昔、日向と未来の殺戮ロボットが暴れまわる映画を見た事があった。
その映画を見た私と日向の感想は全く別物だった。
日向は、あのロボットが悪いと言っていたが、私はそうは思わなかった。あのロボットは未来で、人類は悪者だと思っていたんじゃないか。私がそう言うと、日向は呆れた様に私を見ていた。
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この国は過去の戦争で負けている。というのが、一般的な認識である。
しかし、艦娘、旧帝国海軍戦艦の魂を継ぐ私はそうは思えなかった。私達、兵器に使われた技術は、そのあと世界を驚かせた。それらの技術を使った機械製品は人々の心を魅了した。私達が護ろうと奮闘した人類は、戦争には負けたが、その後も戦い続けた。武器を手に殺しあうだけが戦いじゃない。彼らは、圧倒的物量を持つ大国に、技術力で勝負し、それに勝った。
私は嬉しかった。自分の子供達が自分達の仇を討ってくれた。そう感じていた。
そして私達は深海と戦った戦争に負けた。
私は負けたとは……終わったとは思っていない。再び、人類が殺戮以外で深海との戦いに勝つために、私は戦い続けなけらばならない。
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「伊勢?まだ寝てるの?」
川内の声が聞こえて来た。私は気怠い体を起こすと声がする方を見た。
「やっぱりまだ寝てた」
川内が呆れた様に私を見ていた。私はそれを気にする事なく、煙管盆を引き寄せた。それを見ていた川内は眉間に皺を寄せた。
「……起きてすぐはよくないと思うな」
川内は持っていたビニール袋をこちらに投げた。それをキャッチし、中に入っていたお茶のペットボトルを取り出した。
「私もそう思う。日に日に起きるのが怠くなるよ」
私は苦笑いをしながら、川内の方を見た。川内は呆れながらも、心配そうに私を見ていた。
「じゃあやめなよ。必要なのはわかるけど」
「これが無いと動けないの」
私は自分の体を蝕む元凶に火を付け、煙を大きく吸い込んだ。これは普通のタバコとは違う。私の失われた力を取り戻す違法なものだ。これのおかげで私は再び海の上を走る力を得た。その力は以前よりも強力なものだった。
「ご飯、食べてるの?」
川内は何も無い部屋を見渡しながらそう言った。この場所は人気の無い、樹海の奥にポツリと建てられた廃墟であり、外に出れば海が広がっている。時々、ここに身投げをする人間が現れる以外はとても静かな場所だ。
「食べてるよ。昨日持って来てくれたものはちゃんと食べた」
私はそう言うと、窓の外に光る月を見た。
「ならいいけど。それで、今日も出るの?」
「そのつもり」
私はゆっくり煙を吐き出し、自分の中にある闘争心が湧き上がるのを感じていた。
よく、戦いは何も生まないというが、その通りだと思う。仲間を殺された深海棲艦は、人類を恨んでいるものもいる。勝ったとはいえ、失った仲間は帰ってこない。戦う意味を失ったが表面上の平和を得た私達と、勝利を勝ち取ったが思い描いた結果を得られなかった彼女たちとは決定的に違う。全員が全員、納得しているわけでは無い。
私の身体を覚醒物質が駆け巡る。自分の足が、走り出せと疼き始めている。
「目、血走ってるよ」
川内が少し怯えながら私を見ていた。私は、煙管を一度空にし、再び葉を詰めた。川内はそんな私に近寄ると、私から煙管を奪った。思わず、川内を睨むと、彼女はそれを一口吸って私に返した。彼女も少しばかり力を得たかった様だ。
「何も失っていないあなたが、これ以上の力を欲するの?」
私は川内がとった行動を面白く感じていた。それは表情にも出ていたのだろう。無意識に口角が上がるのを感じた。川内はそんな私をつまらなそうに見ていた。
「うん。万が一の時、あなたを止めないといけないからね」
川内は慣れない高揚感と吐き気に襲われている様だった。私はそれを見て、笑いを堪えられなかった。
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私達が陸地より数十海里離れた場所に来ると、戦艦ル級を筆頭とした艦隊に鉢合わせた。
