畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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未読の方は一〇〇話よりどうぞ。


一〇二話:舞い踊る四天の歌姫 ・

「先輩、さっきは助かりました」

 

 それからほどなくして。

 ジャイアントペンギンの忠告通りにコウテイが戻ってきた。どうやらいるのはコウテイ一人だけらしい。匂い自体は他のペンギンの分もうっすらするが……うっすらだからなぁ。もともとここについてた匂いかもしれんので、よく分からん。

 

「キミも、お陰で助かった。ありがとう──名前は?」

 

 ジャイアントペンギンに一しきり礼をしたコウテイは、そう言いながら俺の方に向き直ってきた。

 ……確かコウテイってアガり性というか、何かと情けない性格という印象があったんだが……こうしてみるとなんかすごい……クールな雰囲気だなぁ。物腰柔らかというか。こりゃファンも増えるわ。

 

「俺はチーター。こっちは相方のチベスナ」

「むーびーすたーでチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ」

 

 俺の紹介に、チベスナは挨拶する。そして俺の手は──招き猫の手はしていない! その代わりに、掌を広げてチベスナの方を指示している!

 俺は、学習したのだ……。何もしていないと招き猫の手をしてしまうなら、何かしていればいい、と。

 いわば招き猫の手は、けものの時の本能みたいなもんなのだ。無入力のニュートラル状態だと勝手にコマンドが入力されてしまうのだ。だからそれを消したいなら、その上から別のコマンドを入力してしまえばいいのである!

 これがヒト! 本能すら克服する『理性』を獲得したけものの本領だ! あーっはっはっはっは!

 

「あ、チーターまたやってると思いますよ。うぷぷ」

「え?」

 

 ……で、気付くとチベスナを指し示した手が招き猫の手になってた。

 …………………………。

 

「……チーターはどうしたんだ?」

「ああ、こいつにも色々あってな……気にしないでくれ」

 

 はっ、気が付いたら話が終わってた。

 くっ……。新たにコマンドを入力しても、一部が書き換わってしまうというわけか……。本能おそるべし……。でも確かに、ヒトだった頃も俺って言うほど本能には抗えてなかったような気がする。

 というか誰しも、食欲とか睡眠欲とか性欲とかの三大欲求に抗えるのなんてごく少数なんじゃないか……?

 

「……ん?」

 

 と、俺はそこでコウテイの様子が普通とは違っていることに気付いた。

 といっても精神的な要因とかじゃあない。単純に、なんか濡れてるのだ。まるでつい数十秒前まで水の中にいたみたいな。……いや、いくら水辺地方とはいえ、ほんの数十秒で水に入れるほど水辺は近くなかったような。どうなってるんだ?

 

「……ああ。そういえばチーターにはまだこの水族館のことを説明していなかったなー」

 

 そんな俺の疑問に思い至ったのは、やはりジャイアントペンギンだった。この人(フレンズだが)いちいち俺の考えを読むよね。そんなに分かりやすいつもりはないんだが……『ヒトだったらそこ気にするよね』みたいなのが分かるんだろうか。

 

「この水族館にはな、()()()()()()()()()()()()()

 

 ジャイアントペンギンはがらんどうの水槽たちの間で両手を広げ、そんなことを言った。野生動物……? 水族館なのに?

 

「どういうことだ?」

「簡単な話だ。水槽は全部、外の海に繋がってたってことさ」

「あ……なるほど」

 

 水槽は外の海に繋がっていて、ここに来るのは外から来た野生動物のみ。来園者達はそれを観察していた……ってことなのか。

 確かに、水族館っていう施設そのものに違和感はあったんだ。ジャパリパークって基本的に自然公園みたいな、『野生で生きてる動物たち』を観察する場所だろ。そんなジャパリパークに普通の水族館って、ジャパリパークの中にさらに動物園があるようなもんだ。違和感の塊だろ。

 ただ……それで成り立つもんなんだろうか? 動物が全く来ないってことも起こりえるんじゃないか?

