幻想郷異人伝~異世界から舞い戻った(?)少年~ 作:赤辻康太郎
ふぁ〜あ」
穏やかな午後の陽射しに欠伸がでた。釣竿から伸びる糸は川の流れにそってゆっくりと上下するものの当たりがくる気配は感じ取れない。
俺の名前は津浦樹。しがない不良高校生だ。一学期の終業式が終わったあと、いつもの神社の御神木の下で昼寝をしていたら突如地震と頭痛に襲われ、気がついたら『ルミナシア』という世界にいた。ひょんなことからギルド『アドリビドム』に入った俺はカノンノやレインといった仲間達とともに『ラザリス』との世界の命運を賭けた戦いに勝利し、ルミナシアに平和が戻った。そして俺は無事に地球に−−
「帰ってくるはずだったんだけどなあ〜」
思わずため息がでてしまう。まったくどうしてこうなったんだ……。
「調子はどう?」
と、いきなり背後から声をかけられた。まあこのやり取りにもなれたもんだ。声の主も分かっていた。
振り返るとメイド服を着た一人の少女が立っていた。
「咲夜か。そこのバケツ見てくれ」
彼女の名前は『十六夜咲夜』。服装に違わず彼女はとあるお屋敷でメイド長をしている。まあ俺もそのお屋敷で厄介になってるんだが。銀髪に青い眼をした中々の美少女だ。彼女はスカートが地面につかない様に屈み込んで魚籠代わりに持ってきたバケツを覗き込んだ。
「結構釣れてるわね」
「ああ。上々だな」
バケツの中では川魚が5匹程窮屈そうに泳いでいた。岩魚が1匹に山女と虹鱒が2匹ずつ。2時間足らずでこれだけ釣れれば上等だ。
「んで、何か用か?」
「そうそう。パチュリー様が呼んでるの」
「パチュリーが?」
パチュリーとは俺が厄介になっているお屋敷に住んでいる少女の名前だ。普段から部屋に引きこもり気味で余り……というかほぼ外に出ない。
「ええ。本の整理を手伝って欲しいそうよ」
「ん、了解。もう今日は釣れそうにないしな」
俺はバケツを持つと咲夜と一緒にお屋敷に戻った。
「しかし、いつ見てもでかい屋敷だな」
お屋敷に続く林道を歩きながらそう呟いた。まだ玄関どころか門すらろくに見えてないのに館の姿はクッキリと見えていた。
「そうね。幻想郷広しと言えども紅魔館程のお屋敷はそうないし」
『紅魔館』、それが俺が今厄介になっているお屋敷の名前。そして『幻想郷』、それが今俺がいる世界の名前だ。
人と妖怪と神々が暮らす理想郷。それが幻想郷だ。何でもその昔、『八雲紫』と言う大妖怪が『博霊神社』と言う神社の巫女とともに神社一帯の地域を結界で現世と隔離したのが幻想郷の起こりらしい。目的は不明。ただし幻想郷には『忘れ去られたモノ達』が住まうらしい。詳しくは良く分からんが、ともかく幻想郷では人と人ならざる者とが各々の領分で好き勝手に暮らしている。紅魔館もその一つだ。
紅魔館、その名の如く血の様に紅い館、紅魔館はある時、館の主が湖ごと幻想郷に持ってきた館らしい。まったくどうやったんだか。今度パチュリーにでも聞いてみるか。
「っと。やっと見えてきた。おーい、メイリーン」
門がやっと見えてきた所で門番に声をかけた。門の傍らに一人の少女が立っていた。『紅美鈴(ホン・メイリン)』。それが門番である少女名前だ。華人服とチャイナドレスを足して2で割ったような緑色の服を着て中央に「龍」とかかれた星のついた帽子を被っている。紅いロングヘアーのこちらも中々の美少女だ。
