畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一一話:君臨する百獣の王

「なんでここに知らないフレンズが!? オーロックスとアラビアオリックスは!? 合戦はまだでしょ!?」

 

 言いながら、黒髪のフレンズは肉球熊手を構える。ええと……あれはヒグマも持ってたから、クマのフレンズか。何クマかは忘れてしまったが……。

 ……くっ、もう目的は達したし逃げるか……? …………いや、チベスナを抱えて逃げるには道が狭すぎる。

 (チーター)の能力なら、高速移動中でもこの狭い通路で直角コーナリングができるくらいのブレーキ力があるが……この通路幅だと、チベスナは米俵を抱えるような感じにしないといけない。そして、それをやるとチベスナが後でうるさい。

 

「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナです。こっちはチーターだと思いますよ」

 

 よって此処は交渉でもするか――と思っていると、チベスナの方が先んじて挨拶してくれた。先手を打たれた……が、手間が省けた。

 挨拶は大事だよな……ということで、俺も招き猫の手で挨拶、………………じゃねぇっつってんだろだからぁぁぁぁ…………!

 

「…………チーター、挨拶したらなんか頭を抱えて固まっちゃってるけど?」

「ああ、いつものことなので気にしないでいいと思いますよ」

 

 ……はっ! つい招き猫の手で挨拶してしまったショックで頭を抱えてしまっていた。

 

「え、ええとだな。ここにいる理由だが……俺達は旅をしてるんだ。地図がほしいからこの城に来た。で、オーロックスとアラビアオリックス? は、なんか相手したらめんどくさそうだから走って逃げた」

「にげた!」

 

 俺の説明にクマのフレンズは目を丸くした。

 ……この説明を聞いても『なんだと! 詳しく話を聞かせてもらう!』みたいな感じになったりはしないのか。あの二人と違って問答無用って感じじゃないんだな。有難いが。

 

「……あ、そうだ。言い忘れてたね。私はニホンツキノワグマ。でも、あの二人を置いてこっちまでやってくるなんて、無茶するねぇ……」

「なんかよくわかんないけど、ピリピリしてたからな」

 

 ほんとは合戦の影響だって知ってるけど、それ言ったら面倒くさいことになるかもしれないし黙っておく。

 

「あれ? チーター、ピリピリしてるのは合戦のせいだと思いますよ。シロサイに朝聞いたばかりじゃないですか。まったくチーターなのに鳥頭だと思いますよ」

 

 …………うん、まぁそんな俺の気遣いがコイツに台無しにされることなんて最初から分かってたんだけどもね。

 

「シロサイ? ってことは、ヘラジカのところからかぁ……。やっぱりあんたたち、スパイじゃないの?」

「違う違う違う! 昨日はヘラジカのところで寝泊まりしたけど、今朝にはもう別れたから。それに、ライオンに戦いを挑もうとかそういうことは全然考えてないから」

「ふーん……そっかー」

「いやまぁ、信じられないのは分かるが………………あれ?」

 

 ……ん? 信じたの? あれ?

 

「え? だってヘラジカの縄張りで一晩休んだだけでしょ? 信じるけど……?」

「お、おう」

「チーターは疑り深いと思いますよ」

 

 …………悪かったな。

 いやしかし、ちょっと意外だった。普通に考えて、見知らぬフレンズが縄張りの中にいて、そいつらが敵対組織(ってほど物々しくないが)の一員だと知ったら、すぐに疑いは解かないと思ったんだが……。……いや、そうか、そうだよな、フレンズだもんな。違うって言ったら普通に信じてくれるか……。

 

「ずーん……」

「チーター、どうしたの?」

「チーターはたまに原因不明の落ち込み病に襲われると思いますよ」

 

 自己嫌悪だよ。なんかこう、他人を信じられない人間の悲しいサガっていうかね……。

 

「でも、その様子だとオーロックスとアラビアオリックスにだいぶきつく絡まれたみたいだねぇ」

「ああ、なんだかピリピリしてたと思いますよ。ヘラジカのスパイとかなんとかで」

「あはは、ごめんねぇ。あの子達も悪いやつらじゃないんだけど、ちょっと大将の部下ごっこがしっくり来すぎちゃってね……まじめだから、ついやりすぎちゃうんだよ」

 

 ………………え、あれ『ごっこ』だったのか……。いやまぁ、フレンズ同士でそんなかっちりした上下関係みたいなのはそりゃないだろうと思ってはいたが。

 だとすると、相手するのめんどくさいからってスルーして走り去っていったの、悪いことしたか……? 向こうは特に悪意があったわけじゃないわけだからな、ちょっと大人げなかったかもしれない。いやめんどくさかったのは事実だが。

