畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日投稿中です。未読の方は一一〇話よりどうぞ。


一一三話:この道を往く者へ

「でも、正直こういう使い方も微妙っていうか……なーんか、胸が滾らないのよねぇ……」

 

 そんなことを言うマーゲイは、どこか張り合いのなさそうな感じだった。

 ……うん。今改めて思った。やっぱりハンターに勧誘はすべきじゃないな。多分それは、マーゲイにとって幸せな選択じゃないだろうから。

 

「何かこう……滾る使い方ないかしら」

 

 静かに『ハンターに推薦する』という選択肢を胸の奥底に沈めていると、マーゲイは物憂げに嘆息していた。滾る滾らないという美意識はともかくとして──

 

「別に特技の使い道なんてなくていいんじゃないか?」

 

 と、俺は元も子もないことを言っていた。

 いやだって、俺だって足の速さを有意義に活用できてるかといえば微妙だからな……。セルリアンと鉢合わせたときか、チベスナが驕り高ぶったときその鼻っ柱を叩き折るときか、まぁ使ったとしてもそのくらいだ。どっちも有意義とは言い難いだろう。

 それにそもそも、別に特技を思う存分活用しなくちゃいけないというわけでもない。多くのフレンズは日々をただ楽しく過ごしているだけだし。……いや、考えてみればアルパカは『山登りが得意』という特技を生かして山の上にカフェを開いたり、ジャガーは『泳ぐのが得意』という特技を生かして川渡しをしていたり、もっといえばハンターたちは『戦うのが得意』という特技を生かしてセルリアン狩りをしているわけだが……まぁ、そういうのはごく一部の例外なわけで。

 っていうかアイツらだって、『自分の特技が生かせるものは何か』なんて発想から始まったわけじゃないだろうしな。たまたま自分ができることがあって、それが誰かの為になったから流れで始めたってだけだろうし……。

 

「なくてもいいけど、あった方がいいじゃない」

 

 と、そんな俺の現実的かつ夢のない意見は、マーゲイの一言によって論破されてしまった。確かにないよりはあった方がいいよね。

 

「確かにその通りだと思いますよ! マーゲイ、いいこと言ったと思いますよ!」

 

 自信満々なマーゲイに乗っかるように、チベスナが賛意を示す。まぁ、多分チベスナの念頭にあるのは『チベスナさんだって「特技」をやりたいことに繋げてると思いますよ』という無根拠な自信なのだろうが……。

 

「んー、そうだな」

 

 ともあれ、二人とも乗り気なのであれば別に俺がその意思を否定する理由もないし。

 むしろ頑張っているヤツは応援したいのが俺の信条でもあるので。

 

「それじゃ、ちょっと一緒に歩きながら、マーゲイの声真似が何に使えるか考えてみるか」

 

の の の の の の

 

しんりんちほー

 

一一三話:この道を往く者へ

 

の の の の の の

 

 とは言ったものの。

 マーゲイの声真似を有意義に使う方法――というのは思いのほか難題だった。何せ『声真似』といえば根本的に宴会芸である。マーゲイのそれは声帯模写レベルの精度を誇っているが、やっぱりこう、ぱっと『これならいいんじゃない?』みたいな話は思いつかない。

 そもそも『胸が滾る』っていう尺度すら曖昧なものだし……。……なんて思うのは俺が細かいことを気にするタチだからかもしれないが。

 

「んー……」

「そうだ。出会ったフレンズの声真似をしてあげるのはどうだと思いますよ? みんな喜ぶと思いますよ!」

「『こうだと思いますよ?』」

「うわっすげぇ」

 

 マーゲイの口から出てきたのは、寸分たがわずチベスナの声だった。口調まで完全再現である。俺でも多分姿さえ見なければチベスナと聞き分けがつかないだろう。

 

「これ似てると思いますよ? なんかちょっと違う気がすると思いますよ」

「それは骨伝導で聞いてるからだぞ。空気中を伝播したときの音の高さと直接耳に届いたときの音の高さだと、微妙に違うんだよな」

「チーター」

「他人が聞く声と自分が聞く声はちょっと違う」

「なるほど」

 

 骨伝導はちょっとチベスナには難しすぎたな。

 

「チーター! なんですかその耳は! 今チベスナさんのことをバカにしたと思いますよ!」

「……してねぇよ」

 

 くっ……! 油断も隙もねぇなこの耳は……! 消したい! この耳!!

