかったが、映司に喜んでもらいたいという一心で毎日作り続けた。

 映司もそんなクァンの気持ちが純粋に嬉しく、差し出された弁当をいつも喜んで受け取った。

 

「ねえ、えーじ! えーじはどうしてここにきたの?」

 

 焼きおにぎりを両手で持ちながら、クァンは映司に尋ねた。

 

「ん? なんでって……」

 

 そうだなぁと、映司は少し考えた。

 あんまり難しく説明しても、きっとクァンを悩ませるだけだろうと、簡単な言葉を選ぶことにした。

 

「友達に会うため……かな」

「ともだち? えーじのともだち、ここにいるの?」

「んー……そうじゃないんだけど、俺の友達、今は遠いところに行っててね。もう1度会うために、追いかけっこしてるって感じかな」

 

 そう言いながら、映司はポケットの中に手を突っ込んだ。ポケットの中にいつも隠し持っている割れたタカのコアメダルをギュッと握り締めた。

 

「おいかけっこ? えーじのともだち、にげてるの?」

「ううん。きっと何処かで待ってくれてる。でも、俺が立ち止まったらずっと会えないから、こうして色んなところへ行って、友達に会うためのヒントを探してるんだ」

「ふぅーん、たいへんだね。はやくあえるといいね」

「うん。だから俺、がんばるよ!」

「がんばれ、えーじ!」

 

 クァンは映司の顔を見ながらクシャっと笑った。

 その笑顔を見てると自然と元気が湧いてくる。映司も思わず笑顔を浮かべ、「ありがとう」と一言礼を口にした。

 それから2人は、昼休みが終わるまでお互いのことを語り合った。

 クァンは村のことや一緒に暮らしている祖母のこと、亡くなった両親のことを一生懸命話してくれた。

 映司も自分が旅をするのが好きなこと、旅で訪れた様々な国の話、日本にいる仲間たちのことを教えてあげた。

 2人が時間を忘れて会話に夢中になっていると、少し離れた所で他の調査員たちと打ち合わせをしていた坂島が声を掛けてきた。

 

「映司君! ちょっとこっちに来てくれないか?」

 

 呼ばれた映司は慌てて立ち上がる。

 

「ごめん、俺そろそろ行かなくちゃ」

「うん、おしごとがんばってね! あしたまたくるから!」

「ああ。お弁当、明日も楽しみにしてるよ!」

 

 映司に見送られながら、クァンは空っぽになった弁当箱を抱えて足早に村へと帰っていった。

 クァンと別れた映司は、すぐに坂島の元に駆け寄る。

 

「待ってたよ、映司君。ちょっとこれを見てくれないか?」

 

 坂島は真剣な面持ちで1枚の写真を映司に手渡した。

 それは古代遺跡の内部調査をしていたメンバーが撮影した遺跡の最深部の光景だった。

 写真には巨大な石版が写っていた。よく見ると、石版の中心には見覚えのあるものがはめ込まれている。

 

「これってまさか……メダル、ですか?」

 

 写真に眼が釘付けになっていた映司は、確認するように坂島に尋ねた。

 

「僕もまだ直接見た訳じゃないから断言はできないけど……。たしかに、君が所持しているオーメダルと形状は似ているね」

「でも、なんか違いますよね? 写真からだとはっきりわからないけど、俺の持っているメダルと違って、生き物の絵が描かれていないような……」

「そうだね。グリード誕生の元となったメダル――800年前に作られたオーメダルには必ず生物の絵が描かれていたけど、それと違ってこの写真のメダルには何も描かれていない。描かれてはいないけど、その代わり、メダルの表面が真っ黒に染まっているように見えるね」

「黒いメダル……」

「とりあえず、もっと詳しく調査を進めてみよう。念のため、メダルのことは鴻上会長にも報告しておこう」

 

 写真に写った石版にはめ込まれた1枚のメダル。映司はそのメダルに妙な胸騒ぎを感じていたが、今はまだ、その理由を知る術はない。

 坂島の言うとおり、調査が進展すればきっと何か分かるだろう。いずれにしても、今はできることをやるしかないのだから。

 

 

 

 次の日の朝。今日は山全体に薄っすらと霧がかかっている。空気も冷たく張り詰めているように感じる。

 映司は今日も坂島と共に行動していた。

 昨日の黒いメダルのことを胸の内で気にしながらも、遺跡の近辺調査の続きに励んでいる。

 発掘用のシャベルを片手に、坂島と話し合いをしている時のことだった。

 

