オノデラが明日泊まりに行く準備をすると言ってリツと隣へ行ってから、タカノの動きは早かった。
「この間、携帯を水没させたときにあいつクラウドに住所情報同期してるって分かったからな。」
と独り言なのか、誰に向かって言ってるのか分からないことを言って、オノデラが普段仕事に使っている大きな画面のパソコンを起動した。
オノデラは、履歴を見られたら大変だけど、パスワード(ってヤツ)があるから俺がいないところではタカノさんはパソコンを開けないから、何を見たか知られっこないとか言ってこっそりプレゼントやケーキを注文したりしてたのに、あっという間にパソコンは綺麗に開いたみたいだ。
タカノは「あいつ、俺の名前とか誕生日をパスワードに使ってる。愛されてんな。」とか口を握りこぶしで押さえてこみ上げる笑いを全然こらえ切れないって感じだった。
ホントお前ってやつはアホだ!
オノデラを大事にしろよって、むかついて、じゃれ付くふりをして脛にかじりついてやった。
「いてぇ!よせよ、マサムネ。」
タカノは足で俺を掬い上げるように腹から持ち上げて肩にしょって画面の中の数字をピコっとした。
これはよくオノデラがタカノとパソコンで話をするときに使うやつだ。
ピコンってひよこが押されたみたいな音がして、しばらく丸い点々がおっかけっこするみたいに動いてから、画面に人間の顔が現れた。
そこには黒い髪の毛と黒い目をした人間がいた。それは、ちょっと前にオノデラにあのスノードームを持ってきたやつだった。
出た時にはやさしそうな顔してたのに、相手がタカノと分かるとキッと眉毛を吊り上げて、さっさと話を終わろうとするから、タカノが「待て待て待て」と珍しくなだめるような声を出した。
「お前が持ってきたあれってなに?」
嫌そうな顔の奴は、それでも切らずにいたのでタカノが挨拶もしないで話を始めた。
ネコだってクンクンしたりして一応挨拶するのにな。人間ってホント変だ。
「見てわかんねーの?」
「いや、そりゃ品物の事は分かるけどさ。オノデラが泣くぐらい大事なもんなのかなって?」
そういうと相手はちょっと和らぎ始めた顔をきつくして、ギっと目じりを吊り上げる。ちょっと怖いぜ…、お前…。
「あいつを泣かしたのか!?嵯峨!お前が!?」
サガって誰だ?
ちょっとだけ耳がピクリとした。
「だからお前になんて任せられないんだ!俺はやめとけって何度も言ったのに。」
「だから悪かったって思うから、お前なんかに聞きたくないのに電話してんじゃねーか。」
「ふざけんなよ。」
そんなやり取りの、結構不穏な空気の中で、半分ののしりあいながらもキヨミヤナオはあのドームのことを教えてくれた。
なんだかんだ言ってもあいつもオノデラを好きなんだなって分かった。オノデラが泣くのはタカノのことでだけだし、オノデラが笑うのもタカノのことでだけなんだ。
だから仕方ないだろ?
キヨミヤの話では、昔のオノデラは今では想像できないぐらいの暗いやつで、人を拒絶していたのだそうだ。
拒絶ってなんだろう?
誰とも話をしたくないし、笑いたくもなかったんだろうか?
だから今のオノデラもしゃべるのが苦手な時があるんだろうか?
