大淀パソコンスクール   作:おかぴ1129

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1. 先輩は変な奴 担当生徒も変な奴


 ボタンダウンのワイシャツとスーツに身を包み、共に戦争を闘いぬいた頑丈な手提げのかばんをひょいっとかついだ。俺は今日、生まれて初めてパソコン教室の授業を行う。

 

「こんな時間に出勤ってのは初めてだな……」

 

 時計を見ると、時刻はお昼過ぎ。俺の初授業は予定通り夜からだが……その前に空いた時間を利用して、同僚の講師の方との顔合わせと、その講師からの簡単なオリエンテーションがあるそうな。それで実際の授業は午後7時からというのに、こうやって午後3時頃からの出勤をしている。

 

 最初こそ俺も『ぇえ〜……授業開始の4時間前に出勤ですか……』とげんなりはしたのだが、その分の時給はきっかり出るという話だし、だったらありがたい機会だと受け入れて出勤することにした。こういった時間にもしっかりとお給料をくれる……こんな当たり前のことに感動するあたり、俺はまだまだ前の会社に毒されているようだ。

 

「お疲れ様です! 今日からよろしくお願いします!」

 

 教室に到着。入り口のドアを開くと同時に、いつもより若干大きめの声で挨拶をする。こういうことは最初が肝心だ。きちんと挨拶をして、印象を良くしておかなければならない。

 

「ああ、カシワギさん、お疲れ様です」

「はい。大淀さんもお疲れ様です」

 

 大淀さんが、自分の机に座ってパソコンのキーボードをパチパチと鳴らしながら、俺に笑顔を向けてくれる。愛想笑いには見えない本当の笑顔だ。彼女がこうやって自分の机で事務作業をしているということは、今の時間はもう一人の講師の人が授業を行っているらしい。

 

『先生、写真がね、うまく動かせないんだけど……』

『ああ。その場合は"文字列の折り返し"を……』

『タイトルを紙の真ん中に持ってくるって、どうやるんだっけ先生?』

『"ホーム"タブをクリックして……』

 

 パーテーションで綺麗に区切られた隣の教室からは、楽しそうなおじいちゃん二人と、若い男性の声が聞こえてきた。その若い男性が、どうやらもう一人の講師のようだ。落ち着いていて、かつほがらかなその声に、その人の人柄が感じられる。いい人のようだ。なんだか声がくぐもってるような気がするんだけど、風邪気味でマスクか何かをつけてるのかな?

 

 少し気になるのは、金属がこすれるようなチャリチャリという音が、先ほどからずっと教室の方から鳴っていることだが……何だこの音……どこかで聞いたことあるような……なんだっけ。

 

「今の授業はもう少しで終わりますから、ここの席のどこかに座って待ってて下さい」

 

 大淀さんはそう言って、自分の向かいにある席に手を差し伸べていた。大淀さんの周囲には3つほど空いた席があり、講師はその中から出勤した順で好きな席についていいらしい。すべての席には、少し古い型のPCが置いてある。ディスプレイの白のフレームが少々黄ばんではいるが、性能的には問題はないようで安心だ。俺は大淀さんの向かいの席に座り、持ってきたかばんを足元に置いて、着てきた上着を椅子にかけた。

 

「大淀さん、授業はまだ終わらないんですよね」

「はい」

「少し授業の様子を覗いていいですか?」

 

 パソコン教室の授業というものを、俺は見たことがない。実際に自分が行う前に、出来れば一度、本番がどういうものなのかを確認しておきたいわけだが……

 

「いいですよ? 今なら生徒さんも二人だけですから、席も空いてますし」

「ありがとうございます」

 

 よし。これで授業を体験することが出来る。時計を見る。授業終了まであと30分。その間に、授業の様子をしっかりと目に焼き付けておこう。俺はかばんの中から白紙の紙を数枚はさんだ愛用のバインダーを取り出し、それを手に、授業中の教室に入った。

 

 教室の中には、デスクトップのPCが準備されている席が8席あり、向かい合った4席ずつの島になっている。生徒と思しきおじいちゃんたちは1つの島に斜め向かいに座っていて、実に朗らかな笑顔でパソコンを操作していた。

 

「お、新しい生徒さんかな?」

「よろしく〜」

「失礼しま……!?」

 

 ……正直に言う。確かに俺は、授業の様子を目に焼き付けるつもりだったが……わざわざ俺自身が意識して焼き付けなくても、その光景はイヤでも網膜にこびりついた。

 

「ぉお、貴公が……!」

 

 それはなぜか。笑顔が素敵なおじいちゃん二人と共にこの教室にいたのが、全身に太陽のイラストを散りばめた、西洋の騎士のコスプレ野郎だったからだ。

 

「大淀から話は聞いている。ようこそ『大淀パソコンスクール』へ!」

 

