畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日投稿中です。未読の方は一一〇話よりどうぞ。
そろそろこの文章を辞書登録しようか迷っています。

総合評価七〇〇〇点ありがとうございます。


一二一話:猜疑渦巻く並木道

 引き続き森林地方の並木道を歩きながら。

 しかし、俺達は既に観光気分ではいられなくなっていた。

 

「こうしてると平和そのものなんだけどなぁ……」

 

 あたりは見渡す限り静寂の森。しかし、俺達は先ほど恐ろしい可能性に至ってしまったのだ。そう、この森──実はセルリアンが他にも潜んでいるのではないか、という可能性。

 その可能性に気付いてしまったら、もう油断することはできない。僅かな物音や揺れも、セルリアンの予兆として警戒しないといけないのである。

 そしてこれは、俺だけが気にしているわけでもない。

 

「さあっ! 来るなら来いと思いますよ! チベスナさんがやっつけてやると思いますよ!」

 

 ソリをプリンセスに託したチベスナ(自分でソリ曳け)は、そんなことを言いながらファイティングポーズをとってみせる。どうやら自分で迎撃したいということなのだろう。ソリで両手のふさがったプリンセスがなんか生きた心地してなさそうだが。

 

「……チベスナ、緊張感を持つのはいいが、そんな闇雲にキョロキョロしていたら見つかるもんも見つからないぞ」

 

 ただ見るのでは意味がない。ただ聞くのでは意味がない。事前に地形などの前提条件を頭に入れて、あらかじめ見るべき箇所を絞ったうえで、そこを重点的に観察し、傾聴するのである。

 そうしないと、いたずらに意識を散らして、かえって隙が大きくなるばかり──

 

「あっ! セルリアンだと思いますよ!」

「マジで!?」

 

 言ったそばから大声を上げたチベスナに、俺は思わずぎょっとしつつもチベスナの指先へ意識を集中させる。

 木々の揺れまでがスローになり、意識が極限の刹那へと集約されていく。

 一秒が何十倍にも拡大された瞬間の中で、俺は視界内をくまなく探すが──セルリアンらしき姿は確認できなかった。

 

 …………ちっ。一旦やめるか。あんまり高速挙動モードになりすぎると疲れが早くなるからな……。

 

 意識を緩めると、途端に風が蘇ったのを肌で感じる。

 同時に、ソリを曳いているプリンセスが軽く飛び跳ねた。ガタン、とソリが跳ねる音が聞こえる。

 …………が、それだけだ。発見された(?)にも関わらず、セルリアンが動き出す様子はない。というか……、

 

「あれ、ただの木の根っこじゃん」

 

 はぁぁぁ……と、プリンセスが大きく溜息を吐く声が聞こえた。ごめんね。

 

「そ、そんなバカな! 確かにセルリアンだと……、……木の根っこだったと思いますよ」

「チベスナぁ」

「ち、チベスナさんにだって間違いくらいあると思いますよ! チーターだってたまには間違えるんだから大目に見るといいと思いますよ!」

 

 まったく、しょうがない奴だな……。

 

「……ま、セルリアンといっても、脅威になり得るのは大体二メートル級以上だ。そんなのが隠れ潜める場所は限られている。そこを重点的に警戒すればいいだろ」

「にめーとるきゅう?」

 

 と、そこでプリンセスの方から疑問の声が上がった。チベスナの方は以前にもちょこっと言及した区分の仕方だったからか、なんとなく意味も理解できているようだが……。

 

「セルリアンの大きさだよ。二メートル級っていうのは、俺よりこのくらいデカいヤツってこと」

 

 言いながら、俺は自分の頭の上に腕を伸ばして、セルリアンの大きさを示して見せる。プリンセスの方はと言うと、実際にその大きさのセルリアンと出くわしたときのことを思い出したのだろう。ぷるぷると震えている。

 が、それでもその目は気丈な光を宿したままだった。怖いけど、恐怖には屈しないといったところか。

 

「ま、ただの二メートル級くらいなら余裕だ」

 

 なので、安心させる意味も込めて俺はプリンセスにそう告げておく。

 実際、()()()二メートル級セルリアンなら余裕で倒せるのだ。俺の方が速いし、核を叩けば一瞬だから。

 ただ、隠れていて不意打ちとか、黒セルリアンだから変形できるとか、そういうギミックが加わってくると面倒というか……『危険』だからな。そこのところでは油断できない。というのはまぁ、もちろんプリンセスには言わんでおくが……。

 

「そ、そう! それならいいのよ。アナタ達わたしのガイドなんだから、しっかり守りなさいよね!」

「ふふん。チベスナさんに任せるといいと思いますよ。たいたにっくだと思いますよ」

「だから沈むんだよなぁそれ……」

 

 チベスナはなんかもう語感が気に入っちゃったみたいだけども。

 

「……はっ! チーター、あれセルリアンじゃないかしらっ!?」

 

 って、今度はプリンセスがセルリアンを発見した!?

