リツニャンコのお月見
「今日はお月見だから。」
オノデラが新しいカレンダーをめくって4日たったその日、俺とリツに言った。
「マサムネ、お月見ってなんだ?」
リツが俺に聞くんだけど、俺もよくわかんねー。
「おダンゴ作って、お芋と栗をふかして、すすきを飾って…。」
オノデラはパソコンをスルスルと見ながらつぶやいている。あの箱は色んなものを教えてくれるみたいで便利そうだ。時々タカノが画面に映ってなんか言ったりする。
「今日は本当の十五夜さんじゃないみたいだね、でも綺麗なお月様が見れるよ。」
リツと俺がオノデラの膝に乗りたがるからとタカノが用意したのは、ソファーみたいに長いけどソファーよりは短い丁度よいふかふか加減の椅子。
柔らかすぎなくて、背中もあんまり沈まないから仕事をしても疲れないらしい。
俺たちはその横のあいたところにクッションを置いてもらってるから、いつも二人で丸まって過ごすんだ。
椅子に合わせてパソコンの乗る机を木で作ったようで、台所のテーブルより幅の広いこの机はオノデラの使いやすいようになってるらしい。
タカノはそれ系のプロなので『お手のもん』なのだそうだ。
オノデラの挫いた足は中々よくならなくて、骨折したという手の方がずっと早く治った。
だから必要最低限の出社にしてその他は在宅にしているらしい。と、以前タカノとオノデラが言っているのを聞いた。
「おだんごの作り方載ってるから作ってみようかな…。ダンゴの粉をこねて…、熱いお湯に入れて…。」
オノデラがつぶやく言葉に「ニャ」っと反応したのはリツだった。
「マサムネ、やばいぞ…。絶対にオノデラは良からぬことを企んでる。」
何時もはリツの思い過ごしだと無視するんだけど今回は同感だった。
大概それをやらせると面倒なことばかり起こるのに、なんでオノデラは学習をしないんだ?
ダンゴってさ、食べるヤツだよな?アンコが周りについたり、甘しょっぱい蜜が付いたヤツをオノデラが食べているのを見たことがある。喉に詰まるから俺たちはだめだって言われたけど隙を伺ってこっそり周りの甘いとこだけ舐めたんだ。
嫌な予感に身体中の毛がゾワゾワと尻尾の方から逆毛が立つような気がした。
オノデラが足を引きずりながら席を立った隙に何時もタカノと話をする時に押すボタンを押してみた。
しばらくするとタカノがなんだ?と出たから俺とリツが「オノデラがなんかやばいことする」と叫ぶんだけど、もちろんオバカのこいつらは猫語を理解しない。
スゲー面倒なこともできるし、遠くだって行ける。難しい本なんかも読むくせに、なんでできねーんだろうな?
そもそも俺たちが人語を理解してるって分かってんのかも不明だ。
「マサムネのいたずらか?」
そのまま切ろうとするからもっと切迫した声で「切るな~。やばいんだ~!」と叫ぶと、「オノデラは?」とやっとちょっとだけ異変に気付いたようで言う。
「台所でやばいことするつもりだぞ。ひょっとしたら爆弾みたいなもんができるかもしんねーから早く帰ってこい。炸裂したら緊急避難速報どころじゃねーぞ。」
そう言ってやると、猫語はわかんないらしいけどちょっと心配そうな顔をしたので、少しは気持ちが通じたかとホッとした。
「マサムネ、リツ、俺ちょっとそこのスーパーまで行ってくるから。」
杖をつきながらオノデラが部屋に戻って来てそう言うと、画面のタカノと目があった。
「なにする気?」
パソコンからの不遜な声に1メートルぐらいオノデラが飛び上がったから、ひょっとして猫の才能があるんじゃねーかとびっくりしていると、リツが思いっきりオノデラめがけてダイブした。
「わわわ」
オノデラはリツを抱えてすっ転んだのでタカノが慌てて「すぐ帰る!」と言って通信が切れた。
