もし自分の家は裕福か? 問われたら裕福であると言えるであろう。私の家は100年以上前に建てられている豪邸に執事と兄と両親で暮らしていた。ここまで聞けばものすごく裕福で恵まれている環境だと世間一般の人たちはそう思うだろう。けど外見は天国なのに中を開けば地獄の底だった。
『お前は何て無能な奴なんだ。全国での学年18位の成績何てとりおって、私の娘なら学年1位、2位を取れ。彼方を見習えこの無能が!』
私が中学生の頃、全国の模試の結果を見せた瞬間。完璧主義者な父親は私の腕に手錠をかけ、痛い、やめてと言っても殴り続けた。臆病な母親も自分の火の粉が降りかからない様に私を無視し続けた。だって母親も父親の暴力は受けたくなかったから。でも、憤怒の勢いで怒っている父親はもはや人間のそれではなかった。まるで悪鬼に憑りつかられていた化け物そのものだった。
『遥。貴様はなぜ、足を引っ張るのだ。双子の兄としてこれほど恥ずかしいほどはないぞ』
私がバスケットボール選手で優秀選手賞を取り、チームで準優勝した際も父親からも母親からも冷ややかな目で見られ、唯一の味方だと思っていた兄には見下された。あの日から兄は私を玩具扱いし始めた。その様子は無能だと思われている妹を持ち愉悦に浸っている外道そのものだった。
『遥、なんであなたはそんなに優秀じゃないの? 貴方が優秀じゃないと私の立場がないのよ!』
顔色は真っ青なのに鬼気迫る表情で母親は私に詰め寄り、壁に追いやる。双子が優秀じゃないと駄目だと母親の自分にも危害が加わるからやめろという保身に走り始めている。もはや病気だ。この日から私は家族の中に味方がいないと察した。そして自分にも同じ血が流れていることに嫌悪を覚えた。
『お嬢様! 貴方はもうこの家の者ではありませぬ』
たった一人の味方であると信じていた執事は満面な笑みを浮かべ、私を追い出す。もはや狂気だ。その執事の目には私への敵意しかない。言葉とは裏腹の行動に私は驚きが隠れないで体を強張らせていた。執事はそのまま正門前に私を突き飛ばした。
『さようなら。もう二度と会うこともないでしょう』
正門の鍵がガチャリと閉められる冷たい金属音が響き渡った。信じていた老執事も私を裏切ったのである。
―――――――あれ?
―――――――私何のために生きているのだろう?
裸足であることも忘れ、アスファルトの道、獣道を駆けていく。体全体が痛みはじめたが、もはやこの空虚な気持ちと心の穴は開いたままだ。もう何もかも忘れたい気分だ。スマートフォンも投げ捨てた。もうこんなものを持っていても自分には無意味だから。
―――――――無能だから? 玩具だから? 生きる意味がないのか?
―――――――もう分からない。分からない……
いつも大切に髪も唯一心を開いている友達から買ったしゃれた服もボロボロになっていくが、関係ない。もうこのままボロボロに朽ち果てようともうどうでもよかった。人から変な目で見られてもどうでもよかった。もう生きることがどうでもよくなってきた。
―――――――お願い…お願い…どうか…私を…
でも、どうでもいいと思っているのに、涙が止まらない。余計に駆けている足は止まらない。私は何がしたいのだろうか。
「助けて…誰か助けてよ…」
そして何でこんなことを私は口走っているのだろうか。誰も助けてくれないと痛感したのに、誰も苦しみから解放されないと思っているのに、それなのに口出る言葉は本当に想っていることは隠せていない。このドロドロした液体状の矛盾が無性に気持ち悪く感じる。口から吐き出したくて吐き出してしょうがなかった。だから口を開く。
「お願い…お願い…独りは嫌…なんで…なんで捨てられたの…」
今までやってきたことが全て崩れ、壊れ、朽ち果てたのに、私は無性に誰かのぬくもりを感じたいと思ってしまった。そして糸が切れたからのようそのまま意識を手放した。
「ねえ、雄二あの子大丈夫かな?」
文月総合病院に搬送したボロボロの女の子の容体が心配になった僕は家の鍵を閉め、僕と同様心配していた雄二と共に彼女を今治療している医療室の前のベンチに座っていた。普通だったら救急車の医者たちに後は任せ、僕たちの役目は御免になるはずだったが、あの子の独り言と雄二の推論を聞いてしまうとどうしても放っておけなく、学友であるということを伝えて同伴することを何とか許可してもらった。
「大丈夫とは言い切れねえが、命には別状はないと信じたい」
雄二もあの状態を見て不安を隠し切れておらず、貧乏揺すりしながら待っていた。貧乏揺すりはやめてほしいが、不安である気持ちも分からなくはない。雄二には家に帰らせるつもりだったけど、雄二自身も放っておけないと言い、そのまま病院にまでついてきた。それに雄二自身も捨てられたという可能性を追いかけるのもある。
療養中の赤いランプの点灯が夕暮れの仄暗さを際立たせている。でも僕と雄二は彼女を待つことしかできない。歯がゆくて仕方がないけど今は医者の腕を信じて待つことにする。
それから無言のまま1時間後に赤く点滅していたランプが消える。どうやら治療が終わったようだ。
「あ、あの。あの子は? あの子はどうなったのですか?」
僕は医療室から出てきた医者に容体を聞く、まず命だけは助かっていてほしいという気持ちだけしか今は頭にないからこそ、不安で、不安で聞きたかった。
