「お待たせしました。つみれ鍋とイワシ団子です」
机の真ん中にそれを置くと、コンロに火を付けた。その脇に竹に入ったつみれとイワシのすり身を置くと、一度出て行った。
「もう入れてもいいの?」
私が竹を持ち鍋の蓋を開けようとすると川内が慌ててそれを止めてきた。
「まだ!沸騰してからだから!」
私と川内が押し問答をしていると、おひつと茶碗を乗せたお盆を持った間宮さんが恐ろしく冷酷な目で私を見ていた。今確実に言えるのは、私に対して明らかな嫌悪感を彼女は抱いている。何も言わずにそれらを置き、そそくさと小上がりから出て行った。
「……さすがに凹むなぁ……」
「私もあんなに怒ってる間宮さんは初めて見たよ」
しばらく無言で鍋を眺めていると、再び間宮さんが入ってきた。もう注文したものはないはずだけど……
「鍋は私がやります。二人は食べることに集中してください」
間宮さんはそう言うと、私の隣に座り、おたまで鍋をかき回し始めた。美味しそうな匂いが立ち込める。チラリと間宮さんを見ると、その表情は真剣そのものだった。
「もういいでしょう」
間宮さんは一口大の大きさにわけたつみれを鍋に入れていく。川内がイワシ団子を手に取ろうとすると、間宮さんはそれを制した。しばらく鍋で煮込んでいる間に間宮さんは手際よくおひつからご飯をよそい私達の前に茶碗を置いた。川内の持ってくる弁当のご飯とは違い、炊きたてでお米一粒一粒がふっくらしているのが見て取れる。
「イワシはもう少ししてから。まずは冬だしとつみれから出る味だけで食べてみて」
そう言われ、私は取り皿にポン酢を入れた。私基準では普通の量なのだが、どうも多すぎたらしく、間宮さんにそれを取り上げられると川内のまだ何も入っていない取り皿に中身の半分を注いだ。
「……どうやって冷ませば……」
私は思ったことを口に出してしまった。川内がキッと私を睨んだが、間宮さんはそれを気にせず私の取り皿に鍋をよそった。美味しそうな湯気が私の鼻孔を襲う。これは美味しそうだ。それと同時に絶対熱い。湯気が立ち込めるのを暫く眺めていると、川内の分をよそった間宮さんがジッと私を見ている。その顔は優しいものではない。早く食べろと言わんばかりだった。意を決して箸を取んだ。湯気をたてるつみれを半分に切ると、中から肉汁が溢れる。半分になったつみれを口に放り込む。
「……美味しい」
「まだ味覚が馬鹿にはなっていないようね。でも煙草なんて吸ってなかったらもっと美味しいと思うわ」
間宮さんは川内の方を見ていた。川内は何も言わずに、ただ嬉しそうな表情で口を動かしていた。私ももう半分のつみれをご飯の上に乗せ、一緒に口に入れる。美味しい。ご飯そのものの旨みとつみれのあさっりとしつつもしっかり主張する味が混じり合う。美味しい。本当に美味しい。こんなに美味しいと思う食事は久しぶりだった。
「鎮守府にいた時はほぼ毎日食べていたから気付かなかったのね」
「そうでもないわよ?鎮守府にいた時も美味しいものを食べさせてあげたいと思ってはいたけど、実際こうやっていろんな人に自分の料理を振る舞えることになってからいろいろ勉強したわ。新しいことに沢山気がつきましたよ」
先程まで険しい表情だった間宮さんも今は優しい表情で私を見ている。しばらく無言で食べ続けていると、川内が空の茶碗を間宮さんに差し出した。
「おかわり」
「それぐらい自分でやりなさいよ……家じゃないんだから」
私の言葉にハッとしたのか、川内は慌てて差し出した茶碗を引っ込めた。しかし、間宮さんは嬉しそうな表情で手を差し出し、川内は恥ずかしそうに茶碗を渡した。
「気にしないで。伊勢ちゃんもいる?」
間宮さんにそう言われ、私は残っていた一口分のご飯を口に入れ、茶碗を差し出した。慌てて食べる必要もないのだが、このままでは川内にご飯を食べ尽くされてしまう様な気がした。鍋だけでも食べられないことはないが、やはり美味しいご飯があったほうが何倍も美味しい。
「そろそろイワシ団子と残りの野菜入れちゃうわね」
私に茶碗を渡すと、間宮さんは残りの具材を鍋に投入した。川内が待ちきれないといった様子で鍋を覗いている。私は冷ますためにゆっくり食べていたが、どうやら川内は御構い無しのハイペースで食べていた様だ。少し思い返すと、間宮さんがよそった回数は断然川内の方が多い。
「何か追加の具材を持ってきましょうか?最後に入れるおうどん取りに行くから」
私は不満そうな表情をしていたのだろうか。私の心境を察した間宮さんが気を利かせてくれた。
「そうね。もう少し食べたいわ。川内もまだ食べるでしょ?」
私が川内に尋ねると、川内は嬉しそうに首を縦に振った。
「じゃあそれとご飯と烏龍茶のおかわり」
「適当に何か持ってくるわね。もう食べられるからいない間は自分たちでよそってね」
間宮さんはそういって私たちの分をよそうと、襖から出ていった。
「悔しいけど間宮さんのイワシ団子には敵わないね」
川内は嬉しそうにそう言った。どこも悔しそうじゃない。先程のつみれと同じ様にイワシ団子を半分に切り、ご飯の上に乗せて食べる。これも美味しい。鶏肉よりもあっさりしているが、出汁がしっかり染み込んでいる。これもご飯とあう。
「もっと早く連れてきてほしかったわ」
「そんなこと言ったて、伊勢が外に出ようとしなかったんじゃないか。めんどくさい、ダルいとか言って」
「そんなこと言ったかしら?」
「言ってたよ。でもこれで街中に出る様になったら、深夜徘徊する不良さんになるね」
「なんでそうなるのよ……」
再び、襖が音を立てて開いた。間宮さんが再び怒っている。私は頭を抱えた。
「追加を持ってきたました。ねぇ、伊勢ちゃん?」
声色は優しいが顔が優しくない。私が何をしたというのだ。
「そんなにお仕事辛いならここで一緒に働かない?生活には困ってないでしょう?」
間宮さんの言葉が私を現実に引き戻した。私は今、自分の正義を信じるためにきっとおそらくやってはいけないことをやっている。私の戦争はまだ終わっていない。
「……お言葉は嬉しいですけど、私にはやることがあるから……」
「やることって何?」
「自分が信じた正義を貫くこと」
私の言葉に間宮さんも川内も黙り込んでしまった。川内、神妙な顔をしているのなら箸を休めろ。
「大変そうね……何のお仕事をしているのかはわからないけど、伊勢ちゃんも戦っているのね……そう、わかったわ」
間宮さんの顔が変わった。勘違いをしているのは確かだと思うが、その方が都合がいい。
「私もここのお店でいろいろ嫌なことがあったわ。お客さんに軍人が作った料理にこんな値段をつけるのかって。でも今もここで頑張ってるし、今はそんなこと言われなくなったわ……だから伊勢ちゃんも頑張ってね。もしどうしても駄目になったら、私に頼ってきてね」
間宮さんは私の手を握った。戦い続けられなくなったら料理人になるのもありか……そんなことを考えていた。
「えぇ、その時はお願いするわ……」
「煙草を吸うなとは言わないけど、少しずつでいいから本数を減らして、いつかはやめてね?」
「頑張ります」
私はきっと出来ないであろう約束をし、再び箸を動かし始めた。