「えーじぃ……! えーじぃ……!」

 

 突然、霧の中から少女の泣き声が聞こえてきた。その声がクァンのものであることは、映司にはすぐに察することができた。

 徐々に大きくなってくる泣き声と共に、霧の中からクァンが飛び出してくると、映司は慌ててその小さな身体を受け止めた。

 

「クァン! 一体どうしたの!?」

 

 涙と鼻水でグチャグチャになった少女の顔を覗き込みながら、映司は声を大にして呼びかけた。

 クァンは何度も涙を拭い、何度も鼻をすすりながら、なんとか言葉を口にする。

 

ばあちゃん(ヤーイ)が……むらのみんなが……。“がねーしゃ”がおこってるよぉ……!」

「ガネーシャ?」

 

 クァンの言葉に、映司は首を傾げる。

 ガネーシャとはヒンドゥー教に伝わる神の名だ。人型の身体にゾウの顔を持った外見をしており、ヒンドゥー教が混同する仏教国であるタイの国民からは、国の象徴として大切にされている。

 そんな神が怒っているというのは一体どういうことなのか。ひょっとして村の中で野生のゾウが暴れだしたりしているのだろうか。なんせタイでは、野生のゾウは猛獣として恐れられているぐらいだ。もしかしたら、クァンがそれを神の怒りだと勘違いしているのかもしれない。

 

「坂島さん、俺、ちょっと村を見てきます。少しの間、クァンをお願いします」

「1人で行く気か、映司君? 大丈夫か?」

「ええ。すぐに戻りますから!」

 

 そう言って映司は、村を目指して走り出した。

 あっという間に遠ざかっていく後姿に、クァンの心は大きな不安と寂しさを感じていた。

 耐え切れなくなったクァンは、堪らず坂島の眼前を飛び出し、その小さな脚で映司の後を追いかけ始めた。

 

「あ!? 待つんだクァン! 危ないよ!」

 

 離れていく少女の姿を、坂島も慌てて追いかける。

 

 

 ☆

 

 

 村に到着して早々、映司は思わず戦慄した。

 山岳地帯の中にあるこの村は、元々それほど大きな規模ではない。

 生活している住民の数も100人にも満たないはずだ。しかしそれでも、これは……。

 

「誰もいない……。そんなバカな……」

 

 映司は村の奥に進みながら辺りを見回した。だがやはり、村人の姿は見つけられない。その代わりに眼に映ったのは、見覚えのあるものだった。

 

「これって、セルメダル!? なんでこの村にセルメダルが……」

 

 村のいたる所に塊となって転がっている大量の銀色のメダル。それは確かにオーメダルの一種であるセルメダルだった。

 セルメダルは文字通り細胞のように増殖していくメダルで、欲望の怪人であるグリードやヤミーの肉体の構成や、鴻上ファウンデーションが開発した兵器のエネルギー源にも利用されている代物だ。グリードが全滅した以上、セルメダルを増やす術は限られているはず。いや、そもそもこの村に、こんなふうにセルメダルが転がっていること自体が不自然な話だ。何者かの介入があったとしか思えない。

 シーンと静まり返った村の中心で、映司が無言で立ち尽くしていると、背後から足音と共に少女の叫び声が聞こえてきた。

 

「えーじぃ! まってぇ! おいていかないでぇ!」

 

 振り返ると、半べそで駆け寄ってくるクァンと彼女を追いかける坂島の姿が視界に飛び込んできた。

 

「クァン! キャンプで待っててほしかったのに……」

 

 映司は驚いた表情を浮かべながら、クァンの視線に合わせて腰を下ろした。

 

「すまない、映司君。彼女がどうしても君の傍にいたいって」

 

 坂島はクァンを止められなかったことを申し訳なく思いながら、映司に頭を下げた。

 

「いえ、気にしないでください。……それよりもクァン、君の家はどこだい?」

「あたしのおうち? あっちだよ」

 

 映司に尋ねられたクァンは、その小さな指先で自宅がある方角を指し示した。するとその時、ちょうどその方角から1人の老婆がスッと姿を現した。

 家の陰からゆっくりと出てきた老婆の姿を目の当たりにした途端、クァンは血相を変えて叫んだ。

 