いつだってオノデラは俺たちをお日様みたいにあったかく照らしてくれている。でも前にタカノもオノデラがいなくなってから自暴自棄になった時があったって言っていた。
もちろんオノデラがいないところで言ってたんだけどな。聞いたらオノデラが泣くから。
だからあいつらは似たもの同士で、きっと二人でいないと死んじゃうんだろう。
俺とリツみたいに。
他の全部が足りてても、リツがいないだけで足りない足りないって思って暮らすんだ。
オノデラがあのスノードームを大事にしていた理由を聞いて、タカノは泣かなかったけど泣きそうな顔をした。
そしてオノデラが戻ってくるまでに何かを決めたようだった。
そしてだいぶたってから、オノデラは隣の部屋から冷ゃっこくなって戻ってきて、タカノはオノデラにホカホカのケットをかけながら長い間抱きしめていた。
オノデラも目の端っこがちょっと赤かったけど、そのことはタカノにもなにも言わず、ただタカノの腕の中で気持ちょさそうに目を閉じてされるがままになっていた。
リツも一緒に戻ってきたから俺も冷えたリツのほっペたをペロペロと舐めて毛並みを整えてから、あったかいクッションの上で二人で丸まって寝た。
リツが隣の部屋であったことを教えてくれたから俺もタカノのことを話した。あいつら猫の言葉がわかんないからな。内緒にしなくても済むのがいいな。
人って不思議だよな。
例えば、聞きたいと思っただけなら、言葉を話すことができるようになるとは思えない。
たとえばウサギは音が聞きたいと思ったから、あんなに耳がでっかくなったんだろう。
いぬは匂いをかぎたいと思ったから鼻が利くんだ。
人は思いを伝えたいと思ったから言葉を使えるようになったんじゃないのかな?
言いたくて、伝えたくて、分かってもらいたくて言葉を発するんじゃないのかな?
なのにあいつらはその言葉をうまく使えないんだ。俺たち猫は匂いで目の前のヤツが自分を好きだって分かる。
なのに鼻も利かないし、遠くも見えない。耳だって全然だ。
人間って本当に面倒くさいな。
おまえら、もっとめんどくさい。
▽
翌日オノデラは昼からジッカへ行った。タカノが近くまで車で送って行くって言って一緒に出かけて行ったから、俺とマサムネはおとなしく留守番をしてる。
オノデラのジッカはばあさんの家より何倍も大きくて、庭も運動場みたいなんだそうだ。
でもさ、運動場ってなんだ?
また俺はわかんなかったからマサムネに聞いたら、タカノとオノデラが行っていた学校の外で、みんなで飛び跳ねたりしてもぶつからないぐらいの場所なんだって言う。
飛び跳ねたりなんて家ん中でもできるのになって思ってたら、マサムネは俺の納得してない気持ちが分かったみたいで、学校にはお星様ぐらい人間がいるからすごい広くないとできないんだよってまた教えてくれた。
そうか、タカノとオノデラはそんないっばいのお星様の中からお互いを選んだんだ。
俺とマサムネはどうなのかな?
俺たちはデコボコが合うみたいにはぴったりはしてない。
合わせてもあちこちペロリとはみ出したところがあって、でも俺たちの世界には二人しかいないからそれでいいってところもあるけど、人間はいっばいの中から番(つがい)を見つけるから大変だな。
いつもぼんやりしているオノデラだけど、ちゃんと見つけられて良かったな。タカノを…。
▽
タ方になって、お日様もすぐに沈んでしまうから少しだけ明るさが寂しい時間になった。
マジ寝をしていたらドアがガチャガチャと鳴って、タカノが帰ってきたと分かった。
マサムネは基本タカノには冷たいからお迎えには行かない。
でも俺はタカノが大好きだからとびっきりの愛想の良い声で「おかえり~。」とお出迎えをした。
「リツただいま」ってタカノが言って、玄関のあがりがまちに紙袋やら箱やらを山ほど置いて、タカノはまた部屋を出て行く。
何度か往復してからやっと家に入って、すぐに箱や紙袋をビリビリと開き始めた。
これじゃあオノデラと変わんないぞってちょっと思っていたら、紙でくるまれた綺麗なものを取り出した。
