大淀パソコンスクール   作:おかぴ1129

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 ソラール先輩が家路について1時間ほどの間、大淀さんから事務関連の仕事の説明を受けた。といっても、実際に事務仕事を担当しているのは大淀さん。俺が出張る機会というのはほぼ無い等しいらしい。実際に俺が行う必要のあるものはクローズ業務。しばらくすると、俺は一人で夜の教室を切り盛りしなければならなくなる。レジ締め、日報の記入、オーナーと大淀さんへの業務終了メール……非常勤だからかなのか、それともカルチャースクールだからなのか……実際にクローズ業務で行うことは少ない。

 

「さて……」

 

 一通り説明が終わったところで、俺が座る席の隣に立ち、日報の描き方を教えてくれていた大淀さんが、メガネをくいっと上げて、背後の壁にかけてある時計を見た。時計は午後7時5分前を指している。ソラール先輩のオリエンテーションは結構な長さだったようだ。それだけ貴重な話をたくさんしてくれたということか。アンニュイな太陽のイラストとケッタイなポーズにばかり気を取られていたけれど。

 

「もうしばらくしたら、来ると思いますよ?」

「新しい生徒さんですか?」

「ええ。今日は私もここにいます。困ったら遠慮せずに声をかけて下さい」

「はい。ダメな場合はそうさせてもらいます」

「大丈夫。生徒さんは明るくて接しやすい子ですから」

「お知り合いなんですか?」

「ええ」

 

 そうして俺が大淀さんから励ましのエールを頂いている最中、ガチャリという大げさな音が事務所内に鳴り響き、入り口のドアノブが90度回転した。どうやら、件の新しい生徒さんが来校したようだ。緊張する……。

 

「来たみたいですね」

「お、おぉぉおおおおお」

 

 緊張でつい情けない声が出てしまう俺を尻目に、無情にも入り口の重いドアが開いていく。『ゴウンゴウン』という音が似合いそうなほどに、重苦しく、もったいぶって大げさに開かれていくドア。

 

「ご、ゴクリ……」

「ぁあ、そうそうカシワギさん」

「は、はい?」

「生徒さんの名前ですが……せん「やせぇぇぇぇええええええええん!!!」

 

 唐突にドアの向こうから聞こえた、女の子の轟音のような叫び声で、大淀さんの言葉にキャンセルがかかった。

 

「うるさッ!?」

 

 つい本音が口をついて出た。思わず両耳を手でふさぐ。ドアを見ると、大きく開かれたドアの向こう側に、背の高さがちょうど俺の肩ぐらいの女の子が、フラッシュライトのような眩しい笑顔で大の字で立っていた。真っ赤なパーカーがよく似合っている。でもすんげー声デカい……なんか耳がキーンてしてるし……

 

「ぁあ川内さん、いらっしゃい」

「大淀さん来たよ!! 夜戦しに来たよ!!!」

「夜戦ではないですけど、お待ちしてました」

 

 大淀さんと知り合いらしい挨拶を交わしたその女の子は、その満面の笑顔のまま俺の元まで来ると、耳を押さえている俺の顔を覗き込んできた。

 

「ふーん……あなたが私の夜戦の相手かー……」

 

 なんだひょっとして……この子もソラール先輩と似たタイプで、しゃべることがいちいち意味不明な子なのか? でも顔そのものは、えらいべっぴんさんだな……

 

「夜戦の相手じゃなくて、パソコンの先生です。間違えないでくださいね」

「まーいいじゃんいいじゃん。似たようなもんだしさー」

 

 大淀さんが勘違いを訂正してくれたが……似たようなもん? なんだその『夜戦』て? 素直に字面で想像したら夜の戦い? なんだそりゃ? ま、まぁいい。挨拶をしないと……。

 

「え、えーと……はじめまして。私があなたの担当をさせていただく〜、か、カシワギといいます」

「カシワギ先生かー。私は川内です! よろしくね先生!!」

 

 俺の挨拶に対し、この子……川内さんは、白い歯を俺に見せつけるように、ニカッと笑った。その眩しいこと眩しいこと……

 

「うおっ」

「ん? どうしたの?」

「いや、何でも無いです……」

 

 なんか瞳孔が閉じるもん……。眩しすぎて、太陽拳を食らったフリーザ様の気持ちがわかりますもんこれ……。

 

「ところでさ! カシワギ先生!」

「はい?」

「先生もさ! 絶対に夜が好きでしょ!!」

「……は?」

 

