幻想郷異人伝~異世界から舞い戻った(?)少年~ 作:赤辻康太郎
−−紅魔館・正門前−−
「……くっ。強い……」
「何じゃあ?紅魔館の門番言うから期待しちょったが、全然歯ごたえねえがや!」
「美鈴、大丈夫?」
咲夜が現場に着くと、美鈴が擦り傷だらけで呼吸を荒くしていた。美鈴の前には半裸の巨体の化け物。額には歪んだ一本角に獲物は大鉈。紛れも無く、メイド妖精が言っていた鬼だった。
「おい美鈴、大丈夫か?」
咲夜に遅れること数秒。俺も現場に駆け付けた。
「咲夜さん!それに樹さんまで!」
「どうやら無事の様ね」
「お、あれが例の鬼か。随分とデカイな」
流石に鬼と言うだけあって体格差は歴然だな。
「ああん?何じゃあ貴様(きさん)ら?」
鬼は俺と咲夜を見るとギロリと睨みつけてきた。おお。やっぱ迫力はスゲエな。口調も相まって想像より怖えな。
「私は十六夜咲夜。こちらでメイド長をしております」
「俺は津浦樹。雇われ執事さ」
「ワシの名は『御領八岩(ごりょうはちがん)』備後の鬼じゃ」
美鈴の相手をしていた鬼は御領八岩と名乗った。
「備後ってことは広島か?」
「そうじゃ。ワシは備後の、そして広島唯一の鬼じゃった」
と感傷に浸る様に話す御領。ん?「じゃった」?
「何で過去形なんだ?」
「……広島には、もう鬼はおらんけえのう」
「は?」
悲しげに話す御領。だが俺はその意味をよく理解していなかった。
「……兄やんは現代人か?」
「あ、ああ」
「そうか。なら知らんわな。なら教えちゃるわ」
御領はユックリと語りだした。
「兄やんは神様(かみさん)が存在できる(おられる)理由を知っちょるか?」
「神様が?うーん……やっぱし信仰、とかか?」
「それで合っている(おおちょる)。それと同じで、ワシら鬼や妖怪も、現代で力振るうんのに『畏れ』がいるんよ」
『畏れ』。畏敬という熟語があるように単なる恐怖だけでなく敬う気持ちが入った感情。それが存在理由だと御領は言った。
「昔は、人は皆自然を愛し、天候や災害を神、或は鬼や妖怪の所業だと信じていた(ちょった)。じゃが何時しか科学が発達し、人々は自然に感謝し、畏れることを忘れていった」
「……だから鬼や妖怪も存在できなくなった」
「そういう事じゃ。まあ神社とかに奉られる様な輩は別じゃが、ワシの様な奴はもうダメじゃな」
幻想郷に流れつくモノは現代で忘れ去られたモノ。つまり御領は既に現代では本来の力を発揮できない程にまで忘れられていたのだ。目を臥せてそう締め括った御領に、最初に見た時の様な威圧感はもうなかった。
「では、紅魔館には……」
「勿論、畏れを取り戻すためじゃ。紅魔館(ここ)の主を倒せば人以外からも畏れられるしの」
つまり御領が紅魔館に来た理由は、ある意味メイド妖精が言った様に道場破りの意味合いが強かったわけだ。
「しかし良く美鈴とここまで戦えたな」
「ふん。いくら力が出せんいうたって虹ゴトキに遅れはとらん」
「すみません。久々の実戦だったので感覚が……」
幻想郷の住民は基本的に『弾膜ごっこ』という模擬戦の様な戦闘で揉め事に対処していたので古参の者を除いたら実戦経験は乏しかった。
「『スペルカード』は?」
「というか貴女の『能力』ならいくら鬼とはいえそこまで苦戦することはなかったんじゃない?」
『スペルカード』とは弾膜ごっこの時に使用する所謂『必殺技』の様なものだ。ただし使用時に使用を宣言する必要がある。
『能力』とは幻想郷の一部の人や妖怪、神、妖精がもつ特殊能力の事だ。基本的に同じ能力者はおらず能力のバリエーションもかなりある。例えば紅魔館で言えば、レミリアは『運命を操る程度の能力』、パチュリーは『月火水木金土日を操る程度の能力』、咲夜は『時を操る程度の能力』そして美鈴は『気を操る程度の能力』をそれぞれ持っている。
「使ったんですが、殆ど効果がなくて……」
「岩投げで鍛えたワシの身体に小細工なんぞ通用せんわい」
「小細工って……」
美鈴のスペルカードも能力も小細工ってレベルじゃないはずだが。流石は鬼と言ったところか。
「もういいわ。美鈴は下がってて。私が出るわ」
「いや、俺が行く」
俺は咲夜を遮って前に出た。
「何言ってるの!」
「無茶ですよ!」
口々に俺を止める咲夜と美鈴。けど、もう俺は腹決めたんだ。
