「なんかカッコ悪いな……」
私は愛用する煙管に紙巻のタバコを刺して吸っていた。独り言に漏らしたようにカッコ悪い。先端から上を向くタバコがなんとも間抜けだ。
「伊勢!起きてるの?」
慌ただしく川内が入ってきた。昼夜問わず、起きたい時間に起きる私にとって彼女が来ることが時間を感じる手段の一つとなっていた。彼女が来たという事はもうすぐ日が暮れるのだろう。
「起きてるよ。そんな慌ただしくどうしたのさ?」
私が彼女に問いかけると、彼女は珍しそうに私を見ていた。私は気恥ずかしくなり頭を掻いた。
「今日は哨戒の日でしょ?食べるもの持って来たけど……それは新しい宗教みたいなもの?」
川内が私が手に持つキセルを指差してそう言う。確かにやっている行動はタバコを吸わない人間からしてみれば摩訶不思議なものに見えるだろう。しかし、こうすることによって純粋な煙を楽しむことができる……と煙草屋の老婆が言っていた。
「そうじゃないわよ。ただ人の先輩に勧められてね」
私はそう言い、今にも崩れそうな灰を煙管盆に放り込んだ。ジュッという音を立てて灰は中に吸い込まれていく。川内は興味深そうに私を見ていた。その視線が気持ち悪い。
「なによ?」
「別に。ただ伊勢が人の言うこと聞くなんて珍しいと思ってね」
川内はそう言うと、煙管盆の引き出しを抜き、中に入っている葉を確かめた。私の記憶が確かなら、紙巻煙草を始めてからはかなり量は減っている。私は自身に満ちた表情で川内を見ていた。
「前よりペースは落ち着いてるね。今どれぐらい?」
「起きて一服する程度かな。後は暴れたい時の気付に……」
「そう。だいぶ落ち着いたね」
川内が優しい顔で私を見た。自分よりも見た目が幼い彼女だが、どこか気恥ずかしく感じ、私は視線を逸らして煙管を吸いこんだ。
「ちょっと待ってて、買ってきたの温めるから」
川内は持って来たビニール袋を持つと台所へと向かった。台所は私の知らないうちにどんどん新しい機械が増えていく。鎮守府にはポットがあったが、今はケトルとかいう、ポットよりも手軽にお湯を沸かせる機械があるらしい。それに電子レンジなるものまでいつの間に置かれている。鎮守府にいた時はそういったインスタント食品には目もくれなかった。昔、指揮をとっていた男がどうしてもジャンキーな味を食べたいと言ってインスタント食品を食べ、それが間宮さんや鳳翔さんにバレた時に見世物の様にきつく怒られていたのを思い出した。
「おーい、川内さんや」
私は台所に向かって大きな声をあげた。彼女の姿は見えないが、それなりに大きな声で返事が返って来た。
「なに〜?もうすぐ終わるから少し待って」
「川内さんの手料理が食べたいんだけど」
私がそう言うと、彼女はプラスチックの容器に入ったお弁当を二つ持って台所から出て来た。それをちゃぶ台の上に置くと、不審そうに私を見た。
「何、口説いてるの?」
「そうだと言ったらどする?」
「どうもしない」
私の素直な欲求を勘違いした彼女に呆れていると、彼女は鞄から大きな板を取り出した。私はそれを知っている。タブレットとかいう情報端末だ。詳しい事はよく知らない。私は暖かい弁当の蓋を開け、割り箸を手に持った。川内はタブレットをいじっており、箸を持つ気配は感じられない。私が弁当の半分ぐらいを食べ終えると、川内は私を睨む様に見た。
「暴れないって約束できる?」
川内の言っている意味がわからなかった。私は箸を休めずに川内を見ると、川内は割り箸を割りながらも私を見ていた。
「どうせそれだけじゃ足りないでしょ?いつもならこの後煙吸うから少なくてもいいだろうけど」
「どういうこと?」
私がそう尋ねると、川内は先程まで見ていたタブレットを机の上に置いた。よくわからないが、哨戒予定表なるものが映し出されている。
「今日は長門さんが哨戒任務につく日らしいから、海出るのは危ないかもしれない」
「それで?」
「懐かしい味を食べに行こうって誘ってるの。私もこれだけじゃ足りないから」
「懐かしい味?」
私がよくわからないと言った仕草を見せ、空になった弁当の容器をゴミ箱に放り込んだ。川内は食べながら私を黙って見ていた。
「わかった。約束する。お酒は飲まない」
「じゃあ食べ終わったら行こうか」
川内はそう言うと箸を動かす速度をあげた。その様子を見ていると私の胃が空腹を訴えった。中途半端に食べ物を胃に入れたせいで、それまでタバコで誤魔化されていた胃と脳が栄養が足りないと訴えていた。
「そんな心配しなくても大丈夫だから、少し待ってて」
川内は私の視線に気付き、苦笑いをすると、残っていたおかずを口に放り込んだ。これで完食だ。
「じゃあ行こうか。あそこでお腹いっぱい食べたら、今度葉っぱ買えなくなっちゃうからね」
ーーーー
川内に案内され、私は繁華街から少し外れた場所に来ていた。途中で見た時計が示す時間的にはまだ賑わっているはずだが、通りを歩く人は少ない。
「ここだよ」