 俺の両肩に自分の両手を置いて、やたらと力強いその両手の平でずっしりとプレッシャーをかけながら、この賑やかで眩しい女の子は、またも意味不明な事を口走る。どうなってんだこのパソコン教室……講師も変な奴なら、生徒も変な奴じゃねーか……。

 

「夜……ですか……」

「うん!」

「なんでまた唐突に夜?」

「だってさ! 先生も夜が……いや夜戦好きだから、わざわざ夜の担当になったんでしょ?」

「はい?」

「いいよね〜夜戦……私、先生の気持ち、分かるよ?」

 

 そう言いながら、この川内って子は俺に背を向け腕組みをし、うんうんと頷きながら目を閉じた。いや分かってない。今のこの俺の混乱っぷりを、この子が分かってくれるはずがない。もったいない……顔はすんごいべっぴんさんなのに……。

 

 ひとしきりうんうんと何かに納得したあと、川内さんは再び俺を振り返り、左手に必要以上の力を込めて、俺の右肩をバッシンバッシン叩き始めた。ちくしょう。すんごい可愛い子の担当になったはずなのに、なんだこの残念な気持ちは。まったくワクワクしない……。

 

「んじゃまーとりあえずさ! 夜戦はじめよっか!!」

「だから夜戦じゃないですよ川内さん。じゃあカシワギさん、あとはよろしくお願いしますね」

「はい……ゲフッ」

「よろしくね! せんせー!!」

 

 俺の右肩から肺に届く衝撃があまりに強すぎて、ついむせてしまった……。

 

 大淀さんに促され、俺は川内さんを……いやもうさん付けはやめだ。川内を教室内に案内する。

 

「どこで夜戦やるの?」

「どこの席でもいいですけど、どこか希望あります?」

「まー夜戦ならどこでやっても夜戦だしねー」

「夜戦じゃないですよー」

 

 やっぱこいつもソラール先輩と同族か。本人が選ぶつもりはなさそうなので、適当にすぐそばの2つ並んだ席の右側に案内し、俺はその川内の左隣に座った。

 

「はい。それじゃあよろしくお願いします」

「こちらこそ! 容赦しないよ?」

 

 一体何を容赦しないというのか……。

 

 事前に大淀さんから預かったカルテによると、このアホのパソコンはノートパソコンで、OSはWindowsの8.1、Officeのバージョンは2013ということだ。今売ってるパソコンは全部Windowsは10でOfficeは2016のはずだから、デバイスとしては少し古いタイプのものということになる。

 

「パソコンを購入したのは少し前なんですか?」

「私たちの元上官の提督が『払い下げでいいならやるぞ』って言うから、もらったんだー」

「中々の豪快さんですね……」

「『これで就職に向けてスキルを身に付けろ』て言ってた!」

 

 なるほど。パソコンスキルなら身につけていて損はないからな。大淀さんとこのアホの元上官は、部下思いのいい人のようだ。

 

「じゃあWindowsは8.1、Officeは2013でやっていきましょうか」

「了解! 早く夜戦! 夜戦!!」

 

 『待ちきれない』と言わんばかりに瞳をランランと輝かせる川内。こんな状態の彼女をほっとくのもなんだか忍びない。俺はパソコンの電源を入れ、ブートローダーの画面で8.1を選択した。Windowsが立ち上がるまでの間、暇つぶしに川内にパソコンの経験について聞いてみることにする。本人がどこまで把握しているか分からないが、それを測る意味でもインタビューは重要だ。

 

「ちなみに川内さん」

「川内でいいよ? 私も敬語使わないから!」

「了解。んじゃ川内。今までパソコンの経験はどれぐらい?」

「ないねー。……あ! でも夜戦の経験なら豊富だよ!?」

 

 ……誰がいつ夜戦の経験なぞ聞いた? ついでに言うと、ノートパソコン持ってるのに経験無しだと……? まぁいい。

 

「うい。パソコンの経験は無し……と。てことはマウスとキーボードも……」

「それは使ったこと無いけど、魚雷と単装砲はよく使ってたかな」

「うい。まったくの初心者ということで。機械全般は得意? 苦手?」

「機械よりも、探照灯と照明弾が苦手だね!」

「うい。機械も苦手……と」

 

 適当にインタビューを済ませていると、やっとこOSが立ち上がる。デフォルトのデスクトップ画面が表示され、パソコンの準備が整った。

 

「んじゃ、テキスト通り進めていくかー」

「はーい」

「んじゃ川内、右手でマウスを持ってくださーい」

「こう?」

 