 

「でも、なんかこうしっくりこないわね……。こういうのじゃなくて、しーでぃーとか、チベスナの言うえいがみたいな……そういうの何かない?」

「じゃあ歌でも歌ってみたらどうだ?」

「いやチーター! それはやめといた方がいいと思いますよ!」

 

 軽い気持ちで提案すると、今度はチベスナがそれを制した。なんでそんな……ああ、なるほどトキの音痴を思い出してるんだな。にしたって歌を歌う=音痴っていうのはあまりにも偏った見方だと思うが──いや、フレンズに音階の概念ってないし、PPP復活前のこの時代のフレンズ達って音痴がデフォなのかな。

 考えてみれば、かばんですらそんなに歌が上手かったわけじゃないし……。

 それに、かく言う俺も歌はそんなに得意じゃないからな……。歌えはするけど、女性キーとか無理に歌おうとすると喉が死ぬ。あとオーディエンスが大爆笑する。

 ――――いや待て。今の俺はフレンズ。即ち声帯も女性。女声である!

 であればひょっとして……今の俺なら、女性キーの歌とか歌えるんじゃなかろうか!? 『ようこそジャパリパークへ』とか……。地味に夢ではあったんだよな、女性キーの歌を無理なく歌うの……。

 

「うーん……。チベスナがそこまで止めるってことは、うたってけっこう危険なのかしらね……。ちょっと保留」

 

 あー、チベスナのトラウマのせいで踏みとどまってしまった。

 

「しかしな……。あと声真似を活かせるものといっても……」

 

 なんとなく、ここまででマーゲイの『胸が滾る』の定義はなんとなく分かるんだよ。要するに『自分の特技を使って何か創造的なことがしたい』ってことなんだ。だが、声真似で創造的ってなぁ……。

 やっぱ歌とか、そういう方向性に……あ、そうだ。

 

「いいこと思いついた」

「あ、チーターの尻尾がいいこと思いついたときの尻尾だと思いますよ」

「だからたった今いいこと思いついたって言っただろ」

 

 っていうか尻尾もかよ……! この尻尾、取りたい!!

 

「……こほん。それはさておき、声真似を上手く使うのであれば……『人形劇』とかどうだ? こんなふうに、人形を使って……『おはよう! ボクはクマだよ!』『あたしはゾウだぞう!』みたいな」

「ゾウだぞう」

「……みたいな感じで。人形を使って、役柄を作って演じて話を作るわけだよ」

「ゾウだぞう」

「チベスナうっさい」

 

 俺はチベスナの頭を再度ぐりぐりしつつ、

 

「どうだマーゲイ。これならいい感じじゃないか?」

「ええ……! なんだかとっても楽しそうだわ。それで、ぬいぐるみは貸してくれるの?」

「ダメだと思いますよ」

 

 あっ、持ち主チベスナのNGが出てしまった。

 チベスナは俺のぐりぐりから脱出しながら、

 

「そんなに欲しいならマーゲイも色々旅して探し回るといいと思いますよ。ゆうえんちとか行けばきっといっぱい見つかると思いますよ」

「ゆうえんちね……。そういえばわたし、ここから出たことってあんまりないのよ。たまにみずべちほーに行くくらい」

「旅はいいと思いますよ! 一緒に行くみちづれがいればどこでも楽しいと思いますよ!」

 

 ……うんまぁ、そこについては否定しないが。

 

「旅のみちづれ、かぁ……」

 

 意気揚々と言うチベスナに、マーゲイはぼーっとした感じで復唱する。

 その姿を見て、なんとなく俺は分かってしまった。

 