「何をしているの?」
私がそう尋ねると、ル級は苦虫を噛み殺した様な顔をした。どうやら、今日は収穫のある日らしい。
「キサマラコソ、ココデナニヲシテイル?カンムスハチカラヲウシナッタトキイテイルガ?」
洋上に浮かぶ私たちを、彼女たちは睨む様に見ていた。
「失ったものは努力で取り返せばいいの」
私はそう言うと、さしていた刀を引き抜いた。その行動に、彼女たちは驚いた。
「ジョウヤクイハンダ!」
ル級の後ろにいた誰かが叫んだ。私は月光を反射して輝く刀身を眺めていた。
「あなた達だって、うちの領海でそんなの持ってるじゃない」
私は刀でル級の持つ艤装を示した。ル級は後ろに何らかの合図を送った。
「ソコヲドケ。ドカヌナラシズメルマデダ」
ル級が艤装を持ち直した。どうやらやる気の様だった。
「大丈夫。殺しはしない。けど死ぬほど痛いから」
私がそう言うと、彼女達の艤装が火を吹いた。私はそれがたまらなく嬉しかった。
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夜も明け、私は疲労困憊、クスリの効果が切れ、自分の力で動かなくなった伊勢を担いで伊勢の隠れ家まで戻って来た。
先程の彼女は常軌を逸していた。敵の砲弾が飛び交う中、とても嬉しそうな笑みを浮かべて突っ込んでいく。それも私の足でも追いつけない程の速さでだ。伊勢はすれ違いざまにル級の手首を切り落とした。ル級は悲鳴をあげたが、あの程度では死なない。帰って入渠すれば治るはずだ。伊勢は次々に手首をはねると、嬉しそうな表情を浮かべ手を失い、その場にうずくまる深海棲艦を見ていた。しばらくすると、彼女は糸が切れた操り人形の様に倒れた。私は慌てて伊勢を担ぎ、そのまま全速力で逃げて来た。戦力を失った彼女達は追いかけてはこなかった。
「いつも悪いねぇ……」
疲れ切った伊勢の声が聞こえて来た。どうやら喋るぐらいの気力は取り戻した様だ。
「悪いと思うなら、自分で歩いてよ」
私が嫌味を言うと、伊勢は完全に脱力しきり歩けないことをアピールしてきた。どうやらもう喋る気もない様だ。
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伊勢をベッドに寝かせると、彼女は気持ち良さそうに寝息を立て始めた。私がおぶっている間、黙ってはいたが起きていた様だ。伊勢が寝返りを打つと、首筋にある生々しい傷跡が露出した。その部分だけ皮が新しく、異様に白く光っていた。この怪我は妹の日向に、力任せに艤装を剥ぎ取られた時にできたものだ。そしてその時、彼女は艦娘の力を失った。私は開きっぱなしになっている煙管盆を見た。
「だいぶ減ってるね。そろそろ補充しないと……」
私は煙管盆の近くにしゃがみ込んだ。この煙管は通常のものとは違い、伊勢に海を走る力を付与していた。しかし、副作用が強く、伊勢だから耐えられる。そんな気がしていた。しかし、最近はこれ無しでは動けなくなっている。中毒症状も見え始めていた。
「まだいたの?珍しいね」
寝ていたはずの伊勢が横になりながら私を見ていた。その目は虚ろなものでも、戦闘の時の様な嬉しそうな目でもなく、私がよく知っていた伊勢の目だった。
「まだって……帰ってきて三十分も経ってないよ」
私がそう言うと、伊勢は枕元の時計を掴んだ。
「そうみたいね。こんな時間に起きたのは久しぶり……というか、起きるのが久しぶりに感じるわね」
伊勢は起き上がると、体の節々が痛むのか、全身を抱く様にして座り直した。
「大丈夫?」
「大丈夫。それより……」
伊勢は煙管盆を見た。身体が煙を欲しているのだろう。いつもなら何も考えず手渡すが、どうしてもそういうつもりになれなかった。
「伊勢、吸いすぎだよ。さっき私が吸ったらちょうど無くなっちゃった」
「そう……」
私は煙管盆を持って立つと、伊勢は私じゃなくて私の手元を見ていた。
「補充してくる。少し待ってて」
伊勢はこれ無しでは動けない。
動けずに朽ちていく仲間を見たくない私は再び悪循環の輪の中に理性を埋め込んだ。