一一二話:星を愛する者
「そ、そのう……えっと…………」
マズイ。
俺の頭は、その言葉でいっぱいだった。他のフレンズに俺がヒトだったことが知れ渡るだけでどうなるか分かったもんじゃないし、何よりのちのちかばんにこのことがバレるとどういう話の流れになっても心苦しいという袋小路行きだ。
その未来を回避する為にも、俺の前世がヒトであることはもうこれ以上誰にも教えてくなかったのだが──。
「誤魔化しても無駄よ! わたし今、ヒトって言葉を確かに聞き取ったんだから。ねぇ、何の話をしていたの?」
「あっ、そうなんだ」
マーゲイ、俺の話の文脈までは読めてなかったのね。ならいいや。適当に誤魔化せば。
「マーゲイもヒトのことを知ってるのか? どこで知ったんだ?」
とりあえず、誤魔化しの方向性を決める為にも俺はマーゲイにジャブ代わりの質問をしてみる。マーゲイはふふんとばかりに胸を張って、
「それはもう、当然ジャパリとしょかんで知ったのよ。偶然見つけたしーでぃー? っていうのが何かはかせ達に聞きに行ったら、色々と調べてもらったわ」
「なるほど……」
マーゲイがPPPオタクになった原因は、CDを見つけたのが始まりだったのか。……いや、現時点ではまだPPPオタクってわけでもなさそうだけど。そういえばいつのタイミングでPPPオタクになるんだろうな、コイツ……。
「にしても、本当に不思議よ。音が出る円盤なんて……。ヒトは不思議なものを作るのね」
「チベスナさんも分かると思いますよ。ヒトはえいがを作ったりできて凄いと思いますよ……」
「同志……同志ねっ!!」
あっ、意気投合した。
「で! 話が逸れたけどアンタはどうなのよ? 何の話してたのよ?」
「特別な話じゃない。ヒトが残した映画について話してた」
「えいが? そういえばさっきそこのも言ってたけど……」
「チベスナだと思いますよ」
「チベスナも言ってたけど……」
そこ律義に言い直すんだな。
「映画についてか……。簡単に言うと、『ごっこ遊び』をCDと同じように『後から見られる形』にしたものだな」
「おお! なるほど分かりやすかったわ。アンタもわたしと同じようにヒトの作ったものを図書館で知ったクチ?」
「……ま、そんなとこだな。あとは……俺達色んなところを旅してるんだけど、そこで色々話を聞いたりして」
嘘は言ってない。実際、ヒトの遺物を見て色々と考察したり、住居跡を発見したり、ジャイアントペンギンから話を聞いたり、旅の中でヒトについての知識は深まったし。
「へぇ……アンタ達、見ないフレンズだと思ったけど旅なんかしてるのね」
「えいがさつえいの旅だと思いますよ」
「観光旅行な」
久しぶりに言っても俺は流されないからな。
「チーターはしつこいと思いますよ……」
「しつこいのはどっからどう見てもお前の方なんだよなぁ」
いい加減諦めなさいよ。もう最後の地方だぞ。
それはともかく。
俺のヒト発言よりも俺達の素性の方に興味がいったと見えるマーゲイは、そのまま興味津々といった表情でさらに問いかけてくる。
「旅……そういえば大分前、アンタ達と同じように旅をしてるっていうフレンズを見かけたわ。随分急いでるみたいだったから、挨拶しただけでどっか行っちゃったけど……」
「へー」
多分プリンセスだな。ちゃんと元気に進めてるようで何よりだ。……いや、まだ森林地方入ったばっかだから元気に進めてるも何もないと思うが。
…………大分前?
「ちなみに聞いておくけど、大分前ってどのくらい前?」
「……うーん、どのくらいかしら。一か月……はいってなかったと思うけど。二週間くらい前かしら?」
……マジか……。
いや、地図を見た感じ、森林地方は確かに広めの地方だが、にしたって二週間もあればフレンズの足なら普通に用事くらい済ませられるはずなんだよな。そんなにジャパリ図書館での調べものが難航しているのか……?