 

「動物たちはここで餌をもらってたからなー。動物ってのはけっこう賢いんだぞ? 餌があると分かればそこに行くのが習慣になる。そうやってこの水族館を中心に新しい生態系ができてたんだよ」

 

 が、そんな疑問も先回りするようにジャイアントペンギンが付け加える。

 そういうことだったのか……。『新しい生態系を作り出す』。確かにそれは、ジャパリパークの全域で行われていることと同じだ。そう考えると此処も『ジャパリパークらしい』施設なのかもな。

 

「ま、例外としてペンギンたちだけはショーをしてたけどな」

 

 あ、そんな例外が。

 って、俺とジャイアントペンギンの話が盛り上がってるうちについて行けてないチベスナとコウテイが横で喋って時間を潰し始めてるぞ。

 

「それよりお前たちだ。コウテイ、なんでここにいた?」

 

 そこでジャイアントペンギンが、さっきから俺も気になっていた疑問をコウテイに問いかける。

 ここも疑問だった。ジャイアントペンギンの話じゃ他のフレンズは此処には来ないってことだったはずなのに、なぜここに来て、しかもセルリアンなんかに襲われていたのか……。

 

「あ、それはですね……。お前ら、出てきていいぞ」

 

 コウテイが水槽の方に言葉をかけると、その奥の方からぞろぞろと、三人のペンギンのフレンズがやってきた。あ、いたんだ。そうか、水に濡れてるから匂いが分かりづらくなってたわけか。

 現れたのは、イワビー、ジェーン、フルルの三人だ。ぺたぺたと歩いてくる様は、服装のことがなくてもペンギンらしさに満ちていた。うーんやっぱかわいいなあ……。アイドルやるだけのことはあるっていうか。

 っていうか、襲われてたのは全員PPPのメンバーだったんだな。いや、将来PPPのメンバーになるフレンズたち、というべきか。

 

「実は……ジャイアント先輩を驚かそうとしてて……」

 

 その中の一人、イワビーが気まずそうに答える。お? イタズラってことか?

 

「ちょっとイワトビさん! 言い方! ええとそうじゃなくて……最近なんだかジャイアント先輩が忙しそうだったので、わたし達にできることはないかなって……」

 

 そんなイワビーに付け加えるように、ジェーンが言う。……イワトビ? イワビーじゃなくて? この時点だとまだあだ名呼びはしてなかったんだろうか。……まぁそうか、ああいうのって芸名みたいなものなのかもしれないし。

 

「さぷらいずなんだよ~」

「おい! フンボルト! そうやって言っちゃったら全部おしまいじゃねーか!」

 

 ……どうやら、四人は最近忙しそうにしていたらしいジャイアントペンギンをねぎらうため、サプライズでこの水族館に集まっていたところをセルリアンに襲われたらしい。

 フレンズの寄り付かない水族館なら、確かに秘密の打ち合わせにはもってこいだしな。まさかセルリアンに襲われるとは思いもしないだろうし。

 

「なるほどな……。まあ、今回のことは運がなかったと思いなー。あと、わたしのことは心配しなくていいぞ。好きにやってただけだし」

 

 しかし、ジャイアントペンギンが忙しそうにしていた……か。あれか? さっき話してたプリンセス関連だろうか。他のフレンズの話を総合すると、迷子になったプリンセスを助けに行ってたりしてたらしいしな……。そりゃ、フレンズから見たら何かよく分からんが忙しそうみたいな感想にもなるだろう。

 

「そうだったのかー。いや、大丈夫ならよかったぜ! 最近のジャイアント先輩、あっち行ったりこっち行ったりで大変そうだったからなー」

 

 そこまで言って、イワビーは俺の方へ向き直る。

 