「大丈夫です。命に別状はないですよ。それより君たちはあの子の学友さんかな? それよりあの子の御両親にこのことを連絡したいのだけど構わないかな。後、なぜああなったのかを聞かなくちゃならないから警察も呼ぶけど構わないかね」
「うぇ! それは…その…」
優しい微笑みを浮かべている様子に僕はホッとしてそのまま座り込んでしまった。話したことすらない人だけど、生きていた良かったと僕は心底感じた。でも後半の部分はごまかしが利かない。学友でもないし、あの子ご両親って言っても僕たちじゃわからないしどうすればいいか分からなくなりそうになった。
「(雄二ヘルプミー!)」
アイコンタクトで雄二に合図を取ると、雄二はため息をつき僕と医者の方へと近づく。だが、雄二が近づく前に別の人がさっき治療した医者の人に近づく。
「ちょっといいですか? 大事な案件なので」
「ん? ああ、分かった。君たち少し待っていてくれ」
僕たちはその光景に首をかしげ、彼らの相談が終わるのを待っていると、さっきまで暖かった笑顔だった顔が青ざめている医者がすぐさまこっちに近づいていく。
「君たち。悪いことは言わない、助けた女の子のことは忘れて、ここから離れるのだ」
「「はっ?」」
いきなりのことに僕たちは疑問を浮かべる。なぜ彼女をいきなり忘れなくちゃいけないのだろうか? この一言に尽きる。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで、忘れなくちゃいけないんですか? それに離れるってなんで?」
「では、警告としてもう一度言います。貴方たちの今後の人生を狂わされたくなかったら、あの子のことは忘れて、ここから離れてください」
それは唐突であまりにも残酷な宣言だった。意味が分からなさ過ぎて、思考が固まる。体も動かない。今呼吸しているのかわからないぐらい、時間が止まったような感覚に陥る。いいねとその医者の人に言われ、僕はそのまま動けないままでいた。
「(人生を狂わされる? これは一体どういうことなの?)」
まずはそこから考える。彼女がどういった存在なのか僕はますます気になってしまう。
「なるほど、金持ちの『緋泉』のご令嬢がここにいると誰が不都合だから、助けた俺たちにはここに立ち去れと誰かから連絡を貰ったってところか」
さっきまで黙っていた雄二が口を開く。医者の方もその返答に無言で頷く。どうやら彼女は僕たちより遙かに偉い人なのだろうかと推測していると雄二に小突かれ、耳元でヒソヒソと話す。
「『緋泉』っていうのは長月市の財閥であの霧島財閥と同等の力と経済力を誇っている」
「なんで雄二がそれ知っているの?」
「まあ、翔子に拘束されているとたまにその緋泉っていうのが話題に出てきてな。それに名刺があいつのスカートのポケットの中に入っていた」
「雄二! あの子のスカートのポケットに平気で手入れたの!? それ普通に犯罪だからね!?」
「う、うるせー。でも状況が状況だったから一つでも情報を知りたかったんだよ。しょうがねえことだ」
赤く照れている雄二の顔がものすごく気持ち悪く思いながらも、僕にも大体の状況が呑み込めてきた。つまり僕たちはここで彼女を見殺しにして、普段の生活を謳歌するか。もしくは彼女を救ってその連絡してきた人を敵に回し、人生を狂わされるかの2択であるということに。
「(確かになかったことにすれば、僕も雄二も文月学園でまたバカやりながら、青春を謳歌できる。それに話してもない人を助けようとして狂わされるのもおかしな話だよ)」
だけども僕は知ってしまっていた。彼女がお嬢様であることより前に。
『助けて…誰か助けてよ…』
あの言葉の一つ一つを僕は忘れていない。
――――――彼女の心の悲鳴を僕は知ってしまっていた。
どんなに理屈を考えてもバカだから分からない。僕にはその子を見殺しにするという選択肢が最初から皆無だった。
耳元でのひそひその話から僕は医者の人と正面から向き合う。まだ顔が青ざめており、早く終わってほしいという表情だ。でもごめんなさい。
「ごめん! 僕はやっぱり彼女を放っておきたくない! その人を忘れたくない! 例え会って話したこともない人だけど! でも、独りにしないでといった彼女を見殺しにしたくない!」
「き、君は正気か! 綺麗ごとを言っている場合ではない! 世の中には綺麗ごとで片づけられるなら楽なんだよ! 分かりますか!? 今あなたの決断隣の御友人の人生をもめちゃくちゃにしますって言っているようなものだぞ! それが分かっているのか!?」
さっきまで青かった顔が赤い顔に変わり、憤怒の表情を浮かべ僕を睨みつける。雄二はその一連のやり取りを見て、手を挙げる。
「確かに、俺もバカの頼みとはいえ、俺自身の人生をめちゃくちゃにされるのは流石にごめんだ」
「ゆ、雄二! そ、それじゃあ彼女は!」
「落ち着け明久。それなら、人生を狂わされないような方法を取ればいいだけの話だ。おい、医者。お前も本当は彼女のことを助けたいのだろ?」
「う、くっ! だ、だが。そんな方法が…」
「いや、一つだけ逆転の切り札がある」
雄二はニヒルな笑みを浮かべ、その作戦を言い始めた。
お気に入りの数や感想が思いのほか多くて驚きました。本当にありがとうございます。
やはりこういうのを見ると励みにもなるのでもの凄くうれしいです。
それでは感想などがあったらどしどしどうぞ。