ばあちゃん(ヤーイ)!?  ばあちゃん(ヤーイ)だ!  ばあちゃん(ヤーイ)がいきてた!」

 

 涙を溢れさせながら嬉しそうに飛び跳ねるクァンの姿を見て、映司と坂島は理解した。

 視線の先にいるあの老婆こそが、きっとクァンの家族――クァンの祖母なのだと。

 最愛の祖母の無事を知って大喜びのクァンは、その胸に飛び込もうと一目散に走り出した。だがしかし、祖母の様子がなんだかおかしい。そのことに気づいたクァンは、思わず足をピタリと止める。

 映司と坂島、そしてクァンの3人が息を飲んで見守る中、クァンの祖母は、苦しそうに悶えながらも愛しき孫に手を伸ばす。が、

 

「ク……クァン……」

 

 その手が孫に届くことはなかった。

 孫に触れることを願った年老いた手は、触れ合う寸前に無数のメダルとなって崩れ落ちた。

 ドシャリと音を立てて地べたに散らばったついさっきまで祖母だったもの――人1人分のセルメダルの塊が無残にも足元に転がっていく。

 

「そんな……」

「な、なんだよ……、これ……」

 

 思わぬ光景に、映司と坂島は言葉を失う。

 そして、刹那に聴こえてくるのはクァンの悲痛な叫びだった。

 

「ヤ…… ばあちゃん(ヤーイ)……!?  ばあちゃん(ヤーイ)!! わぁあああああああ……!!!」

 

 クァンの絶叫が村中に響き渡る中、映司の視線が何かを捉えた。

 映司は、懐からオーズドライバーを取り出しながら坂島に呼び掛ける。

 

「坂島さん、クァンをお願いします……」

 

 映司の声のトーンがいつもと違うことに気づいた坂島は、すぐにその理由を理解した。映司が見つめる先と同じ方向に視線を向けると、そこにいたのは異形の怪物――人の顔を持ったゾウの怪人だった。

 

「あれって……まさか本当にガネーシャ!?」

「違います! あれは……ヤミー! ゾウのヤミーです!」

 

 その言葉を耳にした途端、坂島は驚きの表情を浮かべた。

 

「ヤミーって……たしかグリードが欲望から生み出す怪物だろ!? グリードは全滅しているのになんで……」

「わかりません……。でも、メダルの技術を持っている連中になら心当たりがあります! そいつらなら、グリードがいなくなった今でもヤミーを作り出すことは可能なはず!」

「それってまさか……財団Xか……」

 

 坂島の脳裏を過ったのは、白いスーツに身を包んだ死の商人たちの姿だった。

 財団X。それはあらゆる超技術に着手する者たちに資金援助を行い、見返りにその技術を共有し拡大していく闇の巨大組織である。

 かつて風都で暗躍していたミュージアムのガイアメモリを始め、超能力兵士クオークスや死者を蘇生させるネクロオーバー、宇宙の力を与えるゾディアーツスイッチなど、様々な超技術が既に組織の手中にある。勿論、オーメダルも例外ではない。事実、以前財団Xの元メンバーであるレム・カンナギが起こした事件でも、ヤミーやレプリカとして再現された4体のグリードが戦闘に投入されている。今、眼前に立ちはだかっているゾウヤミーも、財団Xの息が掛かっていないとは言い切れないだろう。

 

「とにかく、今はクァンを守らないと!」

 

 映司は傍で泣き崩れているクァンのことを気にしながらも、手にしたオーズドライバーを腰に装着した。

 赤、黄、緑、3枚のコアメダルをドライバーに装填。右腰から引き抜いたオースキャナーを握り締め、ドライバーに固定された3枚のコアメダルを力を込めてスキャンした。

 

「変身!!」

『タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ! タトバ・タ・ト・バ!』

 

 ドライバーから発せられた特殊な振動が、意味を持った歌に変換されて鳴り響く。

 スロットのように周囲を回り、出揃った3枚のメダル状のエネルギーを身に纏い、映司の身体は戦う姿へと変化した。

 仮面ライダーオーズ・タトバコンボ。それが映司のもう1つの姿だった。

 オーズの最も安定した基本形態であり、800年前に誕生した最初のコンボ形態でもあるタトバコンボは、視力が優れたタカヘッドの複眼をキラリと光らせ、鉤爪状のトラクローを鋭く伸ばす。強力なキックとジャンプ力を生み出すバッタレッグに力を込めると、眼前のゾウヤミー目掛けて躊躇いなく駆け出した。