 川内は俺の指示に従い、マウスを持ち上げ、底面の青色LEDの光を俺のおでこに向けて照射してきた。……うん。確かに初心者だこりゃ。マウスの使い方なんか、テレビとか見てるとドラマのワンシーンとかで出てきそうなものだけどな。

 

「えーと……そういう風に使うんじゃないだよマウスってのは」

「へー……探照灯みたいに、この光で物を照らす道具だと思ってた!」

「その探照灯ってのが何なのかわからんけれど、とりあえずマウスを机の上に置こうか」

「はーい」

「置いたら、とりあえずそのままマウスをこう……円を描くようにぐるぐると机の上で動かしてみ」

「こう?」

 

 デスクトップに表示されたマウスポインタが、川内の動きに合わせてぐるぐると動く。川内にとってはこれがとてもおもしろかったようで、目をランランと輝かせながら、時計回り、半時計回りとマウスをぐるぐる動かしていた。一体何が面白いんだ。

 

「ぉお!」

「これがマウスだ。パソコンってのは、これとキーボードを使って操作をしていくものだ。だからまず何よりも、このマウスの操作方法を覚えて欲しい」

「なるほどぉ」

「マウスの操作方法は色々あって、まずは今みたいにただ矢印を動かす。ボタンを押す『クリック』、ボタンを押したままマウスを動かして対象をズルズルと引きずる『ドラッグ』がある」

「ほうほう」

 

 こうして、この『夜戦バカ』川内と俺の、魅惑の初心者向けパソコン講座が幕を開けた。

 

 この川内という子、根は悪い子ではないんだが……やはりソラール先輩と同じく『夜戦』とやらに相当なこだわりがあるようで……

 

「クリックにも3種類ある。対象の上に矢印を持ってきて左ボタンを一回押す『クリック』、同じく対象の上で左ボタンを素早く二回押す『ダブルクリック』、そして対象の上で右ボタンを一回押す『右クリック』だ」

「分かった! 夜戦で言う通常攻撃と連撃とカットインみたいなもんだね!」

「ようわからんし、多分違うと思う」

「えー。だってそうじゃん。一回押すから通常攻撃、二回押すから連撃で、右ボタンを押すからカットインでしょ?」

 

 こんな感じで、こちらの説明をいちいち夜戦に例えて理解しようとしてくる。そもそも夜戦をやったことがないから同意できんし、よしんばやったことがあっても同意したくない……。そしてウィンドウのサイズ調整の話をしている時も、

 

「ウィンドウを右端までドラックしてみ」

「えーと……こう?」

「そうそう。もっともっと右にずいーっと」

「画面からはみ出ちゃうよ? どこまで?」

「マウスの矢印が画面端に触れるまで」

「ふれ……ぉお!?」

「こうやって画面の右端か左端までウィンドウをドラッグしてあげると、ウィンドウの大きさがちょうど画面の半分に調整されるんだ」

「ぉおー!」

「たとえば右側のウィンドウでインターネットを見ながら、左側のウィンドウで文書作成をしたり出来る。何かを確認しながら作業をするときなんか便利につかえるはずだ」

「夜戦で照明弾を撃って、相手の位置を確認するのと一緒だね!!」

「なんか違う。意味はわからないが、なんか違うのだけは分かる」

「そうかなー……」

 

 こんな具合で、やっぱりいちいち夜戦に結びつけて婉曲な言い回しをしてくるというか……うーん……やっぱり夜戦に並々ならぬこだわりがあるのだろうか……そうして授業は混乱しながらも順調に進み、終了間際に差し掛かる。

 

「じゃあこれで今日は最後。電源の落とし方だ」

「はい!」

「電源の落とし方は色々あるけれど、一番簡単なのはスタートボタンを押してメニューを出した後、画面右上の電源マークをクリックして、『シャットダウン』をクリックしてあげるんだ」

「了解!」

「じゃあやってみよう。今俺が言ったとおりに操作してみて」

「ぇえ!? 私が夜戦でこのパソコンを撃沈していいの!?」

「撃沈じゃなくてシャットダウン」

 

 『では……オホン』と大げさな咳払いをした後、川内はマウスカーソルをスタートボタンの上に持ってきてクリックした。画面がメニューに切り替わり、川内はそのままマウスカーソルを今度は画面右上に持ってきて、りんごみたいな電源マークをクリックする。

 