 

「そういうわけで、ヘラジカのスパイじゃないなら別に……。あ、でもせっかくこの城に来たんだし、大将のところに来てよ。きっと歓迎してくれると思うよ」

「ん? ああ……」

 

 正直既にオーロックスとアラビアオリックスに失礼かましてしまっているので、あの二人が城に戻ってこないうちにさっさと退散して旅に戻りたいのだが……流石に、これを断るのは気が引ける。

 

「大将? どんなフレンズだと思いますよ?」

「ライオンのフレンズだよ。すっごく強くていげん? があるんだ。私たちの群れの大将!」

「ふむふむ……。チベスナさんは、歓迎してくれるならそれを受け入れるのもやぶさかではないと思いますよ。チーターはどうします?」

「……そだな。せっかくだし、ライオンのところまで案内してもらおうか」

 

 なるべく早めに済ませて、とっとと退散しよう。二人が戻らないうちに。

 

の の の の の の

 

へいげん

 

一一話:君臨する百獣の王

 

の の の の の の

 

 案内は非常にスムーズだった。

 二階には長い廊下があり、襖でいくつも部屋が仕切られていたが一階よりは狭い。外観から分かっていたが、上階に行くにつれて一階ごとの床面積は狭くなっているらしい。

 ……しかし、ほぼ木と石で作ってるのに、びっくりするくらい劣化の度合が低いな……。普通こういうのって何十年かに一度修復工事とかしないといけないもんだと思うんだが。案外、アプリ版とアニメ版って時代遠くないのかね。

 二階には特に用がないので、そのまま三階へ。ツキノワグマによると、ライオンはいつもこの三階にいるらしい。

 

「そういえば、なんでライオン達はこの城を縄張りにしてるんだ?」

 

 板張りの廊下を歩きながら、俺はなんとなく気になって問いかけてみた。ジャパリカフェのアルパカしかり、地下迷宮のツチノコしかり、ジャパリ図書館の博士と助手しかり、ロッジのアリツカゲラしかり、そしてジャパリシアターのチベスナしかり、確かにフレンズは元々あった施設を縄張りに使うケースが多い気がする……が、基本的にそれは個人単位の話だ。ライオン達のように群れで、しかもヘラジカと争ったりするほどに『その場所に陣取ること』を重視しているフレンズは少ない気がする。

 思い出があるから、って可能性もあることにはあるが……。

 

 そんな俺の疑問に対してツキノワグマは呑気そうに頷いて、

 

「前任のフレンズ達から任されたらしいんだよね」

「前任?」

「うん。もともと別のフレンズが群れのリーダーだったらしいんだけど、いつ頃からか大将が任されるようになったんだって。私がフレンズになった時にはもう大将が群れのリーダーになってたから詳しくは知らないんだけど」

 

 ってことは、あれか? 縄張りって、その前任から継承されていくシステムなのか。だとするとその前任っていったいどこへ、

 

「あ、もう着いたみたいだよ」

 

 と思考を巡らせていたら、ツキノワグマがそう言って前を指差す。眼前――この城の最奥には、他の部屋よりも大きな襖で仕切られた部屋があった。

 

「大将、お客人を連れてきました」

「……そうか、入れろ」

 

 襖の向こう側からは、低い声が返ってきた。……あ、そっか。今のライオンって群れの手前、威厳ある態度をとらないといけないんだったな。

 ヘラジカは威厳もクソもない脳筋馬鹿だが人柄で慕われているのとは対照的な気がする。まぁ、なんとなく集まってるヘラジカ組と違って、ライオン組は前任のリーダーとかいるらしいし、そこらへんの性質の違いだと思うけど。

 

「じゃ、失礼すると思いますよ」

 

 ライオンの言葉に答えて、チベスナが特に遠慮とかなく襖を開け放つ。後ろからその様子を見ていた俺の視界には、チベスナ越しにライオンの姿が映った。

 たてがみのように豪快な金髪の少女――あるいは女性。外見年齢は高校生から大学生くらいで、俺と同じくらいっぽい。上座に座っているためか、その表情は半分ほど影で覆われており、本人の醸し出すオーラのせいか余計に威圧感を感じさせる。

 俺も、アニメを見てなければ警戒してたかもしれない。

 

「よく来たな……。ツキノワグマ、ご苦労。もう下がっていいぞ」

「はい」

 

 ライオンがそう言うと、ツキノワグマはあっさりと引き下がって退室する。

 

「案内ありがとな」

「帰りにまた顔を出すと思いますよ」

 

 去り際に手を振ってやると、ツキノワグマはにっと笑って手を振り返してくれた。ううむ、やっぱり気の良い奴だ。

 ……って、手を振ってたつもりが招き猫の手になってる……!?