 涙を流し続けるクァンは、映司の姿が変わったことにも気づいていない。それほどまでに、彼女の心が受けたショックは大きかった。

 クァンの震える肩にそっと寄り添いながら、坂島はオーズの背中を見送った。彼に見守られながら、オーズは戦闘を開始する。

 

「パォオオオーーン!」

 

 向かって来るオーズを前に、ゾウヤミーも敵意を露にした。

 ゾウの特徴そのままの長い鼻を豪快に振り回しながら、勢いよく突進を仕掛ける。

 オーズはバッタの力を持った両足で大地を蹴り、ゾウヤミーの巨体を軽々と飛び越えた。そして、ゾウヤミーの背後に着地すると同時に連続で回し蹴りを叩き込んだ。しかし、

 

「効いてない!?」

 

 ゾウヤミーはビクともせず、逆に振り向き様に長い鼻をオーズの胸部に叩きつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 まるで巨大な鞭を打ちつけられたかのような衝撃に、オーズは一瞬息を詰まらせた。

 その隙に、ゾウヤミーは自らの巨体をオーズにぶつけて体当たりした。

 オーズの身体は宙を舞い、背後の民家の中へと突っ込んだ。ゾウヤミーの攻撃の威力を物語るように、木で組み立てられた家が音を立てて崩壊していく。

 

「映司君!」

 

 オーズの姿が見えなくなり、思わず叫ぶ坂島。

 だがその心配を余所に、オーズはすぐに崩れた家から飛び出してきた。

 木片を吹き飛ばしながら大きく跳躍したオーズは、急降下しながら両腕のトラクローを振り下ろした。

 黄色い爪がゾウヤミーの身体に食い込む。しかし、その皮膚を切り裂くことまではできなかった。

 

「これも駄目か……」

 

 再び敵の反撃が来る前に、オーズはバックステップで距離を取る。だがそこへ、

 

「ポォオオオオオオ!!」

 

 ゾウヤミーはピンと伸ばした鼻先から大量の水を放出した。

 まるで大砲のように勢いよく発射された水圧が、オーズの身体を吹き飛ばした。

 

「うわっ!? なんだこれ……、水か……?」

 

 全身がびしょ濡れになり、戸惑うオーズ。そこへ追い討ちを仕掛けようと、ゾウヤミーが再び鼻先を向ける。

 オーズは咄嗟に立ち上がると、別のメダルを2枚取り出した。

 トラとバッタのメダルを抜き取り、代わりにその2枚をドライバーに装填する。素早くスキャナーをかざし、オーズは姿を変える。

 

『タカ! ゴリラ! タコ!』

 

 オーズの両腕が怪力を発揮するゴリラアームに、そして両足が無数の吸盤に覆われたタコレッグに変化した。

 ゾウヤミーはそんなオーズ目掛けて水流を発射する。

 亜種形態、オーズ・タカゴリタは右手に力を込めると、その腕を真っ直ぐと前方に突き出した。

 次の瞬間、オーズの渾身の拳が水の大砲を打ち消した。

 弾け飛んだ水飛沫がシャワーのように地面に落ちていく。

 自分の攻撃を防がれ、激昂したゾウヤミーは怒りに身を任せて突進を仕掛ける。

 オーズは地面に張り付くことができるタコレッグの力を発動。両足を地面に固定させると、どっしりと構えた姿勢で、前方から突っ込んでくるゾウヤミーの巨体をガッと受け止めた。

 足場が陥没しつつも、オーズはゾウヤミーが繰り出した突進の衝撃を堪えた。今度はこっちの番だと言わんばかりに、すかさず両腕のガントレット型の武装――ゴリバゴーンを射出した。

 凄まじい怪力を誇るゴリラアームに拘束されたゾウヤミーは逃げることができず、ゴリバゴーンもろともはるか後方に吹き飛んでいった。

 

『タ・ト・バ! タトバ・タ・ト・バ!』

 