川内が示した場所は寂れた料亭だった。暖簾には「食事処」と書かれているだけで、店名は書いていない。私は入ることに躊躇したが、川内は迷わずに引き戸を開けた。
「いらっしゃいませ」
川内に続いて中に入ると、外見ほど狭くも無く、中は小綺麗だった。川内が店員に人数を伝えると、店員は外からは見えにくい小上がりに通してくれた。
「よく来るの?」
おしぼりで手を拭きながら川内に尋ねると彼女はとんでもないと言う様な仕草をした。
「那珂の大きな仕事終わった後や、二人のお祝い事ぐらいの時しか来ないよ。普段から通ってたら今貰ってるお金じゃ足りないよ」
川内はそう言うと、お品書きを開いて見せて来た。なるほど。確かに記載されている金額の大きさに驚きが隠せない。私がお品書きを眺めていると襖が開いた。
「今日は何のお祝い?……って伊勢さん?!」
声がした方を見ると、間宮さんが驚いた様子で私を見ていた。懐かしい味っていうのはこういうことか。私は間宮さんに一礼をすると、間宮さんは中に入り、慌てて襖を閉めた。
「今日はお忍びデートなんだ」
川内が茶化すと、間宮さんは口元に手を当てて私たちを見ていた。
「違う違う。川内に懐かしい味を食べに行こうと誘われただけ」
私が手を振って川内が言うことが違うことを伝えると、間宮さんは穏やかな表情で私を見た。
「じゃあ今日は腕によりをかけて料理するわ。もう決まってるの?」
「つみれ鍋二人ぶんにイワシ団子二人分。あと烏龍茶を二つ」
川内が注文を済ませると、間宮さんはメモを取り小上がりから出て行った。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「伊勢が葉っぱを控えてくれたら月に一回ぐらいはここに来られるよ」
「それは嫌味?」
「なんとでも」
川内の嫌味を受け流し、私は机の上にあった灰皿を引き寄せ、ポケットに入れていた煙草に火をつけた。外行き用のやつはフィルターのついたものだ。大きく煙を吸い込むと独特の甘みが口の中を巡る。少し前までむせていたのに、今は普通に吸うことができる。そのタイミングで間宮さんが飲み物を運んできた。襖を開けるなり、驚いた様子で私を見ていたが、すぐに険しいものになった。間宮さんは乱暴に襖を閉めると、机に二つの烏龍茶を置いた。
「伊勢さん。前はそんなの吸ってませんでしたよね?」
間宮さんが私を見る目が鋭い。その迫力に思わずたじろいでしまう。私も紙巻にしてから思う節はある。なんというか紙巻は品がない……
「普段は煙管なんだけど……持ち歩く訳にはいかないでしょう?」
「煙管?!そんな遊女じゃあるまいし……いいですか?タバコは百害あっても一利もないんです。そんなの吸ってて私の料理が美味しいって言われても嬉しくないです」
「そんな……鎮守府にいた時もタバコ吸ってた子はいたじゃない……」
「今は戦う時代じゃありません!必要ないでしょうに!」
間宮の言葉に、私はどこか冷めてしまった。戦っているのは私だけなのか……そんな風に感じてしまった。
「まぁまぁ、間宮さん。伊勢は今、毎日なれない仕事をしててすっごくストレスを溜め込んでいるらしんだ。タバコぐらい多めにみて……」
川内が助け舟を出してくれたが、どうやら火に油を注いだだけのようだった。
「タバコぐらいじゃありません!わかりました。伊勢さん。そんなの必要ないと思えるぐらい美味しい料理を出してあげます。そんな煙に私の料理が負けるはずありません」
間宮さんは足早に出て行った。襖を閉める音が少し大きかった。私は呆気にとられ、持っていたタバコを眺めていた。
「よかったね。すごく美味しい料理が食べられそうだよ」
川内が困った顔でそう言った。私はそれに苦笑いで答えることしか出来なかった。
「それにしても、あんなに怒るとは思わなかったね」
「インスタント食品ですら怒る人だからな……今考えてみれば煙草なんてもってのほかだろう」
私はもう一度煙草に口をつけた。怒られた後だからか、美味しいとは思えずただの雑味のする煙にしか思えなかった。私は二口しか吸っていないタバコを灰皿に押し当て火を消した。もったいない。そう思ったがこれ以上吸える気がしなかった。運ばれてきた烏龍茶に口をつけると、濃いが渋くはない。氷が入っているのに珍しいと思っていると川内が話し始めた。
「ここの烏龍茶は氷も烏龍茶で出来てるんだよ。だから溶けても味が薄まらないんだ」
「なるほど……これは鍋も期待出来そうね」
「もしかして、鍋なんて誰が作っても一緒とか思ってるでしょ?」
「違うの?鎮守府にいた時に部屋で日向が作った鍋は手抜きだったけど美味しかったわよ」
私はそう言うと、昔のことを思い出していた。寒くなると、よく二人で鍋をつついていた。日向がどこからともなくお酒を持ってきて、それを飲みながら水炊きの野菜やお肉を食べていた。あの時は姉妹仲良くしていたな……時々食べ足りない他の子も混じって、よそってあげたりもしたわね……思い出にふけっていると、間宮さんがコンロの上に乗った土鍋を持って入ってきた。顔はまだ不機嫌なものだった。