オノデラはリツをつまみ上げるように目線まで上げて「リツ~。」とちょっと怖い顔をして見せたけど…、怖くねーな…。
リツは珍しくオノデラの顔をザリザリと舐めまくって、尻もちをついたままだったオノデラは、くすぐったいみたいでそのまま寝っ転がってリツをグリグリと撫でた。
「なにやってんだマサムネ!お前も阻止しろ!」
やっとリツの意図が分かって俺もオノデラの腹の上に乗ってフミフミと交互に手で脇腹を踏むと、「マサムネやめて~!」とオノデラが転げまわって笑った。
「なに?甘えっ子なの?二人とも。」
ラグの上でオノデラに抱えられた俺とリツは今度はギュッと抱きしめられたけど、おとなしくされるがままでいた。
リツも静かだからそのすきにリツの口をペロリと舐めるとリツが小さく猫パンチをかましてくれた。でもちっとも痛くない。
「ふふ、幸せだね~。」
オノデラが頭をぐりぐりと撫でるので自慢の髭が変な方向に向いてるけど、その先っぽはリツに触れてるから、まあいいかと思っていたら、リツの耳が俺の耳にあたって、俺はそれがこそばゆくて耳をピピっとするとリツがまた耳を揺らした。
「幸せだな…。」
今度は俺がそう呟くとまたリツが小さく猫パンチを鼻に食らわせてくれた。
▽
結局すっ飛んで帰って来たタカノのフットワークの軽さのせいで、家は大惨事にならなかったし、お月様は綺麗に笑ってくれた。
「お月様にはウサギがいるんだよ。」とオノデラが言うのでじっくり見てみたけどやっぱりウサギはいなくて、むしろ俺たちの仲間のライオンに見えた。
タカノの作ったダンゴは大きさも均一だったけど、オノデラの丸めたダンゴは格好が悪くてうまくくっつかなかったところがペロンと跳ねて長い耳に見えるものがあったから、月よりこっちがウサギだなと密かに思ったことは口にしなかった。
花屋で買ったというすすきと萩が目の前でチラチラ揺れて、熱くも寒くもなくて丁度いい夜だった。
タカノとオノデラはいつものお酒を飲んでさっさとドアの向こうに消えて行った。
俺たちはあの部屋には行かないことにしている。
以前うっかり一緒に寝てて巻き込まれた時なんて、足で踏まれたりすごい力で抱きしめられて死にそうになったことがあるからだ。
はじめは寝る前の運動か?と思っていたけど、オノデラは苦しそうな声で涙を流すし、タカノはいつもは豆腐でも触るように丁寧なのにオノデラがヤダとかやめてって言ってもやめないんだ。
まあ…、結局はあれは俺っちで言うところの交尾ってやつだと分かったけどさ、イチャイチャも大概にしてもらいたい。
「リツ、もう少し近くに行ってもいい?」
そう聞くと
「ヤダ。」
とリツからはつれない返事が返って来た。
「なんで?」
寂しくなってそう聞くとリツはちょっとだけ困ったような顔をして
「だってお月様のウサギが見てるから。」
そう言って髭をピピっと少しだけ震わせた。
「じゃあさ、うちに来る?」
そう誘うと、リツは返事をしなかったけど軽く尻尾を揺らして立ち上がった。
オノデラの方の家は今はあまり使われていない。ただ、タカノがぶち抜いたテラスの壁はそのままにしてあるから出入り自由で、猫が出入りできるようにサッシを改造して小さい小窓をつけてくれた。
時々俺がそこで一人で寝ころんだりしているのをタカノが知っているからだった。
カーテンの閉められた暗い部屋で俺はリツと二人で丸まって夜を過ごした。
時々リツの身体をペロペロと舐めて首の後ろをハムっと噛むとリツがクスクス笑うのが嬉しくて…。
本当はお月様にも見せつけてやりたかったけどリツが嫌なら仕方がない。
秋は夜が長いから、ずっとリツと一緒に寝ていられる様な気がする。
そんなお月見のある日の夜だった。
お月見のお話、おしまい。