一つ、二つ、三つ四つ五つ…。
リビングにもキッチンにも、棚の上にも窓の桟にも、たくさんのキラキラと綺麗なそれが飾られて行く。
「オノデラには俺の誕生日でも、俺にとってはクリスマスだからな。」ってタカノが笑った。
「マサムネ、俺達もやるぞ!」
俺は決意してオノデラが片づけてしまった袋を引きずり出した。
俺たちは猫と人間だけど、いつだって一緒に楽しく暮らす家族なんだ。
だからオノデラが割れちゃったと嘆く必要なんてないんだって分からせてやる。
モノなんて割れたっていいんだ。
本当の事はいつだって見えないところにあるし、見えなくてもいつだってここにあるって分からせてやる。
▽
「ただいま。」
祝日の夜、タカノが迎えに行って、帰った時に聞こえたオノデラの声はいつもの明るいオノデラに戻ってたように聞こえた。
でも、オノデラは笑うために笑う奴だから安心できない。
いつも能天気だって俺たちをだますぐらいオノデラは嘘つきなんだから。
「お土産いっぱい貰って来たよ。」
オノデラのお父さんは猫アレルギーなのだそうだ。
だからオノデラはマサムネを連れて行かないし、一泊以上滞在できないって言って、お母さんも仕方がないと連泊をあきらめてくれるんだって言っていた。
本当はオノデラはタカノと離れたくないからなんだけどな。
「母さんが父さんのことは気にしないでマサムネをつれてきて、マサムネを見たい、ってうるさく言って困るんだ。そうそう、無添加の煮干しとささみジャーキーを母さんがくれたから。リツとマサムネは?お昼寝?」
廊下を歩きながらパックをざらざらと鳴らしながらオノデラがタカノと喋っている声が近づいてくる。
「マサムネ来るぞ、ちゃんとじっとしてろよ、」
「そりゃお前だろ?また目が見えなくなってんぞ。」
「ややや、ヤバイ何にも見えない。」
「こっち引っ張ってやるから首、もっとちゃんと通して…。」
じたばたひそひそとしていると、リビングのドアが開いて、一瞬オノデラが止まった。
そりゃびっくりするだろう、だってそこにはいっぱいの色々なスノードームが飾られていたんだから。
「え…?」
オノデラは肩に添えられた手の方を振り返ってタカノの顔をじっと見た。
「おんなじのはやっぱり手に入んなかったんだけど、お前の友達が似てる奴探してくれたから、もう何個割っても大丈夫なくらい買った。リツに似てるのとかマサムネに似てるのとか、お前に似てる天使とかも、小さいのも大きいのも山ほど。」
「ば…、馬鹿じゃないですか…。こんなに…。」
オノデラはポロポロと涙を流していたけど、今日の涙は悲しい涙じゃなくてよかったって思った。
「あ!」
次にオノデラが見つけたのは俺達。ついでにタカノもびっくりしていたみたいだった。
やったね。成功だろ?
あの日、オノデラが俺にかぶせようとした赤色の帽子を俺とマサムネは結構必死でかぶって置物のように静かに背を伸ばして座っていた。
これ以上じっとしていたら本当の置物になりそうだったから、早々に見つけてくれてよかった。
「二人…。」
オノデラがまたポロポロと涙を流して言葉を詰まらせた。
オノデラはもうなんにも言わなかったけどすごく嬉しいんだってわかった。
言葉がなくてもすごく分かった。
「クリスマスイブイブだからな。」
タカノがオノデラの頬に手を添えて、俺たちが見てるのにオノデラにキスをした。
そしたらマサムネも俺の口をペロって舐めるから、仕方がないから俺もマサムネの口をぺろりと舐めてやった。
失敗するし泣いたりするけど、俺たちは家族だから一緒に喜ぶこともできるんだ。
明日はタカノとマサムネの誕生日だ。
誕生日。それなに?って今も思うけど、まあ家族だから仕方がない。
一緒にお祝いしてやるから、ありがたく思えよ。
誕生日おめでとうとメリークリスマス。
あ、追伸~。
俺からマサムネへのプレゼントはこのところもらったおやつをこっそりしまってあるんだ。
だから明日はマサムネにあげるんだ。
おしまい。