畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日投稿中です。未読の方は一一〇話よりどうぞ。
(寝坊したため投稿が遅れました。明日も投稿します)


一一八話:幸運の行方

 …………うう。

 

 俺は、ふと寝苦しさを覚えて瞼を開けた。

 あたりからは、鳥の囀りが聞こえるばかり。穏やかな自然の音は、自分が森の中にいるという事実さえ忘れさせてくれるようだった。太陽もまだ完全には登っておらず、あたりは夕暮れ時と対になるような朝焼けに照らされていた。

 枝ばかりが覆う視界の中をぐるっと見渡してみると──俺の安眠を邪魔した原因が目に留まった。ご存知、チベスナである。

 そのチベスナは相変わらず気持ちよさそうに寝ながら、俺の鳩尾に左足のかかとをめり込ませていた。うむ、いつもの光景だ。

 

「……じゃねぇよコラ」

 

 とりあえず、俺は今も自分を苦しめているチベスナの足首を掴み、持ち上げる。するとチベスナもそれに気づいたらしい。呻くような声を上げながら起きだしてきた。

 

「……チーター、なんだと思いますよ……? 足を掴まれたら寝られないと思いますよ……」

「オメーの足のせいで俺は寝られなくなってんだよなぁ」

 

 毎度のことなので、もうすっかり慣れてしまったが……。

 

「ん~……おはよう二人とも。よく寝れた?」

 

 と、そこでプリンセスが起きだしてきた。プリンセスの寝起きはいいな。やはり寝起きが悪いのはジャイアントペンギン固有の癖らしい。

 

「コイツの足がなければ最高だった程度にはよかったよ」

「えんざいだと思いますよ!」

「俺が足掴んでるのはどう説明するわけ?」

「えっとそれは……じさくじえんだと思いますよ! チベスナさんの足を掴んでつみをねつぞうしたんだと思いますよ!」

 

 ほ~? 言うようになったじゃあないか。ではそんなナメた口が叩けないくらい徹底的に追及してやるとしよう。

 

「あはは……まぁまぁ。それより、ボスを探しましょうよ。わたしお腹すいちゃったわ」

「……ま、今回はそれでいいか。んじゃあボス探しに行くぞー」

「おーと思いますよ!」

 

 プリンセスに仲裁に入られてしまっては、これ以上ここでグダグダするのも憚られるしな。

 というわけで、俺達は朝飯用のジャパリまんを探すべく、完全に起床──ならぬ起ハンモックするのだった。

 

の の の の の の

 

しんりんちほー

 

一一八話:幸運の行方

 

の の の の の の

 

 そういうわけで起きた俺達は、さっそくハンモックを片付けた──のだったが。

 

 ハンモックを片付け終えた頃には、世界はすっかり『朝』になっていた。

 鳥の囀りだけじゃない。キイキイという甲高い威嚇の声。小動物が小枝を踏み砕くパキパキという音。茂みや木々の揺れの音。森の住民は既に起きだし、世界はすっかり動き始めていた。

 

「……うう、ごめんなさい」

 

 まぁ、現状はそんな詩的な話で収まるようなものじゃないんだが。

 しょんぼりしてしまったプリンセスを見下ろしながら、俺はそんな益体もないことを考えていた。

 

 いや、さして深刻な問題が発生したわけではない。

 ただ、ハンモックを片付けようというとき、プリンセスが『そうだわ! このぶるーしーと? っていうのをそのまま引きずりおろせば、片付けが簡単じゃない!』と言って、勢いよくブルーシートを引っ張ってしまったのである。

 当然、そんなことをすればその上に乗っかっているタオルは盛大にぶちまけられるわけで……。しかもそれがフレンズの膂力によって行われるのである。

 ペンギンのフレンズといえばそこまで強いイメージはないが、それでもフレンズはフレンズ。どんなフレンズであれ、よほど非力な動物が元になっていない限りその膂力はヒトを大きく超える。

 当然の帰結として──タオルは吹っ飛んだ。それも派手に。

 風に乗ったりして散逸したタオルをすべて回収し、葉っぱとか土とかを落とし、ソリの中に戻したころには──ぎりぎり『未明』とさえ表現できそうだった時刻は、すっかり『早朝』を飛び越え、普通の『朝』になっていた、というわけだ。

 

「気にすんな。別に悪気があったわけじゃないし」

 

 とはいえ、このくらいのハプニングは俺達にとってはよくありすぎる話。あまり気に病まれても心苦しいので、俺は適当にそう言って話を本題に戻す。

 

「それよりもジャパリまんだ」

「確かに妙よね」

 

 俺が話を切り出すと、気を取り直したプリンセスは俺の意を汲んで頷いた。

 そう、妙なのである。

 

「……? 何が妙だと思いますよ? 特に何も起こらなかったと思いますよ」

「そうだよ。()()()()()()()()()()()()()。そこが妙だと思わないか」

 

 これまでの旅路を思い返してみれば、分かるだろう。

 朝、俺達がこんな感じでドタバタしていると──大体ラッキーがちょうどいいタイミングで現れ、ジャパリまんを配ってくれていた。そもそも、こうして朝のハプニングを終えた後で『それじゃあジャパリまんを探しに行くか』なんて言う事態そのものが発生していなかったのである。

 それなのに、今回はラッキーが一向にやってこない。今まで当たり前にあったものがなくなったということは、それ即ち何か起きているということである。

 

「そうですか? ボスだって遅れることくらいあると思いますよ。チーターの気にしすぎでは?」

「まぁその可能性も十分あるんだが」

 