 再びタトバコンボに戻ったオーズは、専用剣メダジャリバーを手に走り出す。

 相手は連続キックやトラクローによる攻撃にも耐えるほどの防御力を持っている。生半可な攻撃は通用しないだろう。

 オーズは走りながら、咄嗟に足元に転がっていたセルメダルを数枚拾い上げた。

 そのセルメダルは、きっとついさっきまでこの村の住人だったものだ。人であったものを戦いに利用するなんて、そんなこと罪悪感を感じずにはいられない。

 だけど、1度セルメダルに変えられた人間を元に戻す方法なんて、まだ誰も見つけられてはいない。

 オーメダルを日々研究し続けている鴻上ファウンデーションの技術力でさえ、それを可能にはしていないのだ。

 残念ながら、今のままではメダルに変えられたこの村の人たちを救う手立てはない。

 何もわからずに怪物に襲われて、肉体をメダルに変えられて命を落とした。きっとここにいた人たちは、これ以上ないほどに無念な思いで命を落としたのだろう。

 ならばせめて、そんな思いだけでも、少しは和らげてあげたい。勝手な言い分かもしれないが、このゾウヤミーを倒すことに、僅かでも貢献させてあげたい。

 

「ごめん、皆……。俺に力を貸してくれ!」

 

 オーズはメダルとなってしまった村の住人たちに懇願するように叫びながら、手にしたセルメダルを3枚、メダジャリバーに投入した。

 メダジャリバーは鴻上ファウンデーションがオーメダルの技術に合わせて開発した大型剣だ。エネルギー源となるセルメダルを入れることで切れ味を強化することができる。

 セルメダルを3枚投入したことで、剣の威力は大幅にパワーアップを遂げた。

 オーズは体勢を立て直そうとしているゾウヤミーに急接近すると、メダジャリバーを2度3度振るい、ゾウヤミーに強力な斬撃を浴びせた。

 今度は攻撃がしっかりと効いている。

 大きなダメージを受けたゾウヤミーは、ヨロヨロとよろめきながら後退りしていく。

 逃がしはしないと、オーズはメダジャリバーに装填された3枚のセルメダルにオースキャナーをかざした。

 

『トリプル! スキャニングチャージ!』

 

 3枚のセルメダルのエネルギーが、メダジャリバーの青い刀身に集中していく。

 次の瞬間、とどめの一撃は放たれた。

 

「はぁあああ……!せいやぁあああああ!!」

 

 オーズが一閃したその刹那、周囲の景色を巻き添えに、ゾウヤミーの身体は横に真っ二つに切断された。

 村の家も木も、空気さえもが同時に切り裂かれた。

 しかし、ゾウヤミーの背後の景色はすぐに修復される。まるで時間が巻き戻るように、家も木も空気も切り離される前の状態へと戻っていく。

 そんな中、ゾウヤミーの身体だけは元には戻らなかった。

 切断された肉体は崩壊を始め、景色が修復すると同時にゾウヤミーは爆散し消滅した。

 最後に残ったのは、ゾウヤミーの生成に利用された1枚のセルメダルだけだった。

 オーズはそのメダルをそっと拾い上げる。

 戦いには勝ったが、村の住人は全滅。オーズの気持ちは晴れなかった。

 もっと早く事態に気がついていれば、伸ばした手が村の人たちに届いたかもしれないのに。

 オーズは悔しさのあまり、手にしたセルメダルをギュッと握り締めた。

 クァンは相変わらず大粒の涙を零している。彼女のすすり泣く声が、無人と化した村に響き渡る。

 オーズはひとまずクァンと坂島の傍に戻ることにした。

 ついさっきまでゾウヤミーが立っていた場所に背を向け、2人に向かって歩き出す。

 しかしその時、

 

「ぐわぁっ!?」

 

 突然、背後から凄まじい勢いの水流が飛んできて、オーズの身体を吹き飛ばした。

 地面の上に激しく叩きつけられたオーズは、慌てて水流が飛んできた方向に視線を向けた。

 まさか、ゾウヤミーがまだ生きていたのか?

 そう思ったのも束の間、オーズは視界に飛び込んできた予想外の姿に、思わず言葉を失った。

 眼前に佇んでいたのは、見覚えのある2人。されど、今はもういないはずの2人。かつてのオーメダルを巡る戦いの中で滅んだはずの欲望の怪人。

 

「メズールにガメル……。なんで……」

 

 何が何だかわからず、呆気に取られるオーズ。

 視線の先で肩を並べて立っていたのは、紛れもなくグリード――ガメルとメズールだった。

 メズールは妖艶な唇を指で撫でながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「はじめまして、オーズの坊や」

 


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