「無茶なのは承知。それに、咲夜が戦っても結果は同じだろ?」
「だからって……」
「それに、女が戦ってるのに後ろで指くわえて待ってたんじゃ男が廃るってもんだ」
俺は二人の制止も聞かずに御領と対峙した。
「ほう。次は兄やんが相手か?」
「ああ。ま、お手柔らかに頼むよ」
「それは出来んのう。何事にも本気で挑むんが鬼の矜持じゃけえ」
と笑いながら御領は大鉈を構えた。
「なら仕方ない。死なない程度にしてくれ」
「それは約束しちゃる。安心せい。鬼は嘘つかんけえな」
「ガハハ」と御領は豪快に笑った。
「なら安心だ」
俺は両の掌を胸の前でパンッと合わせた。そしてスウーッと離すと、左の掌から一振りの日本刀が出てきた。
「兄やん、本気に人間か?」
「人間だよ。ま、プチ整形ならぬプチ魔改造はしたけどな」
俺は刀の鞘を左手で握り、抜刀した。この刀が出てくるのはパチュリーに施して貰った術式だ。使いすぎると術式に侵されて『人間』でいられなくなるらしいが、便利だからついつい使っちまうんだよな。まあ直ぐに害があるわけじゃないから気にしてないが。
「んじゃ、始めようか」
「おう!」
俺と御領は、ほぼ同時に相手に向かって駆け出した。御領の奴、見かけによらず結構速え。
「どうりゃあああっ!」
「っ!」
御領が雄叫びと共に振り下ろした大鉈を、何とか刀でいなした。
「樹さん!危ない!」
「せいやあああっ!」
美鈴が叫んだ瞬間、目の前から御領の蹴りが迫ってきた。だが、
「ぬ?」
御領の蹴りは俺に命中することなく、空気を薙いだ。
「こっちだ」
寸前のところで、俺が御領から見て5、6歩先に移動していたからだ。
「それも魔改造の成果かいのう?」
「『ある意味』半分正解。半分ハズレだ」
「ある意味?まあええ。戦ようたら分かるわなあ!」
御領は大鉈を振りかぶるとそのまま突進してきた。
「ふんっ!」
「そいつは−−」
俺は御領が横薙に振るった大鉈を軽く避けると、
「はあっ!」
「どうかなっと」
続けざまに振り下ろされた拳骨もかわした。しかも宙返りのおまけつきだ。我ながら上出来、上出来。
「そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃあ!」
「よっ、ほっ、はっ、たっ、おっ、せっ、と」
御領は大鉈、拳、蹴り、頭突きなどを豪快に、とめどなく繰り出してきたが、俺はその悉くを避けて、いなし、かわしていった。
「おどりゃナメとんのか!キサンはワレェ!」
と、ついに御領がキレた。まあ攻撃が全く当たらなかったんだから仕方ないか。
「ナメてねえよ」
「ならなんして(何故)反撃してこん!?」
大鉈で俺を指して叫ぶ御領。そういや、前にもあったなこういうの。まああん時とは相手も、相手の性格も全然違うけど。あと俺の目的も。
「深い理由はないさ。ただお前が正解を導き出せる様に反撃しなかっただけさ」
「そないな (そんな )モンはもうどうでもええ(いい)わ!男なら男らしゅうかかって来んかい!」
口から唾を撒き散らし怒号する御領。しょうがないな。
「じゃあ今度はこっちから仕掛けるが……覚悟はいいか?」
俺は御領を睨みつけると、刀を右手で構えた。俺の雰囲気が変わったのを察したのか、御領の顔が嬉々とした表情になった。
「そうじゃ。それでええ。さあ!ワシを殺す気で来いやあ!」
「じゃあ遠慮なく」
−−ドンッ−−
小さな爆発音の数瞬後、俺は御領の後ろに飛んでいた。
「はあっ!」
そして刀で御領の首を斬りつける……筈だった。
−−ギィン−−
だが俺の刀は鈍い金属音をだしただけで御領に傷一つ負わすことは出来なかった。
「ふんっ!」
空中での一旦停止。御領はその隙をついて拳骨を放ってきた。
「ちっ!」
俺はその『放たれた拳』を踏み台にして避け、御領から数歩程離れた場所に着地した。
「それが理由じゃな?」
「ああ」
流石にバレるか。
「キサン、何か移動術を使っているな(よるな)」
「瞬間的に脚に気を溜め動く時に爆発させて高速で移動する。俺はこれを『縮地』って呼んでいる」
まあ本当は縮地だけじゃなんだけど。
「縮地か。仙人共が使うんとちごう (違っ)てかなり ぶちえらそうじゃの(辛そうだな)」
ぶち……何だって?