 俺も正直、そこまで危険なことはないと思ってる。特に、ここは博士と助手が管理するジャパリ図書館のある地方だ。セルリアン絡みの騒ぎが発生したら早期に対処されそうだし、ラッキーのジャパリまん配給が遅れる──なんて異常事態に発展するとは思えない。

 ただなー……ラッキーがいないってことは、少なくとも配給に来れてないラッキーには何らかの不具合が出てるかもしれないってことじゃん。そこは不安だろう。

 

「やっぱ心配だからな……。普段世話になってるわけだし、一応様子は見ておきたい」

「そういうことなら、しょうがないし付き合うと思いますよ」

「まぁ嫌って言っても適当に言いくるめて連れてってたけどな」

 

 なんか寛容です感を出しているチベスナに適当に言いながら、俺はプリンセスの方へ向き直った。完全にプリンセス抜きにして話を進めてしまっていたが──

 

「うん。わたしもボスの様子を見るのは賛成よ。それに、朝ご飯も早いところ食べたいしね」

 

 プリンセスの方は、笑みを浮かべて頷いてくれた。

 よし、これで話は決まったな。

 

「じゃ、ラッキーの様子を見に、あたりを調べてみるぞ!」

 

 何もないとは思うんだけどな。

 

の の の の の の

 

「チーターとチベスナは、よくこういうことをしているの?」

 

 ラッキーの様子を調べる為、森林公園を探索している最中のこと。

 なかなかラッキーが見つからず、暇を持て余したのだろう。不意に、プリンセスがそんなことを聞いてきた。

 

「こういうこと、っていうのは?」

「こう……色んな所を探検したり、よ」

 

 ああ、そっちか。

 

「まぁ、それが目的の旅みたいなところはあるからな。チベスナは映画撮影映画撮影って言ってるけど」

「えいがさつえいだと思いますよ」

 

 ほらね。

 

「それがどうかしたか?」

「……ううん。ただちょっと、気になっただけ。全く知らないところに踏み込むの、怖くないのかなって……」

 

 …………ああ。

 確かに、自分の縄張りじゃないところで色々動き回るのって確かに抵抗あるよな。道に迷うかも……みたいな地理的な問題を抜きにして考えても、『その場所特有のルール』っていうのは確かにある。

 そこの住人が定めたルールもあれば、たとえば『寒いところで暖を取らないと凍える』みたいな自然の摂理からくるルールだってある。前世がヒトである俺はそのへん何となくわかるが、プリンセスからすれば全くの未経験である。

 アニメでサーバルが雪山地方であっさり凍えていたことからも分かるように、ヒトにとっては自明の法則であっても、フレンズにとってはそうでないことだってある。『分からない』ということは、フレンズにとって本当に危険なことなのだろう。

 実際、俺にしてみても『動きすぎれば疲れてしまう』という自分の身体を知らなかったときは、本当にピンチになったりもしたわけだし。そういう意味では、それを『恐怖』として感じることができるプリンセスの気持ちは分からないでもない。

 

「まぁ怖いものは確かに怖いが……俺の場合は怖いものに関しては、『だから気を付けよう』って思うだけだな」

 

 寒ければ着込めばいいし、疲れれば休めばいい。場当たり的ではあるが、そうやって『とりあえず進む』だけでも大分話は変わってくるし、そうしていれば大体何かしらいいことが起こるものなのである。

 なんだかんだ言って、ただ踏み込んだだけで取り返しがつかなくなることなんてめったにないし、そのへんはなんとなく雰囲気で分かるからな。こう、本能的なので。

 単なる楽観論じゃなくて、これまでの道筋が、その結論を補強してくれている。

 

「……そうなんだ。……そういうものなのね」

 

 ……確か、今の時期のプリンセスって、PPPを復興させようと色々調べてる段階──つまり自分の中でPPPを復興させるっていう意思は固まってる状態なんだったっけか。

 なるほど、確かにそれはプリンセスにとって『知らないところに踏み込む』ような状態だわな。

 

「とはいえ、こればっかりは実際に踏み出さないことには分からないことだからなー」

 

 まだ足踏みしている段階のプリンセスに言ったところで、多分そこまで心持が変わるようなことでもない。こればっかりは、プリンセス自身がどうにかしないとな。

 俺にできるのは、精々『先輩社員のアドバイス』みたいな参考になるんだかならないんだか分からない経験談を話してやることくらいだ。

 

「ふふん。それならチベスナさんの後姿をしっかりと見ているといいと思いますよ。これでもチベスナさんはたびのプロだと思いますよ。おおぶねに乗ったつもりでいるといいと思いますよ!」

「その大船、多分タイタニック号だよな……」

「チーター?」

「めっちゃ沈む船」

「チーター!」

 

 チベスナは憤慨したようにとびかかるが、リーチが違いすぎる。顔面を手で押さえると、チベスナが振り回した腕はむなしく空を切るばかりであった。

 ……ふっ。かなり絶望的なリーチ差だなこれ。傍から見たら子どもをいじめる大人みたいになってないかちょっと不安だぞ。

 

「あっ! ねぇ二人とも!」

 

 と。

 そんなことをしてチベスナと戯れていると、いつの間にか先行していたプリンセスが何かを発見したらしい。

 前方を指さしながら、俺達に声をかけていた。ちょっと見ないうちにすっかり探検慣れてない? きみ。

 

 そして、そんなプリンセスの指が差す方には。

 

『…………アワ、アワワワ……』

 

 倒木に足を取られて、隙間にハマってしまったラッキーの姿があった。

 

 まぁ、そんなこったろうと思ったよ。




一応チーターにはおっぱいがあるので、そこにも掠らないあたり相当のリーチ差です。

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