「そっちの二人もありがとな! コウテイのヤツから聞いたぜ、アイツを助けてくれたんだってな! いいヤツだぜお前ら!」

「わたしからも、ありがとうございました。お陰でコウテイさんが助かりました……」

「ふぁふぃふぁふぉふぇ~」

 

 三人は口々にお礼を言いながら、俺達に寄ってきた。チベスナは何もしてないが……まぁ細かいことは言うまい。あとフルルは食べながら礼を言うんじゃあない。

 

「俺はイワトビペンギン。みんなは縮めてイワトビって呼ぶぜ!」

「わたしはジェンツーペンギンのジェンツーです。よろしくお願いしますね」

「ふんぼっ……ふんぼると~」

 

 フルル、フンボルトで噛むのか……。

 

「俺はチーター。旅をしてる。でこっちが」

「チベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。チベスナさんがむーびーすたーでチーターがかんとくだと思いますよ!」

「監督じゃないが」

「うぷぷ」

 

 チベスナもよく飽きもせず俺を監督ってことにしたがるよなぁ。旅を始めた当初からずっと言い続けてるよこいつ。お陰で俺が毎回否定しているにも関わらずなんかコイツの中では既成事実的に監督ってことにされてそうだし……。

 あと何笑ってんだテメェ。頭ぐりぐりするぞ。

 

「むーびーすたー? かんとく? なんだぜそれ???」

「聞いたことがありませんね……」

「ああ……。そうだな。簡単に説明すると、映画をやるフレンズのことだ。映画っていうのはこのカメラで撮影する『ごっこ遊び』……みたいなものか」

 

 言いながら、俺は最近ご無沙汰だったカメラを取り出す。するとコウテイはさらに首を傾げて、

 

「さつえい……? そのかめらとやらでやるものなのか?」

「ああ。このカメラ越しにものを見ると、その風景を記録して、いつでも見られるようになるんだ」

 

 あ、説明を聞いてるジャイアントペンギンが『ははぁーなるほどね』って顔してる。まぁアイツからしてみればこんなカメラで撮る映画なんてたかが知れてるだろうが、今の設備で……というかフレンズたちでできる映画ってこのくらいが限界なんだよな。

 台本の許容量的にも、最大一〇分くらいのショートムービーくらいしか作る余地がない。それでもけっこう役者となるフレンズに恵まれているくらいだ。

 

「なあなあ、オレもその『えいが』、やってみたいぜ! なあお前ら!」

「はい、わたしも興味あります!」

「え? え? そうなのか……? フンボルトはどうだ?」

「なんの話~?」

 

 うーん、撮影、かぁ……。…………。そうしてやりたいのはやまやまだがなぁ……。

 と、カメラをパカパカしつつそこに視線を落としていると、

 

「……チーター、考えてることはなんとなく分かるが、やってもいいんじゃないかー?」

 

 と、その様子を見ていたらしいジャイアントペンギンが呼び掛けてきた。うん? 俺の考えてることが分かってるなら、渋る理由だって分かってるはずだが……。…………うーむ。

 

「大丈夫、悪いようにはならないさー。先輩を信じーなー?」

「……理由を教えてほしいところだが」

 

 でもまぁ、正直その話をチベスナの前でしたくもないしな……。此処は素直に従っておこう。

 

「分かった! じゃあ久々に、今日は映画撮影と行くか」

「おお! ついにですか! やっとだと思いますよ! チベスナさんの腕が鳴ると思いますよ!」

 

 あ、でも脚本を用意する時間はちょうだいね。




・「うぷぷ」
チーターは気づいてませんが、この時招き猫の手になってます。

◆一周年記念イラスト◆
私自身が事前に用意してもらったイラストは前回で最後だったのですが……なんと!


【挿絵表示】

レオニスさんに記念イラストを描いていただきました。ありがとうございます!
躍動感あふれるチベスナとやれやれ感を醸し出しつつ満更じゃないチーターが凄く『らしい』です。

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