「あれ?返事がねえな」
美鈴は聞こえていなかったのか何の反応も示さなかった。……何か軽くへこむな。
「まさか……またあの娘」
「ああ、何だ。またか」
門に近づくにつれ屋敷の姿が大きくなりそれにつれて美鈴の姿もクッキリとしてきた。気持ち良さそうに船を漕いでいる彼女の姿が。
「……やっぱり」
咲夜はハアとため息をついて呆れていた。そして呆れられている当の本人は俺達が文字通り目と鼻の先にいると言うのに一向に起きる気配がない。……さっきのへこんだ気持ちを返せ。
「毎度のことだが、良く門番が勤まるな」
「勤まるわけないでしょ。さっきも白黒に侵入されたわ」
「また魔理沙か。じゃあ本の整理ってのは」
「ええ。彼女が暴れていった後片付けよ」
「ったく。毎度毎度……」
『霧雨魔理沙』。人里から離れた『魔法の森』に住む『普通の魔法使い』を名乗る少女。世紀の大魔法使いになるのが夢らしく日々研究と修練に励んでいる。とは本人談で実際やっていることは泥棒と大差なかった。良く紅魔館の大図書館に侵入しては魔導書を盗んで行く。本人曰く、「盗むんじゃない。死ぬまで借りるだけだゼ☆」だそうだが盗むのとどう違うのか一度ご教授願いたいものだ。因みに白黒とは魔理沙がいつも白黒の服を着ているからだそうだ。
「……にしても、相変わらず全然起きないな」
「……まったく……」
美鈴はこんな近くで俺達が話しているというのに身じろぎ一つしないで眠っていた。よく立ったままそこまで爆睡できるものだ。
「……zzz……ムニャムニャ……ダメですよぅ樹さん。そんな所触っちゃあ……」
どんな夢見てんだこいつは。
「ああん。ダメですってば。そういうのはまず順番がぁ……」
まじでどんな夢見てんだ。ったく。そろそろ起こすか。
「おい美鈴起き−−」
「ッシ!」
−−グサッ−−
俺が美鈴を起こす前に咲夜が美鈴の眉間にナイフを突き刺した。っておい。
「んぎゃあああっ!さ、刺さった!ナイフが刺さったあ!」
流石に刺された痛みから美鈴は眉間から噴水の様に鮮血を撒き散らしながら飛び起きた。まったく咲夜のやつ……。
「おい咲夜、止めろよな」
「た、樹さん……」
美鈴が血を流したまま俺に羨望の眼差しを向けてきた。どうやら俺が美鈴の為に咲夜に注意したと思ったらしい。
「服に血が付くだろ。血の染み抜きは大変なんだからな」
勿論、俺にそんな意図があるわけない。因みに言い忘れていたが今の俺の服装は執事服だ。この服、生地とか仕立てとかがすげえ高級っぽいからな。なるべく汚したくないんだよな。
「そうね。次からは気をつけるわ」
「頼む」
「……うう。樹さんと咲夜さんの意地悪ぅ……」
美鈴は両手の人差し指をつけたり離したりしていじけていた。ナイフは刺さったままだし血もドクドクと流れて何とも異様な光景だな。
「冗談だよ。冗談」
「なーんだ。冗談ですかー」
「半分な」
「……やっぱり樹さんは意地悪です……」
コロコロと表情の変わる美鈴は弄ってて面白いなやっぱり。どうでもいいが何時までナイフは刺さったままなんだ?
