俺はマサムネ。
人間の言うところの黒猫という奴らしい。
生まれて間もないころにこの家に連れてこられた。
この家にはじいさんとばあさんが居たんだけど、少し前にじいさんが病気で「ビョウイン」に「ニュウイン」をしたそうだ。
病気は怖い。
以前ここの仲間が病気になった。
そいつはしばらく家から居なくなってそのうちに戻って来た。
俺たちは弱ったそいつをガラス戸のこっちからしか応援できなかったけど、苦しそうに涙と鼻水を流して、口から物を吐いて、ヒクヒクと身体を痙攣させて最後は静かに動きが止まった。
そして初めて見た仲間の停止に「死ぬ」のは恐ろしいことだと思った。
じいさんとばあさんは最後までそいつを抱いて撫でて苦しくないように声を掛けていた。そして奴を白いふかふかのタオルで優しく包んで撫でながら頑張ったねと言った。
「うつる病気じゃないから大丈夫。」と俺たちにも最後に会わせてくれた。
でももう奴は抜け殻でそこにはいなかった。
ヤツの中身はとっくにそこから出て、俺たちの知らないところに行ってしまったのだと分かった。
それはもう会えないし遊べないし喧嘩もできない遠い所だ…。
そして家から居なくなったじいさんがこれからどうなるのかもなんとなくわかった。
じいさんはいつも俺のことを綺麗だ綺麗だと褒めてスルスルと身体を撫でてくれた。
かわいい嫁さんを探してやるって言ってくれた。
嫁さんって何だろう?そう聞いたら年上猫が「可愛がって甘やかせて大事にしてやらないとだめなヤツ」だと教えてくれた。
そうか、俺にもそんなやつが来るかもしれないんだな。
そんな風に思っていた。
もう一度じいさんに会いたいな…。あの手で撫でてほしい、あの声でマサムネって呼んで欲しい。
▽
じいさんがこの家から居なくなってからは、ばあさんが一人で俺たち猫の面倒を見てくれている。
ばあさんの息子は猫が嫌いだと言って俺たちには近づかない。
一度だけ見たことがあるけどすごい目で睨まれて近づいた奴は蹴られて息子はばあさんに叱られていた。
ばあさんは猫の「ブリーダー」をしているのだそうだ。
俺はある時からこの家にいる。そして俺の父親も母親もこの家にはいない。
「ちゃんぴおん」で「けっとう」がいいらしく俺は生まれてすぐに他の兄弟と別れてここに「ハンショク」のために「カワレテ」きたのだそうだ。
はっきり言ってそのあたりはうろ覚えだ。
俺の仲間の中では、俺の黒い被毛は希少だそうで、生まれた兄弟では俺一人だけだったそうだ。
じいさんはそんな俺を見てすぐに連れて来たとばあさんが言っていた。
ここはとても居心地がいい。
たまに偉そうにツンツンした女猫が来たり、男猫がそれにミャーミャー鳴いたりしてることもある。
そのあとはツンツンした女猫はもっと怖くなってそのうちに小さい猫を生むんだ。
子猫は可愛いんだけど女猫は怖いから近づけないんだよな…。
あれが「ハンショク」ってやつなんだと物知り博士みたいな古参の猫が言っていた。
▽
じいさんがいなくなって少しした時にこの家に子猫がやって来た。
俺と同じヤマネコのような顔つきだったけどそいつは被毛の色が俺とは対照的に白かった。
耳や手足の先は少し茶色くて、連れて来た若い男は「こいつシャム猫みたいな色だな」だと言った。
シャムネコってどんな猫だろう?この家には俺と同じ種類の猫しかいないようだ。大体は斑点のある猫ばかり。
「マサムネのお嫁さんにしようと思ってお願いしていたんだけど手違いで男の子だったんだよ。」
ばあさんは俺にその子猫を近づけて見せた。
そいつはまだ全然チビで、女猫の産む赤ん坊とそんなに変わんないようにも感じた。
そいつは俺のことを見ても怯えるようにブルブル震えて、小さい声でママママと泣いていた。
オトコって言ってたよな?大丈夫なのか?こんなチビで…。
「珍しいスノーなのよ。ほら、うっすらとマサムネと同じ豹紋があるでしょ?黒のメラニスティックカラーのあなたとだったらどんな子猫が生まれるのか少し楽しみだったのだけど残念。」
ばあさんは本当に残念そうに俺の顎をスルスルと撫でた。
俺たち猫は顎を撫でられるととても気持ちが良くなるので、もちろん同じようにはできないけど目の前のチビの顔を俺が舌でペロペロと舐めてやると、チビは少し驚いたようにクリクリの目をもっと開いたけどそのあと泣きべそ顔が笑顔に変わった。
俺はその顔を見て少しほっとしたんだ。
この家に来た時には俺も寂しくて不安で泣いていたような気がする。
今となってはあまり覚えていないけどそういう気持ちだったことだけは覚えている。
だから新入りのこいつが今どれほど不安かがわかる。
仕方ない。手違いで男だったとはいえ俺の嫁さんなんだから可愛がってやるしかないだろ。
そう思って俺はその日から新入り猫のリツを構うことにした。