駆逐イ級の大艦隊の中に私はいた。あまり知能の高くないやつらだ。艦隊のど真ん中にいる私に砲撃やら雷撃やらを御構い無しに仕掛けてくる。私が叩き斬った数より、やつらの同士討ちの数の方が多いのではないか。しかし、それでも数が減らない。
「この雑魚どもめ……」
私は何度目かわからない舌打ちをした。既に戦闘時間は三時間を超えている。日に日に衰える私の身体はガソリン切れが近いことを知らせている。今ここで呑気に煙管を吹かすわけにはいかない。煙管盆を持った川内が遠くで待機しているがそこまでこいつらを連れ行くわけにはいかない。
私の足元のすぐ側を魚雷がすり抜けて行く。私は肝を冷やしたが魚雷はそのまま通り過ぎ、遠くで爆発した。もしあれが私の足元で爆発していたらタダじゃすまない。海の上を進む力はまだ充分に残っている。今の私に足りないものは集中力だ。
私は一隻のイ級に近づくと、それを力任せに掴んで投げ飛ばした。投げ飛ばされたイ級は背中から他のイ級の上に落ちていく。私はそれを二隻まとめて叩き斬った。こんなことをしても、私のストレスは一向に解消されない。逆にイライラは募るばかりだ。
「うざったいな」
このイ級の大艦隊にイラついている。私はそう思いたいが実際には違う。薬物の力を頼ならければ戦えない自分に、そしてこんな雑魚の攻撃でも一発喰らえば致命傷なるまでに弱った自分の身体に対してだろう。
今まで自分が弱くなったと感じたのは航空戦艦に改装された時だろう。主砲六基十二門、この火力で敵艦を圧倒してきた私が、砲を捨て、飛行甲板を手にしたあの時だ。悔しいと感じた。大和型、長門型の圧倒的火力を妬ましいと思った。それが今はどうだ。この手にする刀しか武器がない。私はその刀をイ級の脳天に突き刺す。口から覗く砲口が私の顔を向く。
「撃てるなら撃ちなさいよ」
イ級は撃たなかった。そのまま沈んでいく。私は刀の柄をしっかり握り、沈んでいくイ級を強引に引き上げた。そのまま刀を振るうと、遠心力でイ級の残骸が飛んでいく。イ級の残骸は私に砲撃を加えようとした他のイ級の目の前に飛んでいく。砲撃が残骸に当たり爆発を起こした。まだ体内に弾薬を抱えていたのだから当然だろう。至近距離で爆発を受けたイ級はそのまま沈んでいく。
「こんな戦い方もあるのよ」
私は日向の言葉を思い出した。彼女はぶっきらぼうな性格だったが、改装を経て大きく変わった。変わったというよりは順応したというべきだろう。失うという事は弱くなることじゃないと、日向は言った。だが、あの時は違う力を得たが今は違う。日向に艤装と体の接続部を切られ私は全てを失った。海中で自分が沈むより早く沈んでいく自分の艤装を私は見た。轟沈する自分を客観的に見ているような気分だった。
『伊勢!そろそろ撤退するよ!長門たち海軍がこっちにくる!』
耳につけていたインカムから川内の声が聞こえる。やっと来たという安心感。以前であれば海軍が来ることに苛立ちさえ覚えたが今は違う。死に場所を求め海の上で戦っているが、私もイ級には負けたくない。
「わかった。いつものポイントで拾ってちょうだい」
川内にそう告げると、私はイ級達の間を縫って戦域を離脱した。イ級の射程外に出たこと、終わったことへの安心感から完全に油断していた。私の頭の横を物凄い風圧が通り抜ける。何が起こったのかはわからなかった。私の近くに着弾した砲弾は爆発して大きな水しぶきをあげる。気がつけば私の身体は宙に浮いていた。遠くで大きな砲撃音が聞こえる。
「そうか……あれが戦艦か……」
長門達海軍の砲撃を遠目に見た私はそのまま海面に叩きつけられた。私の意識はそこで途絶えた。
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遠くから声が聞こえる。ゆっくりと目を開けると、そこには艤装を背負った私がいた。もう一人の私はゆっくりと沈んでいく。私は彼女に手をさしのべる。すると彼女は鏡のように手を差し伸べてきた。しっかりと手を掴むと、私の身体も一緒に沈んでいく。これでいい。私はそう思った。そのまましっかりと手を掴むと彼女は悲しそうな顔をした。背中に背負っている砲がゆっくりと動く。なんとなくわかる。その砲は私に向けられると。それでいい。そのまま私を撃て。
「ここでお別れね」
彼女がそう言うと、砲口が光るのが見えた。私はゆっくりと目を閉じた。
「伊勢!伊勢!」
川内の声が聞こえる。私の身体を揺すっているのがわかる。私はゆっくりと目を開けた。
「大丈夫?」
「えぇ、大丈夫」
私はゆっくり身体を起こした。海面に叩きつけられた背中は痛む。川内が煙管に葉をつめている。私は川内の手を掴むと首を横に振った。
「無くて大丈夫なの?」
「えぇ、不思議と頭は冴えてるわ」
先程まであれほど欲したそれを、今は摂取する気になれなかった。
「煙草ある?」
海に出る前に川内に預けたはずだ。もし吸いたくなった時に濡れていたら目も当てられない。川内はポケットから煙草とライターを取り出すと、それを一本取り出し私に咥えさせた。
「別に身体が動かないわけじゃないのだけど」
「自分の腕をよく見てみなよ」
川内にそう言われ、自分の腕を見てみると大きく腫れ上がっていた。折れたのだろうか。痛くはないが、確かに動かせない。川内は咥えた煙草に火をつけた。肺いっぱいに煙を吸い込むと冴えていた頭が重たくなる。
「刀は……?」
私は腫れ上がった腕の先に握っていたはずの刀がない。川内の方を見ると彼女は首を横に振った。もう一人の私の正体がわかった。
「そう……」
全ての艤装を失った。川内はため息をついたがその顔はどこか安心している。
「とりあえず帰ろう」
川内はそう言うとボートのエンジンに火を入れた。もうこの海に帰って来ることは無いのだろうか。私は水平線に浮かぶ太陽を眺めていた。