しばらくしてベースの子が落ち着いた後、お互いに自己紹介を行った。
ボーカルは湊さん、ベースは今井さん、ドラムは宇田川さん、キーボードは白金さん。
そしてギターは氷川さんというそうだ。
俺たちも名前を言おうとしたのだが、なんと彼女たちはこちらのことを知っていた。
「えーと、正確なキックが特徴の佐々木コータローさんと…」
「常に冷静な視点と正確なパス、過酷なトレーニングに自身を追い込みつづける不屈の男、金剛雲水。」
今井さんがコタローのことを思い出した後、ポツリとつぶやくように俺のことを言ったのは氷川さんだった。
氷川さんとしては無意識だったようでハッとし、うつむいてしまったが。
「驚いたな。なぜ俺たちのことを?」
「この前、試合を見に行ったんです。炎馬対最京の練習試合。その時の選手紹介で聞いたので!」
俺の質問に笑顔で応えてくれるのは今井さんだった。
横目で氷川さんを見ながら笑みが深くなっている。
何というか、イタズラ好きな猫のようだ。
彼女たちの仲を円滑に取り持っているのは彼女なのだろう。
リーダーではないようだが俺の質問に応えながらも上手く全員の様子を見ている。
彼女がいなければこうして会話にはならなかっただろう。
クォーターバックをしているとどこが相手の中心かなんてことを無意識に考えてしまうことがある。
これが俗に言う職業病という物なのだろう。
「あ~、そりゃカッコ悪いところを見られちまったな。」
コータローが苦笑しながらこちらを見る。
俺の顔にも苦笑が浮かんでいただろう。
練習試合だったとはいえ負けた試合だ。
今後の糧になるとはいえ悔しいものは悔しい。
「そ、そんなことないですよ!」
今井さんが慌てたように言う。
顔には失敗した!と書いてあるようだ。
宇田川さんや白金さんもコクコクと頷いている。
「大丈夫だ。気にしないでくれ。次は勝つ。それだけだからな。」
俺の言葉にコータローが頷いている。
その時に見えたうつむいた氷川さんが歯を食いしばったように見えたのが少し気になった。
そうしてしばらく歩いていると今井さんが思い出したように言う。
「あ、飲み物買うの忘れてた!紗夜、悪いんだけどジュース適当に買って来てもらえない?」
「え?ええ、いいですけど…。」
突然振られた氷川さんは驚いたようだ。
「え?リサ、さっき…」
「ありがとう!じゃあお願いね!私達は先行ってるけど私の家分かるよね?」
「ええ。」
何かを言いかけた湊さんをさえぎって今井さんが言う。
短く応えて踵を返そうとする氷川さんに慌てて俺は言った。
「この時間に女の子一人は危ない。またやつらみたいなのがいるかもしれないし俺も行くよ。」
「え?さすがにそれは…」
「いいんですか!?ありがとうございます。」
断ろうとする氷川さんにかぶせるように今井さんが言った。
「ああ。大丈夫だ。コータロー、お前は皆をそのまま送って行け。」
「分かってるよ!今日はそのまま解散ってことでいいよな?」
「ああ、それでいい。じゃあまた明日。」
「おう。じゃあな。」
そうコータローと話をつけてから氷川さんの方を向くと申しわけなさそうに頭を下げた。
飲み物は近くの小さな公園の自動販売機で買うことにした。
自動販売機の他にはブランコとベンチしかないような公園だった。
そこまで俺達の間に会話はなかった。
少し気まずい。
よくよく考えれば俺だってよく知らない男なわけで警戒されているのかもしれない。
そんなことを考えていると突然コーヒーを差し出される。
俺が好んで飲んでいる物だ。
「あの、お礼です。付き合ってくれてありがとうございます。」
「気を使わせてすまない。でもよく俺が飲むコーヒーがわかったな。」
少し驚いていると彼女はクスリと笑って種明かしをしてくれた。
「さっき助けてくれた時に見ましたから。」
その言葉に納得していると彼女は言う。
「コーヒーを飲み終わるまででいいんです。少しお話出来ませんか?」
意を決したように真剣な顔で言う彼女に応える。
「ああ。大丈夫だよ。」
彼女はブランコに、俺はその前にある鉄のバーに座る。
「………。」
「………。」
彼女はしばらく話し始めなかった。
街灯と自動販売機の光で小さな公園だけが浮かび上がっているようだ。
人通りはなく、俯く彼女がスクリーンに映っているようで、映画みたいだな。と、どこか他人事のように思う。
「私には妹がいるんです。」
しばらくしてからポツリと言う。
俺は黙ったまま続きを促す。
「双子の妹です。その妹は世間で言うところの天才です。」
双子、天才。ああ、あの時どこかで見たことがあるような気がした訳が分かった。
いつも、いつも。鏡で見ていた姿だったからか。
彼女ではなく、その追い詰められているような、必死なその表情が。
昔の自分に重なっていた。
そういう事だったのだ。
「妹は何でも出来てしまう。見ただけ、聞いただけで。私が必死に練習して出来るようなことも何でもないような顔で。」
彼女の独白は続く。
彼女は理解者を求めている。
「私はそれが悔しい。悲しい。憎い。」
ああ。そうだろう。
彼女が感じている全てはかつての俺が感じていた事だ。
彼女には相談すれば応えてくれる、一緒に悩んでくれる仲間が、友人がいるのだろう。
でも、真に理解出来るのは俺だけだ。
「だから、貴方はどうなのか聞いてみたかった。私達とよく似ている貴方に。」
でも、それでも俺と彼女は違う。
「さっきもそう。あの練習試合。負けた原因は相手の奇策かもしれない。でもあれは貴方の考えを金剛阿含が読める事が前提の作戦。そうでしょう?」
そう。その通りだ。
あの試合、こちらの攻撃を封じたのは阿含だった。
QBスパイ。
ラン、パス。攻撃がどちらであるか。それを阿含は俺の動きを見ることで思考をトレースしことごとくを止められた。
見てから神速のインパルスで無理矢理止めたのではない。
それではランは止めれても全てのパスを止めるのはさすがに無理だ。
本来、QBスパイはパスの可能性を犠牲にしてランを止めるためのプレイだ。
つまり、俺は考えを読まれていた。
普通のQBスパイよりも数段上のことを阿含はやって見せたのである。
「どうして貴方はそれでも次は勝つと言えるんですか?何故諦めないんですか?教えて下さい!どうしたら貴方のように強くなれるんですか!?妹を憎まずにいられるんですか!?」
彼女の瞳から涙がこぼれる。
やっぱり俺達は似ている。
でも、やっぱり俺達は違う。
重い口を開き応えた。
「俺は強くなんてない。君の方がずっとずっと強いよ。」
「え?」
彼女は何を言われたか分からない。そんな表情をしていた。