畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日投稿中です。未読の方は一一〇話よりどうぞ。


一一七話:眠れる森の美女

「さあ! そうと決まればさっそく、」

「次は森林公園だなー」

「なんで!?」

 

 意気揚々と図書館へ向かおうとするプリンセスをよそに言った俺のセリフに、プリンセスはいっそ心外とばかりに驚愕して見せる。

 いやいや、なんでも何も……。

 

「言ってなかったっけか? 俺達の目的は観光なんだよ」

「聞いてないわ……」

 

 そういえば言ってなかったような気がする。毎回言ってるから、なんかいつの間にか言っているような気になってたな……。

 

「じゃあ簡単に説明するがな」

「チベスナさん達は、えいがさつえいの為にパーク中を旅してると思いますよ!」

「だから観光な。説明をインターセプトするんじゃないぞ?」

 

 チベスナから話題を取り戻しつつ、

 

「つまり、俺達は確かに図書館に向かってはいるが、別にそこにしか行かないってわけじゃないんだ。この地図を見てみろ。図書館までの間に森林公園があるだろ? 今日中に図書館に行くとなると、少しハイペースすぎる……。だから日が暮れる前に余裕をもって森林公園に行って、」

「ま、まってまってまって……」

 

 あ、ちょっと一気に話しすぎたな。

 

「そんなに一気に言われても分からないわ! そもそもそれ、何? そんなの見せられても全然わかんないわよ!」

「あー、すまんすまん」

「うぷぷ。プリンセスはちずも知らないと思いますよ?」

「話をややこしくするな」

「あー!!」

 

 チベスナの頭にアイアンクローをキメつつ、

 

「これは地図って言ってだな。パークを上から見た絵が描いてある。これを見ながら歩けば、どっちに向かえばどこに辿り着くのかとか簡単に分かる」

「なにそれ……すごいじゃない!」

 

 確かにな。まぁ厳密には方位磁針とかもないと片手落ちになってしまうのだが……。

 

「で、この地図によると……俺達の現在地がここ。水辺地方のすぐ近くに、屋敷があるだろ? ここにいる。で、こっちがジャパリ図書館。その間に、ちょっと開けた場所があるだろう」

「あ、ほんとだわ」

「これが森林公園。今からジャパリ図書館に行くとちょっと遅いというか……日が暮れてしまうから、そうなる前に森林公園で一旦休憩して、そこで夜を明かす」

「なるほど……」

 

 俺が一通り説明すると、プリンセスはあっさりと納得してくれたようだった。うむ、理解が早くて助かる。

 ふっふっふ。これが俺の旅人として得た知啓なのだよ……。

 

「チーターは疲れやすいですからね。今からジャパリ図書館に行くとなると、ちょっと無理しないといけないと思いますよ」

「余計なことは言わんでよろしい」

 

 ……まぁ、旅人としての知啓というよりは、必要に迫られて学んだ経験則といった方がいいかもしれないが……。あんまり動きすぎるとバテて自分が辛くなるからな。

 本当、『疲れる前に休憩する』って大事だと思うよ。この身体、『疲れた』と思った時には既に遅いからな。

 

「そういうこともあるのね……。わたしの仲間たちはそういうことあんまりなかったから、分からなかったわ」

「確かにペンギンってけっこうスタミナありそうなイメージだな……」

 

 めっちゃ泳ぐし、寒いところでヒナを温めるし、何かと我慢強いイメージがある。実際フレンズ基準で見ても、ペンギン系のスタミナの高さって相当高いのではないだろうか。

 

「もちろんあるわよ! ちょっとくらいなら寝ないでも平気よ」

「そこは寝なさいよ」

 

 不健康だぞ。

 ……っていうか……。

 

「それなのに、ジャイアントペンギンはあの寝起きの悪さなのか……」

「寝起き?」

 