 

の の の の の の

 

しんりんちほー

 

一二一話:猜疑渦巻く並木道

 

の の の の の の

 

 その後も、

 

『チーター! セルリアンだと思いますよ!』

『何!? ……何もいないじゃん』

 

『チーター、あれセルリアンじゃない!? 木の枝に!』

『何!? ……あれはヘビだな。イチョウの木にヘビが巻き付くのか……』

 

『チーター! あの枯れ枝はセルリアンでは!?』

『枯れ枝って言っちゃってるじゃん』

 

『チーター! あの空に浮かぶ影はひょっとしてトキでは?』

『しまった!! 全員急いでソリの影に隠れろ!! ……って普通の鳥じゃん! ビビらせやがって!』

 

 ……などなど、様々なセルリアン発見報告があったのだが、悉くハズレ。なんだかんだで既に森林公園はほぼ踏破しおえるころになっていた。

 こんなことなら警戒とかせず普通に観光してた方がよかったんじゃないか? 殆ど楽しめなかったし……。次来るときは前もってセルリアン駆除を完璧に終わらせて、純粋に楽しみにこよう……。

 

「はぁ……」

「チーター、大丈夫だと思いますよ? 疲れてます?」

「そりゃな」

 

 なにせ、チベスナやプリンセスがセルリアンを見つけたというたびに一応気を張って周囲を警戒していたのである。一回の発動時間的なアレは体感時間で三〇秒、実時間で一秒未満といったところだが、それでも何度も積み重なれば疲れもする。

 そうでなくとも、精神的に気を張りどおしで疲れるからな。チベスナやプリンセスはなんだかんだ途中そこそこに気を抜いてたので、そこのところは心配いらなさそうだが……。

 

「……チーター、大丈夫だと思いますよ? サンドスターそろそろやばいんじゃないかと思いますよ」

「そこは心配いらん」

 

 俺も馬鹿ではない。

 こうやってフレンズの力を使っていれば、自分が消耗することくらいよ~く分かっていた。分かっていて、消耗を織り込み済みでここまでフレンズの力を大盤振る舞いしていたのだ。

 何故って、ヒトは学習する生き物なのである。一度サンドスターを限界まで消耗した感覚を知っている以上、今俺の消耗度がどれくらいなのかも、当然ながらよく把握している。

 つまり、自分の体力を計算に入れたうえで行動していたのだ。残りの距離から言って、このままのペースで歩いても十分余力を残して図書館に到着できるように、な。

 

「本当だと思いますよ~? とかなんとか言って、簡単に倒れそうで心配だと思いますよ。おぶりますか?」

「だから心配いらないっつってんだろ」

 

 尻尾で自分の背中をぺしぺしと叩いて見せるチベスナに、俺は手でしっしと払うような動作をしてみせる。

 余計なお世話である。ちゃんと計算してるって言ってるでしょ。

 

「チーターとチベスナ、そういえば随分と体力を気にしているわよね」

 

 と、そんな俺達のやりとりを見ていたプリンセスが、ふいにそんなことを言い出した。

 うむ? 確かにけっこう注意を払っているけども。

 

「何か、疲れで痛い目を見たことがあるのかしら」

「痛い目もなにも! 聞くといいと思いますよ! チーターはじゃんぐるちほーを旅しているときに、」

「おいコラチベスナ! 余計なことを言うな!」

「余計とはなんだと思いますよ!」

 

 余計だろうが! 俺の名誉を不当に貶めるようなことを言うのは許さ、

 

「──そこか!」

 

 と。

 そこで背筋に走った悪寒を信じて、俺は前方──開けた場所の地下目掛け、渾身の飛び蹴りを叩きこんだ。

 本能だった。

 さっきまであれほどセルリアンがいるいないと騒いでいたのが嘘のように──何故間違えていたのか、いっそ不思議に思うくらい自然と、俺の嗅覚はセルリアンの『匂い』を察知していた。

 

「っらぁ!」

 

 蹴りの衝撃で地面は抉れ──そして、その中からワニのような大顎を生やした、三メートル程度の球状セルリアンが吹っ飛ばされた。

 

「…………色は黒。お前がさっきの黒セルリアンの親玉か」

 

 セルリアンは数メートル吹っ飛んだあと、地上ギリギリのところで静止し、俺の方をその大きな目玉でジロリとねめつける。

 ……黒セルリアン。つまり変形するタイプだ。しかもあのデカさ……さて、どうしたもんかな。黒セルリアンって確かサンドスター・ロウの供給を受けて修復とかされちゃうんだったっけ。

 

 …………後ろにはプリンセスとチベスナ。

 チベスナは既に木を登っているようだが……この局面で襲わせるのは危険だな。

 

 俺は尻尾でチベスナに『待て』と指示をしつつ、思案する。

 確か、黒セルリアンは光につられる性質があったはず。すると、俺の手元にある光源は……懐中電灯のみ。今は日中だが、それでも懐中電灯の光は有用なはずだ。核は……ここからだと見えないな。おそらく背にあるのだろう。

 とすると、やはり懐中電灯を使っての意識逸らし……。……いや、唯一の光源を手放すのはリスキーすぎる。失敗したら取り返しがつかないわけだし…………。……そうだ!