「にしても、眉間にナイフが刺さったままでよくそんなピンピンしてられるな」
「まあ私妖怪ですから」
そう。実は美鈴は妖怪なんだ。
妖怪って言うともっとオドロオドロしたものをイメージしていたが、幻想郷では人間と変わらない見た目をしてる奴が多いらしい。勿論、角とか羽とか妖怪らしい体つきをしてるのもいる。
因み美鈴は『虹(こう)』という龍の眷属にあたる妖怪らしい。龍ともなると妖怪より神獣って感じだな。扱いはかなり酷いが。
「だからって……丈夫すぎるにも程があるだろ」
「……まあいいや。それより、これを調理場まで持っていってくれないか?」
俺は持っていた釣竿とバケツを美鈴に渡した。
「これは?」
「さっき釣った川魚。今日の晩飯だよ」
「ということは今日の晩御飯は樹さんの手料理。いやったー!」
両手を上げて喜ぶとは思わなかった。てか魚がこぼれるからヤメロ。
「あら?美鈴は私の料理はお気に召さないみたいね?」
厭らしい顔をして美鈴をおちょくる咲夜。まあ咲夜もかなり料理が得意だからな。多少気に障ったんだろう。
「そ、そんなことないですよ!咲夜の料理も大好きですってば!」
慌てて美鈴がフォローを入れた。まあさもないとまたナイフが飛んでくるからな。
「分かってるわよ。貴女にとっては重要なのは料理じゃなくて樹……」
「わー!わー!わー!」
咲夜の台詞を美鈴が慌てて遮った、が時既に遅く殆ど聞こえたな。ていうか必死すぎるだろ。あと何で俺が重要なんだ?
「ほらほら暴れんな。魚がビックリするだろ」
「あ、すみません」
「咲夜も。あんまり美鈴を弄ってやるなよ。気持ちは分かるけど」
「そうね。善処するわ」
する気ねえな絶対。っと忘れるとこだった。
「話し過ぎたな。早くパチュリーんとこ行くか」
「あら本当。急ぎましょうか」
俺と咲夜は美鈴と別れてパチュリーのいる大図書館へ向かった。
−−ヴワル大図書館−−
「おーい、パチュリー!居るか〜?」
ここは紅魔館の地下にある『ヴワル大図書館』。実用書や図鑑から魔導書まで古今東西のありとあらゆる書物が保管されている。
「五月蝿いわね。居るわよ。」
近くにあった本の山から一人の少女が出てきた。彼女がパチュリー、『パチュリー・ノーリッジ』だ。紫と薄紫の縦縞の入った寝巻きの様な服を着て月の飾りを付けたナイトキャップをしている。
「何だ。そこにいたのか」
「あら樹じゃない。何か用?」
紫色のロングヘアーをかき揚げながらパチュリーが聞いてきた。何か用かって……。
「お前が呼んだんだろう?本の整理を手伝って欲しいって」
「あら?そうだったかしら?」
こいつ完全に忘れてやがったな。
「まあ、いいわ。じゃあ取り敢えずここをお願い」
「へいへい。場所は?」
「小悪魔に聞いてちょうだい。今私忙しいから」
と言うとパチュリーは本を開いて読みはじめた。まったく。自分から呼び出しておいてこれとは。
「じゃあ私はお嬢様のお茶の支度があるから。パチュリー様、失礼します」
「あいよ」
「ん」
咲夜は一礼すると図書館を出ていった。……さてと、やりますか。
「よっと。おーい、小悪魔。手伝ってくれ」
「はーい」
俺が呼び掛けると、赤いロングヘアーの少女がやって来た。彼女が『小悪魔』。名前の通り悪魔でその証拠に頭と背中に蝙蝠の様な膜翼がついている。彼女はパチュリーの使い魔で、図書館の司書の仕事をしている。
「取り敢えず何処に運べばいい?」
「あ、はい。この本は……」
その後暫く、小悪魔に手伝ってもらいながら本を片付けていった。
「お茶の用意ができました」
「あら咲夜ありがとう」
暫くして、咲夜がティーセットを乗せたカートを持ってきた。
「俺にも一杯くれないか?」
