畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日更新中です。未読の方は一一〇話よりどうぞ。


一一九話:木々薙ぎ倒す者は

「ラッキーさぁ……」

『アワ、アワワワ……』

 

 倒木の間に挟まって身動きの取れないラッキーを見下ろしながら、俺は思わず溜息を吐いていた。

 まぁ、そんなこったろうとは思ってたけどな? セルリアンの影響が考えづらい以上、あり得るとしたらラッキーのポカで、その可能性として一番大きいのは、アニメでもやっていたような『データ上の地形と現実の地形との差異』……つまり突発的な要因による地形の変化だ。

 この倒木みたいに地形とは関係のない要員で身動きがとれなくなるというのが、一番あり得る可能性ではあったからな。

 

「ボスもたまにはこういうことあると思いますよ。よいしょ」

 

 言いながら、チベスナがラッキーを抱きかかえる。

 たまには、ね……。……そういえばアニメ版ではこういうの日常茶飯事だったが、フレンズにとっては珍しいことなんだったっけか。俺は『おーまたやってる』みたいな気持ちでいたが……。

 

「そうね。こんなところで挟まっちゃうなんて、ボスも運がないわね……」

「それよりボス、ジャパリまんだと思いますよ。お腹が減ったのでジャパリまんが欲しいと思いますよ」

「……いや、木に挟まってたあたり、多分転んだんだろうしジャパリまんも全部吹っ飛んでいるような……」

 

 と、不安に思っていると……ピピピピ、と電子音を鳴らしながら、ラッキーがチベスナの腕の中から飛び降りた。そしてそのまま茂みの方へと進み…………しばらくしてから、カゴを頭の上にのせて出てきた。

 そこには──葉っぱが少しついているものの、普通に食べられそうなくらいには綺麗なジャパリまん。

 

「……まさかラッキー、転んだ瞬間にカゴを投げる角度を調節して……?」

 

 戦慄しつつ問いかける俺だったが、ラッキーは何も言わない。だが、この場合それが一つの答えとなっていた。

 ──ラッキービーストは、誇らない。

 それが当然のことであるかのように、ただ当たり前のように、ラッキーはそのカゴを俺達に差し出した。

 であれば、俺達がすべきことは一つ……。

 

「──いただきます」

「ボス、二個食べていいと思いますよ?」

 

 ピリリリリリリッ。

 あ、怒られた。

 

の の の の の の

 

しんりんちほー

 

一一九話:木々薙ぎ倒す者は

 

の の の の の の

 

 …………さて。

 

 ジャパリまんを配り終えたボスが去っていったのを確認した俺は、一息ついて──それから倒木の方へ視線を落とした。

 正確には、倒木の折れた断面、だ。

 

「チーター、どうしたんだと思いますよ?」

「あれ、見てみな」

 

 倒木の断面。まだ折れて日が経っていないのか、折れ口は新鮮そうな色合いをしていた。真っ黒い樹皮とは裏腹に、中身は白い繊維質がまだ十分に残っている。

 これだけなら、まぁよくある話かもしれない。例えば木が腐って折れた──というような自然な倒木であっても、腐っていない断面はこんなふうに綺麗になっているだろうから。

 俺は木の専門家じゃないから、そこで判断することはできない。

 だから俺が注目したのはそこではなく──

 

「……あっ!」

「プリンセスは気付いたか。そうだ。……この木、()()()()()()()()()()()()()()

 

 折れ口周辺の側面。

 まるで何かが衝突したような陥没痕が、そこにあった。

 

「……ぶつかられたからなんだと思いますよ?」

「フレンズでこんな乱暴な真似するようなヤツ、そうそういないだろ」

 

 ヘラジカならワンチャンあり得るかもしれないが……いや、アイツにしたって無為に力を晒すようなことをするタイプでもない。そう考えると、これをやった犯人はフレンズ以外の存在……ということになる。

 そんなのがあり得るとしたら、それは──

 

「セルリアンかもしれない。……さっきはラッキーがいたからあえて言わなかったが。折れ口からして、まだ衝突してから時間が経っていないし、この周辺にいるかもしれないぞ」

「…………」

 

 俺のセリフに、二人の警戒の段階が一つ上がった。

 今までは、セルリアンはないと思っていたが……こうして実際にセルリアンの可能性を見てしまうとな。どうしても警戒せざるを得ない。

 問題は、どこに潜んでいるか、だ。

 何せあたりは木々が大量に生えた森林地帯。セルリアンが隠れるにはもってこいだ。視覚的にはもちろんのこと、嗅覚的にも雑多な匂いに紛れていたり木々のせいで風の流れがさえぎられてしまっていたりするからなかなか匂いを感知しづらいしな。

 とりあえず、一刻も早く開けた場所に出るべきなのだが…………。

 

「……うーん、しまったな」

 

 地図を広げて見ながら、俺は頭を抱えたい気持ちでいっぱいになっていた。

 

「どうしたんだと思いますよ?」

 

 言いながら、両手がふさがっている俺に代わってチベスナがジャパリまんを口元に運んでくれる。

 おっ、悪いな。

 

「もぐもぐ……。……いやな、ラッキーを探そうとして、いったん森の中に入っちゃっただろ? そこでこの衝突痕だ。森林公園は正直、どこも開けた場所ってほど広い場所はない。精々、この先に進んだところに公園がある程度。あとは大体並木道って感じだ」

「もぐもぐ」

「おいチベスナそれ俺のジャパリまん!」

「緊張感ないわねぇ……」

 