「なんか左下だったり右上だったり、いったりきたりで大変だねぇ」

「8.1は仕方ない。一応もうちょい楽な方法もあるが、これが一番確実だと思う」

「ふーん……」

 

 ずずいっとチャームを出して電源を切る方法はね……マウスだと大変なんすよ。タッチパネルだとそうでもないんだけど……。

 

 川内によってシャットダウンされたパソコンは、しばらくした後『とおぉぅぅぅん』という情けない音でヤル気の減退を表現した後、プツリと電源が切れた。真っ黒になったディスプレイには、目をランランと輝かせたべっぴんな女の子と、その隣で目が死んでいる、一人の男が写り込んでいる。なんだこのシュールな図……

 

「ぉお沈黙した! せんせー! 撃沈したよ!!」

「だから撃沈じゃないって言ってるだろう……でもさ。川内ってパソコン持ってるんだよな?」

「持ってるよ?」

「なのに経験はないのか。使おうって思わんかったのか」

「だってよくわかんないし。んで、ここなら大淀さんがやってるし、艦娘ならタダで教えてくれるから、ちょうどいいなーって思って」

「なるほど。……まぁ何はともあれ、今日はお疲れ様でした」

「お疲れ様!!」

 

 その後『明日も夜戦、お願いね!!!』と言い放った川内は、意味不明な高笑いと共にドアを開き、教室を去っていった。その後ろ姿からは、『やっせん〜! やっせん〜!!』という楽しそうな歌声が聞こえてくる……ホント、世の中には残念な美人ってのがいるんだなぁ……

 

「お疲れ様でしたカシワギさん」

 

 川内の賑やかな声が聞こえなくなってすぐ、大淀さんの柔らかな声が俺をねぎらってくれる。耳に心地いい声によって紡ぎだされた『お疲れ様』の言葉は、俺の全身に安堵をもたらした。

 

「……ハァー……ッ」

「はじめてとは思えない授業でしたね。過去に授業の経験があるんですか?」

「そ、そんなものはないですが……ハッ!? 夜戦ですか!? まさか夜戦の経験がデスカ!?」

「私は夜戦に特にこだわりはないですけど……」

「そ、そうですか……」

 

 いつの間にか毒されていた己の精神が、大淀さんによって浄化されていく……俺は、いつの間にかあの『夜戦バカ』にメンタルを侵食されていたようだ。パソコン操作を『夜戦』と認識してしまっていた……ッ!!

 

「つーかそもそも夜戦って何ですか?」

「文字通り夜間の艦隊戦です。私達軽巡洋艦は元々夜戦が得意なんですが、川内さんはそれに輪をかけて夜戦が好きなんですよね。夜戦と聞くと、血沸き肉踊るそうです」

「まさにそんな感じでしたもんね……」

「今でこそだいぶマシになったんですが……従軍時代はそれはもう大変だったんですから」

 

 あれでだいぶマシになっただと……!? 過去はどれだけ凄惨な夜戦バカだったんだ……!?

 

「まぁ何はともあれ、今日は何事もなく乗り越えられましたね。仲もよくなったようで何よりです」

「はぁ……つーか、俺が担当で大丈夫なんでしょうか?」

「あなたは不安に感じたかも知れませんが……カシワギさん、途中でうまく川内さんをさばいてましたからね。相性は悪くないと思いますよ?」

「はぁ……」

 

 本来なら、あんなべっぴんさんの担当になれるって……しかも相性いいって言われるって、すんごいうれしいことなんだろうけどなぁ……全然うれしくないよ……むしろ疲れそう……。

 

「これが毎晩……ッ!?」

「ですね。お昼すぎからの授業にも入ってもらいたいので、明日も今日ぐらいの時間に出勤して下さい。しばらくの間は私も残りますが、最終的にはカシワギさん一人で夜の教室は対応していただくことになります。人数が増えてきたらまた考えますけど」

 

 正直な話……大淀さんがいなくなったら、俺は一人であの夜戦バカを相手に出来る気がしない……

 

「一日も早く慣れていただくためにも、クローズの仕方とか、早速いろいろと教えますから」

「はい……」

 

 こうして、俺の生まれてはじめてのパソコン先生としての授業は終わった。その後はクローズ業務のレクチャーを大淀さんに教わった後、タイムカードを切って帰宅。帰り際に大淀さんから

 

――明日からはタイピングとWordに入ります。テキストで予習しておいてくださいね

 

 と優しい微笑みで釘を刺され、俺は職場を後にした。 

 

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