PPPについて調べるにしても、普通に今頃水辺地方に戻ってそうなスケジューリングだと思うんだが…………。
……まぁ、ジャイアントペンギンがあの様子だったから、多分そこまで困った事態にはなってないと思うけど。何だかんだジャパリパーク内だから、食うものには困らないだろうしな。
「それより! アンタ達のことをもっと聞かせてちょうだい。ヒトのことを知ってるフレンズって、けっこう珍しいのよ」
「まぁ、いいけど……」
言いながら、俺はチベスナに目配せする。『受け答えは俺がするから、余計なこと言うなよ』のサインだ。
「……チーター、いきなりにらみつけてきてなんだと思いますよ? けんかなら望むところだと思いますよ?」
……………………。
……ちょっとこれはピンチかもしれないなぁ……。
「まず、話に入る前に改めて自己紹介するか。俺はチーター。で、こっちが旅の道連れのチベットスナギツネのチベスナ」
「チーターがかんとくでチベスナさんはむーびーすたーだと思いますよ」
「俺は監督じゃないが」
お決まりの挨拶をしつつ、俺はお決まりの猫の手招きを──してる! しまった、今回は普通に油断してストレートに猫の手になってしまった……!
「? よろしくね、チーター、チベスナ」
しかもそのまま普通にマーゲイに猫の手招きで返されてしまった……。なまじ普通にコミュニケーションとして成立しちゃってるのが逆に苦しいぞ……。
「うぷぷ」
「……で。ヒトの話だったっけか」
俺は横で腹の立つ笑い方をする馬鹿の頭をぐりぐりしながら問いかける。マーゲイはその様子を軽やかにスルーし、一度は中断した本題に入った。
「ええ! そうよ。わたし、ヒトについて色々と知りたいの。知ってることを教えてくれない?」
「いいけど……そんな大したことを知ってるわけじゃないぞ。大昔パークを運営してた『けもの』だったとか、色々なものを作ったりしていただとか、今はいなくなってしまっただとか……」
「あっあーっ。そういうのじゃないわ。わたしが聞きたいのはもっとこう……ヒトが残したものっていうの? ヒトがこのパークにいたとき、どんなものを作ってたとか! そういうのが知りたいのよ!」
「好奇心旺盛だなぁ……」
マーゲイってこんな
「んー、そうだな……。ヒトが作って遺したものといえば……これかな」
言いながら、俺はチベスナが現在進行形で曳いているソリを指さす。
「これは……そういえばさっきから気になってたんだけど、これは何? これもヒトが作ったものなの?」
「いや、作ったのは俺達だが」
「関係ないじゃない!」
即座にツッコミを入れられた。いやまぁソリについてはそうかもしれないけど、その中身の方がね。
「そうじゃなくて、中身だよ。あのブルーシートの内側に入ってたやつ」
そう言って俺はソリの側面に立ち、ブルーシートをめくりあげた。当然その中にあるのは大量のぬいぐるみ達である。
「な、なにこれ……!?」
「ぬいぐるみだ。これもヒトが作った」
「ふふん。チベスナさんせれくしょんだと思いますよ」
別に選んだこと自体は誇るようなことでもないと思うが……。
「……一つもらってもいい?」
「ダメだと思いますよ」
バッサリだ。
「ちえ。ケチ……」
「ちなみに、他のフレンズに対する『お土産』にはこういうものも用意してたりする」
俺はソリからお守りのアクセサリーを取り出しながら間に割って入る。すると、マーゲイの興味は手に入らないぬいぐるみよりも目先の『お土産』に惹かれたようだ。分かりやすく目を輝かせて、
「これならくれるの?」
「別れ際にな。出会ったフレンズには渡すようにしてるんだ」