 

「プリンセス! アクセサリーだ! ソリの荷台にあるアクセサリーを適当に掴んで、セルリアンの向こう側に放り投げろ!」

 

 そう言って、俺は態勢を低く保つ。

 俺の作戦はこうだ。

 懐中電灯を使っての注意逸らしは、失敗したら光源を失うリスクがある。だが、透明なアクセサリーをセルリアンの向こうへ放り投げれば、アクセサリーは空中で太陽光を乱反射して煌めく。

 光を追う性質を持つセルリアンは、それを注視して意識を逸らすはずだ! っていうかただでさえ、セルリアンはかばんの紙飛行機に意識を逸らして背後を見せたくらいだからな!

 あとは背後を見せたところで、チベスナに核を叩かせる。俺は──

 

「…………しっ!!」

 

 そのチベスナの危険になりそうな、ワニのような大顎の切除担当だ。

 

 思い切り蹴りを入れると、意外にもセルリアンの大顎は頑丈なようで、ゴガン! と硬いものに衝突するような音が響いた。黒セルリアンが、返す刃で大顎による攻撃を仕掛けようとしているが……甘い!

 一撃で効かないなら、何度でも攻撃するまで。セルリアンが俺の接近を認識し、大顎を動かし、そして攻撃するまでの数瞬で──

 

「おららららぁ!」

 

 俺は何度も何度も蹴りを叩きこむ。それこそ、釘を打つように、一点に集中して。

 セルリアンの大顎の片方がへし折れたのは、その大顎が完全に俺の方を向いたその瞬間だった。

 

 ぼろり、と大顎がもげたセルリアンの攻撃力は、もはや半減どころの騒ぎではない。

 ごり押しで自分の身体が破壊されたのがよほど衝撃的だったのだろうか。セルリアンは驚いたように身をよじり──俺はその勢いでセルリアンの上から振り落とされてしまった。

 

「え、えいっ! これでいいの、チーターっ!?」

 

 そのタイミングで、俺の頭上を数個のアクセサリーが通過した。

 目の前に強敵がいるというのに、セルリアンのリアクションときたらあまりにも露骨であった。

 一瞬だが、一切の抵抗をやめて完全にアクセサリーの方へ視線を向けたのだ。当然、核はチベスナの視点から丸見えになるわけで。

 大顎も破壊され、注意も完全に散漫となったセルリアンを待つのは当然。

 

「――――やあっ! と思いますよ」

 

 チベスナの鉄拳による、核の破壊という哀れな末路である。

 

 ぱかん! と拍子抜けするような音を立てて、セルリアンは粉々に散らばった。あたりには、虹色の粒子が爆炎のように飛び散っていった。

 生憎、俺は吹っ飛ばされた拍子に茂みの中に入ってしまったので、その爆炎を浴びることはなかったが……。

 

「……ふふん。チベスナさん、またしてもお手柄だと思いますよ」

「今回はわたしも、でしょう? ねえチーター!」

 

 プリンセスとチベスナ、二人のフレンズは虹色の煙を纏った、とても神秘的な装いをしていた。

 

「ああ。今回は二人とも頑張ったな。お疲れさん」

 

 言いながら、俺も立ち上がる。

 さてさて……今のが一連の黒セルリアンの親玉だろう。あれを倒したのだから、このあたり一帯のセルリアンの危険も落ち着いたはず。これでようやく、穏やかな旅が再開できる、な……、あれ?

 

 と。

 

 立ち上がったばかりのはずの視界が、またしても傾いでいってしまう。

 

「チーター!? ほらやっぱり!」

 

 あきれたような慌てたようなチベスナの声が、俺の耳に届く。

 いや……スタミナ切れのはずは……ちゃんと計算を…………。………………。

 

 …………あ、いや、そうか。

 

 俺は…………計算に入れ忘れていたんだ。

 

 巨大なセルリアン相手に、本気で戦った時の消耗を…………。




一二〇話越えて初めて、チーターがめっちゃ速く動く状態に名前がついた気がします。
(適当に言ってるだけですけど)

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