 あっ、ご存じでない。そりゃそうか。ジャイアントペンギンって自分の私生活みたいなの、後輩たちにあんまり話さなそうだし。じゃあちょっと誤魔化しておいてやるか。

 

「寝起きといえばチベスナも凄いよな」

「は? そんなことないと思いますよ! チベスナさんの寝相はげいじゅつてきだと何度も何度も言ってると思いますよ!」

「確かに言ってはいるけども」

 

 でも何度言葉を重ねたところで事実が変わるわけではないのだよ。

 

「……寝相、ねぇ……」

 

 と、チベスナいじりによってうまいこと話を誤魔化すことに成功した俺が、密かに自分の叡智を称賛していると──不意に、プリンセスが物憂げな表情で呟いた。

 

「さっきも言ったけど、わたしあまり寝ないでも大丈夫だから──自分の寝相がいいのか悪いのか、わかんないのよね」

「ふむ」

「だからその……自分の寝相がどんな風なのか、気になるっていうか」

 

 なるほどな。

 確か、ジャイアントペンギンの話だと現時点でプリンセスはペンギンアイドルになることを目指しているから、その自分があんまりアレな寝相だと、ちょっとアイドル的に問題──そんなことを考えているのだろう。

 

「よし分かった」

 

 そんな健気なプリンセスの思いに応えてやるべく、俺は拳で胸を叩き、

 

「そういうことなら、俺達が見てやろう。プリンセス、お前の寝相をな……!」

 

の の の の の の

 

しんりんちほー

 

一一七話:眠れる森の美女

 

の の の の の の

 

 というわけで、森林公園に着いた俺達は、真っ先に寝床の設営に入った。

 既に太陽は傾いているが、空はまだ赤というよりは青といった感じ。時計を確認してみると、午後六時といったところだった。肌寒さ的に、今の季節は春といったところだろうか。

 そんな中で設営作業をしている俺達を遠巻きに眺めながら、プリンセスは素朴な声色で首を傾げた。

 

「……チーター達、何してるの?」

「何って、木の上にハンモックを作ってるんだと思いますよ」

 

 ぽかんとしているプリンセスに、チベスナがあっさりと答える。既に見慣れた、いつものやり方だが──今日は雨も降りそうにない天気なので、今回はそれにプラスしてブルーシートも使っている。まずブルーシートをひっかけて、その上にタオルを敷き詰めるというやり方だ。こうするとタオルをふかふか成分の醸成に回せるため、寝心地がわりとよくなるのであった。

 まだ今まで一度も試したことないから、完全に俺の予想の話だけどな。

 

「なんでそんなことしてるの?」

「なんでってそれは…………。…………チーター」

「外敵な、外敵。寝てる間にセルリアンに襲われる可能性を考えると、ゆっくり寝られないだろ」

「そうかしら」

 

 あ、ピンと来ていらっしゃらない。まぁチベスナも似たようなもんではあったが……。

 寝るときは安心しきった状態で寝たいって思うの、少数派なんだろうか……。考えてみれば、そういう考えってけっこうヒト的な気はしないでもない。野生動物ってなんだかんだ眠りが浅い印象があるからな。

 まぁ、このへんはフレンズには分からない感覚だろう……。巣にこだわりのあるフレンズや、ヒトのフレンズならまた違うだろうけども。

 

「それに、今回はプリンセスの寝相を見ないといけないからな。広々したところでリラックスした状態で寝てもらわないと」

 

 生半可なハンモックだと、チベスナや俺と三人で寝るには狭すぎるからな。それだと寝相を見るどころじゃない。下手をするとチベスナとプリンセスのダブルパンチにより俺の安眠が死亡する。

 

「よし、できた」

 

 そうこう言っているうちに、森林公園の一角にある大きめの木に立派なベッドが誕生した。ブルーシートを使っているからサイズとしてはキングベッドを二つ並べたくらいの超巨大サイズである。これなら、十分寝相を確認することができるだろう。