 

「……ふにゃあ~、疲れたぁ。あ、よく来たねぇ二人とも。聞いてると思うけど、私はライオン。いちおーこの群れのリーダーを任されてるよ~」

「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナです。こっちはかんとくのチーター。………………さっきまでと凄いギャップですね?」

「ん~まぁね。群れ(プライド)の手前、ちゃんと威厳を示さないとね~」

 

 ……はっ、いつの間にか自己紹介が終わってた。

 そういえば、ライオンの群れってプライドって呼称するんだったっけ。しかし、ごっこってツキノワグマは言ってたが……。

 

「でも、そしたらみんなしてまじめに部下をやってくれちゃってね~。此処に来る前に絡まれなかった?」

 

 なるほど。ライオンの習性で威厳ある群れのリーダーをやっていたら、オーロックスとアラビアオリックスがそれに乗っかってしまったというわけか。てことは演技派なんだなぁ、あの二人。

 ということで、俺とチベスナは二人してこくりと頷いておく。

 

「ああやっぱり? いやぁめんごめんご。大丈夫だった?」

「ええ。なんだか合戦前とかでピリピリしていましたが、チベスナさんは特に嫌な思いはしなかったと思いますよ。チーターが出会ってすぐにチベスナさんを抱えて走って行っちゃったので」

「…………へ? 走って行っちゃった? …………」

 

 その言葉に、ライオンは一瞬目を丸くするが、その意味を理解したのか、すぐに表情を崩して大笑いした。

 

「あっはっはっはっは! それって逃げたってこと!? いいね、面白いなぁキミ達!」

「…………」

 

 勝手なイメージでとっとと対話を切り上げて無視したに等しい状況なので、俺としてはなんとも言い難い。

 ライオンもそんな俺の後ろめたさは理解していると見えて、目尻に浮かんだ涙を拭いつつも、それ以上に何か言うつもりはないようだった。

 

「ところで」

 

 話を切り替えるようにそう言って、ライオンは俺――正確には俺の胸元あたりを指差す。

 

「さっきから気になってたんだけど、その胸に入ってるのはなんだい?」

 

 何って……ああ、メモ帳と鉛筆か。

 

「一階に売店あったろ? あの、色んなグッズが並べられてるとこ。あそこから拝借させてもらったんだよ」

「ばいてん……? …………ああ! あの、色々あるところ!」

「チーター、いつの間にそんなものを……でも、チベスナさんは地図も見つけたと思いますよ!」

「ちず? それも知らないなぁ。キミ達物知りだなぁ! ……うん、よし」

 

 ……うん? 何か思いつかれたような。

 

「キミ達何か色々と知ってそうだし、よかったら一階の『ばいてん』のこと、色々教えてくれないかな? その途中で欲しいものを見つけたら、それも持って行っちゃっていいから」

「おぉ! それは願ったりだと思いますよ! さっきは途中でツキノワグマが来て中断してしまいましたからね。チベスナさんもさらなるアイテムを手に入れてむーびーすたーに磨きをかけたいと思いますよ!」

「むーびーすたー?」

「ま、まぁまぁ、その話は微妙に長くなるから後で……」

 

 脇道に逸れた話を軌道修正しながら、俺は思う。

 う、うう~ん……。正直、オーロックスとアラビアオリックスと顔を合わせたら気まずいから、戻ってきていない今のうちにさっさと退散したいなぁって思うんだが……。

 うーむ、それはそれとして、詳しく物色したら便利なものとか手に入るかもしれないし、それにバックヤードとかを漁れば店頭に出てない在庫品もあるかもだしな……。

 正直、映画撮るなら小道具があった方が便利なのは間違いないし。

 

「…………それに私と一緒なら、二人と出くわしても取り成してあげるよ?」

 

 こそっと、悪戯っぽい笑みを浮かべながら囁くように言うライオンの一言が、決め手になった。

 

「分かったよ、王様。……はぁ、ヘラジカとは別の意味で敵わないなぁ」

「はっはっは、これでも群れのリーダーを任されてるからねぇ」

 

 いやほんと、フレンズの性格って十人十色なんだな。

 横でこのやりとりの意味が全く分かってねぇチベスナも含めて。




ライオン様の底知れなさが底知れないです。

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