「かなり負担がかかるのうと言うたんよ」
察してか御領が幾分か分かりやすく言い直してくれた。こいつ意外と優しいな。
「まあな。常に使い続けるのはしんどいな」
けど……
「テメエを倒す為だ。出し惜しみはしねえ!」
俺はまた縮地を使い、御領の死角に潜り込んだ。
「だああっ!」
今度は刺突。斬るのがダメなら一点突破だ。
−−ギィン−−
「ぐっ!」
だが又しても御領の堅い表皮に阻まれてしまった。それどころか、攻撃した俺の腕がダメージを受けちまった。
「そりゃあ!」
一瞬の隙をついて、今度は横薙ぎに大鉈を振ってきた。
「っ!」
だが俺はそれを鞘でいなし、難を逃れた。そしてそのまま一時離脱して態勢を整えた。
「……どうもまだ種があるようやな」
「どうかな?」
御領も縮地だけでない事に気づきはじめた。
「惚けんなや。キサン、まるでワシの拳や鉈が来るのが分ちょった (かっていた)様にかわしよるが」
「御明答。それが俺の能力さ」
御領は「やはりな」という風に頷いた。
「成る程のう。兄やんは予知能力者じゃったか」
「いや。予知能力じゃねえよ」
そんな大それたものじゃあない。
「俺の能力は『流れを読み取る能力』だ」
俺が幻想郷に来てから変化したものが幾つかあるが、この能力の修得がその一つだ。パチュリー曰く、『身体が幻想郷に適応するために変化している』とのことだった。まあルミナシアにいた時も、地球に存在しない『マナ』の存在にも適応出来たんだし、この変化は当然って言えば当然だな。
「流れを読み取る……」
「そ。俺はありとあらゆる『流れ』を読み取ることが出来る。風の流れ、人の流れ、そして……動きの流れ」
「それで合点がいったわい。兄やんはワシの動きが既に読 ちょった(めていた)わけか。道理で、すばしっこいだけじゃなかったんじゃな」
御領も納得した様だった。
「んでどうすんだ?まだ続けるのか?」
「当たり前じゃい。鬼が一度受けた勝負を途中で放り出すわけにはいかん」
受けたのは俺だけどな
「けど、俺の攻撃はお前には当たらないぜ?」
「それは兄やんとて同じじゃろうが。兄やんの刀じゃワシん(の)身体に傷一つつけることは出来ん」
御領の言うことも尤もだ。
「なら、決着の基準を変えてみたらいかが?」
と、いきなり頭上から声をかけられた。犯人は当然、
「レミリアか」
そう。レミリアが日傘を挿して俺と御領の丁度中間辺りの上空を浮遊していた。てか日光は大丈夫なのか?
「もうすぐ日没だし、日傘があるから平気よ」
「さいですか」
つくづく難儀で出鱈目な身体だな。
「キサンが紅魔館の主か?」
「あら、私を知ってるの。そうよ。私が紅魔館の主、レミリア・スカーレット。始祖ツェペリの末裔。誇り高き吸血鬼よ」
「ワシは御領八岩。備後の鬼じゃ」
上空から、地上から。大小二体の鬼は互いに睨み合い対峙した。あれ?俺空気?
「言っておくけど、うちの執事を倒さないと私とは戦えないわよ」
「そりゃあ心得ちょる」
「ならいいわ」
「で、決着を決めるってのは?」
鬼同士で盛り上がってるのはいいがこれ以上空気になりたくないので口を挟ませてもらった。
「そうね。どちらかが『参った』て言うまでとか?」
「それじゃあ今までと変わらんがな」
「いや、そもそも最初に勝敗の条件を決めてませんよ?」
咲夜の一言でその場にいた全員がポカーンとなった。ああ、そう言やそうだった。
「戦う事に夢中でルール決めるの忘れてたな」
「……貴方達ねえ……」
レミリアが額に手を当てて呆れた。いやあ面目ない。
「それじゃあ今からルールを決めるわよ。勝敗は先に『参った』と言ったら、若しくは戦闘不能になったら負け」
「おう」
「うむ」
勝敗の条件はまあそうなるな。
「それから攻撃手段だけど……」
「そんなもん。『何でもあり』でええじゃろ」
ほう。『何でもあり』か。
「本当に『何でも』あり、なんだな?」
「ああ。ワシはそれでええ。」
うし。言質は取った!
「咲夜達も聞いたな?」
「ええ」
「はい」
地固めもOK。
「双方異論はないようね。……では」
レミリアがユックリと右手を頭上まで上げ、
「始め!」
振り下ろした。
次で最後です。