 ……はっ、しまった。

 

「……こほん。つまり、森林公園にいる限りセルリアンの危険がついて回るわけだが、それを回避するには二つの選択肢がある」

「ほうほう」

「一つは、今来た道を引き返す方法。バス用のルートまで戻れば別のルートに入れるし、こっちの方が多分危険な道を歩く長さは短い」

「じゃあ、それでいいんじゃないかと思いますよ?」

「……ただし、図書館に行くまではめちゃくちゃ遠回りになる」

 

 それだと時間がかかるから、主にチベスナが困る。

 

「もう一つは……このまま突っ切る。少しでも開けた道を選択しつつ、森林公園を抜けてキャンピングゾーンに行くってわけだ。こっちの場合は時間的には短くて済む。ただし、モロにセルリアンと遭遇する危険がある……」

 

 今までセルリアンをバッタバッタと薙ぎ倒してきた俺達だが、忘れてはいけないのは、それらは大概俺達が先手を打ってきたという点だ。

 まず最初にセルリアンを見つけ、策を練り、そして相手に攻撃させないうちに速攻で核を破壊する。それが俺達の常勝パターンであり、逆に言うとそれ以外の戦闘はあんまり経験していない。

 精々、高山地帯で岩雪崩セルリアンを相手にしたときくらいか? アレにしても、セルリアンはただ雪崩れるだけで別に攻撃なんかしてこなかったしな。

 

 どちらにしても、看過しがたい問題を抱えている。

 だが、どちらかを選ぶしかない…………どうすればいいか。どちらの問題を看過するのか。俺は考えに考え……、

 

「チーター、木を切り倒しながら最短ルートを進むのはダメだと思いますよ?」

「あっ」

 

 そっか、その手があったか。

 

「え!? それっていいの!?」

 

 虚を突かれてしまった俺に、プリンセスは目を丸くして問い返していた。いや、プリンセスの言いたいことは分かる。木を切り倒しながら進むとか……物騒だよな。木を倒すとか危ないし、確かに木を切れば視界が開けるし安全性も上がるわけだが、そこまで大げさなことをするのはいかがなもんかと思う気持ちも分かる。

 野生動物の生態系とか、他のフレンズへの迷惑とか、そういうもろもろを考えてもあんまり木を斬りすぎるのはよくないからな。チベスナはそのへん全く考慮に入れていないようだが。

 

「流石に何本も切り倒すようなアホな真似はしない。だが、たとえば一本木を切り倒したとする」

「すると……?」

 

 人差し指を立てながら解説すると、プリンセスは首を傾げながら俺の言葉の続きを待った。ついでにチベスナも横で首をかしげていた。

 

「もし仮にセルリアンがいたら……その音を聞きつけて、そっちに向かうはずだ」

 

 セルリアン、意外と物音に反応するからな。どういう感覚器官してるのか知らないが。

 その上思考が単純だから、物音を聞きつければまずそっちの方に向かってくる、というわけである。

 

「どこから来るのか分からないなら……『目的地』を確定させてやればいいんだよ」

 

 こうすれば、セルリアンがやってくる『場所』については少なくとも確定させられる。そうすればセルリアンから不意打ちを食うこともなく、安全に相対することができるというわけだ。

 この近くにセルリアンがいなければ、それはそれ。どっちにしろ俺達は安全に次の目的地であるキャンピングゾーンへ向かうことができるのである。

 

「な、なるほど……! 全然思いつかなかったわ……!」

「ふっ。プリンセスはまだまだだと思いますよ。チベスナさんはすぐにりかいしたと思いますよ」

 

 お前一緒に首傾げてたろ。

 

「ま、そういうわけでちょいと離れてろ。今からこの木を適当にズバっと切り落とすから」

 

 そう言いながら、俺は調子を確認するかのようにステップを踏む。ジャパリまんを食べて多少腹が膨れたからか、身体のコンディションはすこぶる良い。

 切り倒す方向や長さを確認しながらステップを踏み、二人が離れたのを確認して──

 

「──しっっっ!!!!」

 

 俺は、思い切り足を振り抜いた。

 光の粒子が流星の尾のように中空に残され、俺の足が輝く矢のようになだらかな曲線を描きながら、適当な木を貫通した。

 音はなかった。

 見た目には何も変化がない木をつま先で軽くつつくと、そのまま木がずるり、とずれて──

 地響きのような錯覚すらさせる音を立てながら、一気に崩れ落ちた。バキバキと枝がへし折れ、バサバサと葉がこすれ、大きな音に驚いた小鳥たちが一斉にとび立ち、ギャアギャアギイギイと一瞬にして森は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 

「ね、ねえ……!? チーター、これ大丈夫なの……!? あとでボスに怒られない……?」

「森の連中は驚かしちゃってちょっと悪いことしたかもな……。でもまぁ、これも俺達が安全に移動する為だ。生き残るためだからしょうがない」

 

 ちなみに、バレたら多分怒られると思うぞ。だから──

 

「さっさと目的地へ移動だ! 急げ二人とも! 早くしないとラッキーにお説教食うぞ!」

「ひゃー! 逃げると思いますよー!」

「や、やっぱりそうなのー!?」

 

 殆ど悲鳴を上げながら走るプリンセスと一緒に、俺達は走り出す。

 ……ひゃーと言いつつめっちゃ楽しそうなチベスナのようになれとは言わんが、プリンセスももうちょい気楽にしてていいと思うぞ。




結局、陥没痕の犯人は分からずじまいでしたが……。

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