[1201号室 リツちゃんこ]
タカノとオノデラが出て行ってから俺が傍にいてやってるのにマサムネは相変わらず丸まったままだった。
でも…、俺もタカノが急にいなくなったら不安で死にそうになるだろうから仕方がないって思う。
今日だけはゆるしてやる。そう思ってずっとずっとマサムネの傍で一緒に丸くなって寝てやった。
あたりが暗くなってきた頃、タカノが一人で帰ってきた。
その姿を見てマサムネが慌ててタカノの傍に行き
「オノデラはどうした!」
と叫びながら飛びついた。
だけどタカノはびっくりもしないでマサムネをヒョイっと抱えて
「オノデラは明日帰ってくる。」
と言ってマサムネの頭をグリグリと撫でた。
マサムネはタカノの目をじっと見ていた。
マサムネの黒い瞳とタカノの瞳はとても良く似た色をしていた。
苦しかったり寂しかったりを閉じ込めたような深い色…。
どこを見てるのか時々不安になるような目の色だった。
何だかむかつくんだけどマサムネの辛さをタカノが分かっているような気がした。
だから俺は何も言えなくなってまたマサムネを見るしかできなくなった。
▽
それからのマサムネは相変わらず不安そうに黒い瞳を揺らしていて全然大丈夫そうには見えなかったけどもう丸まらなかった。
だからつい絆されてまた傍にいてやるって思っちゃったんだ。
マサムネが一生けん命頑張ろとしているのが分かったから…。
俺はいつも昼寝用にしている丸いクッションに寝る権利もマサムネに譲ったし、タカノがマサムネを撫でても怒ったりしなかった。
それから晩の遅い時間までタカノはあっちの部屋とこっちの部屋を行ったり来たりして、ぐちやぐちやになった部屋を片付けていろいろなモノを動かしているようだった。
「マサムネ、お前もしばらくの間はこっちの部屋でゆっくりしてくれ。オノデラが心配して大変だったから。」
タカノはマサムネの喉を撫でて言った。
タカノの手は大きくて指も長いからスルスル撫でられるとすごく気持ちがいいんだ。マサムネだってきっとなでられるのが大好きになる。
夜、タカノは俺とマサムネを腹の上に載せて両手で背を撫でた。
タカノはいつだって俺を撫でて優しく頼ずりしてくれる。リツって名前を優しく呼んでくれる。
だけどタカノがオノデラを見る目は嫌いだ。
溶けかけたクルクルっとしたアイスクリームを舐めたあとみたいな顔でオノデラのことを話す。
それはちよっと溶けたアイスがひじを伝って床まで垂れて、それをタカノが猫みたいに美味しそうに舐める姿を俺に連想させた。
たまにタカノが小さい容器の猫用のアイスを食べさせてくれたけど、俺はこっそり舐めたタカノのトモダチが持ってきた白いクルリとした人間のアイスクリームが好きだった。
オノデラはきっと舐めたらあんな風に甘いんだ。
そしてタカノもきっと甘いアイスが好きなんだ。
そうじやなきやタカノがあんな顔をするわけがない。
でもそう考えたら余計にいらいらして一人でベランダに出た。
マサムネも舐めたら甘いのかな…。
いや、マサムネは甘くなさそうだ。どちらかと言うとタカノがくれる干した白色のお魚のような感じだ。
はじめはちょっと硬いんだけど、何度も何度も力ミカミするとジュワリと味が染み出してもっともっと食ベたくなる。
そう思ってお空を見上げると、さっきまでは地面の少し上にいたお月様が頭の上にまで来ていた。
細いお月様はひゃっこい氷のかけらみたいに見える。
まん丸のお月様はホ力ホ力の甘いお菓子に見える。
半分のお月様は…。寂しい形に見える。
半分をどこに置いてきちやったのか聞きたくなる。
[1201号室 タカノ]
怪我は絶対安静を要する状況だったのに、オノデラはマサムネをー人にはできないと入院を拒んだ。