 バケツみたいな兜をかぶっているせいで、そのコスプレ野郎の表情は見えないが、そいつは朗らかな声で俺のことを歓迎してきやがった。そしてそのまま俺を教室に招き入れ、一人のおじいちゃんの向かいの席に俺を案内する。一つの島の4つの席のうち、3つが埋まった。

 

「ああ、貴公もどうやら、亡者ではないようだ」

 

 俺が席に座るなり、そのコスプレ野郎はこんな意味不明なことを口にしやがった。亡者って何だよ意味がさっぱりわからない。

 

 そもそも仕事中だというのに、なんだその意味不明なコスプレは。いや服装だけならまだ分かる。分かりたくないが理解はする。だが、なぜ仕事中に剣だの丸い盾だの持っているんだ。しかも盾全体には、上手いともヘタとも形容出来ない不可思議な表情をした、擬人化した太陽のイラストが描いてある。その太陽のアンニュイな表情はなんだ。頭のてっぺんからつま先まで、疑問しか見つからない。

 

 そのコスプレ野郎が、右手で持っていた剣を鞘にしまい、何とも形容出来ない妙な歩き方で近づいてきて、俺の席のパソコンに電源を入れる。この教室独自と思われるブートローダーが立ち上がり、OS選択画面になった。慣れた手つきで7を選択するコスプレ野郎。

 

 さっきから鳴っていたチャリチャリ音の正体が分かった。このコスプレ野郎……珍妙な太陽のイラストが描かれているこいつの服は、鎖帷子になっている。だからか。だからチャリチャリとうるさかったのか。そんなものを着てきているというのか。

 

「カシワギといったか。貴公の来校を待っていた」

「は、はぁ……」

「俺の名はソラール。詳しい話は後ほど存分に。今は授業の様子を見ていて欲しい」

「よ、よろしくです」

 

 その自称『ソラール』先輩はそう言ったあと、急に全身を思い切り伸ばして、アルファベッドのYみたいなポーズを取っていた。何やってんだこの人?

 

「このポーズは太陽賛美という」

「いや聞いてないっす。自分、そのポーズのことは聞いてないっすソラール先輩」

「まぁソラール先生はいつものことじゃから」

「今日も先生は元気でええの〜」

 

 Yの字ポーズの……なんだっけ……太陽賛美のポーズに対し、二人のおじいちゃんは暖かい眼差しを向け、『ほっほっほっ』と朗らかに笑っている。俺は、知らない内に異空間に迷い込んでしまっていたようだ。誰か突っ込まないのか。この異様な状況に、誰か突っ込もうとしないのか。

 

「しかし、先生はいつもそのポーズをされますなぁ」

「俺も太陽のように、でっかく熱くなりたいんだよコバヤシ殿」

 

 わけわかんねぇ……この人たち、ホントにわけがわかんねぇ……。

 

「しばらく授業を見学しながら、この教室の基幹システムを触っていてくれ。Accessの経験は?」

「……ないですね」

「大丈夫。貴公なら問題なく触れるはずだ。データベースの中身を更新さえしなければ、何をやってもかまわない」

 

 太陽を崇拝する男、ソラール先輩にそう促され、俺はAccess2007を立ち上げるが……

 

「サクラバ殿、そこは太陽のようにもう少し明るい色にしたほうが……」

「なるほど。その方が文字がくっきり見えるね」

「ああ。まるで俺達を暖かく見守る太陽のように、美しく輝く背景だ」

「さすがソラール先生だね」

 

 こんな状況で授業の様子が頭に入るはずもなければ、Accessをいじる余裕がうまれるはずもない。頭の中がはてなマークでいっぱいになり、授業のことが何一つ頭に入らないまま、終了の時刻となった。

 

「じゃあソラール先生。また来週!」

「待っているぞサクラバ殿!」

「わたしゃ再来週ですな」

「コバヤシ殿は、次はいつもと曜日が変わるので、忘れずに!」

「先生、お疲れ様!!」

 

 晴々しい笑顔で会釈をしていく二人のおじいちゃんを、お得意のY字ポーズ……なんだっけ……太陽賛美だったっけか……で見送るソラール先輩。結局、授業風景はまったく頭に入らなかった……。

 

「貴公もお疲れ様」

「お、お疲れ様です」

「こんな感じで日々の授業を行うわけだが……授業の進め方の参考になったかな?」

 

 参考どころか、アンタのよく分からん格好のせいで、何も頭に入ってねーよ……。

 

「ま、まぁなんとか」

「それはよかった。では引き続き、貴公のオリエンテーションに入る」

 

 そうして今度はオリエンテーションに入ったわけだが……正直、このソラール先輩が何を説明しているのかがさっぱり分からない……いや、言いたいことは分かるが、気が散って仕方がない。だってさー……

 

「まず何よりも、相手は何も知らぬ初心者だということを念頭に入れることが大切だ」

「はぁ……」

「貴公にとっては当たり前の操作でも、相手にとっては不安が一杯の初体験……たとえば電源を入れる操作一つとっても、生徒からしてみれば、深淵の中を敵の不意打ちに怯えながら進むことと同義」