 ……要するにマーゲイは、『張り合い』に飢えているんだろうな。

 なまじこだわりや探求心があるから、マーゲイは普通のフレンズとしての日常では満足できなかった。

 だから、自分が熱中できるものを探すことにした。そして、そんな折にCDと出会った。

 CDと出会う前に、一緒に探求できる仲間と出会えていればよかっただろう。今頃マーゲイはそいつと一緒に仲良く探求の日々を送っていたはずだ。だが、そうはならなかった。だからマーゲイは、CDという『ヒトが遺した微かな痕跡』だけを頼りに、『張り合い』──即ち『胸の滾り』を漠然と求めるようになっていった。

 声真似を使いたいっていうのは、多分後付けだ。自分にしかできない方法で、自分にしかできないことをしたい。たとえば、CDに並べるようなことが。……マーゲイの出発点は、多分そこだと思う。

 

 なんで分かるかと言うと、多分俺も一歩間違えていればそうなっていたからだ。

 

 俺だってチベスナがいなければ、ただ漠然と旅をして……マーゲイのように、何か張り合いのなさを常に感じ続けていたんじゃないだろうか。

 それを埋めようと、チーターの特技……つまり『足の速さ』を使って何かできないかとか、ヒトの前世経験を生かしたものがないかとか、そういったことを考えていたんじゃないだろうか。

 うん、やりそうな気がする。だって一人旅だと退屈しそうだし。

 

 そういう意味で、マーゲイは、チベスナに出会えなかった俺なのだ。

 

 そう考えると、俺がマーゲイにかけるべきアドバイスも自然と見つかった。

 

「……難しいことを考えるのはやめな、マーゲイ」

 

 だから俺は、気負わずにマーゲイにそう呼び掛けていた。

 

「『お前を滾らせるもの』ってのは、別に『特技』から見つかるようなもんじゃない。声真似がどうとかなんて、難しいことを考えてるうちは多分何も見つからないぞ。心配しなくても、お前が心から気に入ったものなら、きっとお前のことを死ぬほど滾らせてくれるから」

「……そうなの?」

 

 そうなんだよな。

 

「……だからほら。これ」

 

 そう言って、俺はマーゲイにお土産のアクセサリーを手渡した。

 

「……これって」

「俺からの餞別だ。諦めずに探せば、きっと見つかるから」

「わぁ……綺麗ねこれ! ありがとう!」

 

 お、アクセサリー自体の綺麗さに目を向けたのはマーゲイが初めてだな。

 

「それじゃ、またなマーゲイ」

「また会ったときは探し物が見つかったか教えるといいと思いますよ」

「ええ! きっといい報告ができるようにするわ!」

 

 互いに言い合って、俺とチベスナはマーゲイと別れた。

 ……ところでチベスナ、探し物って、今の話全部『単純にものを探していた』と思っているのか……? ……チベスナならありそうな話だが。

 

の の の の の の

 

 その後、並木道を歩いている途中にて。

 

「そういえばチーター。さっきのにんぎょうげきのことなんですけど」

「次ゾウって言ったら蹴っ飛ばすからな」

「違う! 違うと思いますよ! そこじゃないと思いますよ! だから足を光らせるのはダメだと思いますよ!」

 

 ……ちっ、命拾いしたな。

 で、人形劇がなんだって?

 

「ふー危ない……。そう、にんぎょうげきと思いますよ。さっきチーターが言ってたあれ、チベスナさんもやってみたいと思いますよ。今度撮りましょう」

「…………あー。今度。今度、な」

 

 ………………。

 

「それよりチベスナ! 今のうちに森林地方のアトラクション探すぞ。森林地方は木々をモチーフにしたアトラクションがより取り見取りっぽいからな……。効率的に回らないと大変だぞ」

「もうちょっとゆっくり見てもいいと思いますよ」

 

 時間がないんだよ。時間が。




他のフレンズにチベスナとの類似性を見出すことは多いチーターですが、
自分との類似性を見出すのはきわめて珍しいです。

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