ただ、頭を打ったりしていないかの心配もあったので、病院に一晩だけ泊まることにした。
俺達とオノデラの気持ちの両方を精いっぱい汲んでの譲歩という奴だった。
早速俺はオノデラの家の片づけをして必要な荷物を運んだ。
一人で退院なんてできる状態ではないくせに、午前には絶対に退院をするんだと息巻いていたオノデラが困らないように、俺の家の中の段差を埋め、車椅子で動けるように要所要所に突貫で手すりをつけた。
車椅子はレンタルで借りてきたものだ。
自分がどういう状況か分からないのはお坊ちゃんの証拠だな。
言ったら毛を逆立てて怒りそうだけどな。
▽
オノデラは迎えに行くや否や俺に向かって不要だとか鬱陶しいいと文句を言っていたくせに、いざー人でやろうとするとーミリも動けずに急にシュンと大人しくなった。
ビックリしたことに、俺がその身体を抱えあげると文句も言わずに身を預けたのだ。
あまりの落胆に、ちょっと可愛そうになって胸がズンっと痛んだけどここで手を緩めると計画が狂うので心を鬼にして横暴そうに振る舞って強引に家に連れ帰って来たのだった。。
病院の設備というものは本当にすばらしく、電動で動くベッドーつ取っても無理なく身体を起こしたりできる。
それに比べて一般家庭の状況はなかなか思うように行かないものだ。
不本意でもオノデラが俺を頼って生活してくれないと俺の心配が膨らむばかりなのだから。
[オノデラ]
自分の失態にもう何も言えないくらい落ち込んでしまう。
右腕が無事で良かったけど、足に関してはお医者さんは「筋も神経も傷めているのでこういうのは骨折より長引く。」と言った。
ガラスで切ったところも何か所も縫ってそれがチクチクと痛い。
俺は父が社長、祖父が会長を務める大手と呼ばれる建設会社(ゼネコン)で設計士をやっていた。両親は設計の仕事より経済学などを学ぶように言っていたけど、宇宙からも見えるような大きな仕事にあこがれて設計の仕事をしたのだ。
すっと海外の海洋事業で図らずもソナーを埋め込む仕事に従事していたのだだけど叔母の死去の時にー区切りつけて日本に帰ってきた。
本社で同じように設計の仕事をしていたのだけど建設会社の直系子息という妬みで仕事に支障が出るようになって、心機一転転職をした。
そこにいたのがタカノさんだった。
三年間、桁が数えられないほどの金額を投じた企業JVで衛星から見ても分かるような仕事ばかりしてきたから、だから家族の夢なんて小さいこと言われても建築のセオリーから外れた設計は良く分からなかったけど、昔の教科書を引きずり出して基礎の基礎からもう一度取り組んで、最近は少しだけ何とかなってきたかもしれないと思ったところでこれだ。
本当にイヤになる。
俺はどうしてこうだめなんだ…。
俺が泣きそうになるとマサムネが悲しそうにするから頑張ろうって思うんだけど、今回はかりは力が出ない。
[1201号室 マサム猫]
オノデラがシュンとしているのは分かっている。
はじめはタカノのせいかと思ったけどどうやらそれも違うらしい。
怪我が痛いならなめてやるから。
どこだって、何度だって舐めてやる。
初めて会った時からオノデラはいつも笑ってくれた。
オノデラが元気じゃないと調子が狂う。
俺まで元気が出ない。
笑ってオノデラ…。
[1201号室 リツにゃんこ]
コットンの毛布に包まれて、たいそう大事な宝物のようにタカノに抱えられて帰ってきたオノデラは白い顔をしていた。
明らかに元気がなく、だからマサムネもどんよりしているし俺も気持ちがふさぐ。
笑えよみんな…。
本当にもうお前らどうしょうもない。
タカノだけがウキウキしているのが嬉しいはずなのに何だかちょっと癪だった。