「そう言う思って、コーヒーを持ってきたわ」
「サンキュー」
流石は咲夜だ。
「小悪魔もどうだ?」
「あ、私は大丈夫ですからお気になさらずに」
「そうか。あとで何か差し入れるよ」
「ありがとうございます」
小悪魔はよく働いてるからな。少しは労ってやらないと。
「貴方ってホントにお人よしよね」
コーヒーを受け取っているとパチュリーがそう言ってきた。
「そうか?別に普通だと思うが?」
ルミナシア(向こう)に居るときはそんなこと気にもしなかったしな。
「ええ。貴方のお人よしさは筋金入りね」
俺の疑問に答えたのはパチュリーでも咲夜でもなかった。
「レミリアか」
声のした方に目を向けると、図書館の入り口に一人の少女が立っていた。青みがかった銀髪に真紅の瞳、そして蝙蝠の様な翼。薄いピンク色の服とナイトキャップを被り、威風堂々と佇んでいる。彼女の名は『レミリア・スカーレット』。ここ紅魔館の主、即ち咲夜と美鈴の主人である。また彼女は吸血鬼であり『ツェペリの末裔』を名乗っている。
「何せ私が客人扱いしてやろうと言うのに、アッサリと断ったんだから」
ユックリと優雅に歩きながらレミリアはそう言ってきた。レミリアの言う通り、俺は最初客人として紅魔館に招かれていたが、俺はそれを断った。
「何もせずにいるのは性に合わないんでな。何かしら仕事をしてた方がまだマシさ」
ルミナシアにいた頃はいつも依頼をこなしたりしていたからな。
「まあ私としても使える従者が増えて嬉しいところではあるわ。咲夜、私にもお茶を頂戴」
「畏まりました」
テーブルに座ると、レミリアは咲夜にお茶を入れさせた。
「まだ飲んでなかったのか?」
この時間帯ならレミリアはもうティータイムを済ませたと思ってたが。
「もう済ませたわよ。けど別に何度飲んでもいいでしょう?それに、咲夜の入れるお茶は美味しいし」
「恐れ入ります」
レミリアの言葉に、咲夜は畏まってお辞儀した。まあ確かに咲夜の入れるお茶やコーヒーは美味いからな。何度も飲みたくなるのも分かる。
「そういえば、アレの調子はどう?」
コーヒーを飲んでいるとパチュリーが思い出したかの様に聞いてきた。
「ん?……ああ、アレか。別に何ともないな」
「そう。ならいいわ。けど、ちゃんと忠告は守りなさい」
「分かってるよ」
まあ便利だし今まで使った事がなかったからたまに使いたい衝動にかられるが……。
「お、お嬢様ー!たた、大変ですー!」
といきなりメイド妖精が慌ただしく乱入してきた。慌てようから何やら問題が発生したようだ。
「何事?」
「お、表に道場破りが!」
「道場破りって……」
呆れ顔を隠そうともしないレミリア。いつから紅魔館は道場になったんだ?
「と、ともかく外に!今美鈴様が応戦していますが……」
「難しいの?」
「はい……相手が『鬼』ですので……」
『鬼』。昔話でもお馴染みの妖怪の代名詞とも言える存在。幻想郷でもその存在感は健在で、多くの人、妖怪から畏れられている。
「鬼?またあの酔いどれかしら?それとも旧地獄の方?」
「いいえ。伊吹様でも星熊様でもありません」
どうやら闖入者はレミリアの知り合いではないらしい。
「新手の鬼?……咲夜」
「はっ。美鈴の加勢に行って参ります」
「うむ。まだ日が高いし、任せるわ。」
咲夜は一礼すると次の瞬間にはいなくなっていた。……さてと。
「んじゃ、俺も行って来るわ」
「あら?咲夜に任せておけばいいんじゃないの?」
「いくら咲夜の能力がチート気味だとは言え何が起こるか分からないからな。念のためだよ」
それに鬼も見てみたいしな。
「……訂正するわ。貴方、お人よしじゃなくて物好きね」
「そっちは良く言われる。んじゃな」
俺は咲夜を追って外へと駆け出した。
続きます。