ロッジで見つけたものだから、ロッジに行く前に出会ったフレンズには渡せてないけど。……ま、別に旅が終わったらこの島から出るわけでもないんだし、いずれ渡せる機会はあると思うけど。
「別れ際……じゃあ今は渡せないのね」
「別に渡してもいいが」
「いや! いいわ! こういうのはしかるべきときにもらってこそなのよ!」
「お、おう……」
何やら熱っぽく拒否したマーゲイに、俺は思わず気おされてしまった。なんかこういうところのこだわりっぷりは、流石マーゲイって感じだなぁ……。なんとなくPPPオタの片鱗を感じるというか。
「他! 他に何かない?」
「他……他なぁ……。色々便利アイテムはあるけど。ダクトテープとか」
「ふーん……」
あっ、こういうのには興味を示されない。やっぱ可愛いものとか綺麗なものがいいのかな。チベスナもだが、こういう感性は女の子だなぁと思う。伊達に少女の姿はしてないか。
「ちょっとそういうのはしっくりこないのよね。もっとこう……胸が滾るようなものというか――」
と、マーゲイがめんどくさいオタクのようなこだわりを見せまくっていた、ちょうどその瞬間。
「!」
俺とチベスナ、そしてマーゲイの三者が全く同時に、異変を感じ取った。背筋に走る、怖気のような匂い。特に俺とチベスナは、既に昨日感じたばかりの匂いだから分かる。これは──、
「セルリアン!」
「待って!」
と、迎撃態勢に移行しようとしたタイミングで、マーゲイが俺たちの動きに待ったをかけた。
……なんだ?
怪訝に思いつつも、ここで言い争いをしている時間はないので、素直にマーゲイに従って俺達はそのへんの茂みに身を隠す。
するとマーゲイは目にもとまらぬ速さで木に登り枝の上で待機を始めた。────ほどなくして、茂みの向こう側からセルリアンが顔を出した。
薄緑色をした、小型のセルリアンだ。あれくらいならチベスナでもなんとか勝てそうだが……、
「『ゴオオオオオ……!』」
そんな予想は、マーゲイの口から放たれた『声』によってかき消されてしまった。
「な、なんです……!? セルリアンの声だと思いますよ……!」
「アレは……マーゲイか……」
当のセルリアンにしても、あまりにも精密な鳴きまねに思わず同族かと思い混乱しているようだ。
そしてそれはつまり、弱点となる核を無防備にさらし続けることに他ならない。完全なる死角から、セルリアンの急所を見定めたマーゲイは──そのまま、流星のように地面へ降りたち、そしてセルリアンを破壊した。
「……ふう。二人とも大丈夫?」
「ええ。全然平気だと思いますよ」
「大丈夫だ。……しかし凄いな、今の。セルリアンの声を真似たのか?」
セルリアンの声――というと珍妙な響きだが、実のところ、セルリアンというのはたまに鳴いたりする。きゅるきゅるという不思議な移動音もあるが、なんていうんだろうな……地響きみたいな声も聞こえるのだ。ただぼーっとしてるだけだと聞き落としがちだけども。
「ふふん。……まぁ小型のセルリアンのときだけだけどね、ああいうことができるのは。大型だと枝の上にいても見つかっちゃいそうだし、何よりいしが見づらいから」
「そのへんはしっかりしてるんだな」
要するに、俺達と同じようなことをしているってわけだ。実際、マーゲイの特技は確かアニメだと巨大セルリアンにすら有効だったはずだし、多分全セルリアンに対する有効打になるんだよな……。
…………コイツこそハンターになるべき逸材な気がしてきた。あの三人の前でセルリアンが数秒無防備になるとか、完全に勝ち確でしょ。
まぁ、有効打だからといってハンターにならんといけないわけじゃないのであえて言ったりもしないが。
ビーバーが『ジャパリまん三か月分』と言っているあたり、おそらくフレンズにも暦の概念はあるはず。