「な、なるほど……」

「ならば我々は、太陽のように彼らの道を照らし、暖かく見守り、フォローをしなければならん」

 

 こんな感じで、喩え話がいちいち婉曲で分かりづらい。言いたいことは伝わるのだが、付随する余計な比喩が、俺の理解の邪魔をする。

 

「作成したデータを保存させる際にも注意が必要だ。この教室では、生徒ひとりひとりに保存フォルダが準備されている。それらはすべてネットワーク上にある」

「パスを教えてくれますか?」

「マイドキュメントに保存フォルダへのショートカットを作成してある。保存の際には、まずそのショートカットをダブルクリックさせればいい」

 

 言われるままに、マイドキュメントを開いてみた。確かに見慣れない『受講生用保存フォルダ』というショートカットがある。試しにダブルクリックしてみると、名字の五十音順に振り分けられたフォルダが並んでいて、なるほどここが保存フォルダかと一目で分かる仕組みだ。しかし、これのどこに注意するべきなのか。

 

「そもそも生徒の中には『フォルダ構造』という概念を理解していない者も多い。故に自分専用の保存フォルダを指定するという操作を、覚えることが出来ない生徒もいる」

「……」

「貴公も入り組んだ区画で篝火に戻ることも出来ず、ショートカットも見つからず、帰るに帰れない状況に陥ったことがあるはずだ。データ保存の際の生徒たちは、ちょうどそんな状況だ。最下層の奥底でバジリスクの群れに囲まれ、動くことが出来ぬ不死……それが生徒だ」

「言っている意味がいちいち分かりませんが」

「だから俺達という存在がある。生徒たちを暖かく見守りフォローをして、いざという時の道標にならなければならない。いわば、俺達は生徒たちにとっての太陽……ッ!!」

「毎回喩え話で強引に太陽に結びつけるのやめてもらっていいですか」

 

 しかし冷静に聞いてみると、確かにこれは大切な情報だ。俺は今まで、最低限のパソコン操作に慣れ親しんだ人たちばかりを相手にしてきたわけだが……これから相手をするのは、まったくのパソコン初心者。俺にとって当たり前の操作でも、その人たちにしてみれば、恐ろしく難易度の高い特別な操作になるということか……。

 

 このソラールという先輩、確かに頭のイカレた格好をしているし言っていることにいちいち太陽を絡めてくる妙な人だが、根はいい人のようだ。バケツみたいな兜のせいで表情はわからないけれど、言葉の端々には熱っぽさもある。先輩はこの仕事に対し、誇りを持っているようだ。自身の仕事に誇りを持つ……素晴らしい人だ。

 

「先輩、ありがとうございます」

「ん?」

「大切な事を教えていただきました。先輩の話を聞かなかったら、操作が出来ない生徒さんに対し、いらだちを感じていたかも知れません」

「そういってくれると俺も嬉しい。貴公も俺と共に、太陽のようにでっかく熱くなってくれ」

「それは結構です」

「貴公……」

 

 その後一時間ほどソラール先輩の説明を聞き、実際にブートローダーの利用方法も確認させてもらって、オリエンテーションは終了した。

 

「同じ太陽の戦士として、期待している」

「太陽の戦士ではないですが、期待に添えられるようがんばります」

「その意気だ! 大淀もお疲れ!」

「はい。ソラールさんもお疲れ様でした。また明日」

 

 オリエンテーション終了後のソラール先輩は、『では失礼する』とY字ポーズを取った後、そのコスプレの衣装に身を包んだまま教室を後にした。あんな格好で職質受けたりとかしないのか?

 

「以前はよく捕まってたらしいですけどね。最近は『ぁあ、あいつはいいんだよ』的な感じらしいですよ?」

「日本社会に馴染み過ぎでしょ太陽の戦士……それでいいんですか警察機構は……」

「見ての通りあの朗らかな性格ですから。うちの教室での貴重な戦力ですし」

「ハァ……」

「講師としても素晴らしい人ですしね」

 

 それは分かる……分かるけど……まあいいか。大淀さんと共に、帰宅する太陽戦士の背中を見守る。しばらく眺めていると、時折無駄に前転しているのは何なんだ。しかも鎧が重いのか、うまく前転しきれずに背中からどっすんという感じで着地してるし……。

 

 だが、俺は運がいい。ソラール先輩と大淀さん。この二人が同僚なら、ここでの仕事はとてもやりやすいだろう。職場の人間関係は、健全な勤務に多大な影響を及ぼす。この職場の人間関係は、決して悪いものではないといえるだろう。

 

 それに、講師が全員そろっても3人という少人数なら、人間関係の軋轢みたいなものも生まれないはずだ。特にこの二人が同僚なら、そういう心配もないはずだ。よかった。一安心だ。

 

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