 ……まぁ、これだけ大きくしてもチベスナは俺の安眠を妨害してくるのだろうが。

 

「……なんか見られているって思うと照れるわね」

「大丈夫。羊でも数えればすぐに眠くなって気にならなくなるぞ」

「なんで羊だと思いますよ? 狐でもいいのでは?」

「……そういえばなんで羊なんだろうな……あれ……」

 

 確か、英語だと『Sleep』と『Sheep』が似てるから、それで催眠的に眠くなってくる……みたいな話があるって聞いたことがあったけど、正直それが本当の由来かどうかは分かんないんだよな……。だいたい、スリープとシープって言うほど似てねぇし。

 

「ともかく。プリンセスは気にせず寝てればいいから。大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」

 

 そう言って、俺は再度自分の胸を拳で叩く。

 その時の俺は、先輩風を吹かすのに忙しくて忘れていた。

 

 ――――チーターは、昼行性だということを。

 

の の の の の の

 

 …………眠い。

 

 プリンセスの寝相を観察し始めてから十数分、既に俺は眠気に襲われ始めていた。

 寝床の準備をしたりなんだりしているうちに、既に辺りは薄暗くなっている。

 普段なら俺もタオルに顔をうずめて寝入り始めているような時間だ。明らかに、今までの俺の習慣が『寝たい』と声高に主張を始めていた。

 

 ……が、どうもプリンセスの様子を見る限り、まだ本格的に寝入っているわけではなさそうだ。精々転寝といったところか……。

 あまり寝ない生態と言っていたが、それでもこれだけすぐに寝入れるのは、それもまた野生動物の特徴なのだろうか。やっぱ寝たいときにさくっと寝れないと野生では生きていけないよね。

 

「チーター、大丈夫と思いますよ……?」

 

 横で同じようにプリンセスの寝相を観察しているチベスナが、声を落として問いかけてくる。

 

「……なにが。とくに問題ないが……」

「耳が垂れてると思いますよ。眠いのでは?」

「……けしてぇ」

 

 もはやリアクションすら億劫である……。

 そんな俺を見かねてか、チベスナはプリンセスの眠りを邪魔しないように小声を意識しながら、

 

「……チーター、チベスナさん、いいことを思いついたんですけど」

「きくだけきこう」

「かめらを使ってプリンセスのことを録画したら、チベスナさん達起きなくてもよくなると思いますよ?」

「……………………」

 

 ……名案じゃん。

 

 ……! いやいやいやいや! 眠気に流されるな俺! そんなチベスナが思いつくようなことを俺が思いつかないわけないだろ!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だめ」

「えー。チーターはケチだと思いますよ。減るもんじゃあるまいし」

「へるんだよ」

 

 と、とはいえ……これどうしたもんかな……。何せめちゃくちゃ眠い。このままだと、プリンセスの寝相を確認する前に寝落ちしてしまう可能性が濃厚だ……!

 

 かくなる上は、チベスナと互いに互いをつねりあうことでその痛みで覚醒を図るか……なんて『最終的に取っ組み合いの喧嘩になること間違いなし』なソリューションすら頭をよぎるようになっていたが。

 そこで、運命の女神──いやプリンセスは俺達に微笑んだ。

 

「………………すぅ」

 

 プリンセスが、明確に寝息を立てた。

 それは彼女が、完璧に眠りに落ちた証左だ。俺とチベスナは互いに無言で顔を見合わせると、そのままプリンセスの寝相を確認し──

 

「……なんだ、普通じゃん」

「取り越し苦労だったと思いますよ。プリンセスは心配性ですね」

「だな。俺達も寝るかぁ……」

 

 一気に気の抜けた俺達は、そのまま二人して夢の世界へと旅立った。

 そんなわけだったので、俺達はついに気付くことがなかった。

 寝入ったプリンセスの口元に、気まずそうな笑みが浮かんでいたことに……。




プリンセス、チーターがあんまり眠そうだったので気を遣って寝たふりしました。

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